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何も言えない

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「レインさん、嫌なことを聞いてごめんなさい。仕事だったら、好きじゃないこともしないとよね?」 
 
急に押し黙ってしまったレインさんに謝る。 
  
 レインさん、グレンさんに他の聖女候補に応急措置口づけしてほしくないと、思ってしまった。それは、私の醜い嫉妬。 
  
 (私だけを見て欲しいなんて烏滸がましい。きっと私は選ばれない、大切にされない。そんなの解ってる)

 呪いのように聞こえるのは元旦那の声、『お前なんか誰にも愛されない。俺に尽くせ!言うことを聞け!働けよ!それしか価値がないんだから!』蔑み馬鹿にした顔。 
  
 嫌だ……頭にこびりついて離れない。  
 まるで呪いのように。 


「マナツ様……嫉妬しているのですか?いつもの貴女らしくないです」 

「ごめんなさい……少し疲れているのかも」

弱っているマナツも可愛いと思うよ。愛でたくなる」 
  
(えっ?僕?……いつもと口調が違うような)  

 はっと、見上げといつもの穏やかそうなレインさんが心配そうに私を見つめていた。  
 
(へっ、空耳?) 

「大丈夫ですか?まだ応急措置が必要なようですね。僕もグレンもマナツ様なら嫌じゃないですよ。いつでもしますから、言ってくださいね」
 
「えええ?だ、大丈夫!大丈夫よ」 

「ふふっ。大丈夫そうには見えませんよ……ほらマナツ様。力を抜いて下さい」 
 顎を持ち上げられ再び、レインさんの美貌が近づいてくる。 
 
「ち、ちょっと、ま、待って!」 

「……待ちませんよ」 

「レイン!何してるんだ!止めろ!!」
  
 間一髪(?)、いつの間にか中庭に来ていたグレンさんが私の体を引き寄せた。肩に置いた手に力がこもる。眼光鋭くレインさんを睨み付けた。 

「ふふっ。睨まないで下さいよグレン。マナツ様が倒れそうなので、応急措置口づけしようかと……今度は私の番ですから」にこにこと悪びれないレインさんは続けて言った。 
  
「まあ、2回目ですけどね」
   
「お前な!1回したら俺と交代の約束だろう!」 

「いえいえ、グレンはすでにマナツ様に2回応急措置口づけしてますから、私も同じ回数しないとフェアじゃありませんよ」  

「チッ」 
 グレンさんは舌打ちしてレインさんを睨む。レインさんは変わらず笑顔だけど、二人の間の空気がバチバチ重い。

(フェアじゃないって、グレンさんにばかり負担を与えたくないってことよね……)  

 
 目の前で、押し付けあいをされると凹むと言うもの。


「ねえ、二人とも私への応急措置は必要最小限で大丈夫だから!綾乃さんと小春さんにしてあげて」 
 心がちくっと痛いけど、二人も応急措置が必要なこともあるはず。
 
「俺は嫌だ」「必要ありませんよ」 
 私の提案は二人にきっぱり、アッサリ否定された。  
 グレンさんは苦虫を噛み潰したような顔をしてるし、レインさんは顔は笑ってるけど、目が笑っていない。

「…でも、聖なる力が尽きて私みたいに倒れることもあるでしょう?」 

 
「コハル様は、倒れる前に神官見習いたちから応急措置をして頂けるので大丈夫ですよ」

「アヤノは契約違反で聖女候補見習いに降格した。竜神様のお手当てから外れてもらった」 

 聖女候補見習いって、なにその取って付けたような肩書き……。
 アヤノさんが侍女を虐げても、散財しても説教で見逃してくれていたのに……いきなり切られるなんて、アヤノさん一体何をやらかしたんだろう?  

「……ここ一週間アヤノさんを見かけないと思っていたけど、今はどうしてるの?」 
 同郷としてアヤノさんの所在は心配だわ。  


「アヤノ様は、別棟でポーション作りをお願いしているんですよ。まだ暗黒竜の残党も魔物も居るので、腐るほどあっても困りませんから」 

「……綾乃さんに酷いことは、してないわよね?」 

「マナツ様はお優しいですね……してませんよ。アヤノ様が竜神様にしたようなことは」
 レインさんから一瞬、表情が消えた。その事で彼が酷く怒っているのが解って、私は震えた。

「寛大な処置だ。アヤノは竜神様を害したんだ。ベンダル様に斬られてもおかしくなかった…命があるだけましだろう」 
  

竜神様を害したーー。 


その事実が重すぎて私は何も言えなかった。

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