なにものでもないぼくたちへ

文字の大きさ
上 下
17 / 39

唄さんと僕

しおりを挟む
 朝川さんと遊ぶ日は日曜日に決まった。なので、土曜日は一日暇だ。せっかくというかなんというか、気になっていたものがあって、僕は唄さんのお店に一人で行くことにした。

 場所は覚えている。ちょっと入りづらいけど。そして、今日は私服だ。男子にしてはやや甘めの服。でも、特別視はされない程度の。中途半端だと思うけれども、甘めの服を着るだけで気分が晴れる自分はかなり能天気だ。

「こんにちは」
「あら、いらっしゃい!」

 唄さんがカツカツと笑顔で歩いてくる。僕を覚えてくれていたらしい。自然と頬がゆるゆるになる。

「今日は一人で来てくれたの? 嬉しい!」

 本当に嬉しそうにしてくれて、それだけで来てよかった。

「ちょうど癒しが欲しかったところなの。可愛い子が見られて眼福よ」
「何かあったんですか?」
「ちょっとね」

 唄さんがカウンターに置かれている花瓶を見た。

「綺麗なお花ですね」
「そう、花のセンスは良いのよね。あ、店員さんに選んでもらったんだわ、きっと」

「誰かからのプレゼントですか」
「うう~ん……」

 迷いながらも、僕の質問に唄さんは答えてくれた。

「なんか、最近この辺りを散策し始めたっていうサラリーマンと知り合ったんだけどね。なんでだか気に入られたみたいで、昨日も会社帰りにこれを」

「へぇ、唄さん綺麗だから。でも、変な人じゃないですか?」

 サラリーマンと聞いて、例のあの人を思い出してしまった。サラリーマンがみんな変な人なわけないけれど、万が一にでも唄さんが迷惑な人に絡まれるのは嫌だ。

「ありがと、変な人ではないと思うわ。でも、しいて言うなら、私を女って思ってることが心配」

「なるほど……」

「でも、いきなり私は男ですって言っても自意識過剰過ぎるから言えなくて。だって、好意を持ってくれているとは思うけど、ただのライクだったらあれじゃない」

「たしかに」

 僕は曖昧な相槌を打つことしかできなかった。

「まあでも、あちらも、あ、堂本さんって言うんだけどね。彼もいい大人だから。こちらへ好意を伝える前に気付いたら、黙って距離を置いてくれるでしょ」

「難しい問題ですね」

「そうなのよぉ。セクシャリティってかなり複雑で繊細だから。当事者の私ですら面倒だと思うこともあるわ」

 それでも、花を飾る程度には堂本のことを悪くは思っていないのだろう。

「唄さんは堂本さんのことを好ましくは思っていないんですか?」

 唄が右人差し指を顎に当てて考える。

「そうねぇ。少なくとも、恋愛云々ではないわね。でも、人間どう転ぶかは分からないから、確実なことは言えないわ。真琴君だって、明日誰を好きになっているかなんて、君自身でも分からないわよ」

「僕自身でも?」

「そう。世の中って、びっくりするようなことが沢山起こるんだから」
「それはちょっと怖いです」

 僕は頬を掻きながらひんやりしたものを感じた。

 今まで、人をそういう意味で好きになったことがない。女の子を可愛いと思うことはある。だから、きっと対象は女の子。でも、いつ、何が起こるかは僕にも分からないってことか。

 人を好きになっても、恋愛的に好きにならない人も存在すると聞いた。同性を好きになる人もいる。世の中にはいろいろな形がある。だから、こうしないといけないということはないし、マジョリティではない人たちを非難する理由なんて何も無い。

 難しいけど、単純だ。

 人が好きなもの、目指すものを否定しない。ただ、それだけで世界はだいぶ平和になる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンスポット【完結】

中畑 道
青春
校内一静で暗い場所に部室を構える竹ヶ鼻商店街歴史文化研究部。入学以来詳しい理由を聞かされることなく下校時刻まで部室で過ごすことを義務付けられた唯一の部員入間川息吹は、日課の筋トレ後ただ静かに時間が過ぎるのを待つ生活を一年以上続けていた。 そんな誰も寄り付かない部室を訪れた女生徒北条志摩子。彼女との出会いが切っ掛けで入間川は気付かされる。   この部の意義、自分が居る理由、そして、何をすべきかを。    ※この物語は、全四章で構成されています。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

【完結】見えない音符を追いかけて

蒼村 咲
青春
☆・*:.。.ストーリー紹介.。.:*・゚☆ まだまだ暑さの残るなか始まった二学期。 始業式の最中、一大イベントの「合唱祭」が突然中止を言い渡される。 なぜ? どうして? 校内の有志で結成される合唱祭実行委員会のメンバーは緊急ミーティングを開くのだが──…。 ☆・*:.。.登場人物一覧.。.:*・゚☆ 【合唱祭実行委員会】 ・木崎 彩音(きざき あやね) 三年二組。合唱祭実行委員。この物語の主人公。 ・新垣 優也(にいがき ゆうや) 三年一組。合唱祭実行委員会・委員長。頭の回転が速く、冷静沈着。 ・乾 暁良(いぬい あきら) 三年二組。合唱祭実行委員会・副委員長。彩音と同じ中学出身。 ・山名 香苗(やまな かなえ) 三年六組。合唱祭実行委員。輝の現クラスメイト。 ・牧村 輝(まきむら ひかり) 三年六組。合唱祭実行委員。彩音とは中学からの友達。 ・高野 真紀(たかの まき) 二年七組。合唱祭実行委員。美術部に所属している。 ・塚本 翔(つかもと しょう) 二年二組。合唱祭実行委員。彩音が最初に親しくなった後輩。 ・中村 幸貴(なかむら こうき) 二年一組。合唱祭実行委員。マイペースだが学年有数の優等生。 ・湯浅 眞彦(ゆあさ まさひこ) 二年八組。合唱祭実行委員。放送部に所属している。 【生徒会執行部】 ・桐山 秀平(きりやま しゅうへい) 三年一組。生徒会長。恐ろしい記憶力を誇る秀才。 ・庄司 幸宏(しょうじ ゆきひろ) 三年二組。生徒会副会長。 ・河野 明美(こうの あけみ) 三年四組。生徒会副会長。 【その他の生徒】 ・宮下 幸穂(みやした ゆきほ) 三年二組。彩音のクラスメイト。吹奏楽部で部長を務めていた美人。 ・佐藤 梨花(さとう りか) 三年二組。彩音のクラスメイト。 ・田中 明俊(たなか あきとし) 二年四組。放送部の部員。 【教師】 ・篠田 直保(しのだ なおやす) 教務課の主任。担当科目は数学。 ・本田 耕二(ほんだ こうじ) 彩音のクラスの担任。担当科目は歴史。 ・道里 晃子(みちさと あきこ) 音楽科の教員。今年度は産休で不在。 ・芦田 英明(あしだ ひであき) 音楽科の教員。吹奏楽部の顧問でもある。 ・山本 友里(やまもと ゆり) 国語科の教員。よく図書室で司書の手伝いをしている。

グループチャット・五つ星

サクラ
青春
チャットアプリ・LINEのとあるグループ『五つ星』。 彼らを題材とした日常系ゆるふわストーリーが始まる。 旧・風亘理学園(かざわたりがくえん)。 この学園は中高一貫のこの辺りで珍しい学園である。 そんな風亘理学園には、不思議な部活動があった。 交流広場・五つ星。 誰がそう呼び出したのかは、わからない。 けれども交流広場の名の通り、人々はそこで交流を深める。 個性豊かな人々が集まって雑談していく交流広場・五つ星。 そんな彼らの日常を、少しだけ覗いていってください。 ーーーーー五つ星の絆は、永久不滅だ。

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

アルファちゃんと秘密の海岸 第1話 根も葉もない話

たいら一番
青春
少女ミチと、謎の少女アルファちゃん達の徒然なるお喋り。7000字程度の短いストーリーなので、暇な時に、暇つぶし、話しのタネになるかも。女の子たちがあーだこーだ話してるだけ。

エスとオー

ケイ・ナック
青春
五十代になったオレ(中村アキラ)は、アルバムを手にした時、今は疎遠になってしまった友人を思い出し、若い日を振り返ってみるのだった。 『エスとオー』、二人の友人を通して過ごした1980年代のあの頃。 そこにはいつも、素晴らしい洋楽が流れていた。 (KISS、エア・サプライ、ビリー・ジョエル、TOTO )

曖昧なカノジョのメテオロロジー

ゆきんこ
青春
 晴人は『ある能力』のせいで友達と踏み込んだコミュニケーションが取れない高校生。  夏休みの最終日にいつもの釣りスポットでおひとりさまを楽しんでいた晴人。  ガツンとくる強い引きは大物の予感! ところが自分の釣り糸が隣の釣り糸に絡まってしまい、心雨と名乗る少女と思わぬ交流をすることに。  17年間友だちナシ彼女ナシのボッチ高校生男子が、突然恋に落ちるのはアリですか?  訳アリな二人のちょっと不思議なボーイ・ミーツ・ガール!  °˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°【それはカフェラテとカフェオレの違いくらいのこと】°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

処理中です...