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11 捕らわれた明芽

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再興の話を断るなら、直接自分の口から協力者に、 伝えてほしいと 呂(ろ)に頼まれた明芽(ミンメイ)は、暗瞬(アンシュン)を待たず 渋々出かけることに。 

 *****

呂に連れられて来たのは、 街道を外れた山道の奥にある塔のような建物だった。 昔は繁栄を極めたような豪華な造りだが、今は いつ崩壊してもおかしくないほど、荒れ果てている。 
「明芽様。 ご心配なく。 外観は壊れていますが、 中は きちんといます。さあ、中へどうぞ」
「えっ、ええ」
呂が得意げに言うと、 両開きの戸を開ける。 
不安は あるが、ここまで来たんだしと 足をふみいれた。

***

偽りなく、室内は綺麗に整えられている。
 表の顔と裏の顔が これほど違うことに驚く。 
部屋全体が朱色に染められていて、 目に入るものすべてが血のように赤く、 緻密に描かれている 蝶や花の模様さえ不気味に見える。家主の趣味を 疑う。

呂に 案内された部屋も 同じだ。どこを見ても赤 赤、赤。目のやり場に困る。
( なんだか、落ち着かない)
「明芽様。ここで、お待ち下さい」
明芽は 分かったと頷く。
どんな人だろう・・。物分かりの良いといいけど。今から会うと思うと緊張する。それでも頑張らないと公主なんだから。

キィーッ。
 扉が開く音に振り向くと、 白の姿があった。
 恐怖を思い出して、 無意識に距離をとる。 
白が脇に よけると もう一人の男が現れる。
 (この人が、協力者なの?)
中年の赤毛の男で 流行りに疎い私が見ても、 一目でわかるほど豪華な身なりをしている。
どちらかと言うと、 服に着られている感じだ。

 しかし、地位の高い人独特の  威厳というものが感じられない。  どんなに隠しても、  分かるものだと、 お母様が言っていたのに・・。 
 でも、白の態度から、この人で間違いないみたいだ。
「 やっと会えた。 どれ、顔を見せてみろ」
赤毛の男が衣擦れの音をさせて 近づいてくる。  妙に興奮していて気持ちが悪い。
(ひっ!)
 思わず、 身を引く。
しかし、赤毛の男は お構いなしに私の髪を掴むと恍惚の表情で 頬擦りする。
「私が 探していたのは、この髪の色だ」
「見つかって 何よりです」
あまりの奇行に身の毛がよだつ。

生理的に無理だと 明芽は赤毛の男の手から自分の髪を引き抜く。すると、気に障ったのか、 赤毛の男が 腕を振り上げる。打たれる。そう覚悟したが、
「角英様。 その辺で」
白の言葉に赤毛の男が振り上げるた手を下ろす。
(助かった・・)
 白が間に割って入って 事なきを得た。
ホッとしていると、角英(カクエイ)と呼ばれた男が、 ポンと手を叩く。
「 そうだった。 忘れてた。お前の 為に部屋を用意したんだ。 案内しよう」

部屋?
話が伝わってないの。焦った明芽は 角英に謝罪する。
「そっ、その事なんですけど。 お断りしようと思います。 呂さんから聞いていると思いますが、 私は蒼の国を再興するつもりはありません。 色々とご尽力いただいて申し訳ないのですが、 ご理解ください」
「ああ、聞いている」
ごねると思ったが、 あっさり引き下がった。
何事もなく事が運ぶ。 訝しく思い白を探るように見るが、 不満そうな感情が伝わってこない。
さっきのは?ただ自慢したかっだけ?

 順調すぎて怖い。
「 では、私は これで帰ります。 ありがとうございました」
 長居は無用だ。 早く、この気味の悪い建物を出て帰ろう。 早口に礼を言って立ち去ろうとすると、 白と ぶつかりそうになる。 
「あっ、・・失礼しました」
会釈して横を通り抜けようとすると、 またしても白が 行くてを阻む。 明らかな嫌がらせに 眉を寄せる。何?何が 気に入らないの?
助けを求めて呂の姿を探すが 見当たらない。
どこ? 建物に入るまでは一緒にいたのに・・。 
手下だから外で待っているの?
 キョロキョロしていると、
「 誰か、お探しですかな?」
角英の言葉にハッとしてして振り返ると ニヤリと笑っている。 その笑顔に明芽は罠にかかったと 瞬時に悟る。

本当の目的は 蒼の国の再興ではない。
 この私だ!
『やっと会えた』とか、『私が 探していたのは、この髪の色だ』とか 言っていた。
( 拙い!拙い!)
本能が早く逃げろと警告している。
明芽は、白を突き飛ばして 逃げようと 入り口に向かう。 
しかし、それより先に角英に腕を掴まえてれて 引き戻される。
「何処へ行く?」
「放して!もう、私に用はないはずよ」
腕を振りほどこうとすると、角英が 力任せに腕を捻り上げて自分の方を向かせられる。 

「くっ」
痛みに耐えている私を見て、 角栄がいやらしい笑顔を浮かべる。なんて男だ。人の苦痛を見るのが
好きなんだ。
「 そう つんけんするな。 15年前は子供だったが、もうすっかり大人になったな」
 角英の手が ゆっくりと 私の肩を撫で始める。
その感触にゾッとして 鳥肌が たつ。
 明芽は体を捩って 逃れようとすると、捻り上げる力が強くなる。
「かっ」
これ以上 この男を喜ばせたくないと悲鳴を我慢する。

 すると、角英のもう一方の手が私の肩を降り始める。このままでは、てごめにされてしまう。恐怖で呼吸が浅くなり、 気を失いそうになった。
その時、 バチッという音とともに 角英の手が離れる。
「痛っ!」
 自由になった明芽は、 箪笥の裏に 逃げ込む。
 見ると角英の手から血が流れている。
「ちっ」
「角英様!」
角英が、床に落ちた自分の血を見て舌打ちする。
何が起きたかわからないが、助かったのは事実だ。

 白が 急いで駆け寄って 傷口に手巾を押し当てる。
「大事ない。 小賢しい真似をしおって」
 角英が忌々しげに私を睨む。
 私?  私が何かしたの。 

 訳が分からず首を傾げていると、 白が黄色い紙を床から拾い上げて、 角英に差し出す。
「角英様 これを」
その紙には、何か赤い墨で 模様が描かれている。
もしかして・・ あの御札が、私を守ってくれたの?
「護身用の護符です」
護符?
 身に覚えかない。買った記憶も 貰った記憶も無い。でも、その護符を付けてくれたのが暗瞬様だと確信する。 私を守ってくれるのは、 暗瞬様しかいない。
護符を受け取った角英が 渋い顔をする。
その顔を見て 明芽は、暗瞬様の護符には、凄い力があるんだ感心する。

「場所を移さないと見つかる可能性があります」
「ああ、分かった」
角英が 白と話をしながら出て行くのを箪笥の陰から見送る。
「・・確か、 従者がいると言っていたな?」
「はい。そう報告を受けています」

 扉が閉まると 緊張を解いた明芽は、箪笥に凭れるように ズルズルと しゃがみ込む。 
(怖かった・・)
まだ、角英の手の感触が残っている。
「ふぅ~」
明芽は、震える息を吐いて、 こぼれ落ちそうになる涙を 必死に耐える。
 ここで泣いても、 どうにもならない。そんな事したら 相手の思う壺だ。
こんな事なら、 泣いてても嫌がればよかった。
考えが足りなかったと後悔する。 
 今頃は暗瞬様が私の姿が見えなくなったと心配しているに違いない。

こうなったのは全部 自分の考えが甘かったからだ。 だから、 子供のように助けを待つだけでは、 今までと変わりない。何とかしないと・・。
 まずは、あの角英が 戻って来る前に、この部屋を出なくちゃ。
明芽は部屋の中を見渡す。 2箇所ある窓には 格子が付いている。

引っ張ってみるが、 硬くて外れない。
壊せそうな物は無いかと 探してみるが、木より強い物も 切れそうな物も無い。
自力で逃げるのは無理だ。 
(・・・)
扉をちょっとだけ開けて外の様子を伺う。
見張りが 二人立っている。
賄賂に なりそうな物は無いかと 体を探す。
手に触れのは 簪 一本だけ。
見張りは、二人。
簪を値踏みする。
暗瞬様に、買って貰った物だか 勿体無いと 一番安い物を身に付けていた。これでは、一人分にしかなやない。
(・・駄目だ・・)
これでは、交渉出来ない。
 それでも、どうにかして暗瞬様と連絡を取らないと・・。

 その場を 行ったり来たりする。
(諦めちゃ駄目よ。 考えるのよ。 きっと何か良い方法が思いつはず)
 考えを回らせていると、 どうどやと 聞こえてくる 複数の足音に 立ち止まる。
 (何事?)

扉が開いて白が 手下たちを連れて戻ってきた。
「満の国の天守閣まで、連れて行け。 私は後から行く」
「はっ!」
白の命令に男たちは無言で頷くと、 一斉に私を見る。
「 こっちへ来ないで」
手を突き出して止めるが お構いなしに近づいてくる。
 明芽は手当たり次第に物を投げつける。
「来ないでって、言ってるでしょ!」

「ふふっ」
笑い声に 明芽は怒って犯人を探す。
(何が そんなに可笑しいのよ)
すると、白の 後方に居る文官からしき男が、 口元を袖で隠している。
頭に来た明芽が思い切り物を投げると ひょいとその文官らしき男が白の後ろに隠れる。
(何なのよー!)
手下にも馬鹿にされて 腹立たしさに地団駄を踏む。

***白の正体***

暗瞬は、満の国の関を通り 石倉村へと 帰っていた。
厳号は 朝から出かけていて、留守だった。 
2日続けて空振り。 そのことが気に入らない。 
呂の雇い主と踏んだが、肝心の厳号がいなくては 知るすべが無い。
屋敷に潜入して 手掛かりは無いかと調べてみたが、 地位も 私兵も 金も 大したことは なかった。
一介の武官が、 それも10年以上 賞金を賭けてまで 明芽を探す理由が見当たらない。

 こちらの動きを読まれているのか?
それとも 厳号の上に もう一人居て、そいつが黒幕・・とか?
満の国での仕事を請け負っていなかった事が、 悔やまれる。 
そうすれば こんな苦労はしなかったのに・・。
まだ点でしかないが、 蒼の国の呂と 白、そして、満の国の厳号。そして 明芽は 確実に繋がっている。 それは 予想だか確信に近い。

・・何かを見落としている。 それは何だ。

***

モヤモヤ した気持ちのまま明芽の元へ急いでいると、 大荷物を持った。 呂を見つける。
明芽を一人残して、 どこへ行く来だ?
何かに追われているのか、 しきりに後ろを気にしている。
「 ここで、何をしている?」
「ひっ、ひぃー!」
声をかけると、 呂が悲鳴をあげて尻餅をつく。 その驚きように疑念を抱く。
「何をそんなに驚いている?」
「あっ、いえ・・。 急いでいるので」
荷物を隠すように抱えて 私の脇を通り過ぎようとする。如何にも 怪しい。

「その荷物は、何だ?」
「 何でも無いです」
顎でしゃくると、呂が抱えている荷物を後ろに隠す。
(怪しい・・)
 覗き込もうとすると、 体をひねって見せないようにする。 見られて 拙い物を持っている。

 「では、これで」
 立ち去ろうとするの呂に、まだ話は終わっていないと 腕を乱暴に 掴んで引き寄せる。
すると、 そのはずみで荷物の中から翡翠の腕輪は転げ落ちた。
 それは、貧乏人の呂には不釣り合いの品だった。

 
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