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そうだ!作りましょう①

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 ーーオーホホホっ! 

 聖都の一流ホテル。
 豪華絢爛な金屏風の前、大国の新聞記者に取り囲まれ、扇で口許を抑えた魔女の盛大な高笑いが響いた。

「愚鈍な庶民の皆様お聞きなさい!
 この度わたくし妊娠いたしました。本日で三ヶ月目になりましたわ。妊婦検診の魔力測定では、お腹の中でも高魔力を検出しました。この素晴らしい数値は聖鎖騎士団第6師団長に匹敵しますの」
 魔女はこれ見よがしに検査データをひらつかせて、下腹部を擦り悠然と微笑んだ。
 
 突然の魔女の妊娠発表にどよめく会場。しかも高魔力の将来有望な胎児。矢継ぎ早に質問が飛ぶ。 

「父親は誰ですか?」 

「……残念ですが秘密ですわ。既に病弱だった父親は不治の病で儚くなっておりますの。御世までご迷惑はかけられません。でも……わたくしと子の父親にふさわしく眉目秀麗で文武両道、品行方正の素晴らしい人物でしたわ!」うっとりと夢見るように瞳を潤ませる魔女に、記者たちの魔道写真機のシャッターを押す音が会場に響いた。

「は、儚くなってるんですか?そこを詳しく教え下さい!!騎士団ですか?」
 新聞記者たちは父親の情報を聞き出そうと詰め寄った。
 
「まあ、困りましたわ」

(オーホホホ!!良いわ!これですわ!話題の中心は魔女ステラではなく、常にこのわたくしでないといけません。これで、明日の朝刊はわたくしの記事で持ちきりですわ!)
 ライバル視する魔女ステラの悔しがる顔を思い浮かべた。
 彼らの食い付きぶりから当分、父親が誰かと記事の憶測が飛び、世間の話題の中心になることが確定した。
 自己肯定感が高く、人一倍注目されるのが大好きな魔女は、心の中で盛大にほくそ笑んだ。

「高濃度の魔力ということは、将来女児なら魔女、男児なら聖鎖騎士。もしかして聖王の右腕に望まれるかもしれません。もちろんなって欲しいですよね?」 

「オホホ……。嫌ですわ。まだ、産まれてもいませんのに、皆さんが早計でわたくし、困ってしまいます」
 
(さあっ!もっともっと欲しがりなさい!貪欲に質問してきなさいっ!)
 魔女は困惑の表情を浮かべながら、心の中で大歓迎していた。

 上機嫌で新聞記者の質疑応答に次々に答えていると、会場の外が騒がしくなった。 

「ーーそこまでにしてもらおうか」
 大きく扉が開くと会場に白銀の鎧を纏う騎士団が流れ込み、魔女の発表を制止した。
 
「くっ、嘘ですわ!早いです。もう到着してしまいましたの!これから盛り上がる所でしたのにっ~!」魔女は椅子から立ち上がると忌々しく先頭に立つ男をぎっと睨んだ。 
 
「何かこれからだ……このバカ騒ぎを止めろ。魔女お前を事情徴収する。取り急ぎ騎士団に戻る」
 強い眼差しを向け、魔女の腕を掴んだ青年。見目麗しい彼は、聖鎖騎士団第6師団長、セシル・オリンギス。
 
 彼こそ………魔女に存在を儚き者と言われた、お腹の子の父親だった。




 ◇
 
 
 高濃度の魔素が蔓延するこの世界で、人間を中心とした生き物が営めるのは全て中心に聳え立つ神樹のおかげである。 
 神樹から発する浄化波は魔素を中和し大地に祝福と豊かな実りを与えた。 
 神樹の化身として幹の股より産まれ落ちた聖人。彼が神樹を育て愛し安定した浄化波を世界に注いだ。人々は彼を聖王として崇め、聖都オリエスタを中心に人は繁栄した。

 人々が増えるにつれ聖都を中心に次々に国が建国された。
 聖都が遠く離れるほど、浄化波の恩恵は薄くなる。魔素は増し、狂暴な魔物が生まれる。大地は疲弊し農作物は育たない。
 人々は豊穣な土地を求め欲し、国同士の争いが勃発した。争いを憂え嘆いた聖王は御隠れしてしまう。聖王を失い神樹は力を失い世界は荒れた……禍々しい魔素が世界を包み、飢餓と魔物に苦しめられた国々は猛省し、二度と戦争はしないと神樹に誓いをたてた。深い謝罪を受け入れた聖王は姿を表し、再び大地を浄化波で包んだのだ。

 神話を教訓に現在、表立っての戦争はない。聖都の周りを5つの大国がお互いを牽制しあい存在している。しかし、水面下の争いは確実にあった。
 聖王のさじ加減一つで浄化波の強弱が可能性だったからだ。何代か前の聖王はお気に入りの側室を正妃にし、その祖国も優遇した。結果他国より多くの浄化派を得て豊かに栄えることになった。
 恩恵に与りたい大国は躍起になって、少しでも聖王に気に入られようと競って自国の美姫を側室に据えた。 
 現聖王アルバトロスは平等に側室を扱い、誰一人特別扱いしなかった。まあ、一部例外は存在したようだが……。

 聖王は人とは違い、聖なる魔力が極めて高い。体液も例外ではなく、子を孕ませる為射精するものなら魔力の弱い女性なら魔力酔いを起こし、痙攣嘔吐失神してしまう。多少魔力の高い女性でも強すぎる精子では妊娠しにくい。歴代の側室、正妃で出産した者はいない。それでも、大国は自国から聖王を輩出出来る僅かな可能性を信じ、美姫を側室に送り続けていた。

 
 聖王に忠誠を誓い守護する聖鎖騎士。人を害する魔物を屠り、死後溢れでる魔素を浄化する聖魔法を使える特別な騎士。
 彼らは聖王の手足として国境を超えての魔物討伐、魔素の浄化を行う権限があった。聖鎖騎士も聖王同様女性に魔力酔いを起こし、魔力が強い騎士ほど子を孕ませにくかった。
 
 騎士団は第一師団から六師団に構成されている。第一師団は聖王の護衛と守護、第二師団は聖都の防衛と人の悪意より生じる魔素を浄化する。僅かな人々の魔素でも膨大に蓄積停滞すれば強力な魔物を排出する魔窟に繋がり兼ねないからだ。第三師団と第四師団は大国を第五師団は中小国の魔物、魔素の駆除を担っていた。 

 そして、第六師団は神樹より遥か遠方、浄化波の影響の乏しいカイロの地の魔物討伐と魔素の浄化。カイロに赴く採掘人を魔物から護衛し、安全に魔力が採掘出来るようにするという重要な役割を与えられていた。
 
 人が住むことに敵さないカイロ地には、魔の森と砂漠が点在し、高濃度の魔素が結晶化した魔石が大量に産出した。
 料理、洗濯、掃除……魔石は人々の生活に無くてはならない魔道具の燃料である。
 魔力のない人々が大半を占めるため、魔力が大量に必要だった。そのため大国は自国の採掘人をカイロに派遣し大々的に採集を行っていた。
 
 一方、魔女は聖鎖騎士のように浄化魔法は使えないが、攻撃魔法が使えた。
  魔物討伐に重宝されるが強力な魔法を使用するほど、反動で魔素を大量に放出してしまう。そのため浄化可能な聖鎖騎士団と行動を共にするよう義務づけられていた。
 その昔は、魔素の根源と誤解され不毛な迫害、魔女狩りの憂き目にあった。今でも数は少なく騎士団に所属する魔女は30人しか居ない。実質戦闘に耐えうるほど、高い魔力、体力を持つものは半数にも満たない。
 
 魔女は魔力の高い両親から生まれことが多い。今では魔力検査で魔女の素養が見つかり、聖王に認定されると生家に褒賞金が貰えた。以後の養育、生活費用が補助され税金も優遇される。結果、高魔力同士の結婚が推し進められた。聖鎖騎士同様、それだけ魔女は重要な存在と言えた。
 
 
 
 
 話は遡る
 魔女が妊娠発表会を開く二ヶ月前ーー。 
 
 騎士団第六師団の砦、張り詰めた沈黙に満ちた作戦会議室に場違いな美女が一人。 
 白銀の鎧を纏う屈強な騎士団員の中で女の体の線を強調した胸元大きく開いた真っ赤なドレス、バッチリと濃い化粧、キツく巻かれた金色の髪は殊更異質だった。
 女は会議室の長机の隅に総レースのテーブルクロスを敷き、すらりと伸びた長い足を組んで座る。
 高級な白陶磁器で優雅な手つきで紅茶を嗜む傍ら、新聞に目を通すのは件の魔女、ローズマリー・セクト・クロケッド。
 彼女は古に栄えた大国、クロケッド王国の王女として生まれた。
 王国は他国との小競り合いと災害で国土を縮小した。度重なる国政の失敗で民を国外に流失させ、今は中小国にまで国力を落としてした。それでも、自尊心だけは高く周辺諸国を見下していた。そんな国で、何一つ不自由なく育てられた王女にして魔女のローズマリーが自尊心が高く、周りを見下す、傲慢な性格を形成したのは必然と言えよう。  

 自分は特別な存在!
 聖王のお側に控え歴史書に載る偉大な魔女になるのはわたくし!と、常々豪語していたローズマリーだったが、繊細な魔力のコントロールが不得意だった。
 魔力は申し分なくあるが、抑えがきかない。町を城を人々を吹き飛ばしかねないローズマリーより魔力は随分劣るが、用途に応じ繊細な魔力調整の行える平民出のステラが栄誉ある聖王の側使えの魔女に選ばれた。 

 これにローズマリーは猛抗議したが、聖王を守るどころか害しかねないと覆ることはなくーー。
 代わりに繊細な魔力のコントロールの必要ない場所での魔物討伐を主とする第六師団に派遣された。
 この一件からローズマリーは平民のクセに生意気とステラを逆恨みし一方的にライバル視した。
 


「まあっ!何ですの?この新聞の記事は?一面に載せるほどのことですのーー?」 
 会議中なのに、ローズマリーは大声で叫んだ。何事かと騎士団員が彼女を驚きの顔で見上げる。手入れされ美しく細い爪のある手にはぐしゃりと握りしめられた新聞。

「魔女、騎士団用の新聞を勝手に破棄するな。まだ俺も読んでいない……それに会議中に大声を出すな」
 セシルは当て付けのように大袈裟にため息を吐くとぐしゃぐしゃにされた新聞のシワを伸ばしテーブルに広げた。
 
 新聞には一面写真付きで、大々的に掲げられた文字は『癒しの魔女。ステラ・ハミルトン支えてくれた元奴隷と純愛を貫き。結婚、出産!!』と、書かれていた。 

 『癒しの魔女』とは魔女の力に傲らず、身分に関係なく分け隔てなく優しい笑顔で丁寧に接するステラの二つ名。『傲慢高飛車王女魔女』と、陰口を叩かれるローズマリーとは雲泥の差である。 

「ああ、なんだ。ふっ、この記事が気に入らなかったのか?ステラの結婚、出産は産後落ち着くまで極秘扱いだったからな。情報公開されて民衆が注目するのは当然だ。ステラはお前と違って民に慕われてるからな」 
 皮肉を込めてセシルは鼻で笑った。 

「わ、わたくしだって慕われていますわ!」

「…慕われてるか?本当か?仮に慕われてるとしても、ステラに比べたら圧倒的に少ないだろうな」

「ステラさんは平民ですから。平民は平民を好むものです。王族で優れたわたくしに対する醜い嫉妬です。まあ……わたくしの価値を理解出来ない愚民になど慕われなくても結構ですのよ」
 豊かな胸を張ってローズマリーは言い切った。ローズマリーにとって価値があり懇意に値する人間は聖王と5つの大国の王族だけ。今、会議で話し合われている魔の砂漠で遭難した民間人の捜索など興味の範疇外なのだ。愚民が勝手にの垂れ死んでもローズマリーの胸は痛まない。 

「……慕われなくていいなら、何が気に入らないんだ?ん?羨ましいのか?」

「オーホホホっ!!
 い、嫌ですわ。羨ましくなどありません。たかが平民の魔女の結婚、しかも奴隷相手を人生の伴侶に選ぶなんて正気の沙汰とは思えませんわ。しかも、産まれた子供は魔力なしと書いてありますもの。こんな……大新聞がこぞって注目するのはおかしいと申しておりますの!」
 ローズマリーは真っ赤な顔でムキになり言い返す。
 
「なんだ、ステラが新聞に掲載されて羨ましいだけか?フンッ、平民に嫉妬してるのは魔女お前だ」 

「不愉快ですわ!わたくしは帰ります」
 図星を刺されたローズマリーは、悔し紛れに新聞をセシルに投げつけた。騎士たちの制止の声を無視し会議室から逃げ出した。
 
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