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9・リジェネレーション

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山中の峠道。

この世の物とは思えない異様な戦いが勃発してから10分近くの時間が過ぎていた。

幸いにも国道には通行する車の姿は一台もない。

ことは大袈裟を免れていた。

漆黒のコートを翻しながら軒太郎が銀色の拳銃を構える。

『ガァルル……』

狼男へと変化した少年が速いダッシュを見せると、銀色の銃口が二連で火を放った。

轟音と共に二発の弾丸が狼少年の胸を捕らえて穴を開ける。

『ガァ!!』

一発目で少年の走る足が止まり、二発目で前に進んでいた体が後ろに下がる。

火薬の香りが煙の層となって空気を染めていた。

日本人では嗅ぎ慣れない香りが、流れる微風と一緒に剛三の嗅管まで届く。

狼少年の面容が苦痛に耐えながら力を強めた。

しかし下半身が力少なく揺れている。

普通なら倒れるダメージだろう。

だが少年は倒れない。

「ちっ」

火花を散らした軒太郎が少年の様子を見て舌打ちを溢す。

暗闇と化していく視界の中、妖力で鍛え上げられた軒太郎や憑き姫の視界には、はっきりとそれらが窺えた。

「血が、傷口に戻って行くわ」

憑き姫の言葉の通りであった。

黒いTシャツに開いた小さな穴から飛び散った血痕が、巻き戻しを掛けた映像のように弾痕の中へと吸い込まれて行く。

黒いTシャツを赤く濡らした染みが、引き潮の如く戻って行く。

それらは一瞬の間に行なわれた。

軒太郎がぼやく。

「リジェネレーションってレベルじゃあないな……」

胸を押さえた狼少年が痛みから精神の回復を遂げる。

『何故……』

撃たれたことに怒り心頭なのか牙を剥き涎を垂らして威嚇を強めた。

『ガァルルルル!!』

親しかった女の子への攻撃。

更に刃物や銃での攻撃。

それらが憤怒に変貌し、冷静な感情を少年から奪い去って行く。

『ガァル!!』

そしてまた少年が進行を再開した。

諦めず軒太郎に向かって行く。

「おもしれ~な~、少年ボーイよ」

黒に包まれる軒太郎がロングコートの袖を陰に、不気味な微笑みを作る。

怪しい眼差しが余裕のままに嘲笑う。

その顔面を狙い狼少年が喉を鳴らして拳を繰り出す。

『打ぁっ!』

真っ直ぐなストレートパンチ。

しかし、激昂に握られた拳は容易く避けられ不覚に闇中を空振る。

熱い拳が顎を引いた軒太郎の失笑する眼前で止まった。

届かない。

『ガルルルルゥゥゥ!!』

更に振るう二発目のパンチは横からの大振りのフックだった。

素人丸出しの予備動作が大きい攻撃である。

扇風機のように風を仰ぎながら振るわれたが、狙われた軒太郎は頭を低くして難なく避けた。

「化け物君は、ケンカの素人かな~」

しゃがんだ軒太郎が笑いながら言うと、下から狼少年の顎へと銀色の銃口を付き当てた。

『ッ!!』

暖かい銃口の感触が少年の背中にゾクリと冷たい戦慄を走らせた。

『頭を弾かれる!?』

「正解だ」

そして引き金が引かれた。

鳴り響く銃声と共に少年の体が仰け反り飛んで行く。

顎の下から撃ち込まれた弾丸が、脳天を貫き火山のように血肉を噴火させた。

よろめく少年が、一歩二歩と後ろに下がる。

しかし頭部の傷が素早く回復して、倒れる事無く前を睨み返した。

「ちっ」

「凄いリジェネだわ。これじゃあ軒太郎の武器も玩具同然ね」

連れを嘲る憑き姫の台詞が、舌打ちを溢した軒太郎を更に苛立たせていた。

「ふざけた犬だ!」

余裕の笑みを消した軒太郎がパイソンを真っ直ぐ構え、狙いを定めて発砲した。

シリンダーに残った二発の弾丸を撃ちつくす。

二発の弾丸は連続して狼少年の頭部を撃ち貫いた。

一発は額、一発は右目。

弾丸を浴びた頭部が後方に肉片を散らす。

『うが!』

少年の両膝が力無くガクリと曲がった。

しかし直ぐにバランスを取り戻す。

撃たれた顔面も既に回復を遂げていた。

軒太郎の攻撃は完全に効いていない。

妖怪の指を弾丸に使用して霊力を高めた自慢の指鉄砲を、六発全弾喰らいながらも狼少年は、絶命を僅かにも見せずに立っていた。

「憑き姫!」

軒太郎が相棒に援護を求めた。

すると憑き姫が手にあるカードを投げて呪文を唱える。

「わいら ザ・ボディーアタック!」

投げられたカードが輝くと、先程軒太郎に倒されたばかりの妖怪わいらが姿を現す。

既にわいらは、自分が殺されたことを忘れてしまった様子で、憑き姫の命令のままにアスファルトを蹴ると、真っ直ぐ昂輝に向かって突進して行く。

操られている魂には、記憶が残留していない模様だ。

『うわぁ!』

横から不意打ちのようにわいらの体当たりを喰らった昂輝が、そのままわいらの巨体に押されて岩肌の斜面に叩きつけられる。

それでもわいらの突進は止まらない。

足を踏ん張り昂輝を押しつぶそうと体を押し込む。

まるでブルドーザーの如く猛突なパワーだった。

『ぐぅぅぅぅ……』

岩肌とわいらに体を挟まれ動けなくなった少年が、苦しい思いをテレパシーで切なく表現していた。

『動けない……』

挟まれた体を捻ってもがく。

だが、身動きが取れない。

「そのまま固定していろ!」

憑き姫に向かって叫んだ軒太郎が、黒コートの中から三身手裏剣を再び取り出す。

「食らえ!」

三身手裏剣が、右、左と順に投げられた。

体を挟まれ動けない昂輝に二つの手裏剣が、闇を切り裂きながら迫る。

『不味い!』

狙われた昂輝は、わいらに挟まれ避けれない。

代わりに両手を眼前に立ててガードを築いた。

しかし、それも無駄な抵抗となる。

軒太郎の三身手裏剣二つは、両手のガードごと昂輝の首を切り落とし、背後の岩肌に音を立てて突き刺さる。

切断された昂輝の両手と生首が、ゴロリとわいらの背中に落ちて転がった。

わいらの背中が昂輝の首から飛び散った液体で鮮やかに赤く染まる。

「首を落とされたら流石に死ぬだろうさ」

軒太郎がそう言うと憑き姫も同じことを考えていたのか口元が笑う。

これで狼少年の魂と骸が手に入ると――。

だが、二人の期待は思いのほか早くに裏切られた。

わいらの背中に転がった昂輝のパーツが、流れを巻き戻す血液に引かれて、元の位置に戻って行く。

「おいおい~、いい加減に死ねよ……」

軒太郎がそう言い愚痴り終わる頃には、昂輝の首が繋がり傷口が綺麗に消えて行く。

わいらの背中が元の色を取り戻していた。血痕も無い。

闇夜の山道、狼の双眸に光が蘇る。

その眼光は、化け物に似合わない程の正義感が満ちていた。

術の効果が切れたのか、少年を力任せに束縛していたわいらの巨体も幻のように消えて行く。

すると岩肌に背を付けていた昂輝が一歩前に出た。

ズシリと威圧に闇と空気が押されて揺れる。

狼少年は首を撥ねられたことで少し冷静を取り戻した表情をしていた。

だが、威嚇の態度と視線は続けて止まない。

三人の間で牽制に似た空気が流れる。

「欲しいな」

不死身の骸を欲する軒太郎が呟くと、その声が静かな山の寝息に混ざり合う。

「まったくだわ。あの狼男のリジェネレートは、普通のレベルじゃないしね。あれ程の回復スピードなんか見たこと無いもの。心が躍るレアリティーだわ。どのようなカードになるか楽しみ」

憑き姫の台詞に狼少年が宿す魂への期待が見えた。

剛三が車の側に律子を寝かせると、三人のやり取りを眺めていた。

しかし暗くて良く見えない。

車のヘッドライトは戦う三人とは逆の方を向いている。

ほとんど剛三は、シルエットだけで三人の動きを追っていた。

軒太郎が述べる。

「頭を撃ってもダメ、首を切り落としてもダメ。――並大抵じゃあ、死んでくれないようだな」

憑き姫が述べる。

「だからこそレアリティーが高いのよ」

獲物の価値を正確に評価した二人は、珍しい存在に歓喜していた。

子供のように笑顔がはしゃいで花咲く。

この獲物は逃がせないと瞳がランランと輝く。

テンガロンハットの鍔陰に双眸を隠しながら、変わり行く山中の闇夜と同化する程の深さを持つ黒コート。

その裾を揺らして抜き出されたアイヌの双子刀イベタム二本。

それぞれの掌に握られた刀の切っ先が青白く妖気を溢し山中に踊る。

「これで斬り刻む!」

今度は軒太郎から攻め出た。

二刀を構える軒太郎のダッシュは疾風の如く速かった。

あっと言う間に昂輝を剣術の間合いに捕らえて逃がさない。

並の身体能力がなせる速度とは思えない動きであった。

何か鍛錬に鍛錬を積み重ねた特殊な歩法の術のように感じられる。

三外軒太郎──。

ただ妖力と威力が高い武具を頼りに戦っている男ではない様子だ。

何やら武芸武術を心得ている動作である。

そして幾つの武具が収納されているか不明な黒コートから抜き出された妖刀が、妖力に輝き二つの閃光が暗夜を切り裂き昂輝に迫る。

「二の字斬り!」

『うがぁっ!』

昂輝が苦痛に対して素直な声を上げた。

二本の切っ先が、狼の胸と腹を二の字に斬り裂く。

しかし軒太郎の剣技は止まらない。

まるで踊る仕草にも似た剣術で狼少年を連激のままに斬り続ける。

「斬、斬、斬、斬っ!!」

胸を斬り、喉を裂き、腹を突き、頭を割る。

だが、全身を何度も何度も刻まれる狼の血飛沫は、飛び散り地面に鮮血の花を散らすよりも速く傷口に戻る。

二刀によって更なる傷が刻まれる頃には痕跡を恐ろしい速さで消して行く。

「なんて奴だ!?」

斬り続ける軒太郎が腹ただしいのか嬉しいのか分かり難い苦笑を表す。

「ならば、ぜいっ!」

妖刀二本が上と下に振られる。

気合いの入った降り切りと登り切りの剣激が昂輝の両腕を、肘の上辺りから鮮やかに斬り落とす。

毛むくじゃらの両腕がアスファルトに転がった。

「逃がさん!」

軒太郎が双子刀を逆手に持ち替え、落ちた両腕を串刺しに捕らえた。

これで動く血液に引かれて腕が体に帰ることは出来ないだろう。

「今だ、憑き姫。頭を吹き飛ばせ!」

「ええ、分かったわ」

新たな妖怪カード。

描かれている絵は波打つ海の上で靡く炎の列。

霊現象『不知火』だ

透き通った声が呪文を奏でる。

「不知火 ザ・ファイアーボルト」

憑き姫が投げたカードが輝くと、衝撃的な炎のラインが鋭く裂光を残して飛んで行く。

まるで戦車砲の一撃だった。

呻る轟音と共に炎の弾丸が真っ直ぐ空気を抉りながら飛んで行く。

それは昂輝の頭をスイカの如く木っ端微塵に吹き飛ばした。

そして炎の弾丸は後方の岩肌に炸裂してめり込むとグラグラと地を揺らした。

岩肌から小石がころげ落ちて来る。

立ち尽くす昂輝の身体から、頭部が綺麗に無くなっていた。

「うし、これで死んだな」

憑き姫の砲撃を見て軒太郎が確信すると、彼の持つ刀で串刺にされている両腕が赤い霧と変って地に流れ這う。

「なんだ?」

消え行く両腕を見ながら赤く変った霧の進む先を目で追う軒太郎。

そこには首を失っても立ち尽くす狼男の遺体があった。

アスファルトの上を這う赤い霧が、両腕の傷口に登り、入り込んで行くと、生え替わるように腕を再生させて行く。

「馬鹿な……」

流石に軒太郎と憑き姫も呆れ顔で見ていた。

何処まで不死身なのかと思いながら――。

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