静かな隣人

吉良朗(キラアキラ)

文字の大きさ
上 下
4 / 9

4.四面楚歌

しおりを挟む
 毎日昼夜問わず突発的に泣き出すシュンは、その日の夕方も泣きわめいていた。

 そんなシュンを放置したまま、ひかりはヘッドホンで音楽を聞きながら、寝そべった姿勢で、怪我した野良猫が保護されるYoutube動画をスマホで見ていた。

 いっぽう和雄のスマホには、連日昼夜問わずの非通知着信の通知で画面が埋め尽くされ、和雄たちのグループが連絡用に使っているLINEグループにも捕まった二人の名前で通話通知が飛んでくる。

 当然、誰も応答しないのだが、それがしばらく続くと今度は和雄を名指しで、おまえんち分かってるぞ、とか、もうすぐ迎えにいくからな、などのメッセージが送られてくる。
 こんなことの繰り返しだった。

 前日からは、マンションの前にガラの悪い連中や東南アジア系と思われる外国人がうろつくようになっていた。
 和雄はマンションの前の道路が見える風呂場の小窓から、連中のようすを度々うかがっていたのだが、最初はきょろきょろと部屋を探すようにマンションを眺めていた連中が、いつのまにかこちらの部屋の方をまっすぐにあおぎ見るようになっていた。
 それからしばらくして、LINEグループにはこんなメッセージが送られてきた。

=====
 カズオくんの部屋の位置を教えてくれたお友だち
 サンキュー、マジ感謝!
 あと提案がありま~す。
 カズオくんを仕留めるお手伝いをしてくれたヤツには何もしませ~ん
 逆に朗報! 感謝状(お金)出しちゃう・・・かもよ♡
=====

 おそらく、メンバーたち個人のアカウント情報も、捕まえた二人から得たのだろう。
 そして、和雄のメンバーの誰かに直接連絡して、マンションの外から見た和雄の部屋の位置を聞いたのだ。
 そのうえで、わざわざグループラインにこんなメッセージを送ってきた。

 そもそも、部屋番号くらい捕まえた二人から聞いて知っているはずで、オートロックがあるとはいえ、連中のような奴らなら入って来る手段などいくらでもあるはずだ。

 完全に連中は俺を追い詰める遊びを楽しんでやがる――


 さきほどのメッセージが送られて来た直後、メンバーのひとりから和雄の個人アカウントに次のようなメッセージが届いた。

=====
 和雄さん俺マジブチ切れました。
 あいつらやる相談したいんで会わねーっすか
=====

 その後、連続して同じような内容のメッセージが何人かのメンバーから送られて来たが、和雄は全て無視した。

 あいつら……
 連中のあんなメッセージが来た後にこんなん送ってきやがって――
 この状況で、はいそうですか会いましょう、ってなるわけねーだろ――


 和雄は外出を控えるようにひかりにも忠告した。
 食料もインスタント食品のストックがまだあったが、念のためシュンのミルクとインスタントの離乳食もあわせてネットで買い足し、配達はマンションのエントランスにある宅配ロッカーを指定した。

 今まで他人を腕力で従わせ、ひかり以外誰にも反抗を許さなかった和雄にとって、この状況はかなりのストレスだった。



 シュンはしばらく泣き続けると、疲れるのか少しの間だけ静かになるが、すぐにまた泣きわめく。
 その繰り返しだった。
 
 ひかりは夕食の用意もせずに、スマホで子猫が『ちゅーる』にむさぼりつく動画を観ていた。

 どいつもこいつも……

 わかったよシュン、今メシ用意してやっから泣くなっつーの……

 和雄は面倒くさいと思いながらも、カップ麺をふたつとインスタントの離乳食を棚から取り出し全て開封した。 

 くそっ。
 そうつぶやくと、離乳食に電気ポットのお湯を注ごうと伸ばしかけた手をふと止めた。

 突然、和雄はその衝動にかられた。

 和雄は伸ばしかけた手を引き戻すと、よろよろとベビーベッドの方へ歩いて行き、わが子を見下ろした。
 シュンはさんざん放置され、それでも自分の存在証明をするように両手を握りしめて力の限りに泣いていた。

 うるせーなぁ……
 なんでこんなうるせーんだ…… 

 っつーか、おまえなんでそんなに泣くんだよ……
 
 自分が悪ぃーんじゃねーか……
 おまえが弱えーからだぞ……

 和雄は朦朧もうろうとした眼差しでわが子をしばらく見つめた。
 そして、右手をその首へと伸ばした。

 なんで弱えー奴がいる……
 強えー奴のためか……
 狩る者のための狩られる者……
 なら、俺は――

 和雄はどこかで見た、自分の子を貪るように食う神の絵を思い出した。

 和雄はシュンの首にかけかけた右手を顔の方へずらすと、その顔面を覆うようにして頭部を掴んだ。

 右手で充分だ――

 その時だった。
 背後でバタバタと物音がしたかと思うと、きゃっ、というひかりの短い悲鳴が聞こえた。

 和雄は振り返ろうとしたが、もうその瞬間には頭部に走る重い衝撃とともに視界は真っ白にとんでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

敗者の街 Ⅱ ― Open the present road ―

譚月遊生季
ホラー
※この作品は「敗者の街 ― Requiem to the past ―」の続編になります。 第一部はこちら。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/33242583/99233521 イギリスの記者オリーヴ・サンダースは、友人ロデリック・アンダーソンの著書「敗者の街」を読み、強い関心を示していた。 死後の世界とも呼べる「敗者の街」……そこに行けば、死別した恋人に会えるかもしれない。その欲求に応えるかのように、閉ざされていた扉は開かれる。だが、「敗者の街」に辿り着いた途端、オリーヴの亡き恋人に関する記憶はごっそりと抜け落ちてしまった。 新たに迷い込んだ生者や、外に出ようと目論む死者。あらゆる思惑が再び絡み合い、交錯する。 オリーヴは脱出を目指しながらも、渦巻く謀略に巻き込まれていく…… ──これは、進むべき「現在」を切り拓く物語。 《注意書き》 ※記号の後の全角空白は私が個人的にWeb媒体では苦手に感じるので、半角にしております。 ※過激な描写あり。特に心がしんどい時は読む際注意してください。 ※現実世界のあらゆる物事とは一切関係がありません。ちなみに、迂闊に真似をしたら呪われる可能性があります。 ※この作品には暴力的・差別的な表現も含まれますが、差別を助長・肯定するような意図は一切ございません。場合によっては復讐されるような行為だと念頭に置いて、言動にはどうか気をつけて……。 ※特殊性癖も一般的でない性的嗜好も盛りだくさんです。キャラクターそれぞれの生き方、それぞれの愛の形を尊重しています。

【短編ホラー】ささやき声

にく
ホラー
 音声作品って知ってます?  恥ずかしい話なんですが、一時期そういうものにハマっていまして。  ──たぶん催眠音声は『ある』んだと思います。

ネズミの話

泥人形
ホラー
今の私は、ネズミに似ている。 表紙イラスト:イラストノーカ様

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

蒙昧な君に告ぐ

碧永
ホラー
現代ファンタジーっぽいホラー。 友人が化物だ、と噂されているらしい。友人に泣きつかれ主人公は噂の原因となった洋館に行く事に。でもそこには…きっと、真相に裏切られる。そんな物語 と、いう事で現代ファンタジーホラー(矛盾)を書きました。ギャグ3割、シリアス7割を目指したつもりです。 短編です。 【表紙はたいとるぐらふぃ様を使わせていただいてます。ありがとうございます。】 2021/7/8追記 お久しぶりです。たまたま暇だからと書いた小説をあげるためにこのサイトに来たら、過去に書いたものがあってびっくりしています。書いた当時は中学生だったこともあって、恥ずかしくてまだ読み返せてはいないのですが、いつか読み返せたらどっかで書き直したいです。

短編怪談

STEEL-npl
ホラー
ほんの少しだけ不安になるような怪談を。

怨念の肉

O.K
ホラー
精肉店で働く主人公が、届いた肉を切るときに怨念を感じ、体調が悪化する。その肉の主が自殺ではなく殺されたことを知り、怨念の正体を追求する。事件を解決し、怨念は薄れるが、主人公はその体験を忘れない。

何度も母を殺す夢

真ん中のペダル
ホラー
 冴えない高校生が大嫌いな母を何度も殺す夢のお話。毎回必ず母は死にますし、周りも巻き込まれたりするかもしれません。  少しばかり激しい表現があります。 カテゴリーなんなんだろうか……。

処理中です...