17 / 314
偉大なる探検家に花束を
LV16 ドレンの師匠ベン
しおりを挟む
ドレンの師匠であるベンが今日この世を去った。享年82歳であった。
ベンは様々な偉業をなしており、世界では五本の指に入る有名人である。弟子のドレンが主とする活動は秘境や未開拓地への探検であるが、冒険家のベンは違う。秘境や未開拓地への探検はもちろん、未知の先住民族との交流や文化遺産の発掘に保護、冒険ルートの安全性の確保や機材の開発などなど……功績を上げればキリがない。冒険家にとってベンは神のように崇める存在であった。
ドレンとフミヤは悲しみに暮れる。幼い頃二人は、街はずれのベンの家に行きよく冒険の話を聞かせてもらっていた。ベンの話に触発され、フミヤとベンはよくベンの前で冒険ごっこをして遊んでいた。そんな二人をバルコニーの椅子に座り眺めるのがベンは好きだった。
一人で奮闘するベンの探検談は面白かった。「トイレの最中に魔物に襲われフンを投げつけて逃げてやった」とか「毒草と薬草を間違えて食べ、3日間誰にも発見されず生死を彷徨った」とか「トラップに引っ掛かり抜け出せず、1か月間水だけで生きていた」などベンの冒険記はいつも破天荒であった。
ベンは生涯現役を貫いていたが、ここ数年は「自宅に閉じこもりあまり見なくなった」と街の人達は言う。最後にベンを街で見かけた人は「ブツブツと独り言を呟きながらすぐに家に帰ってしまった」のだと言っていた。
葬儀はベンの家からほど近い丘で小規模に行われたが、そこに家族の姿はなかった。――というのもその昔、冒険に明け暮れたベンに妻は愛想を尽かし、子供を連れて出ていったのだ。ベンは妻と別れてからも毎月欠かさず生活費を送り続けていたらしいのだが、元妻と子供の住む場所はベンしか知らなかった。ベン亡き今、誰もその所在がわからずベンの死を伝える事ができなかったのだ。ドレンはベンを見ているからこそ、結婚に抵抗を持っているのかもしれない。
「それでは皆様、最後にお別れの挨拶を……」
神父がそう告げると、ベンの棺が開けられた。皆が順番に棺へ一輪の花を手向けていく。
ベンは妻にこそ愛想を尽かされたが誰にでも好かれる良い人間だった。それを表すかのように、突如行われた小さな葬儀に対して、50名を超える人々が集まり
ベンの死を一緒に悲しんでくれた。
ドレンとフミヤは二人揃ってベンに花を手向ける。だが、悲しみとは裏腹に二人は驚いていた。
顔は皺《しわ》だらけで年相応の顔つきである。だがしかし、その肉体はフミヤやドレンよりも逞《たくま》しく美しい程に洗練された物であった。
葬儀が一通り終わると街人達は、散り散り去って行く。フミヤとドレンは懐かしのベンの家へ行き、少しの間二人で語り合った。
「フミヤ、懐かしいよな。ここで二人で遊んで、ベンがそこから見ていて」
「だよなー。膝に乗せた猫を撫でながら『へっぴり腰が!』って笑ってた」
二人は壁に掛けられたベンの若かりし肖像画を見ながら話す。
「この頃から、猫好きなんだな」
「こっちの絵をを見てみろ! さすが師匠。風景画の数々が俺の見た事ない場所ばかりだ」
ベンの書いている風景画はとても神秘的で不思議な場所ばかりだった。
ドレンはその場所がどこなのか全く見当が付かなかった。
「ベンだけの秘境だったんだろう」
フミヤは呟く。
「最後にもう一度だけ師匠に会いたかった……」
「俺もたまに来ていたんだけど、いつもの外の椅子に座っていなかった。鍵がかかっていたし、体調が悪いのなら声を掛けるのも悪いと思って……」
二人は悲しみに暮れていた。
そこへ、ひょっこりと猫が現れる。お腹に特徴的な二本縞《にほんじま》がある。
「ベンの猫だ」
ベンの猫はドレンの足元にすり寄ってくる。
「なんだ、お腹空いてんのか?」
ドレンはその場に座り、腰袋に入れていたパンを取り出すと、少しずつちぎって猫に与えた。
「ん?フミヤ、これを見ろ」
猫の首に巻かれたスカーフの隙間から紙のような物が覗いている。二人はスカーフを解き、それを手に取った。
ベンが二人に宛てた手紙だ。
「馬鹿ガキ二人へ、普段何気なく見える所からでも発見は常にある。冒険はすぐ近くにある。それに気付けるのは一部の馬鹿だけだ。俺は生涯現役だ! ドレン、お前に託す。フミヤ、ドレンを助けてやってくれ」
スカーフの中には手紙と一緒に、見た事もない文字の書かれた木切《きぎ》れが入っていた。
「あの師匠、俺達に何か宿題を残して逝きやがった」
「死んでも元気な人だ」
二人は偉大なる探検家に尊敬の念を抱きながら、肖像画に一礼して家を後にする。二人の顔は少し希望に満ちていた。
数年後、ドレンは後世に名を残す程の偉業を成すが、それはまだまだ先のお話。
ベンは様々な偉業をなしており、世界では五本の指に入る有名人である。弟子のドレンが主とする活動は秘境や未開拓地への探検であるが、冒険家のベンは違う。秘境や未開拓地への探検はもちろん、未知の先住民族との交流や文化遺産の発掘に保護、冒険ルートの安全性の確保や機材の開発などなど……功績を上げればキリがない。冒険家にとってベンは神のように崇める存在であった。
ドレンとフミヤは悲しみに暮れる。幼い頃二人は、街はずれのベンの家に行きよく冒険の話を聞かせてもらっていた。ベンの話に触発され、フミヤとベンはよくベンの前で冒険ごっこをして遊んでいた。そんな二人をバルコニーの椅子に座り眺めるのがベンは好きだった。
一人で奮闘するベンの探検談は面白かった。「トイレの最中に魔物に襲われフンを投げつけて逃げてやった」とか「毒草と薬草を間違えて食べ、3日間誰にも発見されず生死を彷徨った」とか「トラップに引っ掛かり抜け出せず、1か月間水だけで生きていた」などベンの冒険記はいつも破天荒であった。
ベンは生涯現役を貫いていたが、ここ数年は「自宅に閉じこもりあまり見なくなった」と街の人達は言う。最後にベンを街で見かけた人は「ブツブツと独り言を呟きながらすぐに家に帰ってしまった」のだと言っていた。
葬儀はベンの家からほど近い丘で小規模に行われたが、そこに家族の姿はなかった。――というのもその昔、冒険に明け暮れたベンに妻は愛想を尽かし、子供を連れて出ていったのだ。ベンは妻と別れてからも毎月欠かさず生活費を送り続けていたらしいのだが、元妻と子供の住む場所はベンしか知らなかった。ベン亡き今、誰もその所在がわからずベンの死を伝える事ができなかったのだ。ドレンはベンを見ているからこそ、結婚に抵抗を持っているのかもしれない。
「それでは皆様、最後にお別れの挨拶を……」
神父がそう告げると、ベンの棺が開けられた。皆が順番に棺へ一輪の花を手向けていく。
ベンは妻にこそ愛想を尽かされたが誰にでも好かれる良い人間だった。それを表すかのように、突如行われた小さな葬儀に対して、50名を超える人々が集まり
ベンの死を一緒に悲しんでくれた。
ドレンとフミヤは二人揃ってベンに花を手向ける。だが、悲しみとは裏腹に二人は驚いていた。
顔は皺《しわ》だらけで年相応の顔つきである。だがしかし、その肉体はフミヤやドレンよりも逞《たくま》しく美しい程に洗練された物であった。
葬儀が一通り終わると街人達は、散り散り去って行く。フミヤとドレンは懐かしのベンの家へ行き、少しの間二人で語り合った。
「フミヤ、懐かしいよな。ここで二人で遊んで、ベンがそこから見ていて」
「だよなー。膝に乗せた猫を撫でながら『へっぴり腰が!』って笑ってた」
二人は壁に掛けられたベンの若かりし肖像画を見ながら話す。
「この頃から、猫好きなんだな」
「こっちの絵をを見てみろ! さすが師匠。風景画の数々が俺の見た事ない場所ばかりだ」
ベンの書いている風景画はとても神秘的で不思議な場所ばかりだった。
ドレンはその場所がどこなのか全く見当が付かなかった。
「ベンだけの秘境だったんだろう」
フミヤは呟く。
「最後にもう一度だけ師匠に会いたかった……」
「俺もたまに来ていたんだけど、いつもの外の椅子に座っていなかった。鍵がかかっていたし、体調が悪いのなら声を掛けるのも悪いと思って……」
二人は悲しみに暮れていた。
そこへ、ひょっこりと猫が現れる。お腹に特徴的な二本縞《にほんじま》がある。
「ベンの猫だ」
ベンの猫はドレンの足元にすり寄ってくる。
「なんだ、お腹空いてんのか?」
ドレンはその場に座り、腰袋に入れていたパンを取り出すと、少しずつちぎって猫に与えた。
「ん?フミヤ、これを見ろ」
猫の首に巻かれたスカーフの隙間から紙のような物が覗いている。二人はスカーフを解き、それを手に取った。
ベンが二人に宛てた手紙だ。
「馬鹿ガキ二人へ、普段何気なく見える所からでも発見は常にある。冒険はすぐ近くにある。それに気付けるのは一部の馬鹿だけだ。俺は生涯現役だ! ドレン、お前に託す。フミヤ、ドレンを助けてやってくれ」
スカーフの中には手紙と一緒に、見た事もない文字の書かれた木切《きぎ》れが入っていた。
「あの師匠、俺達に何か宿題を残して逝きやがった」
「死んでも元気な人だ」
二人は偉大なる探検家に尊敬の念を抱きながら、肖像画に一礼して家を後にする。二人の顔は少し希望に満ちていた。
数年後、ドレンは後世に名を残す程の偉業を成すが、それはまだまだ先のお話。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる