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4章 因縁の姉妹

19 森の入り口

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その後私たちはただひたすら森に向かって飛び続けていた。時刻はそろそろ朝の3時といったところ。

(そろそろ森が見えるはず……)

あたりを見回す。すると、離れたところに目的の森が見えた。

「ヒューゴ、あったわ! あの森よ」

私が森を指さすと、ヒューゴは頷き進行方向を変えた。

数時間前、出発した直後は手だけ繋がってるままそこそこの高度を飛ぶのがちょっと怖かったけれど、ようやく慣れてきた気がする。

(いや、手を繋いでるのはいまだに慣れないけど……?!)

人と手を繋ぐことなんて早々ない。気恥ずかしい気持ちになってしまうけれど、そんなことで照れている場合じゃないと自分を叱咤する。

この移動法が一番効率的なだけだから!

そうして私たちは森の入り口に立つ。

「アナライズ」

多少眠いけど、集中したらそこそこの精度は得られるはず。ナンシーの位置を確認しようと私は鑑定を起動したんだけど……。

「クレア、危ない!」

急に私の目の前がヒューゴの手で覆われる。さらに高度も急降下した。

「え、なに?!」

私は驚いて手を離しそうになるけれど、ヒューゴがすぐに私の手首をつかみ直す。

(しゅ、襲撃?)

ヒューゴの手を見ると、緑の液体が付いており、火傷のような跡が残っていた。

森の鑑定をいったんやめ、すぐにヒューゴの手に着いた液体を鑑定する。範囲が狭いから一秒もせず終えられた。

「毒……! ムーンクロウのものらしいわ」

私は癒しの魔法を起動する。その間もヒューゴは毒の追撃を避けるように飛び回った。

鑑定に気を取られていて気づかなかったけど、私たちの進行方向には複数のムーンクロウと思しき魔物が塞がっている。

漆黒の羽をもつ鳥で、眼は怪しく赤い光を放っている。小型で、三羽くらいなようだけど……。

ヒューゴは私と繋いでいない方の手をかざし、目の前の三体を正確に狙い撃つ。

炎の矢に貫かれたムーンクロウ達はそのまま地に伏していく。ガアガアとけたたましい鳴き声をあげて。

さらに呼応するように森の入り口付近から同じような鳴き声があがる。

「耐酸性、速度上昇、夜目の付与」

ばさばさとした羽音を聞きながら、私は支援魔法を展開していった。

3時間の移動の間にそこそこ魔力が回復していて助かった。

見えやすくなった目で周囲を眺めると、かなりの個体数のムーンクロウが高速でこちらに向かってくるのが見えた。

数十羽はいるだろうか。かなりの規模の群れだった。

「増援ですか。個々の戦闘力は低そうですが、厄介ですね……」

「もしかしたら、まだ森の中に他の個体もいるかも。叫び声が特徴的な種族で、増援を呼んだり計画を伝達したりする知能の高い魔物らしいわ」

「なるほど。厄介なことこの上ないですね。声を出さないように倒せと……」

考え込むような表情をして、ヒューゴは言った。

ムーンクロウの群れはかなりの速度で動いており、攻撃を避けながらなのでそろそろ目が回りそうになってくる。

「ちょっと一気に距離を取ります。危ないですので口を閉じていてもらえますか?」

「え、えぇわかったわ」

言われて身構える。かなりの速度が出ているようで正直怖い。思わずヒューゴの肩を掴み抱き着いた。

「ご、ごめんちょっとバランスが……!」

「さすがに慣れていないとこの速度はきついですよね……すみません」

ああもう、夜だから外気が寒いせいなのか、やけに捕まった肩とかが温かく感じてしまう。

「ごめん、動きにくい? いったん降ろしてもらっても……」

「いえ、危険ですしこのままで。今からちょっと大規模な魔法を使いますので」

私は謎の大慌てをしてるのにヒューゴはやっぱり冷静ですごいな……。私は頷いてムーンクロウの方を見た。

先ほど距離を取ったおかげで、かなりの距離が空いている。今もまさに私たちの元へ飛んできている最中だけど……。

ヒューゴは軽く息を吸い、なにかを呟いた。

その瞬間、時が止まったように何の音もしなくなる。いや、違う。正確にはさっきまであんなにうるさかったムーンクロウの鳴き声がぴたっと止まったのだ。

羽音だって聞こえない。どころか、ムーンクロウは急に力を無くしたように落ち、雪に埋もれていく。

「え、これ……」

「音が発生しない状況なら叫び声はあげられないでしょう? ちょっとムーンクロウ周辺の空間を一時的に真空にしました」

にっこり笑うヒューゴ。

(S級どころの騒ぎじゃないようなこと言ってない……?!)

「一応彼らも回収しておきましょうか。毒液は面倒でしたが、なにかに使えるかもしれませんし」

そうして次元格納庫を起動し、あっさりムーンクロウの群れを収納していくヒューゴに私は何も言えなかった。

「ごめん、ヒューゴ。私ってヒューゴに助けられっぱなしだね」

正直、途中から薄々気づいていたことだけど、ヒューゴに護衛なんて必要なかったはずだ。

冒険者とのコミュニケーションに困ることもないし、戦闘能力は護衛を雇うどころか本人が護衛になれちゃうくらい高い。

(そんなヒューゴがわざわざ私を雇ったのは……追放された私を助けてくれたからじゃないの?)

「クレア。先ほども申しましたけど、私があなたを助けたいのは私の意志であり身勝手なんです」

「……」

「あなたがそれを気に病む必要はないですし、私はエドワードさんたちのようにあなたを見捨てるようなことはしません。まあ、私がクレアに見捨てられる可能性はあるかもしれないですけどね」

そうしてお茶目に笑うヒューゴ。

「私がヒューゴを見捨てるなんて、そんなことあるわけないよ」

「ふふ、そうですか? でも、私はあなたが思ってくれているよりしょうもない人間ですよ」

「そんなことないと思うけど……?」

私が不思議に思って聞くと、ヒューゴは少し顔を逸らして呟いた。

「まあ、好きな人と手を繋いでいることが嬉しくて、判断力が低下してしまう程度にはしょうもないですね」

そう言われて、今の状況を思い出す。左手をヒューゴと繋いでいる。

あとさっきムーンクロウと距離を取ったときに怖くてヒューゴの肩にしがみついていて、正直……戦闘が終わって冷静になってみると、だいぶドキドキするというか恥ずかしいというか。

「……あの。私もちょっと恥ずかしくて……いったん降りましょうか?」

「そうしてください」

暗くてよく見えづらい中だけど、ヒューゴの耳が赤く染まっているように見えた。
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