30 / 74
お酒は飲んでも飲まれるな①
しおりを挟む三人の熱が心地よく、離れたがい。まだ抱き合ったままの私たちにシャーリングさんが温かい声をかけたい。
「ほっほっほっ……仲良きことは美しきですな。離れたがいお気持ちはわかりますが、シリウス様がお風邪を召す前にお着替えをいたしましょう?」
「あっ??まだすっぽんぽんでした!大変です~」
「ミミはまだですか?」
旦那さまが後ろを振り向けば洋服を持ったミミさんが進み出で手渡した。
「シリウス様。本当に良うございました。ミミはミミはこの日を心待ちしておりました」
ミミさんは滝のようにボタボタと泣いていた。凄い涙……シリウスの洋服は大丈夫かな?
濡れていなかった洋服を旦那さまと一緒に着せた。お誕生日用の上質な礼服。半袖白シャツに赤い蝶ネクタイ、藍色の半ズボンをサスペンダー吊って固定した。品の良い礼服もとても良く似合う。
ズボンの専用の穴からひょろりと伸びた白に黒水玉模様のしっぽ。ピクピク動く猫耳。
人型になったシリウスはかわいい……ただでさえかわいいのに、猫耳としっぽつきなんてもはや犯罪級では?
「お似合いですよシリウス様っ!」
「かわいいですな」
屋敷の人達の絶賛の声を聞き、得意気にちょろっと舌を出す仕草は、猫型の時と変わっていない。
「かわいいです~シリウスっ!もう好きっ、大好きです~っ!!」
ギュウと抱き締めて頬をスリスリしちゃう。チュッとおでこに目に鼻に頬に口づけを落とす。はう、もちもちプニプニのお肌の感触っ。たまりません~。
「マァマ~っ。くすぐっちゃいよ~」
キャっキャと笑うシリウスに追加のキスの雨を降ら続ける私の腕を旦那さまがぐっとわし掴む。旦那さま、手の力ちょっと強いですよ?
「ヴィヴィアン、シリウスへのキスはそのぐらいにしておきましょうか?」
にぱっと牙を見せた初めての笑顔。
笑顔なのに底冷えするような冷ややかさを感じるのはなぜですかー?
も、もしかしてシリウスにちゅうちゅうし過ぎて旦那さま怒ってますか?大事な息子を汚すな的な?
「すいません、余りに可愛いので我慢出来ませんでした」ペコリと頭を下げた。ここは素直に謝っておこう。
「ちがう~っ。マァマだめじゃない。おとうしゃまウソちゅき。マァマとキスしたいのに、いわないの~」
「っ!シリウス、余計なことは言わなくていいです!」焦った旦那さまはシリウスくんのお口をふさいだ。もごもごと訴えるシリウス。
え?旦那さまも私とキスしたいと思っていてくれたんですか?本当だったら嬉しいし、止めてくれて言うまでしちゃいますよ。妄想だけで顔がにやけちゃいます。
その後、誕生日会はまるで宴会場のような賑やかさに。侍女さんたちの着せ替え人形と化したシリウスは、次々と新しい洋服を着せられ歓声を浴びていた。
ワタルさんが「良い酒が飲める素晴らしい日だ」と、貴重なお酒を持ち出せば、シャーリングさんが「そうですな!こんな日御目出度い日に飲まずにいられましょうか?」と、秘蔵のワインを開けた。旦那さまもシリウスの誕生日と人型になれた喜びを祝いたい皆の気持ちを汲んで無礼講とした。
獣人はお酒好きなのか、追加のつまみとアルコールが次々に運ばれ、誕生日会から飲み会にシフトチェンジした頃、初めて人型になり疲れはてたシリウスは私の作ったファーストシューズを握りしめたまま、寝てしまった。
その隣には寄り添うようにミミさんがワイン瓶を枕に高いびきをかいていた。ミミさんは、シリウスくんが人型になって本当に嬉しそうだったな~。自分の子供のように孫のようにシリウスを大切にしてくれたミミさんには頭が上がらない。
ファーストシューズ。靴としてはさておき……ネズミのオモチャとしてでも気に入ってくれたなら、不器用なりに努力して作って良かったです。
ミミさんを酔っぱらっていない貴重な使用人にお願いして、シリウスを抱っこして部屋に戻ろうとした。
その私を呼び止めたのは、旦那さまだった。お酒を飲んでいた旦那さまはいつも色白の肌が仄かに赤く、瞳も潤み色っぽい。
「ヴィヴィアン、重いでしょう。私が部屋に連れて行きます」
「え?でも」
旦那さまについて一緒に部屋に戻ろうとした私の肩にスージーさんが腕を置いた。
「おいっ!奥さま飲んでねぇーのか?」
真っ赤な顔のスージーさんはすっかり出来上がっていて、ワイン瓶片手に直のみしていた。
「飲みましょう奥様。たまには旦那様にお任せして、妻も息抜きが必要ですから」
リンスさんがピンク色の液体の入ったグラスを私に持たせた。
え?飲めということですか?体のお姉さんはとっくに成人していますが、中身の私は、未成年です……大丈夫でしょうか?
迷っているとシャーリングさんがスススっと私の隣に来ると小さく耳元で囁いた。
「ほっほっほっ……奥様。獣人は酒好きが多いです。我らにとって善き妻と云うのは夫の晩酌に付き合える妻のことです」
「!っ私、善き妻になりたいです……お酒飲めたら旦那さま喜んでくれますか~?」
「お酒を飲んだ色っぽい奥様をご覧になられたら、旦那様も男として喜んでくださいますよ」
シャーリングさんは含み笑いを浮かべ髭を撫で付けた。
「わかりました!飲みます!」
女は度胸でピンク色のお酒に口をつける。ふわっと広がる桃の香り。甘くて口当たりも良くて飲みやすい。
「ぷはーっ!初めて飲みましたお酒って美味しいですね」
「初めか?これも旨いぞ。飲んでみろ」
ワタルさんが御猪口に注いだ日本酒のような透明のお酒を勧めてくれた。くいっと飲むと懐かしいお米の匂いが広がる。奥深く美味しい、本当に日本酒みたい。
「ほっほ、いける口ですな奥様。このワインもおすすめですよ」
シャーリングさんが血のような真っ赤なワインを注いでくれた。
次々にみんなからお酒を勧められた結果………旦那さまが戻る頃には酔っぱらいと化していた。
「なっ!!ヴィヴィアン大丈夫ですか?」
「はら~っ。だんにゃさまお帰へりにゃさい~」
全く呂律が回らない、頬が体が熱くて頭がふわふわする。お酒でいい気分っ!気持ちいい。
「誰ですか?ヴィヴィアンにこんなに飲ませたのは」私にお酒を勧めた全員が旦那さまから露骨に目を反らした。その人数の多さにため息を付く。
「困った人たちですね」
旦那さまは私の顔を覗き見て、ゴクリと喉を鳴らした。瞳孔が開き縦長に変化した。獲物を狙うような凶暴な目付きに怯む。
え?どうしたの?旦那さま?
疑問は口から滑り落ちる機会を永遠に失った。上着を脱いだ旦那さまは、私の頭に上着を被せた。
旦那さまは顔を隠されて驚く私を軽くお姫様抱っこすると、「羽目を外すのもほどほどにしてください」とみんなに苦言を呈し部屋に向かって歩き出した。
74
お気に入りに追加
285
あなたにおすすめの小説
お姉様のお下がりはもう結構です。
ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。
慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。
「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」
ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。
幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。
「お姉様、これはあんまりです!」
「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」
ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。
しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。
「お前には従うが、心まで許すつもりはない」
しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。
だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……?
表紙:ノーコピーライトガール様より
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
冷徹義兄の密やかな熱愛
橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。
普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。
※王道ヒーローではありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる