31 / 62
第三章
第三章 ⑳
しおりを挟む
ジャックがぼくのそばにやって来て座った。
「あれ、もうだいじょうぶなんですか、目は」
「ノープロブレムだ。塩昆布の辛さには慣れているんでね」ジャックが親指を立てた。いいか祥一君、と僕の肩を抱く。
「女のわがままは、本心じゃないんだ。それを理解してやってうまく付き合えば」ジャックは親指を下に向けた。「落ちるのは時間の問題さ」
「僕、思うんですけど、リリィさんもジャックさんこと、けっこう気に入っているんじゃないかなあ」
「ほう。なぜそう思う?」
「だって、ジャックさんに対するリリィさんの態度、ちょっと厳しすぎるんじゃないですか? あれって、なんとかの裏返しってよく言うじゃないですか」
「なんとかってなんだい? 亀の裏返しかい? 亀さんは裏返すと、なかなか起きられないぞ。苦労するってことかい?」
「とにかく、アプローチしてみたらどうですか? 案外、いい結果になるかも」
「そうは言うが、あいつ、いつも言うことがコロコロ変わるからなあ。攻めにくい女なんだよ。いい女はたいていそうなんだけどな」
「なんか、ジャックさんらしくないですねえ」僕は笑った。そして、冴子を盗み見る。「女の話は首尾一貫していないのが普通でしょ。話がコロコロと変わるけど、それに惑わされてはいけないと思います。もっとも男はついていくのに必死なんですけどね」
「結局、女には勝てないってわけか」そう言いながら、ジャックが僕をじっと見た。「師匠、と呼ばせてもらってもいいかい?」
「ストレスの三大原因って、なんだと思うね?」僕たちの会話を聞いていたのだろう、お絹さんが横から話に割り込んできた。「他人、過去、金さ。その中でも、一番ストレスがかかるのが、意外なことに他人なのさ。同僚だろうが上司だろうが女だろうが、自分以外の人間と触れ合うときは、必ずストレスが生じるからね。だから、あたしゃ独身を貫き通してきたんだよ。たかが男と女のことでストレスを溜めるなんてバカらしいだろ」
「結婚できなかった、っていう選択肢はあると思うか?」ジャックが僕に耳打ちする。
え、それはひどいよ、と思った僕は、あいまいな笑い方をした。内心ではジャックと同じことを考えていたのだけれど。
向こうでは、ゾンビがなにかつぶやいている。耳を澄ましてみると、彼は渡されたお菓子をじっと見つめながら、遠足のおやつは500円までにしないといけないんだ、これは規則違反だ、と言っていた。なぜ遠足と思っているのかを聞いてみたいけれど。
「ねえゾンビ。あんた一年前に死んだと言ってたじゃない。なんで腐ってないわけ? なんでまともに歩けるわけ?」とリリィが尋ねる。
「それについては」局長が話に参加してきた。「たいてい、土葬にすれば、骨や髪、爪など以外の肉体は三か月ほどで土に還ってしまうんだ。だが、最近は、二年くらいしないと完全には腐敗しないらしい。なぜかと言えば、防腐剤を使った食品を摂りすぎるからだよ。それが原因で、肉体がなかなか腐ってくれないんだ」
お絹さんがゾンビからお菓子を取り上げた。「もうやめとけ。腐敗が遅れてしまうじゃろ。お前さんだって、はやく土に還りたいと思うじゃろ」
「いや、別に思わないが」そう言いながら、ゾンビは取り上げられた芋ケンピを恨めしそうに見つめた。
ケンイチが芋ケンピをすばやく奪い取って食べた。
「これ、あんまりうまくないや」リリィが代弁する。「ゾンビが触ったからじゃないの?」
おいおい、後のほうは、ほんとにケンイチの代弁なのか?
その後、みんなでトランプのババ抜きを行った。お絹さんが最後にババを引いて、ババはババアのところへ返ってくるのかあ、と頭をかきむしった時、ジュサブローさんが言った。「タイヤの交換、終わりました」
「おう」局長が叫んだ。時計を見る。「さて、ぼちぼち帰るとするかな」
「そうだな。腹も一杯になったことだしな」ジャックがお腹をなでた。
「そうね。出勤まで、ちょっと寝ておくわ」リリィが帰り支度を始める。
あの、と僕。「帰るっていうのはジョークのつもりなんですか?」
ジャックとリリィが瞬きしながら、しばし僕を見つめた。
「もちろん、ジョークさ。ひねり出すのにかなり苦労したぜ。流行の最先端をいくジョークだ」
「当然じゃない。あんた、まさかあたしたちがこれからの目的を忘れてたなんて思ってるんじゃない? そんなはずないでしょ。侮辱よそれ」
「ち」と局長が舌打ちした。そしてつぶやく。「やっぱり思い出したか。やれやれ、どうしても行くつもりなのか」
もしかして、わざとパンクさせて忘れさせようとしたのでは、と冴子が僕に言う。
可能性は高いね、と僕は答えた。
一番前の席で、誰だ、ぴよちゃんの恋人に付いているシールをフロントガラスに貼ったのは、と局長が叫んでいた。
「あれ、もうだいじょうぶなんですか、目は」
「ノープロブレムだ。塩昆布の辛さには慣れているんでね」ジャックが親指を立てた。いいか祥一君、と僕の肩を抱く。
「女のわがままは、本心じゃないんだ。それを理解してやってうまく付き合えば」ジャックは親指を下に向けた。「落ちるのは時間の問題さ」
「僕、思うんですけど、リリィさんもジャックさんこと、けっこう気に入っているんじゃないかなあ」
「ほう。なぜそう思う?」
「だって、ジャックさんに対するリリィさんの態度、ちょっと厳しすぎるんじゃないですか? あれって、なんとかの裏返しってよく言うじゃないですか」
「なんとかってなんだい? 亀の裏返しかい? 亀さんは裏返すと、なかなか起きられないぞ。苦労するってことかい?」
「とにかく、アプローチしてみたらどうですか? 案外、いい結果になるかも」
「そうは言うが、あいつ、いつも言うことがコロコロ変わるからなあ。攻めにくい女なんだよ。いい女はたいていそうなんだけどな」
「なんか、ジャックさんらしくないですねえ」僕は笑った。そして、冴子を盗み見る。「女の話は首尾一貫していないのが普通でしょ。話がコロコロと変わるけど、それに惑わされてはいけないと思います。もっとも男はついていくのに必死なんですけどね」
「結局、女には勝てないってわけか」そう言いながら、ジャックが僕をじっと見た。「師匠、と呼ばせてもらってもいいかい?」
「ストレスの三大原因って、なんだと思うね?」僕たちの会話を聞いていたのだろう、お絹さんが横から話に割り込んできた。「他人、過去、金さ。その中でも、一番ストレスがかかるのが、意外なことに他人なのさ。同僚だろうが上司だろうが女だろうが、自分以外の人間と触れ合うときは、必ずストレスが生じるからね。だから、あたしゃ独身を貫き通してきたんだよ。たかが男と女のことでストレスを溜めるなんてバカらしいだろ」
「結婚できなかった、っていう選択肢はあると思うか?」ジャックが僕に耳打ちする。
え、それはひどいよ、と思った僕は、あいまいな笑い方をした。内心ではジャックと同じことを考えていたのだけれど。
向こうでは、ゾンビがなにかつぶやいている。耳を澄ましてみると、彼は渡されたお菓子をじっと見つめながら、遠足のおやつは500円までにしないといけないんだ、これは規則違反だ、と言っていた。なぜ遠足と思っているのかを聞いてみたいけれど。
「ねえゾンビ。あんた一年前に死んだと言ってたじゃない。なんで腐ってないわけ? なんでまともに歩けるわけ?」とリリィが尋ねる。
「それについては」局長が話に参加してきた。「たいてい、土葬にすれば、骨や髪、爪など以外の肉体は三か月ほどで土に還ってしまうんだ。だが、最近は、二年くらいしないと完全には腐敗しないらしい。なぜかと言えば、防腐剤を使った食品を摂りすぎるからだよ。それが原因で、肉体がなかなか腐ってくれないんだ」
お絹さんがゾンビからお菓子を取り上げた。「もうやめとけ。腐敗が遅れてしまうじゃろ。お前さんだって、はやく土に還りたいと思うじゃろ」
「いや、別に思わないが」そう言いながら、ゾンビは取り上げられた芋ケンピを恨めしそうに見つめた。
ケンイチが芋ケンピをすばやく奪い取って食べた。
「これ、あんまりうまくないや」リリィが代弁する。「ゾンビが触ったからじゃないの?」
おいおい、後のほうは、ほんとにケンイチの代弁なのか?
その後、みんなでトランプのババ抜きを行った。お絹さんが最後にババを引いて、ババはババアのところへ返ってくるのかあ、と頭をかきむしった時、ジュサブローさんが言った。「タイヤの交換、終わりました」
「おう」局長が叫んだ。時計を見る。「さて、ぼちぼち帰るとするかな」
「そうだな。腹も一杯になったことだしな」ジャックがお腹をなでた。
「そうね。出勤まで、ちょっと寝ておくわ」リリィが帰り支度を始める。
あの、と僕。「帰るっていうのはジョークのつもりなんですか?」
ジャックとリリィが瞬きしながら、しばし僕を見つめた。
「もちろん、ジョークさ。ひねり出すのにかなり苦労したぜ。流行の最先端をいくジョークだ」
「当然じゃない。あんた、まさかあたしたちがこれからの目的を忘れてたなんて思ってるんじゃない? そんなはずないでしょ。侮辱よそれ」
「ち」と局長が舌打ちした。そしてつぶやく。「やっぱり思い出したか。やれやれ、どうしても行くつもりなのか」
もしかして、わざとパンクさせて忘れさせようとしたのでは、と冴子が僕に言う。
可能性は高いね、と僕は答えた。
一番前の席で、誰だ、ぴよちゃんの恋人に付いているシールをフロントガラスに貼ったのは、と局長が叫んでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる