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大切な場所

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 小さな子供が居たら、朝のご飯時はバタバタする。ここスミレ孤児院も同様。発作が落ち着き、寝不足でまだ寝ているミクちゃんをアレンさんにお任せし、子供たちの朝ご飯のお手伝いをする。
  
 最年少の羊獣人ジャン君のもふもふして、ふにゃふにゃの骨すら柔らかい小さい体を抱きしめる。哺乳瓶でミルクを飲ませた。あうあうと必死で吸い付く姿が可愛い過ぎて、疲れているはずなのに、にまにましてしまう。 
  
 ミルクの飲み終わった体を立て抱きにし、背中をトントンしてゲップをさせ、寝付いたジャン君をベビーベットに寝かしつけた。 
 
 次は離乳食組のお手伝い。小さいスプーンで潰したパン粥をお口に入れて食べさせる。上手く食べられず、口から出てしまう子。嫌がり仰け反って椅子から逃げようとする子。もっと欲しいと手を叩いたりする子……みんな個性があり、お世話は大変だけど可愛い。
  
 幼児組は、お手伝いは要らない「ぶじんで(自分で)」とアピールしつつ、食べ出したらお皿をひっくり返して大泣きしたりと、手が掛かる。 
 ひっくり返したお皿を片付けていると、熱い視線を感じる。顔を上げれば、柱の影に隠れているつもりなのか、半分体のはみ出したラッセルと目があう。 
 私と目が合うと、眉毛を上げ柱の影から一歩踏み出したけど……なんだ?っと振り返った子供たちの顔を見るや、また柱の影に隠れた。
 
「……ラッセル?ぐへっ!」 
 雑巾片手に近づこうとすると、どっかと白い弾丸ことカンタに抱き付かれ変な声が出た。 
 
「ミサキ聞いてよー!僕、ラッセル様の護衛なのに僕より先に孤児院に行っちゃうんだよー!」更にぎゅーと絞められる。く、苦しいから…。 
 
「おい!カンタ!!」 
 柱の影からラッセルの怒号が飛び、子供たちがびくっと身を縮こませた。泣き出した子どもを他の職員が抱っこで落ち着かせてくれる。
 
「く、苦しいし、臭いわ!!カンタ大丈夫?ちゃんとお風呂入ってるの?毛皮も茶色し、牛乳拭いた後のクサ雑巾の臭いがするわよ!」  
 
「へ?そんなに臭いの僕!!!!」 
 ガーンの効果音が聞こえそうなほど、ショックを受けたカンタが私から離れた。 
 
「ふう、苦しかったわ。それより、なんでラッセルは柱の影から出てこないの?子供を狙う不審者みたいよ!」 
 
「ふ、不審者などではない……俺は、だな」
 
「ラッセル様、子供たちに怖がられてるんだよー!すぐに泣かれちゃうんだ」  
 
「……そうだ俺は、子供らに好かれん」 
 バツが悪そうにラッセルは下を向く。ラッセルは肉食獣で鋭いキバに黒い強面の容貌。大きく威圧的な体格、低く渋い声は小さい子どもには恐いわね。 
 
 孤児院の見回りを兼ねて、おやつを持ってきたり食べに来るカンタは、「隊長たいちょ隊長たいちょ!」と親しまれている。子どもたちに大きなしっぽを捕まえられたり、もふもふの背中をジャングルジムのように、よじ登られている。 
  
 カンタは、ラッセルの護衛隊長代理なんだそう。本当の隊長はカンタのお祖父さんで、今はぎっくり腰で養生中。 
 カンタのお父さんは、彼が小さい頃に魔物に殺され、お母さんは病気で早く亡くなった。カンタはお祖父さんに養育されたと聞いたわ。 
  
 カンタは、孤児院の子どもたちに両親の居ない自分を重ねているのか、とても楽しそうに体を使って良く遊んでくれる。カンタが子どもたちに好かれのがわかるわ。
 
 笑い声をあげる子どもたちにおもちゃにされるカンタをラッセルが、何処か寂しそうに見ていた。 
 スミレ孤児院は、ラッセルのお母さんスミレさんがラッセルのお父さん前領主グラムドに頼みこみ弱い体に鞭打って初めたと言う。 
 ラッセルも感慨深く、きっとこの場所を大切に思っているんだわ。 
 場所もそうだけど、ここで暮らす子どもたちのことも。  
 
ラッセルも子どもたちに好かれたいわよね。  
 私は雑巾を片付けると、ニコニコ笑顔で柱の影から戸惑うラッセルを引っ張り出して、子どもたちの少し近くに座らせた。 
 びくつく子、ラッセルから逃げるように距離をおく子もいるけど、お構い無しに明るくラッセルに話しかけた。 
 作戦名は、『このお兄さんは見た目恐いけど害はないよ!大丈夫だよ~』である。お互いすぐに慣れるのは難しくとも、少しずつ打ち解けて欲しいわ。 
 
「ラッセルありがとう!私を迎えに来てくれたのよね?お仕事で忙しいのに大丈夫なの?」 
 
「ああ……午前中の仕事は済ませてきた心配ないぞ。白の塔から帰って来たばかりで、ミサキも疲れているだろう?」 
 
「疲れなんて、子供の笑顔を見たら癒されてなくなっちゃうわよ!」私が笑うと、呆れたのか私を見つめるラッセル。 
 
「ミサキは、子供を好いているのだな………その、だな」ラッセルは珍しく言い淀みこほんと咳払いをした。 
 
「ラッセル?」 
 
「あー。ミサキと俺との間に子が産まれたら、孤児院の子どもたちのように……ミサキが自ら育てるのか?」 
 
「当たり前でしょ!自分の子どもは、自分で育てるわよ!まさかラッセルは、二人の子どもなのに子育てに参加しないつもりなの?」 
 領主の仕事が忙しいのは解るけど、子育てを全て私に丸投げするつもりなのかしら?ついつい口調が厳しくなる。 
 
「違うぞ!無論俺も参加する。俺たちの子をミサキが自ら育ててくれるなど喜ばしい限りだ!!」ラッセルは、よほど嬉しいのか黒い尻尾を垂直にピーンと立てている。 
 
「俺の……母スミレは生まれつき脆弱だった。それに加え産後のひだちが悪く……母に変わり俺を育ててくれたのはれたのは傅役もりやくでな…」 
 
 聞いたことのない単語に首を傾げると、乳母の男性版だと説明された。確かに子育ては重労働。体の弱い女性が大多数を占める竜の背では、傅役の存在はありがたいことだわ。
  
「ふふっ、スミレさんは……ラッセルを自分の手で育てたかったのね」 
 
「なぜ?ミサキはそう思うのだ?」 
 
「スミレさんが孤児院を建てたからよ……建物にこだわりが凄いもの!」 
 明るく清潔な部屋に段差はない。棚、机もトイレもドアノブだって子供が使いやすいサイズ。家具の角もぶつからないように全て丸くしてある。汚れでも落書きしても落ちやすい材質で、跳んだり跳ねても壊れにくい。 
 
「母は発熱しハリー先生に諌められても、設計図を眺めていたな」 
 懐かしそうに、ラッセルが目を細めた。スミレさんは孤児院の完成した翌年、風邪を拗らせ亡くなっている。 
 スミレさんがラッセルが大切にしている孤児院を私も大切にしていきたいわ。
 
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