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みつ豆

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 それだけ言うと、半次郎は立ち上がり、店の奥から握り飯を持ってきた。

「腹空いてるだろう。これ食べな」

 座っている勘助に握り飯を渡せば、鼻先に持っていって匂いを嗅いだあと、勢いよく食べ始めた。勘助の手足は痩せ細っていて、普段あまり食事をとっていないのかもしれないと半次郎は思った。

「美味いか?」

 勘助は食べながらこくこく頷く。

 間もなくして、外がざあざあと騒がしくなった。雨がやってきたのだ。壁に叩きつける雨の音が次第に強さを増す。

「こりゃすごい。降られずに済んでよかったな」

 あのまま外にいたら、たちまちずぶ濡れになって風邪を引いていた。身寄りの無くなった身では三日ともたないだろう。

「さてと、俺は明日の準備をするから、その辺で楽にしていてくれ」
「何の準備?」
「店の準備さ。みつ豆を売っているんだ」
「みつ豆……」

 瞳を輝かせた勘助とは反対に、半次郎は顔を曇らせた。

「まあ、そろそろ店を畳もうかと思っているが」
「なんで?」

 素直な問いかけに、半次郎は自嘲気味に笑った。

「ちょっと……舌の調子が悪くてな。味が分からなくなっちまった。食べ物屋なのに笑っちまうだろう」

 勘助はふるふると首を振った。下唇を噛みしめ、小さな声で答える。

「笑わない。出来ることが出来ないのは苦しいから」
「勘助……」
「俺……本当は、目があんまり見えないんだ。全然見えないってことはないけど」

 絞り出された声に、半次郎は勘助を抱きしめた。

「言ってくれてありがとう。見えないのは辛いな。でも、見えないからって、俺は追い出したりしないから」

 半次郎の言葉に、勘助が声も無くぽたぽたと涙を零した。下を向いた体が揺れている。半次郎がそっと抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫」

 勘助は手をだらんと床に垂らし、それを黙ったまま受け入れていた。




「何か手伝うことある?」

 赤えんどうを茹でていたら、勘助がそんなことを言ってきた。今まで一人でやってきた半次郎は、辺りを見回して、最後に手元にあるみつ豆の材料を見つめた。

「そうしたら、味見を手伝ってもらおうか。俺はもう濃いか薄いかも分からないから、最近は目分量でやるしかなかったから」

「やる」

 試しに言ってみたが、勘助は想像以上に瞳を輝かせてくれた。ここに来て初めての表情だ。半次郎はこの顔をもっと見てみたくなった。

 勘助は料理人でもなければ、味に慣れた大人でもない。半次郎は期待せず勘助にみつ豆を差し出した。

「箸はこれを。見えなくてうまく食べられなかったら言ってくれ」
「うん」
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