12 / 20
夜の訪問者
しおりを挟む
家に帰り、ごろんと寝転がる。半次郎は先ほどのことを思い返した。
旗本屋敷に出入りできるなら、屋台引きを半分の時間にしても今よりは裕福な暮らしができるかもしれない。
二人で暮らせてはいるが、貯金はほとんど無く、どちらかが病気にでもなったらすぐ傾いてしまう。
それならば、少しでも未来を見据えられる道を歩きたい。今日が最後の機会かもしれない。
「よし。次いらしたら引き受けよう」
武士の屋敷に入るのは緊張が伴うが、勘助の未来を考えれば安いものだ。半次郎は新しい明日への覚悟を決めた。
二日後、約束通り侍がやってきて受け入れることを伝えた。しかし、返ってきたのは少々違う言葉だった。
「実は、貴方の同じようなみつ豆売りが屋敷まで来て、取り扱ってほしいと直談判してきたのだ。私は貴方のみつ豆を推しているのだが、その者が江戸で一番だと豪語したためそれなら比べようという話になってしまって」
「そうでしたか」
半次郎の声が落ちる。しかし、笑顔は携えたまま、今後の話を続けた。
「それでは五日後、よろしくお願いいたします」
「いやいや、手間を掛けさせて申し訳ない」
侍も眉を下げて腰を低くさせた。その場で別れ、半次郎は勘助を連れてすぐ帰宅した。
「駄目になっちゃった?」
半次郎の慌てぶりに勘助がおろおろする。半次郎がしゃがんで勘助の両肩に手を置いた。
「すまんすまん。駄目になってない。ただ、もう一つの店と勝負することになったんだ。負けちゃいらんねぇ、より良いみつ豆を目指そう。手伝ってくれるか?」
「うん!」
現在、安蜜屋では二種類のみつ豆を作っている。それに合うお茶も売り物の一つだ。改良後のみつ豆は侍に認めてもらえているのでそのままに、改良前のみつ豆をさらに安定したものにしたい。
「お茶もしっかり確認しねぇとな。こりゃしばらく屋台引きは休みだ」
しかし、その声は先ほどと違って明るい。勘助はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
その日は遅くまでみつ豆の研究をした。今回は赤えんどうや新粉餅の固さや味に注目した。今日残っている黒蜜は使わないので保管庫に仕舞った。
「遅くなっちまった。そろそろ寝るか」
まだ幼い勘助を夜中まで付き合わせてはいけないと、手早く布団を敷いた。眠気はすぐにやってきて、二人は寝息を立てた。その晩のことだった。
ごそ。
ごそごそ。
何やら近くで物音がする。半次郎は眠気眼で音のする左側に顔を向けた。そこには何者かの影があった。
勘助ではない。明らかに成人した人間だ。
──盗人か!
旗本屋敷に出入りできるなら、屋台引きを半分の時間にしても今よりは裕福な暮らしができるかもしれない。
二人で暮らせてはいるが、貯金はほとんど無く、どちらかが病気にでもなったらすぐ傾いてしまう。
それならば、少しでも未来を見据えられる道を歩きたい。今日が最後の機会かもしれない。
「よし。次いらしたら引き受けよう」
武士の屋敷に入るのは緊張が伴うが、勘助の未来を考えれば安いものだ。半次郎は新しい明日への覚悟を決めた。
二日後、約束通り侍がやってきて受け入れることを伝えた。しかし、返ってきたのは少々違う言葉だった。
「実は、貴方の同じようなみつ豆売りが屋敷まで来て、取り扱ってほしいと直談判してきたのだ。私は貴方のみつ豆を推しているのだが、その者が江戸で一番だと豪語したためそれなら比べようという話になってしまって」
「そうでしたか」
半次郎の声が落ちる。しかし、笑顔は携えたまま、今後の話を続けた。
「それでは五日後、よろしくお願いいたします」
「いやいや、手間を掛けさせて申し訳ない」
侍も眉を下げて腰を低くさせた。その場で別れ、半次郎は勘助を連れてすぐ帰宅した。
「駄目になっちゃった?」
半次郎の慌てぶりに勘助がおろおろする。半次郎がしゃがんで勘助の両肩に手を置いた。
「すまんすまん。駄目になってない。ただ、もう一つの店と勝負することになったんだ。負けちゃいらんねぇ、より良いみつ豆を目指そう。手伝ってくれるか?」
「うん!」
現在、安蜜屋では二種類のみつ豆を作っている。それに合うお茶も売り物の一つだ。改良後のみつ豆は侍に認めてもらえているのでそのままに、改良前のみつ豆をさらに安定したものにしたい。
「お茶もしっかり確認しねぇとな。こりゃしばらく屋台引きは休みだ」
しかし、その声は先ほどと違って明るい。勘助はその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
その日は遅くまでみつ豆の研究をした。今回は赤えんどうや新粉餅の固さや味に注目した。今日残っている黒蜜は使わないので保管庫に仕舞った。
「遅くなっちまった。そろそろ寝るか」
まだ幼い勘助を夜中まで付き合わせてはいけないと、手早く布団を敷いた。眠気はすぐにやってきて、二人は寝息を立てた。その晩のことだった。
ごそ。
ごそごそ。
何やら近くで物音がする。半次郎は眠気眼で音のする左側に顔を向けた。そこには何者かの影があった。
勘助ではない。明らかに成人した人間だ。
──盗人か!
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
仏の顔
akira
歴史・時代
江戸時代
宿場町の廓で売れっ子芸者だったある女のお話
唄よし三味よし踊りよし、オマケに器量もよしと人気は当然だったが、ある旦那に身受けされ店を出る
幸せに暮らしていたが数年ももたず親ほど年の離れた亭主は他界、忽然と姿を消していたその女はある日ふらっと帰ってくる……
時代小説の愉しみ
相良武有
歴史・時代
女渡世人、やさぐれ同心、錺簪師、お庭番に酌女・・・
武士も町人も、不器用にしか生きられない男と女。男が呻吟し女が慟哭する・・・
剣が舞い落花が散り・・・時代小説の愉しみ
通史日本史
DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。
マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。
大奥~牡丹の綻び~
翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。
大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。
映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。
リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。
時は17代将軍の治世。
公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。
京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。
ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。
祖母の死
鷹司家の断絶
実父の突然の死
嫁姑争い
姉妹間の軋轢
壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。
2023.01.13
修正加筆のため一括非公開
2023.04.20
修正加筆 完成
2023.04.23
推敲完成 再公開
2023.08.09
「小説家になろう」にも投稿開始。
織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~
黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。
新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。
信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。
晩夏の蝉
紫乃森統子
歴史・時代
当たり前の日々が崩れた、その日があった──。
まだほんの14歳の少年たちの日常を変えたのは、戊辰の戦火であった。
後に二本松少年隊と呼ばれた二本松藩の幼年兵、堀良輔と成田才次郎、木村丈太郎の三人の終着点。
※本作品は昭和16年発行の「二本松少年隊秘話」を主な参考にした史実ベースの創作作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる