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生け贄にされる条件
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ザイラスから自分が、どうしてバンパイアの生け贄に されたか、その理由を聞かされたオリビアは、父である国王の冷酷な決断を皮肉に思う。
王女として何一つ恩恵を享受していないのに、こんな時だけ 血を引いているからと利用する。
(私の事など忘れてくれれば いいものを・・)
ポポが私の 前を行ったり来たりする。
「 王族であることは勿論だが それと別に もう一つ条件がある」
立ち止まると勿体つけるように 言葉を続ける。
「穢れ無き乙女か どうかだ」
「穢れ無き?」
汚れていないとか ・・ 罪を犯していない とか・・ そういう意味?
漠然とした言葉に オリビアは小首を傾げる。
すると、ポポが どこか意地悪な笑みを浮かべる。
何?何を言おうとしてるの?オリビアは 無意識に身構える。
「何だと思う?」
「 処女か、どうかだ」
「なっ、なっ、なっ」
「おい!先に言うなよ」
ザイラスが ズバリと答える。あまりにもプライベートな質問に 顔が 赤くなる。
勿論、そうだけど。 そうだと認めることさえ 恥ずかしい。
「 処女なんだろう?」
オリビアは無神経に聞いてくるザイラスから身を引く。 すると、さらに 顔を近づけてくる。
ベッドの上では、すぐに逃げ場がなくなる。
だからと言って、その事を口にするのは無理。
だから、顔を背けて ジッとしていると ザイラスが私の首元を クンクンと匂いを嗅いでくる。
何?何にしてるの? 私、汗臭い? それとも血なまぐさいと 言いたいの ?緊張して縮こまる。
「 どうだ ?」
ザイラスが匂いを嗅ぐのをやめると ポポが興味津々で聞く。
しかし、ザイラスは渋い顔で首を横に振る。
「 分からん」
「 それは、残念だったね」
ポポが愉快そうに言うと 怒ったサイラスが投げ飛ばす。 しかし、綺麗に回転して その場に着地する。
「黙れ!」
「 なんだ。本当のことを言われて悔しいか?」
「 悔しくない!」
ムッとした ザイラスが またポポを投げ飛ばす。 今度も、何事もなかったように 着地する。
「なら、どうして俺は投げ飛ばす」
「くっ」
「 ほら見ろ。 何も言い返せない」
私そっちのけで喧嘩している。
(一体、何が原因?)
何が何やら。 困惑したまま二人のやり取りを 見守っていたが 終わりそうにない。
「 あの・・ 何が分からないんですか?」
恐る恐る 声を掛けると 二人が喧嘩をやめて私を見る。
「んっ」
「 ああ、こいつは 狼だから 人間の何万倍も臭いを 嗅ぎ分けられるんだ」
ポポが そう言ってザイラスを顎でしゃくる。
狼? と言う事は 二人とも動物。
私は動物に助けられた事になる。
しゃべる動物に 人間に変化する動物。 次から次へと 色んな事があり過ぎて もはや何があっても驚かない。
「はぁ・・」
しかし、だから、それがどうしたの?
動物なんだから 匂いに敏感なのは当たり前なのに。
何を言いたいのか ピンとこない。
気のない返事をする私に ポポが頭の悪い子供に 噛んで含めるように説明する。
「 だ・か・ら・、匂いだけで 性別、年齢、結婚してるか 、恋人募集中とか 、後は・・」
まあ、それくらいなら 分ってもおかしくない 。モリーに犬同士は、お互いの臭いを 嗅ぎあって 相手を見つけると聞いたことがある。
「 病気とか・・色々わかるんだ。 メインは気持ちだな」
「 それって・・心が読めるということですか ?」
流石に、それには驚く。 思わずサイラスを見ると 相変わらず渋い顔のままだ。 こういう話題は嫌なのだろうか?
「そうだよ。オリビアが どんなことを考えているか分かるんだ」
そう言ってポポが脅かしてくる。
自分の心を読まれるなんて恐ろしい。 でも、私は平気 。だって、私は二人に対して何も隠していないし、 私自身にも秘密はない 。
サイラスが ポポの頭を力いっぱい殴る。それを見てオリビアは 痛そうに顔を顰める。
ポポが目を白黒させてフラフラする。
「 適当なこと言うな。 私に心読む力など無い」
「またまた。 自分に好意を持っているか、どうか分かるって言っただろう。 オリビアの前だからって隠さなくてもいいのに」
「違う!」
なるほどザイラスは 前にそういう経験があるという事なのね。
ポポが頭をさすりながら文句を言うと ザイラスが面倒くさそうに答える。
「 ・・俺が、分かるのは 恐れとか、怒りとか、悲しみとか そういう感情だ」
「 感情・・」
それだけでも十分凄い。
私の匂いを嗅いだのは 私が怖がっていないかどうか 確かめようとしたんだ。でも、分からないって・・。どう言う意味なんだろう。
オリビア 小首を傾げる。
「 無駄話は、ここまでだ。 体力をつけるためにも食事にしょう」
うんざりしたようにザイラスが、話を切り上げる。
***
オリビアは ザイラスが用意してくれた スープを前に苦戦していた。
腕は、ゆっくりしか動かないし 指先に至っては感覚が鈍い 。それでも何とか、自分で食べられると言った手前 やるしかない。震える手でスプーンを口元へと運びながら 口出しせずに、ずっと見守っているザイラスを盗み見る。
きっと、まどろっこしいと思っているはず。
しかし、何も言わない。 思いのほか忍耐強いかも。
騎士ような男性なのに 私のような者の気持ちを優先してくれることに 少なからず驚く。
城内では 男が言ったことは絶対で、私たち女は従うのが当然という風潮だ。
見た目と違って、実はとても繊細なのかもしれない。
口の中に流れ込んできた 素朴な味に 懐かしさを覚える。
一口食べただけで スプーンが指から落ちる。
すると、サイラスが落ちたスプーンを拾うと スープを掬って差し出す。
「あ~ん」
「・・・」
オリビアは差し出されたスプーンを見つめる。自分では、あと一口が限界だろう。
食べさせてもらうなど 申し訳ないと思うが、 病人なんだから甘えても問題ない。そう自分を納得させると、 催促するように自分から口を開ける。
すると、ザイラスが 相好を崩す。
母鳥よろしく 何度もスプーンを運んでくれる。
***
満腹になったオリビアが、すやすやと寝ているのをザイラスは 微笑ましく見つめる。
どんな声かと想像していたが 美しい声だった。甘くて、ソフトで、耳障りがいい。
いつまでも聞いていない声だ。 その可愛い声で名前を呼んでほしいものだ。
サイラスは靴を履いたままオリビアの隣に横になると 片膝をついてオリビアの後れ毛を耳にかける。
あの時は助かる可能性が薄かった。
王女の白い柔肌は 血が流れて色を失い冷たくなっていた。
< 回想 >
ザイラスは居間に自分の血で書いた 魔法陣の中に王女をそっと寝かせると ドレスを脱がせて拾い集めた手足を正確な位置に合わせる。
「ポポ、手伝え 」
自分の血で術式を書いて つなげでいく。
正確に、しかも迅速に。時間との勝負。
全ての手足を繋ぎ合わせたときには 精も根も尽き果てていた。
やれるだけの事はやった。
後は本人の生きたいと思う気持ち次第。
( 死なないでくれ・・)
瀕死の王女の額に 自分の額を押し付けると 心を込めて祈りを捧げる。
全ては約束を守るために。
***
オリビアはザイラスが食べさせてくれた スープの味に夢の中で乳母のこと思い出す。
< 回想 >
モリーと仕事をしていると 厨房の入り口からマリアが顔を覗かせる。
「 オリビア。いる?」
「マリア!」
オリビアは うれしい驚きに立ち上がると マリアに駆け寄って久しぶりに、その顔を見る。
白髪交じりの髪をシニヨンに結って いつも心配事があるような顔をしている 老婦人。それがマリア 。
「どうしたんですか?突然訪ねてくるなんて」
抱き合って喜んでいると気を利かせたモリーが席を外す。
「 元気そうで何よりだわ。・・3ヶ月ぶりかしら?」
「4ヶ月ぶりです」
マリアが私の手を取って包み込む。
その手は皺だらけだけど暖かく優しい。
「 マリアも お変わりありませんか?」
思慮深いマリアが仕事中の私を尋ねたりしない。私の立場を考えてくれて目立たないように気を使ってくれる。それに、別の棟に住んでいてここまで来るのは、よほどのことだ。
もしかして・・お母様に何かあったの?
「 まさか?」
「いいえ。フランシーヌ様は、お元気よ」
マリアが安心させるように 首を横に振る 。
オリビアはホッとして肩の力を抜く。
「 では、何で来たんですか?」
すると、マリアが今までに見たことがないくらいの笑顔をする。 余程、良い事があったようだ。
「あなたに会いたいと 国王陛下に言われたの」
「お父様が?」
オリビアは耳を疑う。 俄には信じられない 。
アデイン国王は跡継ぎの男子に恵まれず 次々と妻を娶り子供を産ませ続けていて 私は第4 王妃の二女と して生を受けた。
しかし、生まれたのが女子だとわかると お父様も、お母様も興味をなくし、 名前さえつけてくれなかった。
もちろん、乳母も家庭教師もいない。
見かねた お母様の乳母のマリアが、私に名を付けて、引き取って育ててくれた。 マリアが、いなかったら私は産まれてすぐに 死んでいただろう 。
それ以来 無視され続けてきたのに。
ずっと放っておいたくせに どうして?
マリア と違ってオリビアは素直に喜べない。
**
マリアに手伝ってもらって身支度を整えると そのまま一緒に謁見の前と歩き出す。
昔この廊下を お父様に娘として認めて貰おうとマリアに手を取られて何度も歩いた。
「 何も心配いらないわ 」
「わかってます」
マリアの言葉も、私の返事も何一つ本当ではない。
なんど悲しい思いで、戻ってきたことか。
3歳になれば。 5歳になれば。 いつか きっと私の存在を認めてもらえると信じて 疑わなかった。 16歳の誕生日を最後に 諦めたはずなのに 心のどこかで、今回はと期待している。
お父様、自ら私を呼んだんだもの大丈夫 。そう言い聞かせても気が晴れない。
なぜ気が変わったか 理由が全く思い当たらない 。その事が不安を煽る。
今更、虫のいい事を言っていると 言う反発。
とうとう認めてもらえるという期待。 また裏切られるかもしれないと言う恐怖。
そのな事を考えていると 次第に歩みを遅くなる。
「・・・」
初めての対面で失敗したら? 貧乏くさいとお父様に嫌われたら?
「オリビア?」
突然の呼び出しが全て 吉報とは限らない。
もし城からを出て行けと言われたら?
オリビアは立ち上がると マリアの手を掴む。
行きたくないと、不安だと、 弱音を吐きたい 。
「マリア・・私・・私」
「ああ、 お二人とも いらっしゃったんですね」
男の声に振り向くと 王室担当のイグール大臣が立っている。 その姿を見てオリビアは 時間切れだとマリアの手を 後ろ髪引かれる思いで離す。
「お待たせしてしまったかしら?」
「 いいえ、丁度いいタイミングです。 こちらの方がフランシーヌ様の二女のオリビア様ですか ?」
大臣が、 品定めするような視線を送ってくる。
(様?大臣が私の名前に様をつけた・・)
生まれて初めて敬称をつけられて 違和感を感じる。
「ええ、そうです。オリビア」
「初めまして」
マリアに流されてオリビアは挨拶をしながら 相手の顔色を見る。 別に私をバカにしている様子は無い。 お馴染みの同情の色も浮かんでない。逆に にこやかに微笑みかけられて オリビアは、ぎこちなく笑みを返す。
「マリアは、ここで下がれ。ここからは私が案内する」
「はい」
帰ろうとするマリアの腕をつかむと 一人にしないでと目で訴える。急すぎる 。
「待って!」
マリアが穏やかな笑みで私は見る。 その目には光るものが。
「オリビア、私の役目はここまでよ。 国王陛下が、あなたを王女と認めてくださったのよ」
「でも・・」
確かに望んでいたけれど・・。
誰一人として知り合いのいる場所に 放り出されるかと思うと 迷子の子供のように不安で不安で仕方ない。
「あなたの念願の夢が叶ったのよ。 これからは王女として生きていくの」
「・・・」
わかっていても マリアと離れたくない。 一度離れてしまえば二度と会えない気がする。
「オリビア。・・ いえ、オリビア様。どうか、お元気で」
それでも手を離さない私にマリアが首を振って手を外す。 何故か、 永遠の別れのような気がする。 熱を出した私を看病してくれたのも、 絵本を読んでくれたのも、 いじめられて泣いている私の涙をふいてくれたのもマリアだ。
今まで仲良くしてくれた人たちとの別れを意味するなら、今のままでいい 。王族の身分などいらない。
「オリビア様。国王陛下がお待ちです」
「・・・」
「はら、 行きなさい」
躊躇う 私の背中 をマリアに押されて歩きだす。
振り向くとマリアが頷く。
「さぁ、謁見の間に行きましょう」
大臣と歩きながらも、オリビアは、今までの仕打ちを考えると嘘かもしれないという気持ちが捨てきれないでいた。
私は本当に王女として生きていけるの?
王女として何一つ恩恵を享受していないのに、こんな時だけ 血を引いているからと利用する。
(私の事など忘れてくれれば いいものを・・)
ポポが私の 前を行ったり来たりする。
「 王族であることは勿論だが それと別に もう一つ条件がある」
立ち止まると勿体つけるように 言葉を続ける。
「穢れ無き乙女か どうかだ」
「穢れ無き?」
汚れていないとか ・・ 罪を犯していない とか・・ そういう意味?
漠然とした言葉に オリビアは小首を傾げる。
すると、ポポが どこか意地悪な笑みを浮かべる。
何?何を言おうとしてるの?オリビアは 無意識に身構える。
「何だと思う?」
「 処女か、どうかだ」
「なっ、なっ、なっ」
「おい!先に言うなよ」
ザイラスが ズバリと答える。あまりにもプライベートな質問に 顔が 赤くなる。
勿論、そうだけど。 そうだと認めることさえ 恥ずかしい。
「 処女なんだろう?」
オリビアは無神経に聞いてくるザイラスから身を引く。 すると、さらに 顔を近づけてくる。
ベッドの上では、すぐに逃げ場がなくなる。
だからと言って、その事を口にするのは無理。
だから、顔を背けて ジッとしていると ザイラスが私の首元を クンクンと匂いを嗅いでくる。
何?何にしてるの? 私、汗臭い? それとも血なまぐさいと 言いたいの ?緊張して縮こまる。
「 どうだ ?」
ザイラスが匂いを嗅ぐのをやめると ポポが興味津々で聞く。
しかし、ザイラスは渋い顔で首を横に振る。
「 分からん」
「 それは、残念だったね」
ポポが愉快そうに言うと 怒ったサイラスが投げ飛ばす。 しかし、綺麗に回転して その場に着地する。
「黙れ!」
「 なんだ。本当のことを言われて悔しいか?」
「 悔しくない!」
ムッとした ザイラスが またポポを投げ飛ばす。 今度も、何事もなかったように 着地する。
「なら、どうして俺は投げ飛ばす」
「くっ」
「 ほら見ろ。 何も言い返せない」
私そっちのけで喧嘩している。
(一体、何が原因?)
何が何やら。 困惑したまま二人のやり取りを 見守っていたが 終わりそうにない。
「 あの・・ 何が分からないんですか?」
恐る恐る 声を掛けると 二人が喧嘩をやめて私を見る。
「んっ」
「 ああ、こいつは 狼だから 人間の何万倍も臭いを 嗅ぎ分けられるんだ」
ポポが そう言ってザイラスを顎でしゃくる。
狼? と言う事は 二人とも動物。
私は動物に助けられた事になる。
しゃべる動物に 人間に変化する動物。 次から次へと 色んな事があり過ぎて もはや何があっても驚かない。
「はぁ・・」
しかし、だから、それがどうしたの?
動物なんだから 匂いに敏感なのは当たり前なのに。
何を言いたいのか ピンとこない。
気のない返事をする私に ポポが頭の悪い子供に 噛んで含めるように説明する。
「 だ・か・ら・、匂いだけで 性別、年齢、結婚してるか 、恋人募集中とか 、後は・・」
まあ、それくらいなら 分ってもおかしくない 。モリーに犬同士は、お互いの臭いを 嗅ぎあって 相手を見つけると聞いたことがある。
「 病気とか・・色々わかるんだ。 メインは気持ちだな」
「 それって・・心が読めるということですか ?」
流石に、それには驚く。 思わずサイラスを見ると 相変わらず渋い顔のままだ。 こういう話題は嫌なのだろうか?
「そうだよ。オリビアが どんなことを考えているか分かるんだ」
そう言ってポポが脅かしてくる。
自分の心を読まれるなんて恐ろしい。 でも、私は平気 。だって、私は二人に対して何も隠していないし、 私自身にも秘密はない 。
サイラスが ポポの頭を力いっぱい殴る。それを見てオリビアは 痛そうに顔を顰める。
ポポが目を白黒させてフラフラする。
「 適当なこと言うな。 私に心読む力など無い」
「またまた。 自分に好意を持っているか、どうか分かるって言っただろう。 オリビアの前だからって隠さなくてもいいのに」
「違う!」
なるほどザイラスは 前にそういう経験があるという事なのね。
ポポが頭をさすりながら文句を言うと ザイラスが面倒くさそうに答える。
「 ・・俺が、分かるのは 恐れとか、怒りとか、悲しみとか そういう感情だ」
「 感情・・」
それだけでも十分凄い。
私の匂いを嗅いだのは 私が怖がっていないかどうか 確かめようとしたんだ。でも、分からないって・・。どう言う意味なんだろう。
オリビア 小首を傾げる。
「 無駄話は、ここまでだ。 体力をつけるためにも食事にしょう」
うんざりしたようにザイラスが、話を切り上げる。
***
オリビアは ザイラスが用意してくれた スープを前に苦戦していた。
腕は、ゆっくりしか動かないし 指先に至っては感覚が鈍い 。それでも何とか、自分で食べられると言った手前 やるしかない。震える手でスプーンを口元へと運びながら 口出しせずに、ずっと見守っているザイラスを盗み見る。
きっと、まどろっこしいと思っているはず。
しかし、何も言わない。 思いのほか忍耐強いかも。
騎士ような男性なのに 私のような者の気持ちを優先してくれることに 少なからず驚く。
城内では 男が言ったことは絶対で、私たち女は従うのが当然という風潮だ。
見た目と違って、実はとても繊細なのかもしれない。
口の中に流れ込んできた 素朴な味に 懐かしさを覚える。
一口食べただけで スプーンが指から落ちる。
すると、サイラスが落ちたスプーンを拾うと スープを掬って差し出す。
「あ~ん」
「・・・」
オリビアは差し出されたスプーンを見つめる。自分では、あと一口が限界だろう。
食べさせてもらうなど 申し訳ないと思うが、 病人なんだから甘えても問題ない。そう自分を納得させると、 催促するように自分から口を開ける。
すると、ザイラスが 相好を崩す。
母鳥よろしく 何度もスプーンを運んでくれる。
***
満腹になったオリビアが、すやすやと寝ているのをザイラスは 微笑ましく見つめる。
どんな声かと想像していたが 美しい声だった。甘くて、ソフトで、耳障りがいい。
いつまでも聞いていない声だ。 その可愛い声で名前を呼んでほしいものだ。
サイラスは靴を履いたままオリビアの隣に横になると 片膝をついてオリビアの後れ毛を耳にかける。
あの時は助かる可能性が薄かった。
王女の白い柔肌は 血が流れて色を失い冷たくなっていた。
< 回想 >
ザイラスは居間に自分の血で書いた 魔法陣の中に王女をそっと寝かせると ドレスを脱がせて拾い集めた手足を正確な位置に合わせる。
「ポポ、手伝え 」
自分の血で術式を書いて つなげでいく。
正確に、しかも迅速に。時間との勝負。
全ての手足を繋ぎ合わせたときには 精も根も尽き果てていた。
やれるだけの事はやった。
後は本人の生きたいと思う気持ち次第。
( 死なないでくれ・・)
瀕死の王女の額に 自分の額を押し付けると 心を込めて祈りを捧げる。
全ては約束を守るために。
***
オリビアはザイラスが食べさせてくれた スープの味に夢の中で乳母のこと思い出す。
< 回想 >
モリーと仕事をしていると 厨房の入り口からマリアが顔を覗かせる。
「 オリビア。いる?」
「マリア!」
オリビアは うれしい驚きに立ち上がると マリアに駆け寄って久しぶりに、その顔を見る。
白髪交じりの髪をシニヨンに結って いつも心配事があるような顔をしている 老婦人。それがマリア 。
「どうしたんですか?突然訪ねてくるなんて」
抱き合って喜んでいると気を利かせたモリーが席を外す。
「 元気そうで何よりだわ。・・3ヶ月ぶりかしら?」
「4ヶ月ぶりです」
マリアが私の手を取って包み込む。
その手は皺だらけだけど暖かく優しい。
「 マリアも お変わりありませんか?」
思慮深いマリアが仕事中の私を尋ねたりしない。私の立場を考えてくれて目立たないように気を使ってくれる。それに、別の棟に住んでいてここまで来るのは、よほどのことだ。
もしかして・・お母様に何かあったの?
「 まさか?」
「いいえ。フランシーヌ様は、お元気よ」
マリアが安心させるように 首を横に振る 。
オリビアはホッとして肩の力を抜く。
「 では、何で来たんですか?」
すると、マリアが今までに見たことがないくらいの笑顔をする。 余程、良い事があったようだ。
「あなたに会いたいと 国王陛下に言われたの」
「お父様が?」
オリビアは耳を疑う。 俄には信じられない 。
アデイン国王は跡継ぎの男子に恵まれず 次々と妻を娶り子供を産ませ続けていて 私は第4 王妃の二女と して生を受けた。
しかし、生まれたのが女子だとわかると お父様も、お母様も興味をなくし、 名前さえつけてくれなかった。
もちろん、乳母も家庭教師もいない。
見かねた お母様の乳母のマリアが、私に名を付けて、引き取って育ててくれた。 マリアが、いなかったら私は産まれてすぐに 死んでいただろう 。
それ以来 無視され続けてきたのに。
ずっと放っておいたくせに どうして?
マリア と違ってオリビアは素直に喜べない。
**
マリアに手伝ってもらって身支度を整えると そのまま一緒に謁見の前と歩き出す。
昔この廊下を お父様に娘として認めて貰おうとマリアに手を取られて何度も歩いた。
「 何も心配いらないわ 」
「わかってます」
マリアの言葉も、私の返事も何一つ本当ではない。
なんど悲しい思いで、戻ってきたことか。
3歳になれば。 5歳になれば。 いつか きっと私の存在を認めてもらえると信じて 疑わなかった。 16歳の誕生日を最後に 諦めたはずなのに 心のどこかで、今回はと期待している。
お父様、自ら私を呼んだんだもの大丈夫 。そう言い聞かせても気が晴れない。
なぜ気が変わったか 理由が全く思い当たらない 。その事が不安を煽る。
今更、虫のいい事を言っていると 言う反発。
とうとう認めてもらえるという期待。 また裏切られるかもしれないと言う恐怖。
そのな事を考えていると 次第に歩みを遅くなる。
「・・・」
初めての対面で失敗したら? 貧乏くさいとお父様に嫌われたら?
「オリビア?」
突然の呼び出しが全て 吉報とは限らない。
もし城からを出て行けと言われたら?
オリビアは立ち上がると マリアの手を掴む。
行きたくないと、不安だと、 弱音を吐きたい 。
「マリア・・私・・私」
「ああ、 お二人とも いらっしゃったんですね」
男の声に振り向くと 王室担当のイグール大臣が立っている。 その姿を見てオリビアは 時間切れだとマリアの手を 後ろ髪引かれる思いで離す。
「お待たせしてしまったかしら?」
「 いいえ、丁度いいタイミングです。 こちらの方がフランシーヌ様の二女のオリビア様ですか ?」
大臣が、 品定めするような視線を送ってくる。
(様?大臣が私の名前に様をつけた・・)
生まれて初めて敬称をつけられて 違和感を感じる。
「ええ、そうです。オリビア」
「初めまして」
マリアに流されてオリビアは挨拶をしながら 相手の顔色を見る。 別に私をバカにしている様子は無い。 お馴染みの同情の色も浮かんでない。逆に にこやかに微笑みかけられて オリビアは、ぎこちなく笑みを返す。
「マリアは、ここで下がれ。ここからは私が案内する」
「はい」
帰ろうとするマリアの腕をつかむと 一人にしないでと目で訴える。急すぎる 。
「待って!」
マリアが穏やかな笑みで私は見る。 その目には光るものが。
「オリビア、私の役目はここまでよ。 国王陛下が、あなたを王女と認めてくださったのよ」
「でも・・」
確かに望んでいたけれど・・。
誰一人として知り合いのいる場所に 放り出されるかと思うと 迷子の子供のように不安で不安で仕方ない。
「あなたの念願の夢が叶ったのよ。 これからは王女として生きていくの」
「・・・」
わかっていても マリアと離れたくない。 一度離れてしまえば二度と会えない気がする。
「オリビア。・・ いえ、オリビア様。どうか、お元気で」
それでも手を離さない私にマリアが首を振って手を外す。 何故か、 永遠の別れのような気がする。 熱を出した私を看病してくれたのも、 絵本を読んでくれたのも、 いじめられて泣いている私の涙をふいてくれたのもマリアだ。
今まで仲良くしてくれた人たちとの別れを意味するなら、今のままでいい 。王族の身分などいらない。
「オリビア様。国王陛下がお待ちです」
「・・・」
「はら、 行きなさい」
躊躇う 私の背中 をマリアに押されて歩きだす。
振り向くとマリアが頷く。
「さぁ、謁見の間に行きましょう」
大臣と歩きながらも、オリビアは、今までの仕打ちを考えると嘘かもしれないという気持ちが捨てきれないでいた。
私は本当に王女として生きていけるの?
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