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64・分身の術

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「ガラシャ、突風を起こして、この忌々しい酸の霧を吹き飛してけれ」

「ハイ、畏マリマシタ、父上」

霧の中からムサシが蜥蜴娘に支持を出すと霧の反対側に居るだろう娘のガラシャが呪文を唱え始めた。

そして──。

「巻起コレ、吹キ飛バセ! ウィンドウェーブ!」

ガラシャの風魔法が放たれた。

魔法の風はぐるっと渦を巻いた後に、前方を押し潰すような突風の津波に変わって酸の霧を押し流した。

すると霧の中からムサシとキングの姿が現れる。

キングは腹を刀で刺されたのか、流血した傷を手で押さえていた。

苦痛に表情を歪めながら力無く両膝を崩してしゃがみ込んでいる。

一目で分かる敗北の状況だ。

キングの顔色は青くて口許からは鮮血を垂らしている。

見るからに大ダメージを追っているようだ。

その背後にムサシが立っていた。

しかし、何故かムサシは二体居る。

着物姿のムサシと、全裸でツルツルの鱗肌を露にしているムサシが立っていた。

両者共に片手に妖刀ムラサメを持っている。

だが、全裸のムサシには長い顎髭が生えていない。

そして、着物を着ているムサシは尻尾が切断されていた。

「あの蜥蜴ジジイ、増えてるぞ!?」

『ど、どう言うことでしょうか!?』

「また、伏兵か?」

『双子さんでしょうかね!?』

俺は目の当たりにした現象を見て素直に驚いた。

キルルもコボルトたちも驚いている。

「目の錯覚か!?」

『いえ、違いますよ。僕にも蜥蜴のお爺さんが二体に増えているように見えますから!』

キルルに続いてハートジャックも驚きながら発言する。

「ほら~、言ったでしょう。村の長老は魔法使いだって!」

確かに偵察から帰還した直後の報告だと、ハートジャックは長老が魔法使い風だと言っていたな。

俺は目を凝らして二匹に増えたムサシを見比べた。

「間違いがあるな……」

『間違い、ですか?』

「着物を着ているほうは髭がある。でも、全裸のほうは髭がない」

『髭……、確かにですね……』

「それに尻尾だ。着物を着ているほうは尻尾が切れている。なのに全裸のほうは尻尾も健在だ」

俺たちが間違い探しをしているとムサシが腰の鞘に妖刀ムラサメを戻しながら語る。

「その疑問の答えは簡単じゃてぇ」

「簡単?」

「これは分身の術じゃ」

「分身の術……?」

分身の術って、アレだよね。

忍者が使う忍法だよね。

凄いスピードで動くことで残像を作り出して自分が増えたように見せかける忍術のトリックだ。

だとすると、これは手品なのか?

更にムサシが述べる。

「だがのぉ、この分身の術は、お主らが知っているような分身の術とは、ちと違うのじゃ」

「違う?」

俺が蜥蜴ジジイの言葉に首を傾げた刹那だった。

着物を着ているほうのムサシが、腰を落とすと同時に鞘に納めた妖刀ムラサメを素早く抜いて、もう一人のムサシに切りかかった。

居合い抜きだ。

しかし、瞬速の居合い抜きだったが全裸のムサシはもう一本の妖刀ムラサメで受け止めた。

ガキーーンっと激しい金属音が鳴り響く。

『仲間割れですか!?』

「いや、自分割れじゃね!?」

全裸のムサシが切りかかって来たムサシを睨み付けながら述べた。

「やはり早くも仕掛けて来たか!」

すると、もう片方のムサシが返す。

「ちっ……。流石は儂だ。儂の不意打ちを受け止めるか……」

突然ながらムサシとムサシが歪み合い始めた。

自分と自分で争い始める。

「死ね、老いぼれ!!」

「黙れ、この卑怯者が!!」

ムサシとムサシが妖刀ムラサメを振り合いながら戦いを始めた。

その動きと表情は本気だ。

嘘や演技に見えなかった。

自分で自分と戦っているのにも関わらず本気の本気に見える。

互いに互いを殺す気満々で刀を振り合っていた。

殺気と殺気が弾け合う。

もう、わけが分からない。

「きぇえええ!!!」

「こなくそぉぉおお!!!」

俺たちは唖然としながら仲間割れを始めたムサシたちを眺めていた。

『な、なんで自分同士で戦い始めたのでしょうか……?』

「知るか、俺が……。それよりもハートジャック、キングに手を貸してやれ」

「はいはいで~す!」

俺の支持を聞いたハートジャックが負傷のために膝をついているキングの元に駆け寄ると肩に腕を回す。

そして、一飛びで俺の元に戻ってきた。

キングは俺の前に膝をついて俯いている。

その表情は悔しさに奥歯を噛み締めていた。

キングもキングで敗北を認めているような表情である。

そんなキングに俺は冷たい眼差しを向けながら、更に冷たい声色で罵倒する。

「キング、貴様、負けたな」

「も、申しわけありませぬ、エリク様……」

『ハートジャックさん、早くキングさんにポーションを飲ませてあげてください!』

「はいは~い、畏まり~。でも、これが最後のポーションですよ~」

ハートジャックがキングにポーションを飲ませている間にもムサシとムサシは戦い続けていた。

刀を打ち合い、時には鍔迫り合いに火花を散らしている。

「死ねっ、このクソジジイ!!」

「黙れクソジジイ、死ぬかっ……!」

全裸のムサシが着物を纏ったムサシの胸を切付けた。

残撃に鮮血が舞うが切られたムサシは必死に跳ねて間合いを築く。

傷は浅い。

致命傷までは届いていない。

だが、その逃げた方角は俺たちが居る方向だった。

こいつ、わざと俺の居る方向に逃げてきやがった。

ダメージを受けた故の緊急避難先に俺を利用していやがるのだろう。

その証拠に全裸のムサシは追って来ない。

すると全裸のムサシが俺の側に逃げて来たムサシを罵倒する。

「この恥知らずの老いぼれめ。敵に助けをこうかぇ!」

「死ぬよりましじゃわい!」

俺は切られた胸を押さえているムサシの背中に声を掛けた。

「どう言うことだ。ムサシの爺さん。なんで自分と戦っている?」

着物を着たムサシは俺をチラリと横目で見た後に言う。

「これが儂の使う分身の術の問題点じゃ……」

「問題点?」

「儂の分身の術は、残像や幻覚を見せているような錯覚を利用した幻術の類いではない……。本当に分裂しているのじゃ」

「確かに二体になっているな。これは分身の術じゃなくて、分裂の術だわな」

「この術は、神から貰ったチートスキルなんじゃ……」

なるほど、それなら分かる分かる。

これがチートスキルならば、本体が二人になる壊れた超スキルな内容の術でも説明がつくな。

「ただし、分身側の寿命は一時間じゃ」

「あいつ、ほっとけば勝手に消えるのね」

「だが、タイムリミットまでに本体が死ぬと、代わりに分身が本体となって生き続けるのじゃ……」

「『なるほど……」』

俺もキルルもピーーンと来た。

ムサシとムサシが殺し合っているのは、今後の生存権利を獲得するために自分同士で戦っているのだろう。

要するに、分身も本体を殺してでも生き残りたいのだ。

「しかも、あの分身野郎、儂が刀を鞘に納めたら、もろに殺気を儂にぶつけてきおった……。だから殺される前に儂から仕掛けたのじゃ」

でも、不意打ちの居合い切りは失敗した。

「それで失敗。んんで、切られて不利になってきたからこっちに逃げて来たのか」

「正解じゃ!」

「正解じゃあねぇよ……」

「分身は産まれた直後は無傷で疲労も無い。だが、大抵本体は戦いで疲労していたり負傷していたりとダメージを受けていることが多いから不利なのじゃ……。それに絶対に尻尾が切れてるしのぉ」

おそらく切れた尻尾が分身に変化するチートスキルなのだろう。

蜥蜴らしいと言えば蜥蜴らしい能力だな。

「それで敵に媚を売るのか……」

この蜥蜴ジジイと言うか、リザードマン族の生存に関しての執着は、なんとも下品である。

どこまでも、なにをしても、なにがあっても生き残ることを優先しやがるんだな。

更に負傷しているムサシが言う。

「いつもならば、分身したら、敵を倒してから自分同士で戦うのが筋なのじゃが……」

うぬ?

「じゃあ何故に敵である俺たちを残して自分同士で戦うんだ?」

「儂も分身も悟れているのじゃ……」

「悟れている?」

「儂らが分身で数を増やしても、そなたに敵わぬと……」

「なるほど、それで順序を違えて自分同士で戦い始めて、しかも負けそうになったからって更に順序を違えて先に寝返ったわけか」

「せ、正解じゃ……」

「だから、正解じゃあねえ~よ」

俺の言葉を聞いていた負傷したムサシが踵を返して俺のほうを向くと、袴を畳んで正座で腰を落とした。

そして、畏まりながら両手をついて頭を下げる。

土下座だ。

「魔王軍の方々、この長老ムサシは魔王軍に付く、だからあの分身を倒して儂を助けてけれ!」

「うわぁ~~……」

ここまでプライドが低いのか……。

かなりビックリだわ。

こうしてムサシの分身は、コボルトたちに取り押さえられ、一時間後に切断された尻尾に戻ってしまう。
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