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老人の昔話

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フローラの姉を買ったと思われるスバイア村の貴族の情報を集めようと 街を歩いていると、フローラが何かを発見したらしく興奮して俺の名前を呼んでいる。

画廊らしく青いドレスを着た 綺麗な若い夫人と、夫らしき二人が書かれている肖像画が飾ってある。
「あの絵のモデル。・・ 私のお姉ちゃんです」
「えっ?」
驚く俺にフローラが激しく間違いないと首を縦に振る。

もう一度、絵とフローラを見比べる。口元や瞳の色が似ている。
言っていた通り左目の下に泣きぼくろがある。しかし、なんとも大胆なことをする。元奴隷なのに・・。
誰かが探しにくると思ってないのか? 気にしてないのか? どちらにせよ飾ってあることを考えれば、ここでは公認の仲なのかもしれない。

さらに細かく絵を見ると、手元に目が止まる。左手薬指に大きなダイヤモンドが光り輝いている。
( 姉妹仲がいいと思ったが・・)
これでメイドの線は消えたが、そうなると簡単には面会できない。
難易度が上がったな。

何かの商人に変装して近づくしかない。しかし、簡単ではない。
相手が欲しいと思わせる品物でないと無理だし、それらしい衣装や商品を用意するのも大変だ。フローラとの設定のすり合わせ・・。 
どう頑張っても一週間はかかる。 
しかし、その前に金が足りるかどうか・・。
相談しようとフローラは見ると 絵を熱心に見ている。フローラは、まだその事実に気づいてないようだ。

自分の知らないところで姉が結婚してると知ったら、フローラはさぞショックだろう。
言うべきか・・だが・・ 躊躇われる。
「おいこら!ガラスが汚れるだろう」
店主が怒鳴りながら出てくると、ショーウインドウから離れるように追い立てられる。
これ見よがしに店主がガラスに息を吹きかけると、ポケットからハンカチを取り出して拭き始めた。
貧乏人に用はないということか。

水を差された形になりジャックは出直そうと考えてた。しかしその側からフローラが 、店主の肩をたたいて姉の絵を指差す。
「ねぇ、あの奥に飾ってある肖像画の女の人は誰?」
「んっ、ああ、あれはウィリアム様の奥様だよ」
(あっ)
「奥様!!」
 フローラが大声を上げる。まさかこんな形で知ることになるとは。
見てられないと自分の顔を覆う。

「そうだ」
「ちょっとその話、詳しく聞きたいんだけど」
フローラが店主の腕を取ると 店の奥へ連行する。フローラの知りたい気持ちが分かるジャックは、フローラの肩を叩くとジェスチャーで外で待っていると伝える。女一人の方が口が軽くなるし、万が一俺の正体がバレたら 村にいられなくなる。

*****

画廊の店主が突然話しかけられて 警戒していたが、私も玉の輿に乗りたいと言うと態度がガラリと変わって、饒舌になった。

店主の話では何でも旅先で運命的な出会いをして、そのままこの村に連れてきたみたいだ。急な話だから村のみんなは驚いたが、喜んでいるらしい。 
物は言いようだ。ロマンチックな言葉で誤魔化している。
そりゃ、お金で買いましたとは言えないだろう。言えば皆の信頼もガタ落ちだ。でも、お姉ちゃんを奴隷商人から救ってくれたことには感謝してる。
婚約指環をお姉ちゃんに贈ったのなら本気なのかな?
(・・・)

「どうして、みんな知らない人なのに受け入れたんですか?」
「それは、仕事、仕事で一生独身だと思ってたからさ」
「だからって・・」
「今は婚約中で近く結婚式をするという話だ」
これで終わりというように追い出された。 運命の出会い。本当にそんな事があったのだろうか?

お姉ちゃんの鈍感は筋金入りだ。
村にいた頃、お姉ちゃんを好きだから男の子たちが色々持ってくると言ったら、『私を好きなのか』と、本人たちに確認した。全員が『たまたま』とか『余ってた』とか答えた。誰だって自分の気持ちを知られるのは恥ずかしい。それなのに額面通りに受け取って、 それ見たことかとドヤ顔した。 親切な人だかりだと感謝していた。
本当に相手の思いが通じてるか不安だ・・。

それはともかく、待遇は良さそうだ。 無理やり結婚してないのも好感が持てる。後はお姉ちゃん本人の気持ちを確かめないと。それが一番重要だ。


フローラはジャックを探して商店街をうろつく。
お姉ちゃんが結婚すると決めたなら、私はどうしよう・・。 姉のところに世話になるのもいいが、かしこまった生活は息がつまりそう。
(貴族だし・・)

私は呼べば返事が返ってくる小さな家がいい 。故郷に帰っても誰も待ってない 。1ヶ月も放っておいたから掃除が大変だ。大変と言えば 女一人で食べていけるかどうか。
頭の中で姉と二人ぶんの仕事を自分一人で出来るかどうか計算してみる。 
家や身の回りのことは何とかなるけど畑仕事は自分の食べる分だけで精一杯だ。 やはりもう一人にないと・・。

不意に畑仕事をしているジャックの姿が浮かぶ。
(えっ?)
フローラは思わず立ち止まる。
こんな想像するなんて。
 私・・・ジャックと暮らしたいと思ってるの?
畑仕事の手を休めてジャックが 額の汗を拭う。 私に気づいたジャックが嬉しそうに笑う。いそいそと側に行くと ジャックが私の腰に手を回す。そして、ジャックの顔が近づいて・・。

ああ、ダメ。ダメ。ストップ!ストップ! 自分の妄想に自分でストップをかける。 でないと、どんどん先に進んじゃう。
熱くなった頬に手で風を送る。それでも火照りが収まらない。
フローラは落ち着こうと深呼吸する。決めたでしょ! お姉ちゃんの事が終わってから自分の身の振り方を考えるって。 先走りそうになる自分を戒める。

** 老人の昔話**

ジャックは居心地の悪さに、落ち着きなく足を踏み換える。これだけ人間ばかりだと正体を見破られるのではないかと、気が気でない。人間はパニックになると暴力的になる。目立たないように壁にもたれて早くフローラが戻ってこないかと何度も来た道をみてると、通りの反対側で酒を飲んでいる老人に声をかけられた。
「兄ちゃん。こっちに来なよ」

アンデッドが人間の中で生き延びるには用心深くないと駄目だ。だから、この老人が自分のことを観察していることは知っていた。
ジャックは知らぬふりを決め込むが、しつこく何度も声をかけてくる。
「兄ちゃん。あんただよ。紺色の外套を着てるあんただよ」
これ以上騒がれた注目される。
仕方なく同じテーブルにつくと老人が指を鳴らして酒の注文する。
(どうして昼間から酔っ払いの相手をさせられるんだ。 ついてない)

俯いて顔が見られないように、斜に構える。
「何か用か?俺は人を待ってるんだ」
「知ってる。『人間』の女だろう」
 老人のアクセントにジャックの指骨がピクリと動く。
バレてるのか?
カマをかけているのか? 
老人の真意がつかめないジャックは極力反応示さないようにする。
「お前を見てると、俺のひい爺さんを思い出す」
「・・」
 老けてると言いたいのか?憮然とした態度で運ばれてきた酒を口に運ぶ。

「ひい爺さんは人間とアンデッドのハーフなんだ」
「なっ!」
 つるんとグラスが滑り、ガタンと音を立ててテーブルに落ちた。
驚いて顔を上げると老人が、したり顔をする。 
その瞬間、視線がぶつかり合う。俺をアンデッドと知ってて言ってる。ただの悪ふざけだと立ち上がった。
「気の短い男だな。まだ酒が残ってるのにもったいない」
 老人がグラスを掴みながら俺を見上げる。その目は、行っていいのかと脅している。ジャックはギリッと歯牙を噛む。

老人が指を鳴らして店員に俺を指差す。 無言で乱暴に椅子に座ると残りの酒を一気に煽る。 戯れ言にしても趣味が悪い。
「信じられないのは分からる。俺だってひい爺さんがアンデッドの姿になるまでは信じられなかったからな」
「・・・」
どこか懐かしむ老人の語りに耳を傾けたくなる。

「何を訳のわからない事。アンデッドには、その・・ モノが無いんだから、どうやって子供を作るというんだ」
「そりゃ、別のモノを押し込む
んだろう」
「なっ」
あまりにも馬鹿げてる。腕や足の骨を外して代用するというのか!
怒鳴りたいの我慢して立ち上がると、丁度 酒が運ばれてきてタイミングを逃す。老人が自分のグラスを見ながら思い出話を口にする。
その視線は俺ではない誰かを見ている。
「そう怒るな。もう一杯だけ付き合え」
他のテーブルからの視線に渋々座りなおす。
「ひい爺さんの話の中で今でも覚えてるのは、人間の母親が時々 丸くて赤い痣を胸とか腕とかにあったらしい。 それで、どうしたんだと聞いたら笑いながら お父さんがつけたと答えたんだと」
「っ」
視界が、ぐらりと揺れる。 老人の言葉にフローラの胸につけたら痣が浮かぶ。赤くて丸い・・痣。
老人に動揺を悟られないように必死にグラスを握って正気を保つ。
「やっぱり、覚えがあるんだな」
老人が、お前のことなどを見通しだとニヤニヤする。ジャックは、つっけんどんに突き放すと老人が肩を竦める。
 「なっ、何のことかわからない」

「俺は一度 拷問されたことがある」
突然の老人の暗い声に驚いて顔を見ると老人が自分の太ももをさする。 
「太ももにアンデッドの指を刺された。 あの火のつくような痛みは忘れない」
その拷問方法は俺も知っている。
「それなのに ひい爺さんの母親が笑っていたのは何故か? 」
「何故だ?」
それは最も知りたいことだ。フローラに痛がるそぶりはない。我慢してるのか?本当に痛くないのか? 

俺が食いついた事が面白いらしく 老人の口が横に広がる。
 そのことに腹を立てて噛み付く。
「笑ってないで、知ってるならさっさと言え!」
弄ばれてると分かっても 続きが気になる。
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