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16・心霊トンネル【前編】
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日が沈み濁りきった灰色雲が夜空を漂流しながら月光を隠しては過ぎて行く。
再び濡れた顔を露わにする月面には幻想的な兎たちの姿が映って見えた。
風が暖かくも温い空気を流す夜。
温泉街に面した砂浜は昼の暑さと活気を失い、代わりに祭りの会場をホテルや旅館の一室や広間へと移り変えていた。
まだまだ楽しき時間を繰り返す。
夏の盛り上がりは夜に変わっても収まる素振りを見せずに盛り上がり続けていた。
場所は異なり山中の山道。
鬱蒼と生い茂る藪の間に踏み固められた畦道のような一本道がある。
車が進み固めた二本の溝には雑草すら生えず、双子の大蛇のように続いて見えた。
ゆっくりと慎重に走る一台のスカイライン。
白いボディーから伸びるヘッドライトの光に、前方の荒れた道が窺える。
四つのタイヤで跨いだ雑草が、車体の腹を擦るザラザラとした音が車内にも聴こえて来ていた。
「まだ着かないのぉ~」
「もうちょっとだってばよ」
「ここ薄気味悪いね。なんだか寒気がしてきたわ。クーラー効きすぎじゃないの?」
「そんなことねぇ~よ。クーラーは25度だぜ」
「じゃあ、気のせいか~」
「なんだよ加奈子、ビビッてるのか?」
「バカ、そんな訳ないでしょうが~」
車内にはカップルが二組乗っていた。
運転している男と、助手席にその恋人。
そして後ろにもう一組のカップルが乗車している。
寒いとぼやいたのは後部座席の女だった。
年の頃は18歳から20歳ぐらいの男女だった。
四人が四人、今時の若者らしくチャラチャラとした身形で騒いでいる。
山中を進むスカイラインは人気の無い荒れた道をゆるゆると走って進んでいた。
ツーリングコースからも大きく外れた道と呼ぶにはお粗末な山道だ。
過ぎる車に怯えて虫の音も止まるが、そもそも虫が鳴いていたか否かは、車内の四人にはエンジン音で分かっていない。
このような夜更けに四人が目指す先は、雑誌で見た心霊スポットだ。
幽霊が目撃されると載っていた心霊スポットがあるトンネルである。
そのインチキ臭い雑誌を助手席の女が丸めて持っていた。
霊界トンネル。
まあ、似たようなスポットは全国と言わず世界各国いたるところに多く存在する。
しかし、どれが本物でどれが偽物かは区別する方法が少ないだろう。
この温泉街の山中に在るこのトンネルは、霊界トンネルと昔から噂されていた。
心霊スポットとしても有名な場所だった。
雑誌に載るのも一度や二度の話でない。
未だ年に一度は間違いなくテレビや雑誌の取材が訪れる。
故にこうして様々な場所から車などに乗ったいい年の若者たちが、からかうように訪れて、はしゃいでは夏の会談を楽しみ帰って行く。
この四人も、そんな輩たちと一緒だった。
「お、あれか? 見えてきたぞ」
「うわ、薄気味わる~」
フロントガラスに顔を近付け目を凝らすカップル。
その二人の座席を掴んで後部座席のカップルも座席の隙間から顔を出して前方を興味深げに覗き込む。
おどろおどろしいトンネルだった。
山の斜面に口を開けた赤茶色のレンガ造りの壁には、山肌から垂れた草木や蔓が、不気味な表情を隠そうとする前髪の如く垂れ下がり、より一層の奇怪さを満点に演出していた。
本当に幽霊が出るか否かを置いといても、心霊スポットとしての役目は十分に果たしている。
これなら幽霊が出なくても満足だ。
一夏の楽しい思い出が出来るだろう。
「雑誌に載っていた通りだ。本物が拝めそうだぞ……」
後部座席の男が期待を抱きながらそう言うと、脇に置いてあった鞄からデジカメを取り出して車から降りて行く。
「よし、行くか……」
「う、うん……」
残りの三人も、それに続いた。
車のエンジンは切ったがヘッドライトは消していない。
車の明かりがトンネルの入り口から闇を照らし上げる。
トンネルの長さは差ほどでも無い様子だ。
車のライトが正面から出口まで貫通する。
奥行き50メートル程だろうか。
二組のカップルが、それぞれの組み合わせとは異なり寄り添い進む。
女性同士が縋り合うように腕を組む。
運転手の男が懐中電灯を片手に、もう一人の男がデジカメを構えていた。
明らかに怯えを示す女性たちに比べ男二人は、ここぞとばかり彼女たちにカッコイイところを見せようとしていた。
怪異の慄然を押し殺して凛とした雄を振る舞う。
「うし、入るぞ……」
「おう……」
男同士で確認し合うと二人は、一度だけ彼女たちの怯える様子を見てからトンネルの中へと踏み込んで行く。
「うし、怖くないぜ!」
「おうよ!!」
気合いが入る。
女たちは、その背中に遅れまえと駆け足で追った。
四人は付かず離れず先を目指す。
その四人を背後からスカイラインの光が照らして長い影法師を真っ直ぐ伸ばしていた。
己の影を踏みしめながら進む四人。
足音がカツリカツリと静かに響く。
デジカメを持った男が手当たり次第シャッターを指で押していた。
目映いフラッシュの瞬きを放っている。
壁、天井、床、仲間、入り口、出口と一瞬の光が映る。
「なんか、スゲーの写りこまねーかなー」
「あとで画像を確認したら、ヤバイ物が写っていたりしてね」
シャッターを繰り返す男が言うと、女がふざけた口調で会話を返す。
そんなやり取りが彼女たちの恐怖心を少しずつ払い取り、強張っていた顔に笑みも戻る。
一人の男が懐中電灯で辺りを照らし、もう一人の男がデジカメを取り続け、女たちが、その後ろに付いて行く。
随分と長いトンネルに感じた。
最初にトンネル内を覗き見た時は、そんなに長いトンネルには見えなかった。
しかし、いざ中に入り歩いてみると、割と長く感じられる。
ただの恐怖心がそうさせているのかは不明だが、進む四人は、そう思うことを口には出さなかった。
詰まらない意地からだ。
そしてしばらく経つとデジカメを持つ男が撮影を中断した。
フラッシュの輝きが収まる。
「あれえ~」
撮影を止めた理由を彼女たちは、ただ厭きたのか、ただメモリーが一杯になったのかと思った。
だが、違うようだ。
デジカメを持った男は、踵を返すとヘッドライトで手元を窺う。
「良く見えないな。おい、ちょっと手元に光をくれ」
「ん、どうした?」
先程まで撮影に夢中になっていた男が、手元でデジカメをいじくり回していた。
懐中電灯を持った男は手元に光を当てる。
ヘッドライトと懐中電灯に照らされるデジカメは電源が入っていなかった。
男が電源を、ON、OFFを繰り返す。
しかしデジカメが復活することはなかった。
「バッテリー切れか?」
「壊れたんじゃない?」
「おいおい、今週買ったばかりだぜ!」
「じゃあ、返品とか効くんじゃない?」
手元のデジカメを囲み四人がそのような会話をしていると、今度は懐中電灯の明かりがゆっくりと力を失い役目を果たさなくなる。
「あれ?」
男が力尽きた懐中電灯を掌で叩く。
「今度は、そっちが電池切れか?」
言った直後である。
トンネルの入り口から照らしていたスカイラインの光に人影が映り込む。
その影に直ぐ気付く四人。
ハッとして入り口のほうを見た。
長く大きな影が映っていた。
否。
影が長く大きい訳ではなかった。
ヘッドライトの前方に立つ何者かが大きかったのだ。
巨人である。
巨漢の巨人である。
再び濡れた顔を露わにする月面には幻想的な兎たちの姿が映って見えた。
風が暖かくも温い空気を流す夜。
温泉街に面した砂浜は昼の暑さと活気を失い、代わりに祭りの会場をホテルや旅館の一室や広間へと移り変えていた。
まだまだ楽しき時間を繰り返す。
夏の盛り上がりは夜に変わっても収まる素振りを見せずに盛り上がり続けていた。
場所は異なり山中の山道。
鬱蒼と生い茂る藪の間に踏み固められた畦道のような一本道がある。
車が進み固めた二本の溝には雑草すら生えず、双子の大蛇のように続いて見えた。
ゆっくりと慎重に走る一台のスカイライン。
白いボディーから伸びるヘッドライトの光に、前方の荒れた道が窺える。
四つのタイヤで跨いだ雑草が、車体の腹を擦るザラザラとした音が車内にも聴こえて来ていた。
「まだ着かないのぉ~」
「もうちょっとだってばよ」
「ここ薄気味悪いね。なんだか寒気がしてきたわ。クーラー効きすぎじゃないの?」
「そんなことねぇ~よ。クーラーは25度だぜ」
「じゃあ、気のせいか~」
「なんだよ加奈子、ビビッてるのか?」
「バカ、そんな訳ないでしょうが~」
車内にはカップルが二組乗っていた。
運転している男と、助手席にその恋人。
そして後ろにもう一組のカップルが乗車している。
寒いとぼやいたのは後部座席の女だった。
年の頃は18歳から20歳ぐらいの男女だった。
四人が四人、今時の若者らしくチャラチャラとした身形で騒いでいる。
山中を進むスカイラインは人気の無い荒れた道をゆるゆると走って進んでいた。
ツーリングコースからも大きく外れた道と呼ぶにはお粗末な山道だ。
過ぎる車に怯えて虫の音も止まるが、そもそも虫が鳴いていたか否かは、車内の四人にはエンジン音で分かっていない。
このような夜更けに四人が目指す先は、雑誌で見た心霊スポットだ。
幽霊が目撃されると載っていた心霊スポットがあるトンネルである。
そのインチキ臭い雑誌を助手席の女が丸めて持っていた。
霊界トンネル。
まあ、似たようなスポットは全国と言わず世界各国いたるところに多く存在する。
しかし、どれが本物でどれが偽物かは区別する方法が少ないだろう。
この温泉街の山中に在るこのトンネルは、霊界トンネルと昔から噂されていた。
心霊スポットとしても有名な場所だった。
雑誌に載るのも一度や二度の話でない。
未だ年に一度は間違いなくテレビや雑誌の取材が訪れる。
故にこうして様々な場所から車などに乗ったいい年の若者たちが、からかうように訪れて、はしゃいでは夏の会談を楽しみ帰って行く。
この四人も、そんな輩たちと一緒だった。
「お、あれか? 見えてきたぞ」
「うわ、薄気味わる~」
フロントガラスに顔を近付け目を凝らすカップル。
その二人の座席を掴んで後部座席のカップルも座席の隙間から顔を出して前方を興味深げに覗き込む。
おどろおどろしいトンネルだった。
山の斜面に口を開けた赤茶色のレンガ造りの壁には、山肌から垂れた草木や蔓が、不気味な表情を隠そうとする前髪の如く垂れ下がり、より一層の奇怪さを満点に演出していた。
本当に幽霊が出るか否かを置いといても、心霊スポットとしての役目は十分に果たしている。
これなら幽霊が出なくても満足だ。
一夏の楽しい思い出が出来るだろう。
「雑誌に載っていた通りだ。本物が拝めそうだぞ……」
後部座席の男が期待を抱きながらそう言うと、脇に置いてあった鞄からデジカメを取り出して車から降りて行く。
「よし、行くか……」
「う、うん……」
残りの三人も、それに続いた。
車のエンジンは切ったがヘッドライトは消していない。
車の明かりがトンネルの入り口から闇を照らし上げる。
トンネルの長さは差ほどでも無い様子だ。
車のライトが正面から出口まで貫通する。
奥行き50メートル程だろうか。
二組のカップルが、それぞれの組み合わせとは異なり寄り添い進む。
女性同士が縋り合うように腕を組む。
運転手の男が懐中電灯を片手に、もう一人の男がデジカメを構えていた。
明らかに怯えを示す女性たちに比べ男二人は、ここぞとばかり彼女たちにカッコイイところを見せようとしていた。
怪異の慄然を押し殺して凛とした雄を振る舞う。
「うし、入るぞ……」
「おう……」
男同士で確認し合うと二人は、一度だけ彼女たちの怯える様子を見てからトンネルの中へと踏み込んで行く。
「うし、怖くないぜ!」
「おうよ!!」
気合いが入る。
女たちは、その背中に遅れまえと駆け足で追った。
四人は付かず離れず先を目指す。
その四人を背後からスカイラインの光が照らして長い影法師を真っ直ぐ伸ばしていた。
己の影を踏みしめながら進む四人。
足音がカツリカツリと静かに響く。
デジカメを持った男が手当たり次第シャッターを指で押していた。
目映いフラッシュの瞬きを放っている。
壁、天井、床、仲間、入り口、出口と一瞬の光が映る。
「なんか、スゲーの写りこまねーかなー」
「あとで画像を確認したら、ヤバイ物が写っていたりしてね」
シャッターを繰り返す男が言うと、女がふざけた口調で会話を返す。
そんなやり取りが彼女たちの恐怖心を少しずつ払い取り、強張っていた顔に笑みも戻る。
一人の男が懐中電灯で辺りを照らし、もう一人の男がデジカメを取り続け、女たちが、その後ろに付いて行く。
随分と長いトンネルに感じた。
最初にトンネル内を覗き見た時は、そんなに長いトンネルには見えなかった。
しかし、いざ中に入り歩いてみると、割と長く感じられる。
ただの恐怖心がそうさせているのかは不明だが、進む四人は、そう思うことを口には出さなかった。
詰まらない意地からだ。
そしてしばらく経つとデジカメを持つ男が撮影を中断した。
フラッシュの輝きが収まる。
「あれえ~」
撮影を止めた理由を彼女たちは、ただ厭きたのか、ただメモリーが一杯になったのかと思った。
だが、違うようだ。
デジカメを持った男は、踵を返すとヘッドライトで手元を窺う。
「良く見えないな。おい、ちょっと手元に光をくれ」
「ん、どうした?」
先程まで撮影に夢中になっていた男が、手元でデジカメをいじくり回していた。
懐中電灯を持った男は手元に光を当てる。
ヘッドライトと懐中電灯に照らされるデジカメは電源が入っていなかった。
男が電源を、ON、OFFを繰り返す。
しかしデジカメが復活することはなかった。
「バッテリー切れか?」
「壊れたんじゃない?」
「おいおい、今週買ったばかりだぜ!」
「じゃあ、返品とか効くんじゃない?」
手元のデジカメを囲み四人がそのような会話をしていると、今度は懐中電灯の明かりがゆっくりと力を失い役目を果たさなくなる。
「あれ?」
男が力尽きた懐中電灯を掌で叩く。
「今度は、そっちが電池切れか?」
言った直後である。
トンネルの入り口から照らしていたスカイラインの光に人影が映り込む。
その影に直ぐ気付く四人。
ハッとして入り口のほうを見た。
長く大きな影が映っていた。
否。
影が長く大きい訳ではなかった。
ヘッドライトの前方に立つ何者かが大きかったのだ。
巨人である。
巨漢の巨人である。
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