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第十九集

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 沈天祐は嫌がる娘を車に乗せた。それは毒親との縁を切らせたいと思ったらだ。だが それはただの自己満足だったのかもしれない。義侠心だけでうまくいくとは限らない。 拾った猫の面倒見るような気持ちだ。
娘をそっと盗み見していた。
車に乗り込んでから、ずっと何も喋らず窓に頭を付けたまま外を見ている。

眠ったのかと確かめると起きていた。その証拠は薬の袋をきつく握っているからだ。頭を縫ったのに泣きもしなかった。痛みに鈍感と言うより慣れているんだろう。爪も染めずに荒れた手を見て、キャバクラの紹介写真の徐の赤い爪を思い出した。あの女はこっちの世界に来て隠れもせず派手に生活していた。
(間者として訓練を受けたこの私でも、馴染むのに一週間は掛かった。その早さは異常だ)
言葉こそ通じるが書いてある文字は簡素化されて、何をするにも訳の分からない機械と規則があった。この時代での生活は戸惑ばかりだったのに。貴族のお嬢様として育った徐有蓉が早々に溶け込んだ事に今更ながら疑問を持つ。
まるで最初から知っていたみたいに……。知っていた? その瞬間、色んな事が頭に浮かんでは通り過ぎる。
本人を捕まえることしか考えて無かったが、こっちの世界に手引きする人間が居たのか? だったらまた危険にさらされたら助けようと
こっちの時代に戻すのか?
(………)

改めてこの時代の徐有容を見る。
等価交換。一 人来るなら、一人去る。 それが原則ならこの娘が徐有蓉と入れ替わる可能性も捨てきれない。一度あることは二度ある。とも言う。もしそうなら手元に置いた方が入れ替わった時に分かる。厄介事を背負い込んだと思ったが、これは上策だったかもしれない。

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 道は店が並んでいたのに だんだんと減って マンションが増えて来た。その隙間から頭低くして空を見た。もうそうしないと見えない。それくらい高い建物ばかり。
すると、すうーっと車がコンビニの前に停まった。
着いたのかな? ドアノブに手を掛けると、
「ちょっと買い物をしてくるから待っていろ」
それだけ言って一人で車をおりて行ってしまった。
買い物? 私のために? その事がさらに申し訳ない気持ちになる。でも、他人の服を着続けるのは気持ちが良いものでは無い。特に下着は。



 安全バーが上がり車がスロープを下りて駐車場に入った。広い駐車場だからか柱に番号がふってある。沢山の車がとまってる。名前は知らないがきっと高級車だ。

そのまま天祐さん後をついて エレベーターに乗った。ここも音もなくドアが閉まると上昇していく。
静かだ……。 ボタンは七十階まである。高層マンション。口にしただけでも気後れする。
エレベーターからおりると、横長の場所に出た。ドアが一つしかない。……つまりこのワンフロアー全部が一部屋?
「こっ、此処に住んでるんですか?」
「そうだ」
「もちろん。賃貸ですよね?」
「否、王元に勧められて買った」
「かっ、買った!」
余りの驚きに声が裏返る。
五十八階だった。一億……ううん、もっとする。どうやってこんなマンションを買ったの? そもそも一月前まで向こうの時代の人なのに。どうやって大金を手に入れたの? 
そんな短期間で用意できるものなの?
……ギャンブル!? ううん。絶対、悪い方法でお金をかせいだはずだ。もし犯罪にかかわっていたら私も共犯者だと思われて警察につまる。
(どうしよう……)
天祐さんが、ドアに付いてる箱のような物をスライドした。 

無関係だと言っても信じてもらえない。
同じ部屋に、居るんだもの。あれやこれと考えても 悪い結果しか結びつかない。
その間に天祐さんが番号を押すと赤だったランプが青に変わる。大変だ。
(どうしよう……)
このまま部屋に入ったらダメだ。
清く正しく生きる。 そう お母さんと約束した。天祐さんの腕をつかんで引きとめた。
「おっ、お金はどうしたんですか?」
天祐さんが自分をつかんでる私の手を見る。あわてて手をはなした。身体にふれるつもりはなかった。ただ私は……心配だっただけだ。
機嫌をうかがうように見るとしたり顔でうなずいた。ニヤニヤしてる。
「ああ~、私が悪い事をして金を稼いだと思ったんだな」
「ちっ、ちがいます」
図星だ。でもそれをみとめたら殺される。そんな事は思ってないと首をはげしくふって否定した。すると 天祐さんがポンと私の頭に手を置いた。見上げると 優しい顔でなでなでされた。こそばゆい。
「心配するな。私の持っていた剣を売ったんだ」
「えっ、剣をですか?」
「そうだ。ええと……そうそう。こっちの世界では銃刀法違反になると言われてオークションとか言うのに出品したんだ」
「なるほど……」
ホッとすると同時に納得した。これでやっとお金の出所が分かった。向こうの時代では帯刀しているのは普通の事だが、この時代ははきびしく制限されているから犯罪になる。
「高く売れたから、その金で此処も車も買った」
テレビでそう言う番組を見た事がある。昔の剣は人気があってコレクターも多いと聞く。


 まっとうなお金だと知って一安心した。
「ほら入れ」
促されて中に入った。

本当に口をポカンと開けた。案内されてたのは広告に載っているようなマンションの部屋。
(こんな部屋に住む人が本当に居るんだ……)
何十畳もあるリビング。大きなソファにローテーブルが置いてある。生活感が全く無い。ショールームっぽい。テーブルの上にティシュの箱さえ無い。本当に住んでる?
それもすごいと思ったけど、何より圧巻なのは全面ガラス張りの窓……否、壁? 
全部から光が全て入って来る。
ハシゴを使わないと掃除できないくらい高い。窓まで行くと無限に広がる景色。前を見るとさえぎるものが何も無い。飛行機の操縦
席から見ているような気分になる。
「うわぁ~」
下を走っている車がおもちゃみたいだ。

「少し待っていろ」
「………」
そう言って天祐さんがコンビニの袋を置くとどこかへ行ってしまった。気が早いけど気になる。指でめくる。どんな物を買ってくれたのかと袋をのぞいた。Lサイズのグレーのボクサーパンツ。それと黒の靴下……。
それを見て目がパチパチとまばたきする。
(私の物じゃ無かった……)
ちょっぴり残念に思ったが考えれば一泊だけだ。むしろ 私のためにお金を使われなくてよかった。新しい下着など必要無い。ガマンできる。でもどう言う事なんだろう?
お金持ちなのにこんな安物を?
「ほら、タオルとTシャツだ」
「えっ!?」
声にふり返ると天祐さんが未開封の薄いビニールの包みをよこした。これを使えと。でも T シャツ 一枚だけだ。タオルは使った形跡が無い。包みと天祐さんの顔を交互に見る。Tシャツはともかくタオルは……。これでは水を一滴も吸いそうにない。でも、文句は言えない。
「汚れているから洗った方が良いだろう」
天祐さんの視線がヒザや腕に行く。確かに汚れてる。土下座したからだ。家を汚すわけにもいかない。今日はこの新品のタオルでお風呂に入るしかない。ぜいたくは言わない。

「こっちだ」
そう言って歩き出した。おとなしくついて行くと途中で洗濯機に目がとまった。いや、正確
にはその周りに散乱しているゴミに目が行った。どれも同じゴミ。気になって一つ手に取る。空になったビニールと、さっきの下着と靴下のタグが出て来た。次の袋も同じだ。ときどき私に渡したタオル。そしてワイシャツが出てくる。
もしかして……。
「どうした風呂場はこの先だぞ」
「洗濯機使えないんですか?」
引き返して来た天祐さんに思い切って聞いてみた。
「……使えないんじゃない。使わないんだ」
ムッとした顔で否定する天祐さんの顔に思わず口がむずむずする。出来ないなら出来ないと言えばいいのに。意地になってる姿が子供のようだ。顔に出ていたのか 天祐さんが 腕組みして顎を上げた。ガードしてる。
絶対出来ない。カケても良い。
向こうの時代の身分の高い人は従者がいて身の回りの世話はまかせきり。着替えだって自分でしない。天祐さんも身の回りの事は何も出来なさそうだ。
「それなら私が使っても良いですか?」
「えっ!?」
一瞬おどろいたように目を見開いたがコホンとせきばらいしてごまかした。知らないとか、出来ないとか口がさけても言いそうにない。
「……使いたいなら使えば良い」
仕方がないと言う口ぶりだが瞳には、自分でも使ってみたいと言う好奇心が見えかくれしている。
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