上 下
13 / 15
逃の章

第12話 6月13日(逃亡生活十一日目)上

しおりを挟む
 早朝より始まった天王山での松田政近と堀尾吉晴の戦は秀吉軍の堀尾に軍配が上がった。

 午前、明智軍先手の伊勢貞興・諏訪盛直・御牧景重と高山右近が交戦しだした。その最中、左翼から中川清秀、右翼から池田恒興の軍に挟み撃ちにされると、明智兵は大きく動揺した結果、伊勢貞興・諏訪盛直は討死、御牧景重もまた突撃して討死する。
 この時、秀吉は前線に到着すらしていない。

 そして昼頃「羽柴秀吉と織田信孝が2万の兵を率いて一里足らずの場所まで迫ってきている」と知らされ、明智軍は総崩れになり逃亡する兵士が相次ぐ。


 その一方で

 
 天王山麓付近で茂みの中に身を潜める信長達。

「ちょっとめちゃめちゃ兵士いるんですけど……」
 
 松田政近と堀尾吉晴との戦に巻き込まれていた。

「うわあぁー」

 近くで激しい斬り合いが繰り広げられ、斬られた松田兵がふらふらと信長達が潜む茂みに近付く。その兵士に追い打ちをかけるが如く、堀尾兵が傷きふらつく松田兵の腹へ刃を突き立てた。
 刃は男の体を貫通し、潜む信長の目と鼻の先にて止まった。

「あぶっ(危な)!」
 信長は驚いた拍子咄嗟につい声を洩らしてしまった。すぐに口を手で塞いだのだったが、堀尾兵の目線は松田兵から信長達の潜む茂みに向けられた。
 堀尾兵は松田兵の体に突き刺さった刀を抜き構えながら、じりじりと茂みにすり寄って行く。

「ニャン!」
 信長、決死の猫の鳴きマネ。

「信長様、それはさすがにないですって……」
 影武者は信長の耳元で囁く。

「はぁー」と、ため息をつき戦闘を覚悟し成利は身構える。

 堀尾兵が刀で茂みをそっとかき分けようとした瞬間、しゃがんだままの明智光秀は静かに刀を抜き誰よりも早く動いた。

「あ、がっ!な……」

 風の如き静かに雷の如く瞬時に明智の刀が男の急所に刺さる。それは堀尾兵が信長達を認識するよりも先であった。さらに明智は倒れ逝く堀尾兵の片足を掴み、茂みの中へ引きずり込むと口を塞ぎ止めを刺した。

「すごいね、明智ちゃん」

「さすがでございます明智殿」

 信長と影武者に褒められ明智は照れた。

「久々に信長様に褒められた気がします。嬉しいです」

「そう? 可哀そうに……」
 信長は影武者をチラッと見た。

 影武者は何処か気まずそうで
「いえ、私は私で殿の事を思って行動していた訳でして」

 その時、成利が影武者の口を塞ぐ。
「しっ、静かにまた兵が来ます。ひい、ふう、みぃ、よ、いつ」
 
 辺りをキョロキョロと見渡しながら、信長達の茂みに近付く5人の堀尾兵。
 
 この時、すでに松田兵は堀尾兵に敗れ撤退。下山している所をさらに山の麓からの堀秀政の攻撃を受け松田軍は壊滅するのだったが、信長達の前に現れた堀尾兵は松田兵の残党を狩り、手柄を挙げようとする輩《やから》達であった。

「五人なら楽勝ですね」
と、言うと影武者は立ち上がる。

「いつもの作戦で行きますか」
 成利は微かに笑みを浮かべ立ち上がる。

「なかなかもって心強い方たちだ」
 続いて明智も立ち上がった。

「いやだなー」
 信長が立ち上がろうとすると、成利は手仕草で「待て」と合図を送った。

「だよねー。足手まといだもんね、ここで隠れてるね」

 堀尾兵は成利達を見つけ臨戦態勢に入る。

「松田兵の残党か! 鎧も与えて貰えぬとは下っ端もいいところだな」
 堀尾兵は成利達にすっかり油断していた。

 ヘラヘラと嘲《あざけ》りながら近寄る堀尾兵に成利は言う。
「はぁー弱いヤツほど良く囀《さえず》る」

「ハハハ、最近成利殿はため息が多いですな」

「五月蠅い、影武者。誰のせいよ!」

「す、すいません」

 威風堂々たるその立ち姿に少し動揺を見せる堀尾兵であったものの
「ええい、雑魚共が調子付きよってからに!」と、
 五人の兵士が一斉に成利達へと襲い掛かる。

 堀尾兵達は武士の寄せ集め集団。片や成利達は、戦国に名を残そうと幼き頃より剣術に明け暮れた精鋭中の精鋭。双方の戦いは言わずと知れた結果となり、一方的に信長勢の勝利で幕を下ろした。


「では、いつもの作戦で」

 信長達は成利の案で倒れた堀尾兵の鎧を剥ぎ取りそれを着る。
 そして、そのまま堀尾兵に紛れ下山を試みる。



 夕刻、明智光秀(影武者)は相次ぎ逃亡し総崩れとなった軍を立て直す事ができず、3,000の兵を連れ勝竜寺城へ立て籠もる。

 信長達は影武者明智光秀を追う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夕映え~武田勝頼の妻~

橘 ゆず
歴史・時代
天正十年(1582年)。 甲斐の国、天目山。 織田・徳川連合軍による甲州征伐によって新府を追われた武田勝頼は、起死回生をはかってわずかな家臣とともに岩殿城を目指していた。 そのかたわらには、五年前に相模の北条家から嫁いできた継室、十九歳の佐奈姫の姿があった。 武田勝頼公と、18歳年下の正室、北条夫人の最期の数日を描いたお話です。 コバルトの短編小説大賞「もう一歩」の作品です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

おとか伝説「戦国石田三成異聞」

水渕成分
歴史・時代
関東北部のある市に伝わる伝説を基に創作しました。 前半はその市に伝わる「おとか伝説」をですます調で、 後半は「小田原征伐」に参加した石田三成と「おとか伝説」の衝突について、 断定調で著述しています。 小説家になろうでは「おとか外伝『戦国石田三成異聞』」の題名で掲載されています。 完結済です。

武田信玄救出作戦

みるく
歴史・時代
領土拡大を目指す武田信玄は三増峠での戦を終え、駿河侵攻を再開しようと準備をしていた。 しかしある日、謎の刺客によって信玄は連れ去られてしまう。 望月千代女からの報告により、武田家重臣たちは主人を助けに行こうと立ち上がる。 信玄を捕らえた目的は何なのか。そして彼らを待ち受ける困難を乗り越え、無事に助けることはできるのか!? ※極力史実に沿うように進めていますが、細々としたところは筆者の創作です。物語の内容は歴史改変ですのであしからず。

夜珠あやかし手帖 ろくろくび

井田いづ
歴史・時代
あなたのことを、首を長くしてお待ちしておりましたのに──。 +++ 今も昔も世間には妖怪譚がありふれているように、この辻にもまた不思議な噂が立っていた。曰く、そこには辻斬りの妖がいるのだと──。 団子屋の娘たまはうっかり辻斬り現場を見てしまった晩から、おかしな事件に巻き込まれていく。 町娘たまと妖斬り夜四郎の妖退治譚、ここに開幕! (二作目→ https://www.alphapolis.co.jp/novel/284186508/398634218)

検非違使異聞 読星師

魔茶来
歴史・時代
京の「陰陽師の末裔」でありながら「検非違使」である主人公が、江戸時代を舞台にモフモフなネコ式神達と活躍する。 時代は江戸時代中期、六代将軍家宣の死後、後の将軍鍋松は朝廷から諱(イミナ)を与えられ七代将軍家継となり、さらに将軍家継の婚約者となったのは皇女である八十宮吉子内親王であった。 徳川幕府と朝廷が大きく接近した時期、今後の覇権を睨み朝廷から特殊任務を授けて裏検非違使佐官の読星師を江戸に差し向けた。 しかし、話は当初から思わぬ方向に進んで行く。

北条を倒した男

沢藤南湘
歴史・時代
足利尊氏の半生を描いてみました。

龍神  

cha
歴史・時代
 むかしむかしのその昔、一匹の大蛇が棲んでいたというお話でございます。

処理中です...