なにものでもないぼくたちへ

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なにものでもなくぼくだから 完

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「あ、待ち合わせすればよかった」

 翌朝、いつもの電車、いつもの時間。僕は高校が見えたところで気が付いた。せっかく元気をもらえるのに、学校で生徒が沢山いたら渡してもらえないかもしれない。

 登校時間は同じくらいだから、教室に行くまでに会えたらいいなぁ。

「頼田くーん」

 そんなことを考えていたら、後ろから朝川さんの声がした。学校で朝川さんが大きな声を出すことはない。もしかして、これが“元気”かな? 振り向いた僕はそれが間違いだということを身をもって理解させられた。

「あ!」

 朝川さんより大声を出してしまった僕が固まる。朝川さんの周りがざわざわし始めた。

「なあ、あれ誰!? 可愛い!」

 うんうん、可愛いよね。朝川さん。僕だけが知っているはずだったのに、何故皆驚いているかと言うと。

 朝川さんが。

 マスクをしていないから!

 口をパクパクさせていたら、僕に追いついた朝川さんが僕に手を振った。

「おーい、びっくりした?」
「う、うん、すごく、今も」
「あはは、大成功。元気になった?」
「うん」

 昨日の夜からいろいろ予想していたけど、どれも違っていた。まさか、僕の一言で入学以来続けていたマスクを外すなんて思ってもみなかった。

「ふふ」
「ありがとう」
「それはこっちの科白だよ。ありがと」
「うん」

 素顔で登校した朝川さんは、朝日にも負けない眩しい笑顔だった。

 その日の朝川さんはなかなかに人気者だった。大っぴらに声をかける人はほとんどいなかったけど、遠巻きに見ているのは本人じゃない僕でも分かった。みんな分かりやすいなぁ。

 ちょっと寂しい気もするけど、それ以上の嬉しさがある。

 部活のある僕と違って朝川さんは早く帰っていった。帰り際、教室で僕にバイバイってするものだから、数人の男子にどういう関係か聞かれた。親友だと答えておいた。合ってる、よね。

「濃い一日だった」

 まるで今日が五十時間あったみたいな充実感。朝川さんはすごい。あの一歩は大きな一歩だ。

 僕も変えられるかな。

 そんなことを考えたら、急に心臓の鼓動が速くなった。

 胸に手を当てる。びっくりするくらい、手のひらに伝わってくる。

「生きてるもんね。生きてるんだから、もっと自由にしてもいいか」

 僕だってこうして人生を歩いている。時には間違うことだってあるけれど、進んでみないと何も分からない。朝川さんは身をもって教えてくれた。それなら僕も。ここからまた始めるんだ、新しい人生を。

「ただいま」
「おかえりー」

 いつもの調子のお母さんの声。僕を育ててくれている、暖かい声。いつだって味方をしてくれていた。もしかしたら、冷たい言葉が返ってくるかもしれない。でも、笑顔で抱きしめてくれるかもしれない。

上手く行くことばかりじゃないって知っている。少しくらいつまずいたっていいじゃないか。未来は無限にあるんだから。

「お母さん。あのさ、聞いてほしいことがあるんだけど」

     了
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