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夜の訪問者

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 家に帰り、ごろんと寝転がる。半次郎は先ほどのことを思い返した。

 旗本屋敷に出入りできるなら、屋台引きを半分の時間にしても今よりは裕福な暮らしができるかもしれない。

 二人で暮らせてはいるが、貯金はほとんど無く、どちらかが病気にでもなったらすぐ傾いてしまう。

 それならば、少しでも未来を見据えられる道を歩きたい。今日が最後の機会かもしれない。

「よし。次いらしたら引き受けよう」

 武士の屋敷に入るのは緊張が伴うが、勘助の未来を考えれば安いものだ。半次郎は新しい明日への覚悟を決めた。


 二日後、約束通り侍がやってきて受け入れることを伝えた。しかし、返ってきたのは少々違う言葉だった。

「実は、貴方の同じようなみつ豆売りが屋敷まで来て、取り扱ってほしいと直談判してきたのだ。私は貴方のみつ豆を推しているのだが、その者が江戸で一番だと豪語したためそれなら比べようという話になってしまって」

「そうでしたか」

 半次郎の声が落ちる。しかし、笑顔は携えたまま、今後の話を続けた。

「それでは五日後、よろしくお願いいたします」
「いやいや、手間を掛けさせて申し訳ない」

 侍も眉を下げて腰を低くさせた。その場で別れ、半次郎は勘助を連れてすぐ帰宅した。

「駄目になっちゃった?」

 半次郎の慌てぶりに勘助がおろおろする。半次郎がしゃがんで勘助の両肩に手を置いた。

「すまんすまん。駄目になってない。ただ、もう一つの店と勝負することになったんだ。負けちゃいらんねぇ、より良いみつ豆を目指そう。手伝ってくれるか?」

「うん!」

 現在、安蜜屋では二種類のみつ豆を作っている。それに合うお茶も売り物の一つだ。改良後のみつ豆は侍に認めてもらえているのでそのままに、改良前のみつ豆をさらに安定したものにしたい。

「お茶もしっかり確認しねぇとな。こりゃしばらく屋台引きは休みだ」

 しかし、その声は先ほどと違って明るい。勘助はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。

 その日は遅くまでみつ豆の研究をした。今回は赤えんどうや新粉餅の固さや味に注目した。今日残っている黒蜜は使わないので保管庫に仕舞った。

「遅くなっちまった。そろそろ寝るか」

 まだ幼い勘助を夜中まで付き合わせてはいけないと、手早く布団を敷いた。眠気はすぐにやってきて、二人は寝息を立てた。その晩のことだった。

 ごそ。

 ごそごそ。

 何やら近くで物音がする。半次郎は眠気眼で音のする左側に顔を向けた。そこには何者かの影があった。

 勘助ではない。明らかに成人した人間だ。

──盗人か!
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