最後は一人、穴の中

豆丸

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聖女

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 ナルシア大陸には、人々の生活を脅かす魔物がいる。そして、魔物を統べる魔王がいた。歴代の魔王の中には、人間に友好的で聖魔王と呼ばれる者もいたが、現魔王ユグラシエムは人間を憎悪していた。魔物を統制し人間皆殲滅の旗を掲げ、破竹の勢いで村を町を国を焼き払い数多の犠牲者を生んだ。 

 皮肉なことに、未曾有の恐怖に憎しみ合っていた国々は手を取り合い、魔王軍に抵抗した。 

 彼らは各国から勇者達を選定すると、教会と協力し、異国から聖女を召喚した。 

 その召喚された聖女が、後にカスミの母となる、牧野百合音ユリネだった。  

 ユリネは黒い長髪の清楚な美しい少女だった。厳格な華族の家柄で貞淑を重んじる両親に育てられた彼女は、思慮深く慈愛に満ちていた。人々のために聖女として、危険な最前線で戦い尊敬を集める。


 そして――苛烈な戦いの末、勇者達と共にサイの町の麓、魔王城に攻め込むと聖なる力で魔王を封印した。統制を失った魔物たちは大人しくなり人々は平和を噛み締める。

 歓喜した人々は、勇者達を特に聖女を褒め称え、神のごとく崇拝した。 

 聖女の人気は高く、教会は自分たちが召喚したのだからと聖女を欲しがる。彼女が居れば、信者も増え、多額の寄付金も入るからだ。 

 各国も政治的利用から聖女に取り込もうと躍起になり、各国から構成されていた勇者達も聖女にこぞって婚姻を迫った。 

 ユリネは、教会の誘いにも、誰の婚姻にも首を縦に振らなかった。ユリネには、幼い頃より兄として慕う婚約者がいたから。 

 彼女の願いはただひとつ……産まれた異世界に帰ることだけ。

 ユリネは泣いて懇願した。 

 「もう魔王はいない、私の役目は終わりました!帰して下さい!」と、教会も勇者達も誰一人としてユリネを手放すつもりは毛頭ない。 

 そして、ユリネは残酷な事実を知る。そもそも、教会に召喚魔法はあるが、帰還の魔法など存在しなかった。聖女を最初から故郷に帰す気などなかったのだから。 

 いや、もし仮に帰還の魔法があったにしろ、召喚魔法で魔力を全て使い果たした教会には、土台無理な話。 

 純粋なユリネは騙されていたのだ。 


 魔王を倒せば、帰れると言われ信じユリネは、今日まで踏み留まれた。 


 騙された。そんな、酷い!酷い!―――帰りたい!帰りたい!お兄様、お兄様助けて、会いたい――。


 ユリネは嘆き、養父の伯爵アシムの別荘に引きこもり。泣いて泣いて人々を遠ざけた。 

 ある日、泣き張らした虚ろな瞳でベッドに横たわるユリネの顔に影が差す。 

「今日も泣いているのかい?ユリネ」 

 そこには、ホウダイ王ソンタイが心配そうに見つめていた。彼は色っぽい仕草で、ユリネの涙で頬に張り付く髪を鋤き、小さな耳にかけた。

「……ソンタイ…さん?……なんで、ここに?」 

「ユリネが心配で、慰めに来たんだよ」 

 ソンタイ王は、ユリネをそっと抱きしめると優しく頭を撫で初めた。 

「……慰め?」     

 誰も入れるなとお願いしていたはずなのに……優しい侍女は何処に行ってしまったのか?  

 驚きに、泣き疲れ霞んだ思考が徐々にクリアになってくる。 

 ソンタイ王も勇者として魔王討伐に参加していた。見目麗しく女性に人気があり扱いに長けた王は、旅の途中気さくにユリネに話しかけ、露骨に肩や腰に手を回してきた。貞淑な彼女は不快感しかなく、彼を避けていた。 

 そして、魔王討伐後にソンタイ王も他の勇者達のように聖女との婚姻を望んだ。   

 王にはユリネより年上、既に正妃も子もいた。一夫一妻制の日本産まれのユリネには到底受け入れられず、丁寧にお断りしたはず。 

 その彼は、容易く部屋に入り、ユリネに無遠慮に触れてくる。
 
――頭の中を警鐘がなり響く。  

「…だ、大丈夫ですから……離して……下さい」 拒絶する声は酷く掠れ弱々しいものだった。 

「可哀想に、小動物みたいに怯えて……大丈夫、私に全て委ねなさい。善くしてあげるから……」 

 男は、ユリネを寝台に押し倒すと覆い被ぶさり―――そして……。 

 ユリネは、婚約者のお兄様のため、今日まで大切にしてきた純潔を失う。 

 侍女よりユリネの生理周期から、排卵日を把握していた王は、執拗に彼女の中に白濁を注ぐ。腹が膨らみ、彼女が気絶しても行為を止めようとはしなかった。

 純潔を失ったユリネは、その日から、毎日のように獣男に汚され――彼女は身籠る。


 養父の伯爵は借金をソンタイ王に肩代わりしてもらっていた。姉のように信頼していた侍女は王子の小飼だった。最初からユリネに逃げ道はなく、ホウダイ国に拉致され、強制的にソンタイ王の側室にさせられた。 

 唯一抑止力になりえた教会も、王から多額の寄付金と、女の子が産まれたら聖女として教会に帰属させる約束で、納得した。  


 各国の人々は、平和をもたらしてくれた、勇者と聖女を祝福した。吟遊詩人は二人の恋物語を情愛高く歌い上げる。沢山の書物が作られ、人々は二人の純愛を信じて疑わない。 


 祝福ムードの中、カスミが産まれユリネも現実を受け入れたかのように見えた。  


 水滴が桶に溜まり、溢れでるように、少しずつユリネは狂ってゆく。 


 狂気と現実の狭間でユリネの聖なる力は失われた。幼いカスミを大切に慈しみ、姿が見えないと狂乱したかと思えば、次の瞬間には、首を締めようとする。 

「……帰りたい。帰りたい!お前が産まれなければ、帰れたのに…………何で?何で?私を汚さないで、お兄様助けて……」  



 無理やり手折り、上手く自分の物にした聖女は聖なる力を無くし狂ってしまった。 

 ソンタイ王はことの露見を恐れユリネを離宮の奥に閉じ込め、世間には、聖女は療養中としひた隠しにした。グズな王は狂った女より美しい踊り子に夢中になる。 


 彼女に心を砕いてくれたのは、以外にも正妃ソーニャとその息子のソンタイ2世だった。 


 ソーニャはホウダイ国と並ぶ強国、技術大国メナドニアの王女として産まれ、国を支える賢母となるよう教育を受けた。今のホウダイ国の政まつりごとを支えているのは、放蕩三昧なソンタイ王ではなく、彼女とその側近たちだ。 

 思慮深いソーニャは、魔王を封印した聖女に深く感謝をしていた。息子と歳の変わらない、狂ってしまったユリネを大層憐れみ、後ろ楯になり世話を焼いてくれた。 

 息子のソンタイ二世もカスミを歳の離れた妹として慈しんだ。 

 カスミを渡せ、約束を守れと訴える教会を退けてくれたのもソーニャだった。 

 カスミが母と言われ思い浮かぶのは、狂ったユリネではなくソーニャなのは致し方がないだろう。


 カスミが5歳になってもユリネは壊れたまま…日がな1日中、「帰りたい、帰りたい」と呟く母。 


カスミは、疑問だった。 
「ママ、そんなに帰りたいなら帰ればいいのに……」そう、帰ればいいのだ、そんなに帰りたいなら。 


「帰りたいのに……帰れないのよ?あなたが帰してくれるの?」 

 ソーニャは虚ろな瞳に、カスミを写した。母に真っ直ぐ見つめられてカスミは、純粋に嬉しかった。  


「うん!私がママを帰してあげる!約束だよ~!」母がそれで幸せなら、私が帰してあげるんだ!強くカスミは思う。 


 狂った母の小指に指を絡め、指切りをした。ユリネは、苦しいほどぎゅうとカスミを抱きしめ咽び泣く。


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