上 下
67 / 69

67・キングの反省会

しおりを挟む
リザードマンの村を攻略し終わった晩である。

その晩はリザードマンの村に宿泊して、明日になったら魔王城ヴァルハラに帰還することになっていた。

俺たちはリザードマン村の中にある集会所に泊まることとなる。

そこは藁葺き屋根こそあるが、壁の無い広々とした建物だった。

その名の通り、普段は集会所として遣われている建物らしい。

リザードマンたちは、ここに集まって祭りや飲み会も開くとか──。

どうやらリザードマンの村長ムサシは種族間のコミュニケーションを大切にしているらしいのだ。

何せ、何をしても勝を基本に戦うリザードマンなのだ、種族の仲間意識や絆が浅いと同族を裏切りかねないと懸念しての対策らしい。

いくら卑怯者でも同族だけは裏切らないと、まっとうな教育を徹底されているようだ。

とにかく、その晩は集会所で俺たち魔王軍は食事や酒でもてなされた。

だが、俺たちはほとんど食事には手を付けなかった。

俺とコボルトたちは、酒ばかり飲んで表情をゲンナリと暗く落とすばかりである。

その俺たちの眼前に、リザードマンたちがもてなしてくれた料理が大きな葉っぱの皿に盛られて並んでいた。

「ぬぬ……」

『うぅ……』

俺もキルルも唸るばかりだ。

コボルトたちも同様である。

なんと言いますか、とにかく酒しか進まない。

別に酒がベラボウに旨いからではない。

問題は食事のほうである。

「「「うぅ………」」」

俺もコボルトたちも、杯を片手に、出された食事を嫌々な表情で眺めながら唸っていた。

「どうなされました、エリク様?」

新しい食事を運んできたガラシャが、食事の盛り付けられた葉っぱの皿を俺の前に置く。

鮮血の儀式を済ませたリザードマン族は言葉が悠長にしゃべれるように進化していた。

ガラシャもしゃべりが綺麗になって乙女らしい声色が麗しく聞こえている。

これで外見が蜥蜴じゃあなければ美しい娘だったのだろう。

そんなイメージである。

残念だ。

人気アイドル声優が恐竜の声を演じているぐらい残念である。

俺はガラシャが運んで来た皿の上を見ながら問いかけた。

「こ、今度はなんの料理だ……?」

ガラシャは満面の笑みで料理名を答える。

「コウロギの唐揚げでございますわ」

「コ、コウロギ……」

皿の上に盛り付けられた茶色い塊の山は、確かにコウロギだ。

カラッカラに油で揚げられて黒光りするコウロギである。

「あ、ああ~……、コ、コウロギですかぁ……」

「今朝取り立ての新鮮なコウロギを揚げてますから、たぁ~~んとお召し上がりくださいませ♡」

「う、うん………」

ガラシャの語尾にハートマークが咲いてやがるぞ……。

正直、食が進まない……。

昆虫なんて食ったことがない……。

しかも、コウロギの唐揚げなんて見るのが初めてだ。

先に出された別の食事も昆虫入り料理である。

オケラの炒め物、芋虫の刺身、カマキリの串焼き、蛆虫のお吸い物、ミミズの冷麺、他にも見たことのない昆虫料理ばかりが並んでいた。

どうやらリザードマン族の主食は昆虫と野菜らしい。

俺は芋虫を払いのけて、その脇にあるキャベツだけを摘まんで食べていた。

そのキャベツからも芋虫の味がしてきそうで、キャベツを口に放り込むと酒で強引に流し込む。

何せ、そのせいで酒が不味く感じるのだ。

犬と同様の雑食育ちのコボルトたちですら昆虫には手が伸びないでいた。

特に生に近い刺身などは料理と呼ぶより凶器に見えていた。

もうキモイ……。

とにかく、この料理はグロテスクである。

元の世界だと、中国やタイなとでは昆虫を食べるのは珍しくないと聞くが、日本育ちの俺には無理である。

俺は持っていたお猪口を置くと、わざとらしく台詞を並べたてる。

「ああ~、なんか酔ってきたわ~、そろそろ寝るかなー」

嘘である。

俺はぜんぜん酔っていない。

眠たくもない。

何せ俺の体は無勝無敗の能力のために毒が効かない。

要するにアルコールでも酔わない体質なのだ。

とにかく俺は寝たふりを決め込もうと企んだのである。

だが、しかし、俺が横になると意外な人物がプリプリと怒り出す。

『ちょっと魔王様、こんなとこで横にならないでください!』

キルルである。

こいつ、わざとやってるな!

『それにリザードマンさんたちが、折角豪華なお酒と食事でもてなしてくれているのに寝ちゃうなんて失礼ですよ!』

この野郎!

わざと振ってるな!

テメーは幽霊だから食事は取らないとか言って虫を食べないくせに好き勝手言いやがって!!

なんか、スゲー腹が立つ!

俺は皿の上の芋虫を一匹摘み上げるとキルルに向かって放り投げた。

「ほれっ!」

『きゃぁああああ、イーモームーシー!!!』

絶叫したキルルが両手を高く上げながら集会所の外に逃げて行く。

そして、俺との束縛に引かれて、後ろから襟首でも掴まれたかのようにスッテンと間抜けに転んで尻餅をついた。

「なんだよ、あいつだって虫が嫌いなんじゃあねえか」

すると俺が放り投げた芋虫を拾い上げたガラシャがパクリっと一口で芋虫を食べてしまう。

ガラシャは寂しそうな眼差しで俺を見詰めながら言った。

「エリク様は、昆虫料理がお嫌いですか?」

「す、すまん。昆虫は、ちょっとビジュアルがな……」

「残念ですわ。こんなに美味しいのに……」

まあ、こんな感じでリザードマンたちがもてなしてくれていたが、少し残念な結果となってしまう。

そして宴会が終わって就寝──。

俺たちは集会所で雑魚寝した。

早朝、俺はまだ日が昇りきっていない時間帯に目を覚ます。

俺が周囲を見まわせば、薄暗い集会所の中でコボルトたちはまだスヤスヤと寝ていた。

いや、キングだけが起きている。

集会所を出て、日が昇る山の方向を一人で見上げていた。

俺も布団から出てキングの側に歩み寄る。

「早いなキング。朝日でも眺めたいのか?」

「あっ、おはようございます、エリク様」

振り返ったキングが深々と頭を下げた。

そして、頭を下げたまま謝罪を口にする。

「エリク様、この度は誠に申し訳ありませんでした……」

「何がだ?」

「リザードマンとの対戦での話です!」

「だから、何が?」

「最後の最後でムサシ殿に負けてしまいました!」

「ああ~、そのことかぁ~」

俺はキングの横に立つと、朝日が昇ってくるだろう方角の山を見詰めた。

「確かにキングの敗北は残念だったぜ」

「うぬぬ………」

奥歯を食い縛るキングは俯いたまま僅かに筋肉を痙攣させていた。

怒りや屈辱に耐えているのだろう。

そのキングをチラリと一瞥してから俺は言ってやる。

「甘い話かも知れんが、許してやるぞ」

「まことですか!?」

あ~、俺って甘々だな~。

昔っから身内には甘いんだよね。

この性分は転生しても治らないようだ。

「ただし、二度目の敗北も失敗も許さないぞ」

「ははっ!!」

いや、たぶん次も許しちゃうんだろうな。

「まあ、それに良いデータとサンプルが取れた」

「データとサンプルですか?」

「ムサシだよ」

「ムサシ殿が?」

「あいつは俺以外に見る初めての異世界転生者だ。そのデータになる。これは何より貴重だぞ」

俺はポンっとキングの肩を叩いてから言葉を続けた。

「しかも、その異世界転生者を仲間に出来たのだ。その点に関しては、今回の作戦は大成功だな。リザードマンの戦力も酒も、しかも異世界転生者まで獲得できたのだから大手柄だぞ、キング」

「ですが、それは私の手柄では……」

「いいや、これもすべてお前の手柄だ」

「ですが……」

褒められてもまだキングは頭を上げない。

納得いかないのか俯いたままである。

「ならばキング。今回お前が犯した最大のミスを指南してやろうか」

反省会だ。

ここで俯いていたキングがクイッと頭を上げた。

その表情は疑問に目を見開いている。

「な、なんでありましょう!?」

「それは──」

俺は少し勿体ぶった。

「それは……」

キングが一度唾を飲み込む。

「それは、お前が一人で作戦を遂行しようとしたことだ」

「一人で……?」

「最初っから仲間の協力を求めていれば、もっとすんなり作戦は成功していたんだよ」

「ですが、それでは、エリク様を楽しませれません!?」

「阿呆ぅが!」

ドツリっと俺はキングの横っ腹を四本の指先で強く突いた。

貫手である。

「げふっ!?」

「キングは阿呆ぅだな~」

「わ、私は阿呆でしょうか……?」

「うん、阿呆ぅだ。だから、作戦をしくじったぐらいで、捨てたり見放したりするのが勿体ない」

「ええっ……?」

キングは意味が理解できないと首を傾げていた。

そもそも意味なんて曖昧なのにさ。

その辺も可愛いワンちゃんだぜ。

「まあ、とにかくだ。これからも一緒に楽しく世界を救おうや、キング」

「は、はい……」

まだキングは理解出来ないと言った表情で立ち尽くしていた。

すると山の天辺を超えて朝日が昇る。

その光が俺たちを眩しく照らす。

「よし、キング。町に帰るぞ。クイーンや産まれてくる子供がまってるんだろ。だから堂々と帰ろうや!」

するとキングの表情が朝日を浴びて引き締まる。

そして、凛々しくキングが新たな決意を述べた。

「分かりました、エリク様。とにかく、何が有ろうと何処までも、私は付いて参りますぞ!」

「おう、キング。頼んだぜ!」

微笑みながら俺が拳を突き出すと、キングも俺の拳に拳をコチンっと合わせた。

二人は青春真っ盛りなヤンキーのように微笑み合っている。

こんな照れ臭い姿を誰かに見られたら恥ずかしくて死んでまうだろう。

『青春ですね、魔王様♡』

見られた!!

キルルに見られたぞ!!




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

処理中です...