ダイヴのある風景

mic

文字の大きさ
上 下
17 / 62
第三章

第三章 ⑥

しおりを挟む
「さて。浮葉町へ行くことは可能だとわかったね。だから、この話はいったん置いておこう」ジャックが言った。「それよりも、もう少し俺たちのことを話しておかなければならない。今までは俺たち個々のプロフを概略的に話したんだけど、もっと重要なことがある。それは、最初に花江ちゃんが尋ねたことと密接な関係があるんだ」
「花江が尋ねたことって、第一グループのみなさんが、なぜここへ来たかってこと?」信良が言った。
「そう。実は俺たち五人は、この病院の患者だったんだよ」
 これには僕も驚いた。冴子や信良、花江も驚いているようで、口をぽかんと開けたままジャックを見つめている。
「大切な部分だけをかいつまんで話そう。俺たちには共通点があるんだ。それは、記憶の一部が抜け落ちているってこと。つまり、記憶喪失だってことさ」
「記憶喪失、ですか?」僕はジャックの言葉を繰り返した。
「そうだ。みんな、ある一時期の記憶がないんだ。昔から今まで同じように生活してきたし、自分の周りの環境は、なにひとつ変わっていないはずなんだ。他のみんなだって同じだと思う」
 第一グループの面々がうなずく。
「それなのに、ある特定の時期の記憶がない。特定の時期というのは人によって違うんだが、その時期に何をしていたか、まったく思い出せないんだよ」
「特定の時期って、どのくらいの期間なんですか? 三年とか、五年とか?」
「いや、たいした期間じゃない。せいぜい半年くらいのものだろう。他のみんなもそのくらいだと言っている」
「へえ、そうなんですか。それで、みんなこの病院に入っていたんですか?」
「そうだ。浮葉町と落葉町がまだ一つの町で双葉町という名前だった頃、両方の町から俺たちのような患者が集まってきていたんだ。町が二つに分かれてしまってからは、それぞれの町に専門の病院や診療所、あるいは専門機関などができたため、ここは廃止されてしまった。俺たちも今は浮葉町にある診療所の世話になっているが、ときどき散歩がてら、こうしてここまでやってくるのさ。そうすることによってなにか思い出すかもしれないと思ってね」
「今のところは、なんの進展もないがね」お絹さんが自嘲めいた笑いを浮かべた。
「俺たちのいる診療所は、俺たちのような患者をグループ分けしているんだ。全部で四つのグループがあるんだが、俺たちが第一グループってわけだ」
「いい加減にしさないよ、ジャック」リリィがふん、と鼻を鳴らした。「第一、第一、って。本当はグループごとに呼び名が付けられているでしょ。正式名称を使ったらどうなの?」
「いいや、それだけは勘弁してもらいたい」ジャックが眉をひそめる。
「正式な呼び名って、なんですか?」僕は尋ねる。
「ちくしょうめが」ジャックが歯を剥いた。へえ。彼のそんな表情は初めて見た。
「院長のやつ、焼き肉が大好物らしくてな、あろうことか、俺たち患者のグループに、肉の名前を付けやがった。ほら、タンとかカルビとかハラミとかあるだろ?」
「その中に、第一グループの名前があるんですか?」
「いや、ない。俺たちのグループ名は『生ハム』だ」
 は? それのどこが焼き肉だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...