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潜入開始

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準備も整い。メイド服に着替えたフローラと、パラダイスに潜入しようとしたが、何故かフローラが 俺に向かってズタ袋の口を開ける。
このままではフローラに、力尽くで体をバラバラにされると恐れて、慌てて逃げるようにパラダイスに先に入る。



色々とあったが、フローラと無事合流出来た。
フローラを人目につかぬ場所まで連れて行くと、作戦の最終確認する。
フローラを一人で行かせるかと思うと、腰椎の辺りがキリキリと痛む。
穏便に行動するなど、フローラの性格向きじゃない。騒ぎを起こしそうで、いっそのこと自分も女装すればよかったと、後悔するほどだ。

しかし当の本人には、今からパラダイスに潜入すると言うのに落ち着いている。 と、言うよりワクワクしてる。
目がキラキラだ。少しは緊張感をもってほしいのに・・。
「キャサリンが姉でもすぐに戻れ」
「どうしてですか?」
「今逃げたら、すぐに追っ手が来る」 
姉がフローラと同じなら良いが、そうでないなら 足手まといになる。なるべく居なくなったと気付かれるまで、時間を稼ぎたい。

「だから、他のメイドたちが寝静まってから 救出だ。分かったな」
「オッケー」
フローラが指で丸を作る。軽い。軽すぎる。メイド服に影響されているのか。それとも姉に会えるとテンションが上がってるのか。何時ものフローラらしくない。思わず本音が漏れる。
「心配だ」
「大丈夫ですよ。物を盗んだりしに行くわけじゃないですから。見つかっても、せいぜいつまみ出されるねくらいですよ」
心配ないとフローラが 親指を立てる。
女の子と言うより、イタズラ盛りの男の子だ。そんな姿に苦笑する。

最悪の事態が起きるとも限らない。
頭では分かっていても心配でたまらない。まるで子供の旅立ちを見送る親の気分だ。
ジャックはフローラの手を取ると、まっすぐ目を見て言う。
「忘れ物は無いな。俺が言ったことを忘れるな。ダメだったら、他の方法を考えればいいんだから無理するんじゃない。ピンチの時は、俺の名前を呼べば必ず助け」
「分かりましたから」
 フローラが途中で話を遮ると、俺の中指骨を叩く。
「・・・」
そうだ。フローラが決心しているんだ。 俺も腹をくくって 送り出すしかない。
行ってこいと手を離す。
「気をつけるんだぞ」

すると、フローラの方からぎゅっと俺に抱きついてくる。心のどこかでは不安なんだ。安心させるようにフローラを抱きしめると上腕骨に力を込める。
「・・・」
「・・・」
フローラの手が肩甲骨から第6肋骨へと動く。俺も抱きしめている上腕骨をゆるめる。フローラが俯いて自分のを見つめていたが俺の肋骨を押すと、その手が名残惜しそうに俺の中手骨を握る。大きくしに呼吸して顔を上げたフローラの瞳には、強い光を放っていた。
覚悟したことが伝わってくる。

「・・・」
「・・じゃあ、行ってきます」
 そう言って手を離すと、振り向きもせずスタスタ歩く。
パラダイスに向かうフローラを ジャックは黙って見送る。
(頑張れ。フローラ)

****

フローラはジャックのアドバイスに従って、パラダイスに入るとすぐにトイレの一番奥に身を潜める。
ジャック曰く女子はよくトイレに行くから、入れ替わるのに都合が良い場所だと言う。 反論したいところだが 、男子に比べれば確かにトイレは近い。

しばらくすると、女の子たちの話し声が近づいてくる。
ジャックの読み通りだ。
「もう、疲れたよ~。こんな事するために働いてるんじゃないのに~」
(こんなこと?)
 何を愚痴ってるんだろう。
ドアを少しだけ開けて様子を伺う。
綺麗に化粧して、お姫みたいだ。
でも、二人ともメイド服に似つかわしくない桶を持っている。

 二人がトイレに入ってくると桶を置いて、鏡に向かって髪を直し始める。
ジャックの用意してくれた服と同じだ。これなら自由に動き回っても怪しまれない。
「仕方ないよ。掃除のおばちゃんが風邪引いたんだから」
「だからって、私たちも駆り出さなくても。昨日の夜だってこき使われたし」
なるほど、だから誰も居なかったんだ。だったらキャサリンも掃除してるはず。
「いいじゃない。その分、上乗せするって言うんだから」
「それは、そうだけど・・早くおばあちゃん戻ってきてくれないと、爪が割れちゃう」
ぶつぶつと文句を言いながら二人が隣の個室に入る。

音を立てないように個室から出ると、桶を拝借して 店の奥へとまっすぐ進む。行き止まりだったら別の廊下
を進めばいい。行き当たりばったりの行動だが、まずは他の女の子を探さないと。そう思っていると女の声がする。声を頼りに進んでいくと開いた扉を発見。
(ここかな?)

そっと中の様子を覗いてみると、3人がけのソファーにローテーブル。この組み合わせが、広い部屋いっぱいに置いてある。
(ここが店ね)
そこを5、6人のメイドが掃除をしている。フローラはヘッドドレスの下の髪の色を確かめようとドアから半身を出す。
(違う。違う。違う・・)
自分と同じ金髪の女の子がいない。

 諦めて次の部屋に行こうとした時、自分のより少し年上のメイドと目が合ってしまった。ついてない。
しかし、大丈夫。こういう時の対処法を事前にジャックから教えてもらってる。
『もし見つかったら。逃げずに、逆に近づけ。逃げると追いかけられる。運よく逃げられても、警備が厳重になって、次の潜入が難しくなるから、 いいことがひとつもない 』

フローラは目の合ったメイドに会釈すると、わざと桶を重そうに歩く。
「あの・・キャサリンのところに手伝いに行けと言われたんですけど、場所がわからなくて・・」
「ねぇ、 みんな。キャサリンは、
どこを掃除してるか知ってる?」
お姉さんが同じ部屋で掃除をしている他のメイドに声をかける。


礼を言って部屋を出ると、フローラはポケットから見取り図を取り出す。
「貴賓室。貴賓室・・」
確か貴族とか、金持ちとかが案内される部屋だったはず。
ジャックが一緒に潜入できない分、 衣装だけでなく色々と手を尽くしてくれた。
実は もう一度宿舎に潜入しようとしたが、ジャックに止められた。一部屋、一部屋訪ねるより 店の方が効率が良いと説得された。
『夜は客がいるから、間違ったドアを挙げてトラブルに巻き込まれる可能性がある。だから、開店準備で人が ごった返している時間帯が安全だ』

心配し過ぎだと言ったが、真顔で首を振られた。
『明日の朝まで待って。その間に見取り図を手に入れてやる』
どうやって?という言葉が出かかっが、フローラは黙って頷く。
ジャックの仕事がどんなものか知らない。聞くといつも誤魔化される。
(まさか、泥棒じゃないわよね ?)
そんな事を考えてるうちに目的の部屋に着いた。もう一度、場所を間違えていないか 見取り図を見て確認する。

ドアの前でフローラは胸に手を置く。
とうとうここまで来た。
このドアの先にお姉ちゃんがいるかもしれない。
お姉ちゃんがさらわれてから20日。
いろんな事があった。でも、それも今日で終わる。今までの苦労が報われる。 ひどい目にあってないといいけど・・。どうか無事な姿を見せて欲しい。そう願いながら音を立てないように ドアノブを回す。

「失礼し・・ます」
あれ?誰もいない。
ガランとした部屋を見ます。さっきの部屋の半分ほどの大きさだけど、置いてある家具は私の目から見ても高級品だと分かる。さすが貴賓室。
お姉ちゃんとの感動の再会を期待してたのに、拍子抜けする。
がっかりしたような、安心したような、複雑な気持ちだ。
仕方ない 戻ってくるまで外で待ってよう。そう思って出て行こうとする私を 止めるような魅惑的な臭いがする。
(この臭いは・・)

匂いに誘われるようについ立ての裏に回ると、テーブルの上にご馳走が並べられてある
ワインに果物。パイに肉料理。
これが噂に聞くローストポーク?
肉の焼けたいい匂い。
口の中によだれが溜まる。
そう言えば、しばらく肉を食べていない。

少しだけなら・・。否、駄目だ。
つまみ食いしようとする自分を止める。目的が違う。お姉ちゃんかどうか、確かめるのが一番だ。
「ぐうっ~」
でも体は正直で、お腹が空いたと訴えてくる。ずっと野宿続きだし、宿で食べるのも肉なしシチュー。 肉の誘惑に負けそうになる。もう一度、部屋を見回す。誰もいないか確認する。
誰も見ていない。少しだけなら・・。バレたら殴られる。

でも、キャサリンが戻って来るまで時間はある。それなら、せめて匂いだけでもたっぷり嗅ごう。皿に鼻を近づけて思い切り息を吸い込む。
(んー美味しい匂い。まさにパラダイス)

「さすがキャサリン。気が利くな」
部屋の外から聞こえてきた男の声にハッとする。
大変だ。客を連れて戻ってきた。
こんなところを見られたら追い出される。
(どこかに隠れなくちゃ!)
どこ?どこ?どこに隠れたらいいの?
ソファーもテーブルも、身を隠せそうにない。焦るフローラの目に、ご馳走が並んでいるテーブルが留まる。

ここだ!
 間一髪、ドアが開く同時に、テーブルクロスをめくってテーブルの下に隠れる。しかし、すぐに後悔した。
隠れる 必要などなかった。
掃除が終わったと言って出て行く時に確かめる済む事だったのに・・。
盗み食いしようとしてたから バチが当たったのかな。
 こうなっては、2人がこの部屋からいなくなるまで待つしかない。
でも、いいや。これでお姉ちゃんか、どうか分かる。
「ギャレット様だからですよ」
フローラはキャサリンの声に首をかしげる。お姉ちゃんが、こんな猫なで声出せる?違うような・・。

姿を見ようと待っているが入ってこない。姿を見ようにも衝立が邪魔で見えない。焦れたフローラは キャサリンの顔を見ようとテーブルクロスをめくる。
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