上 下
12 / 15
出国編

得ていたものと感じるもの

しおりを挟む
 ふと、暖かい何かに包まれる。懐かしくて、大好きで、大切なあの子の気配。

 私は、あの子を庇って……おそらく死んだのだろう。それに後悔はしていない。だって、私はあの子が一番大切で、好き、だから。

 死んだら、どこに行くのだろう。神父様が仰っていた通り、果ての園に行くのかな。じゃあ、もうここは果ての園だったり? そう、思って目を開いた、んだけど。

(ここって、あの森……?)

 目を開いたとき、まず目に入ったのはさっきまで見ていた景色。自然豊かで、ちょっと鬱蒼とした国境の森の風景だった。

(どうして? 私、死んだはずじゃ……?)

 そう思って、傷を負ったはずの胸元に視線を落としてみる。確かに服は破け、血で塗れている。そこまで認識して、傷痕が全く痛くないことに気付いた。

 ぺたぺたと傷痕があるはずの部分を触ってみたけれど、あるはずの傷は全くなくて。

(治ってる……?)

 以前にも、似たような経験をしたことがあった。隠れ家で目を覚ましたときだ。つまり、ウィルが治してくれた?

 少し痛む頭を気力で持ち上げ、前方を見つめる。そこには、予想通りウィルと兵士が立っていた。きっと、私が気絶してから、そんなに時間は経っていないのだろう。

(でも、これって……あんなに強い兵士を相手にするなんて、ウィルが危ないんじゃ!)

 そう思って、もう少し目を凝らして見つめてみるけど、戦況は私が思っていたのと全く違った。

 ウィルが、圧倒的に押している。

 二人が何を話しているのかは聞こえないけど、ウィルが動くたび、兵士が吹き飛ばされ、血が舞っているのは見える。

(あぁ、あの話は本当だったんだ)

 ウィルがお父様達を殺したという話は。

 あのとき、あの話を聞いた私は驚き、戸惑った。ウィルはここに来るまで一度もそんなそぶりは見せなかったからだ。いや、追っ手を強く気にしていたのはそういう理由だったのだろうか? でも、それ以外は全くお父様達の死を感じさせなかった。

 だから、驚いてしまった。けど。今目の前で、兵士に攻撃を加え続けるウィルを見て納得した。同時に、私は驚きではない、別の感情を抱いてしまっていることを自覚した。

 ——嬉しい、って。
 
 さっきまでとは全く違う。兵士に敵意を剥き出しにしているウィルを見て、嬉しく思ってしまった。

 そんなに頑張ってくれてることに。あの兵士の苦し紛れの攻撃が、こちらに来ないように弾いてくれてるのだって。

 これが倫理に反していることなんてわかってる。でも、ウィルがお父様達を殺し、兵士を殺そうとしてくれていることに、仄暗い愉しさを感じてる。

 今までずっと一人だったから? 誰も守ってくれなかったから? 私を害してでも『愛するメアリー』のために動くキシサマがいることが妬ましかった?

 全部違う。私が今こんなに心躍っているのは、ウィルが私のためにしてくれてるって、理解しているから。

『僕だって、姉様が好き、なのに……どうして』

 意識が薄れゆく中、最後にウィルが告げたあの言葉。それを聞いているから、私はこんなにドキドキしてるんだ。

 大粒の涙を流して、顔を赤くして泣いていたあの子が、好きって言ってくれたとき。あぁ、もしかして私たちは、同じだったのかもしれないと気付いた。

 私があの子を好きなように、あの子が私を好きになってくれていて。そうして、今戦ってくれているなら。

(これを、幸せというのかしら?)

 森中に広がるあの子の気配……魔力? に包まれ、幸福感に浸るうちに、どんどん瞼が落ちていって、また私は意識を失った。
しおりを挟む

処理中です...