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青天の霹靂
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「じゃあ、どうです。思い切って新キャラ投入しませんか? 今、小学生で流行ってるキャラクターがいまして。ここなら、うちのツテでメーカーに声かけられます。了承が得られれば、着ぐるみの貸し出しと版権関連は問題無いですので、話が早いです。小学生は自分たちだけでショーに来ますから、親に聞いてグッズ買う前に自分のお小遣いでお金落としてくれますよ。良いと思いませんか」
「なるほど!」
一にも二にも頷いた増本さんは「さっそく上司に相談してきます」と立ち上がった。俺も倣って立ち上がり、数日中に連絡を欲しい旨を伝えたところ、「ここで少々お待ち頂けますか」と言われてしまった。勢いに負けて再度座ったが、良い流れに変わっているのが分かったので、ここで自ら断ち切らなくてもいい。今日くらい長居して戻っても、青鬼も文句を言わないはずだ。
「……っ」
にゅぅ、と横からピースが覗いてきた。八代さんだ。誰に見られている分からない場所だから、無言で会話をしてくれたらしい。膝に置いてある手をピースに変えれば、後ろから小さな笑い声がした。
ほんの数分で増本さんが戻ってきた。横に五十に届きそうな男性を連れている。
あれが上司だろう。皺の深い白髪の男性であるが、増本さんと同じ印象を受ける笑顔が似合う人だ。それだけで会社の雰囲気を感じ取ることが出来る。上司はやってきてすぐに話を切り出してきた。名刺交換はもちろん忘れない。
「どうも、山西です。増本から話は聞きました。単刀直入に、高田さん、どこまで私たちのプロデュース手伝って頂けますか? 増本にしてくださった提案、前向きに検討させて頂きたいのです。本気にして、大丈夫でしょうか」
一瞬にして飛躍した話に、思わず前のめりに答える。
「ぜ、是非! では、一度弊社の方で新キャラクターの概要をまとめてお送りします。それを気に入って頂けたらメーカーに確認も取りますので」
「こちらこそ」ぺこぺこ頭を下げ合い会社を後にする。
すぐに会社に戻らなければ。混乱していたこともあり、今日は他のアポを取っていなくてよかった。電車内ですら時間が惜しく、気を抜いたら走り出しそうなはやる気持ちを抑え、会社の最寄り駅で降りて会社に舞い戻る。
皆の様子に合わせて静かに業務をこなしていた午前中と違い慌てて戻ったものだから、また何かよくないことが起きたのかと社内が若干ざわついてしまった。
「違います。すみません」
「なんだ、脅かすなよ高田~」
手を振ってようやく沢山の視線から逃れた。気持ちが浮ついたまま、普段では絶対にしない青鬼の元にまっさきに向かう行為をした俺は、不機嫌を張り付かせた青鬼に笑顔で報告した。
「担当のとこ、例の段々売上下がってきていた幼児イベントの会社ですが、新しい提案しましたら一件新規案件受注出来そうです!」
少々急いだ報告になってしまったが、こちらがきちんと提案出来れば受注出来る案件であることは確かだ。青鬼は鋭い三白眼をこちらに向けて恐ろしい表情のまま口を開けた。新入社員の頃であればこれだけで恐れおののいたものだが、今は分かる。これは怒っているのではなく、単純に驚いている顔だ。直立不動でいた俺に掴みかかるように、青鬼の左手が強い力で向かってきた。
「高田……本当か!」
「ほ、本当です」
掴まれた腕が悲鳴を上げている。世界選手権に出ている格闘家か何かか。我慢して頷けば、青鬼が少し笑った、気がした。空いている右手で肩を一度叩かれる。
「何だ高田、やれば出来るじゃないか」
「有難う御座います。はは……」
「万年新人かと思ってた」
記憶にある限り褒められたのは今日が初めてだったが、これが褒めていると言っていいものかどうか怪しいが、どうあれ何とも気まずさを全面に感じるものだった。はっきり言って、俺は指示通りに動いただけに過ぎない。表情に表れていないことを願う。
「それでですね。資料を先方に送りたいので、資料保管室の使用申請を」
「よしきた、総務に連絡しといてやる。俺も必要か? 必要だな、すぐ鍵取りに行くぞ」
一人で大丈夫とは言い出せず、俺の科白を遮ってまで付いてくる気満々の青鬼とともに廊下に出た。罵声を浴びせられたことは数えきれない上司と二人きりなど、急いで乗り込んだ車両が女性専用車両だったくらい嫌な気分だ。今日は機嫌が良い日なのだろうか。まさか俺が新規案件を取ってきたからか? いや違う、青鬼はそんなにちっぽけな仕事で喜んでくれる部下想いではない。結局理由の一つも分からないまま、総務で申請手続きを済ませて資料保管室に着いてしまった。
社内規定により、過去の案件や個人情報などあらゆる資料が保管されている倉庫は、閉め切られた独特の空気が充満しており、古紙の匂いが苦手な俺はすぐさまエアコンに手を伸ばす。
「エアコンを付けなくても窓を開ければ大丈夫だ」
リモコンまであと一歩というところで、青鬼により、現代人御用達の魔法の手段は封じられてしまう。根性論がまかり通る世界に生きている人間は強い。青鬼は平気でも俺は平気ではないのに。仕方なくネクタイを軽く緩めて、資料を探すことに専念した。
「なるほど!」
一にも二にも頷いた増本さんは「さっそく上司に相談してきます」と立ち上がった。俺も倣って立ち上がり、数日中に連絡を欲しい旨を伝えたところ、「ここで少々お待ち頂けますか」と言われてしまった。勢いに負けて再度座ったが、良い流れに変わっているのが分かったので、ここで自ら断ち切らなくてもいい。今日くらい長居して戻っても、青鬼も文句を言わないはずだ。
「……っ」
にゅぅ、と横からピースが覗いてきた。八代さんだ。誰に見られている分からない場所だから、無言で会話をしてくれたらしい。膝に置いてある手をピースに変えれば、後ろから小さな笑い声がした。
ほんの数分で増本さんが戻ってきた。横に五十に届きそうな男性を連れている。
あれが上司だろう。皺の深い白髪の男性であるが、増本さんと同じ印象を受ける笑顔が似合う人だ。それだけで会社の雰囲気を感じ取ることが出来る。上司はやってきてすぐに話を切り出してきた。名刺交換はもちろん忘れない。
「どうも、山西です。増本から話は聞きました。単刀直入に、高田さん、どこまで私たちのプロデュース手伝って頂けますか? 増本にしてくださった提案、前向きに検討させて頂きたいのです。本気にして、大丈夫でしょうか」
一瞬にして飛躍した話に、思わず前のめりに答える。
「ぜ、是非! では、一度弊社の方で新キャラクターの概要をまとめてお送りします。それを気に入って頂けたらメーカーに確認も取りますので」
「こちらこそ」ぺこぺこ頭を下げ合い会社を後にする。
すぐに会社に戻らなければ。混乱していたこともあり、今日は他のアポを取っていなくてよかった。電車内ですら時間が惜しく、気を抜いたら走り出しそうなはやる気持ちを抑え、会社の最寄り駅で降りて会社に舞い戻る。
皆の様子に合わせて静かに業務をこなしていた午前中と違い慌てて戻ったものだから、また何かよくないことが起きたのかと社内が若干ざわついてしまった。
「違います。すみません」
「なんだ、脅かすなよ高田~」
手を振ってようやく沢山の視線から逃れた。気持ちが浮ついたまま、普段では絶対にしない青鬼の元にまっさきに向かう行為をした俺は、不機嫌を張り付かせた青鬼に笑顔で報告した。
「担当のとこ、例の段々売上下がってきていた幼児イベントの会社ですが、新しい提案しましたら一件新規案件受注出来そうです!」
少々急いだ報告になってしまったが、こちらがきちんと提案出来れば受注出来る案件であることは確かだ。青鬼は鋭い三白眼をこちらに向けて恐ろしい表情のまま口を開けた。新入社員の頃であればこれだけで恐れおののいたものだが、今は分かる。これは怒っているのではなく、単純に驚いている顔だ。直立不動でいた俺に掴みかかるように、青鬼の左手が強い力で向かってきた。
「高田……本当か!」
「ほ、本当です」
掴まれた腕が悲鳴を上げている。世界選手権に出ている格闘家か何かか。我慢して頷けば、青鬼が少し笑った、気がした。空いている右手で肩を一度叩かれる。
「何だ高田、やれば出来るじゃないか」
「有難う御座います。はは……」
「万年新人かと思ってた」
記憶にある限り褒められたのは今日が初めてだったが、これが褒めていると言っていいものかどうか怪しいが、どうあれ何とも気まずさを全面に感じるものだった。はっきり言って、俺は指示通りに動いただけに過ぎない。表情に表れていないことを願う。
「それでですね。資料を先方に送りたいので、資料保管室の使用申請を」
「よしきた、総務に連絡しといてやる。俺も必要か? 必要だな、すぐ鍵取りに行くぞ」
一人で大丈夫とは言い出せず、俺の科白を遮ってまで付いてくる気満々の青鬼とともに廊下に出た。罵声を浴びせられたことは数えきれない上司と二人きりなど、急いで乗り込んだ車両が女性専用車両だったくらい嫌な気分だ。今日は機嫌が良い日なのだろうか。まさか俺が新規案件を取ってきたからか? いや違う、青鬼はそんなにちっぽけな仕事で喜んでくれる部下想いではない。結局理由の一つも分からないまま、総務で申請手続きを済ませて資料保管室に着いてしまった。
社内規定により、過去の案件や個人情報などあらゆる資料が保管されている倉庫は、閉め切られた独特の空気が充満しており、古紙の匂いが苦手な俺はすぐさまエアコンに手を伸ばす。
「エアコンを付けなくても窓を開ければ大丈夫だ」
リモコンまであと一歩というところで、青鬼により、現代人御用達の魔法の手段は封じられてしまう。根性論がまかり通る世界に生きている人間は強い。青鬼は平気でも俺は平気ではないのに。仕方なくネクタイを軽く緩めて、資料を探すことに専念した。
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