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15・呪術

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しばらく昂輝が質問を投げかけながら歩く。

殆どの質問が探偵事務所の仕事内容が中心だった。

どんな事件があったのか、どんな妖怪と戦ったのか、そのようなことばかりだったが、訊けば訊くほど眉唾でオカルトチックな内容だった。

まさにマンガやアニメの世界である。

自分が呪われ、狼男に変わり、リジェネレーターで、妖怪わいらを見ていなければ、とてもとても信じがたい話の内容ばかりだった。

一年前の昂輝なら、きっと笑って信じなかっただろう。

やがて道の向こうに昂輝にとって見慣れた海と見慣れない人々が群がる浜辺が見えて来る。

「海ですー」

溌剌とした口調でイゴールが言う。

巨体の動きが、オカマ――、否、少女の素振りではしゃいでいた。

そのまま四人は軒太郎が待つ海の家へと目指す。

いろいろな意味で人々の視線が四人に集まる。

なんだか恥ずかしく感じる昂輝であった。

昂輝と憑き姫の二人が並んで砂浜を歩き案内されるままにお砂とイゴールが後ろに付いて行く。

ジャングルブーツのイゴールは焼けた砂の上でも平然と後ろに続くが、ヒールが低いパンプスを履いているお砂は浜の砂に足を取られて歩きにくそうにしていた。

時折よろめく。

そして軒太郎が待つ海の家に到着した四人は靴を脱ぐと座敷にぞろぞろと上がって行った。

軒太郎は海の家の角席で独り未だに生ビールを暢気に飲んでいる。

昂輝が駅まで二人を迎えに行って帰ってくるまで、約一時間ぐらいだ。

その間ずっとビールを飲んでいたのだろうか?

顔は陽気に赤く染まっていた。

しかし、いつも以上の笑顔が溢れている。

機嫌もすこぶる良さそうだ。

四人の姿を見つけると飲んでいたビールのジョッキをテーブルに置き無邪気に手を振って仲間たちを呼ぶ。

他の客たちの視線が一斉に集まるが気にも留めていない。

「お~い、こっちだよ~」

黒衣の時とは、まったくの別人だ。

凄みも緊張勘も感じられない。

欠片もだ。

四人が軒太郎とテーブルを共にするため近寄る。

昂輝が人数からして何処に座ろうか一瞬の迷いを躊躇すると、憑き姫がいち早く軒太郎の向かい側の奥へと席を陣取った。

じゃあ、昂輝は軒太郎の隣に座ろうかと思った瞬間である。

憑き姫が「ねぇ」と、昂輝の顔を見上げながら一言だけ言った。

何かと思う。

憑き姫の一言に、つい動作を停止して視線を落とす昂輝。

その隙にお砂が何気なく軒太郎の隣に腰を下ろした。

あら? と、心で囁く昂輝。

憑き姫が昂輝に対して隣に座れと言いたいのか、じっと彼の顔を見上げていた。

昂輝が憑き姫の無言の要求を叶えるために畏まりながら隣に座った。

なんだか照れくさい。

イゴールは誕生日席に巨漢を下ろす。

大きすぎる図体の為に、そこが低位置なのを自覚しているのか何も言わない。

さぞ当たり前の如く腰を下ろし怖い顔をニコニコさせていた。

五人が席に付くと昂輝が、ふと気付く。

この四人は憑き姫以外全員が何時もスマイルだ。

軒太郎も、お砂も、イゴールですら愛想良く笑顔を見せていた。

まあ、どうでもいい発見でしかない。

「お砂姉さん、わざわざ出向いてもらってすみません」

「いいわよ、お仕事ですもの」

笑顔の軒太郎に笑顔で返すお砂。

付き合いが長いのか、大人だからなのか、それとも笑顔同士だからなのか、その辺の理由は不明であるが丁寧な口調の中にも友好的な空気が感じられた。

にこやかな軒太郎は続いて視線を大男に移す。

「イゴールちゃんも来たんだね」

「はい、なんでも面白いことになっているとか言う連絡が入ったと聞きましたので、これは逃せないと思い、無理言って付いてきちゃいましたです」

強面の笑顔で可愛らしく語るイゴール。

面白いこととは昂輝の呪いのことなのか、不死のことなのか、それとも両方なのかは分からないが、電話でお砂に連絡を入れた際に、どのような言い方を軒太郎が述べたのかが気になるところだった。

しかし訊くだけ無駄と悟る昂輝は、全員が揃ったことで話の本筋を思い出させる為に自ら切り出す。

「僕に掛けられた呪いの話なのですが……」

「まあ、そう急かすな、昂輝君」

焦る昂輝を宥める軒太郎。

そこに横からお砂が具体的なスケジュールを話し出す。

「昂輝君、焦らないでね。先ずは貴方の体を調べて、記憶を調べるの。これは静かな場所なら何処でも出来るわ」

「本当ですか!?」

直ぐにでも調べてもらいたい口調で昂輝がテーブルに上半身を乗り出した。

真剣な眼差しに、深刻な辛さがジリジリと伝わる。

「落ち着きなさい――」

隣の憑き姫が昂輝のTシャツの袖を引きながら言うと昂輝が振り向く。

憑き姫の表情は、いつものように無表情だった。

ただ、いつもとは違う無表情だった。

昂輝を心配げに見る無表情だった。

まだ長い付き合いでない。

出会ったばかりだが昂輝にも不思議と悟れた。

本当に不思議なことに――だ。

がっかりと肩を落とし腰を下ろす昂輝が「すみません」と一言だけ呟いた。

皆に詫びる謝罪の言葉が暗かった。

「気にするなです。ドンマイです」

イゴールが可愛く言うが、怖い。やっぱり怖い。

「でもね、昂輝君」

優しげな口調でお砂が続ける。

「診察も調査もね、治療ではないのよ」

確かに――。

「呪いを解くには原因を調査して、呪いの仕組みを解き明かしてから、精密機械の部品を一つ一つ取り外して分解するように、機能を封じないと行けないの」

複雑な話らしい。

「殆どの呪いが掛けた呪術師を倒したり殺したりしても、呪いだけが残り、永きに渡り効果を継続するパターンが多いのよ」

「なるほど、そうなんですか……」

俯く昂輝。

まだ憑き姫がTシャツの袖を摘んでいることにすら気付いていない。

呪いが、部活の仲間を傷つけ、殺したのだ。

呪いが、両親を自殺に追い込んだのだ。

呪いが、昂輝からすべてを奪ったのだ。

呪いが、己を怪物に変えたのだ。

深刻を露出して、忌々しさに必死さを晒すことすら忘れていた。

「先ずは診断。それで呪いの原因が分からなかったら次は自宅の調査ね。そこでも分からなかったら町の歴史やらを調べないと……」

語るお砂の表情が難しくなり眉間に皺をよせながら眉毛を八の字に曲げる。

同情であろう。

お砂の困り顔を見て説明を噛み砕き話し始める軒太郎。

「原因が分からず調査の範囲が広がれば広がる程に厄介なんだよ。呪いって奴はね、昂輝君。呪い本体を掛けられた側から解体するよりも、呪いを掛けた人物と同じ位置から解体するほうが、作業も簡単なのだよ」

「同じ方向から……」

「例えるなら、一方通行の道を逆そうするのは危険だろ、入り口から入って、出口から出る。スキーも雪山を降るもの、スキーを履いたまま雪山を登るのは難儀だろ」

「確かに……」

「呪いも一緒なんだよ。掛けた側に回りこみ、そこから解除作業に取り組むほうが手軽に、安全に、難無く作業が行なえる」

「なるほど」

分かりやすくなった説明に納得する昂輝。

そして、どちらにしても時間が掛かることも理解した。

「とりあえず昂輝君の診断は夜になってからね。基本は丑三つ時よ」

それっぽい時間である。

少しでも有利なポジションを取るための演出なのだろう。

「軒太郎さん、広い場所を用意できるかしら?」

「ええ、町の顔役である大塚氏の屋敷を借りることになっています。玄関前に、芝生の丁度いい庭があるのですよ」

いつの間に話を付けたのかと昂輝が少し驚く。

とても段取りが良い。

ただ昼間から枝豆を摘みにビールを呷っていただけでは無かったらしい。

やるべき仕事は、ちゃんとこなしていたのだ。

大人であると感心する昂輝であった。

「じゃあ、それまでは自由時間ですね!」

「ええ、かまいません」

可愛らしい声を上げるイゴールに答える軒太郎は続いて大きく手を上げ生ビールの追加を注文した。

まだ飲むつもりらしい。

大人であると感心した思いを訂正する昂輝であった。

そしてイゴールが席を立つ。

「私、水着に着替えてきます!」

「えっ!?」

イゴールの台詞に驚く昂輝。

そういえば確かにイゴールは小さく見える大きな鞄を持っていた。

巨漢のため鞄が目立たなかったが駅からずっと持っていた。

「じゃあ、私も水着に着替えようかしら」

「えっ!?」

今度はお砂もそう言いながら席を立ちイゴールの巨漢を追って更衣室を目指す。

驚く昂輝の声は期待に溢れる声だった。

スレンダーな憑き姫の水着姿もいいが、大人の魅力溢れるお砂さんの豊満なスタイルが魅惑する水着姿も見てみたい年頃であった。

でも、マッチョで傷だらけのイゴールの水着姿は出来れば見たくない……。

それに砂浜が恐怖に染まり凍りつく光景も予想できた。

昂輝の隣で憑き姫が、じと目でTシャツの袖を引き続けていた。

若き好奇心に惑わされた昂輝は、それに気付いていなかった。

それにしても昂輝少年は何だか女性と一緒に居るだけで災いの苦悩すら忘れられる体質のようだ。

単純と言うか、若いと言うか、煩悩が多すぎるのか、節操の無い昂輝であった――。


さあ! 水着だ! カモーーン!!


昂輝の心の声である。


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