深海

都築稔

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サッカーボール①

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朝が来ると絶望する。

折角あそこから抜け出したのに、自分で戻らないといけないなんて。

のそのそと起きて食卓についたはいいものの、ご飯は喉を通らない。というか、これからを考えるとそれどころじゃない。

気が重い。誰にも吐き出せない。

「ほら、遅れるわよ。」

母の声で時計を確認する。

確かにそろそろ家を出ないと間に合わない。

仕方ない。学校に行かないわけにもいかない。

無理矢理、口にパンを詰め込んで家を出た。

「いってきます。」

家を出る前に呟いたけど、母に届いたかはわからなかった。

急いで行かないと間に合わないのに、足取りは酷く重い。



昨日は倉庫に閉じ込められた。

すぐ出してくれたし、冗談だっていうのはわかってる。

でもずっとモヤモヤしている。

一緒に閉じ込められた男の子に申し訳ないし、もし私が男だったらこんな悪戯はされなかったはずだ。

男になりたいわけじゃない。好きになる相手も、まだ相手がいないからわからないけど多分異性だ。

好きなアイドルは女の子ばかりだけど、恋愛対象として見ている訳ではなかった。

…今日はなにをされるんだろか。

何かされる前提でいた方がショックは少ない。数ヶ月前はかなりショックを受けた。ここ最近は少し諦めている。

昨日、イタズラしてきた男の子が相手ならまだいいんだけど。私も相手もまだお互いのことをわかってないからこそ、深く傷つかないで済むから。

…朝練がない部活でよかった。

放課後だけでこんなになってるのに。少しでもあの時間を過ごしたくない。

誰にも、親友にも相談できずに悶々とした気持ちのまま授業を受けて、処刑の時間を待つ。これが私の毎日だった。

普段ならまだ友だちと一緒にご飯を食べることがる。でも短縮授業の今は、同じ部活の者同士で食べることが多い。だからお弁当を一緒に食べる相手がいない私は、目立ちたい訳じゃ無いのに自然と目立ってしまう。

ガラガラガラッ。

教室で1人ご飯を食べていると、バスケ部の目立つ奴ら入ってきた。

「付き合ってください!」

なんの脈絡もなく、3人の男の子は1列に並ぶと順番に頭を下げた。まるで私に手をとってほしいとでもいうように、私に向けて手を伸ばしたまま。

「何?どういこと?」

本当は聞かなくてもわかっている。

よく無い意味で目立つ私を揶揄いにきたんだ。

腹に黒いものが溜まっていくのを感じる。

名前もよく知らない男の子。学年でも目立っていた私の名前を、相手は知っていたのだろう。
知らなくても、私は彼らが遊ぶ相手に丁度良かったのだろう。

「バカじゃないの。」

私の言葉を聞いて、ふざけた笑いを向けて失礼しました」と彼らはすぐに教室を後にした。

泣きたかった。
でも、なんだか負けた気分になるから泣かなかった。こんなところで泣いても好転しないし。

私の気持ちは丸々無視か。君たちの娯楽に私を巻き込まないで。

食欲がないから、小さめのお弁当を用意したのに。更に食べる気が失せてしまった。

それでも時間をかけて食べた。残したら、多分、母を心配させてしまう。

食後は眠る振りをして時間を過ごした。

誰にも会いたくない。誰とも話したくない。私にかまわないでほしい。

寝たふりをしたら、話しかけるのを諦めてくれるだろう。それでも話しかけてきたら、寝ていたと嘘をついて無視すればいい。

そんな考えから、ギリギリまで寝た振りをしている。



いつの間にか有名人になってしまった私は、廊下を歩いただけで色んな人に声をかけられる。

「これから部活?頑張ってね。」

「ありがとう。」

いつも声をかけてくれる女の子たち。名前ははっきり覚えていない。そんな余裕はない。
それにひねくれた私は、本当はありがとうなんて思っていなかった。

頑張れなんて、これ以上どうすれば?

何にも知らないくせに。

罪もない、純粋に応援してくれている人に対して心の中で悪態をついていた。

それでも、素直に言葉を受け取ることができる相手がただ1人いた。

「頑張れよ!」

小学校が同じだった男の子。嘘がうけない子。

好きなわけじゃなかったけど、なぜだかその子からの言葉は嬉しかった。

彼もまた、私の事情を知らない1人であることは同じだったのだけど。

「あ、来たぞ。」

私が到着すると、場が静かになる。

私だって、もう来たくて来ている訳じゃない。できることなら抜け出したい。

私がサッカー部に入ったキッカケは1人の男の子だった。
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