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第494話【据え物斬り】

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日は頂点に登り、そろそろ昼時であった。

場所はソドムタウンの塀の外である。

丸太で建造された塀の直ぐ横に、木材置き場がある。

その木材置き場に積まれた丸太の上に、若い女性が一人腰かけていた。

顔は黒いマスクで鼻と口を隠し、頭には赤茶いろの頭巾を被っているが、しなやかな身体は露出が多い服を来ている。

胸元が見えるセクシーな革鎧からは臍も覗いていた。

そして、タイトスカートから太股が露になりヒールの高いロングブーツを履いている。

腰のベルトにはダガーが何本か下げられていた。

年の頃は二十歳ぐらいだろうか──。

彼女の名前は女盗賊の天秤である。

アマデウスが率いるパーティーの専属シーフであった。

天秤は横に積まれた丸太の上に腰かけながら、しなやかな足を組んで頬杖をついていた。

その前に背を向けてプレートメイルの男が立っている。

身長は180センチ後半だろうか──。

男は角刈りなのに後ろ髪だけを伸ばしてポニーテールを束ねていた。

年の頃は二十代後半から三十歳ぐらいに伺える。

腰にはロングソード、背中にはカイトシールドを背負っていた。

重戦士なのだろう。

彼の名前はアキレウス──。

彼もまたアマデウスのパーティーメンバーだ。

そして、天秤とアキレウスの前に、剣を構えて立っている青年が居た。

いや、少年かも知れない。

白銀のプレートメイルを身に纏い、ロングソードよりも少し大振りなバスタードソードを両手で確りと構えている。

彼の周りには、四本の丸太が建てられていた。

直径にして50センチぐらいで、高さは170センチぐらいの丸太が四本建ててあるのだ。

丸太は大きく太いが、大人が蹴飛ばせば、倒れるやも知れないサイズである。

その四本の丸太の中央に立つのは、天秤やアキレウスと同じアマデウスのパーティーメンバーのクラウドだった。

金髪に整った美形──。

気品ある素振り──。

だが、今は、鋭い眼光で丸太を睨んでいる。

両手で握られたバスタードソードをオードソックスな中段に構えて、静かに気合いを練っていた。

クラウドの周りだけ温度が一度高くなっている。

「丸太を相手に、何をするの?」

天秤が質問すると、背を向けたままアキレウスが答える。

「据え物斬りさ」

「据え物斬り?」

アキレウスが振り返ると説明する。

「試し斬りを模した稽古のようなものさ」

天秤は不思議そうに問う。

「何故にそんなことをするの?」

「自分の力量が、どのぐらいまで上達したかを見るためさ」

「そんなものは、もの言わぬ物を切るより、冒険に出て魔物を切ればいいじゃあないか」

「これは、稽古だよ。だから据え物斬りなんだ」

「わけが分からないわ……」

盗賊には戦士の稽古が理解出来ないのだろうか?

殺さずに戦闘力を計るのが、盗賊の彼女に理解できないのだろう。

「まあ、だまって見ていろ、天秤」

「分かったわ……」

納得したのかしていないのか分からないが、それっきり天秤は黙り込む。

すると、気を集中させていたクラウドが動いた。

「ふうっ!!」

唸るような声だった。

その声と共にバスタードソードを振り上げる。

上段の構えだ。

そこから大きな一歩で前に踏み出す。

その一歩は2メートルの長い踏み込みだった。

「ざんっ!!」

そして縦に真っ直ぐな一振りで、一本目の丸太を両断する。

その一振りは太さ50センチの丸太を一撃で両断しただけでなく、地面まで切り裂いていた。

バスタードソードの刀身が地面にまでめり込んでいるのだ。

だが、丸太は両断されても倒れなかった。

「はっ!!」

そしてクラウドが掛け声と共に地面からバスタードソードを真っ直ぐに引き抜いた。

更に素早い剣撃が二つ走る。

袈裟斬りの後に逆袈裟斬り。

両断された丸太の上部と中部を斜めに切り裂くと、六等分された丸太がガランと音を立てて崩れ落ちた。

「ふうっ!!」

崩れる丸太を前にクラウドが振り返る。

今度の構えはバッティングフォームのような姿勢だった。

そこから前方の丸太を目指して滑るように移動して行く。

しかし、その足取りは不思議だった。

両足首だけが左右に動いて滑るように移動して行くのだ。

そして二本目の丸太を間合いに捉えたクラウドが横一文字にバスタードソードを振るった。

高さは上段。

例えるならば、首の位置。

スコンっと丸太の上部が斬り落とされた。

更に続く三打の横降り。

三の字に輝いた閃光が次々と丸太を切り裂いて行く。

しかもクラウドは地面に降下する最中の丸太を、突きで串刺しにして捕らえたのだ。

クラウドの持つバスタードソードの刀身には三つの丸太が串団子のように刺さっている。

刹那──。

「渇っ!!」

クラウドが気合いの声を上げると串刺しの丸太が破裂して粉砕された。

辺りに木片が舞う。

それを見ていたアキレウスが顎を撫でながら言う。

「おお、気合いだけで丸太を弾いたか」

更にクラウドが三本目の丸太に向かって跳んだ。

そしてバスタードソードを振るうのだが、その軌道は下段掬い切りだった、

ゴルフのスイングのように振られたバスタードソードが地面を抉りながら丸太に迫る。

「ぎぃぁ!!」

地中を切り裂きながら進んだバスタードソードが丸太の足元から昇って頂点まで斬り進んだ。

真っ二つだ。

更に二度目の下段掬い斬り。

しかし、今度の一振りは丸太を切り裂かなかった。

代わりに真っ二つになった丸太の半分だけを宙に打ち上げたのだ。

「あら、失敗?」

そう天秤が口走ると、打ち上げられた丸太の片割れが、もう片方の丸太の頭に乗ったのだ。

まるで左右の丸太が肩車をして重なっているようだった。

高い──。

その二本の半身丸太が重なる高さは3メートルを遥かに越えている。

「ふっ!」

越えているが、その高さまでクラウドが垂直ジャンプで跳んでいたのだ。

そこから、バスタードソードを上段に構えての兜割りだった。

一刀両断とはこれのことだろう。

重なり合う二本の半身丸太を一太刀で四等分に切り裂いたのだ。

そして、クラウドは自然体を取るとバスタードソードを鞘に納めた。

「あら、一本残ってるわよ?」

天秤の言う通りだ。

建てられた丸太は計四本である。

まだ一本残っている。

「…………」

「んん……?」

クラウドが何も答えないので天秤は首を傾げていた。

するとアキレウスが代わりに答える。

「何を言ってるんだ、天秤。あの丸太は最初に斬ったじゃあないか」

「最初に??」

天秤は意味が分からず首を傾げるばかりだった。

「見えてなかったのか」

言うとアキレウスは足元に落ちていた小石を爪先で踏みつけると、その小石がスピンして地面から浮き上がった。

その浮き上がった小石をアキレウスが蹴飛ばして四本目の丸太に命中させる。

すると丸太が崩れ落ちたのだ。

それは賽の目状態の細切れだった。

数にして無数のサイコロが地面にバラバラと転がった。

「い、いつの間に……」

「だから、一番最初にだよ。居合切りの乱撃抜刀で微塵切りだ」

天秤には見えてなかった。

気も付かなかった。

クラウドを嘗めていたからだ。

天秤はクラウドがアマデウスのパーティーに加わったころから知っている。

ピヨっ子のころからだ。

何度か一緒に冒険もやった。

だが、最近は別行動が多かったからだ。

なので、短時間の間にクラウドがここまで急成長しているのに気がつかなかったのだ。

「やるわね……」

アキレウスがのうのうとした表情で述べた。

「やっと決心がついたらしいぜ」

「決心?」

「アマデウスの命令通りに、アスランってガキを殺すらしい」

「出来るのかしら?」

「さあな」

実力的にも、覚悟的にも疑問である。

すると空を見上げたクラウドが口を開いた。

「今日、ゴモラタウンからアスラン君が戻ると情報が入ったから、決闘を申し込むつもりだよ」

そう言うクラウドの表情は硬かった。

まだ、迷いが伺える。

「本当に勝てるのかしら?」

「さあね~」

天秤とアキレウスの二人は首を振っていた。

クラウドは鞘に収まった剣柄に手を添えると深く腰を落とす。

抜刀の構えだ。

「アスラン君が帰るまでのギリギリまで、腕を磨くよ」

「勉強熱心だね~」

アキレウスが呆れているとクラウドが呟いた。

「斬り戻し!」

すると斬り刻まれていたはずの丸太たちが瞬時に元の形に戻って行く。

四本が四本接着して、斬り刻まれる前の状態に復元したのだ。

「なに、今の!!」

天秤が目を丸くして驚いていた。

クラウドが言う。

「斬り戻し──。マジックアイテムの効果さ」


【つづく】
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