上 下
456 / 604

第455話【死海】

しおりを挟む
俺は通路の天井を眺めながら呆然としていた。

天井までの高さは2メートル半ぐらいかな。

横幅10メートルぐらいの階段から下りて、同じ程度の幅がある通路に出た。

そこで待っていたのは水辺だ。

しかもただの水辺じゃあない。

通路の天井に水が溜まってやがる。

「磯の香り……」

しょっぱそうな臭いが漂っていた。

夏の海で嗅いだことがある磯の香りである。

天井の水辺は小さく波打っていた。

でも、水質は綺麗だ。

水は透き通っている。

水中を小魚が泳いで居るのが見えるぐらいだ。

「海だ……。これが死海なのか……」

死海──。

俺は言葉の響きからして死海とは、もっとおどろおどろした殺伐な海を想像していた。

もうヘドロで真っ暗な腐った海かと思っていた。

だが、見てみれば予想外である。

水質は綺麗だし、小魚だって泳いでやがる。

ただ想像と違ったのは、その海が天井に有ることだった。

「重力変動かな?」

俺は天井に手を伸ばしてみた。

水面には手が届かない。

スキルで強化された俺のジャンプ力なら頭ぐらいは届くだろう。

でも、全身をダイブさせるには高すぎる。

しかし、重力の変化も感じられない。

飛び込んだら水中にインできるかどうかも分からないな。

もう少し目を凝らして観察してみれば、水中の小魚は、俺に腹を見せて泳いでやがる。

要するに、水中も重力が地上と同じ方向に働いているのだ。

おそらく重力が可笑しいわけではない。

水が──、海水が可笑しいのだ。

「この海水は、軽いんだな……」

これはまだ推測なのだが、おそらく海水が空気よりも軽いのだろう。

「空気よりも軽い水かよ……。この世界は不思議で溢れているぜ」

俺は天井を眺めながら通路を進んだ。

50メートルぐらい真っ直ぐな道が、なんの変化も無く続いていた。

まだまだ通路は続いている。

天井の死海に変化は無い。

透き通った水中に、俺が持つランタンの光りが溶けている。

「綺麗だな──」

時折見えていた魚が、もっと小さな魚を追いかけて泳いでいく。

「補食かな?」

どんなに綺麗な水中でも、弱肉強食は地上と変わらないってわけか。

そんなことを俺が考えながら上を見上げていると、深い海底天井の奥から黒い影が勢い良く上って来た。

それは大魚だ。

口を開けて小魚を追いかけている魚を、更に大きな口で大魚が飲み込んだ。

そのまま勢い余って頭部を海面から付き出した。

「うわっ!!」

ギロリとした丸い瞳が額に一つだけの巨大な怪魚だった。

その瞳と一瞬だけ目が合う。

マグロより遥かにデカイ。

そのサイズは一口で俺の頭を丸飲み出来そうな大きさだ。

しかもギザギザなノコギリのような歯をギラ付かせている。

「こわっ!!」

俺が身を引いている間に巨大魚は水中に戻り海底に消えて行く。

「なんだい、今の……」

俺が呆然としていると、頬についた海水が上に流れて行った。

俺はその水を手で拭う。

「やはり海水が上に流れてやがる。空気よりも軽いんだな……。に、してもだ……」

なんだ、あの巨大魚は……。

かなりのサイズだったぞ。

目ん玉も額に一つだけだしさ。

まさに怪魚だな……。

もしかして、あんなのがウジャウジャと居やがるのかな、この死海には……。

塩分が濃すぎて生命が住めないって意味の死海じゃあなくて、超弱肉強食的な世界の死海って意味なのかな。

たぶん、後者だろう……。

「よし、決めた……。絶体に死海には入らないぞ……」

この決意が安全策だろう。

あんな怖い怪魚が泳いでいて、その頂点にはクラーケンが君臨している海なのだ。

水中では小魚よりも移動力が制限される人間じゃあ生きていけないよ。

「んん?」

そんな感じで俺が決意を固めていると、波打っていた海面に流れが見え始めた。

それは真っ直ぐ俺の進行方向に進んでいる。

「通路の奥に向かって流れているな。まあ、道は真っ直ぐしかないから、俺は進むだけなんだけどね~」

そんなこんなで俺が真っ直ぐ道を進んでいると、通路の先に闇が見えてきた。

「部屋か?」

いや、違うな。

俺が闇のほうに足を進めると、巨大な空間に行き当たる。

俺の進んできた道が、巨大な空間の前に出たのだ。

そこは部屋と呼ぶよりも遥かに巨大な空間と表現したほうが正しく思えた。

左右上下に奥まで何も無い。

床も無い。

俺が通ってきた通路が絶壁に開いている。

天井の水は、通路から流れ出ると、更に天井部に向かって逆さ滝のように登って流れていた。

「行き止まりか……。んん?」

ここで行き止まりかと思ったが、横の壁を見ると上に進めるタラップが伸びていた。

「上にか……。まあ、登るしかないだろうな」

俺はタラップに手を伸ばして上に進んで行く。

俺のすぐ横を、逆さ滝が勢いよく流れ上っている。

「このタラップ、塩でベタベタだな……」

鋼なのだろうか。

タラップは金属製だが塩水に去らされても錆びていない。

塩で錆びない鉄ってなんだろう。

アルミとかチタンなのかな?

んん~……。

金属はよく分からん……。

まあ、兎に角俺は登った。

先が闇に包まれたタラップをひたすら登った。

もう一時間ぐらいは登っただろうか──。

お腹が空いてきたし、手足が疲れてきた。

どこまで上ればいいんだろう……。

てか、もう戻るわけにも行かないし、どこかに転送絨毯を敷ける平地すら無い。

ただただタラップが永遠に続くばかりだ。

「飽きた、疲れた、腹へった……」

ついつい愚痴ってしまう。

もういい加減に次の展開に進まないかな……。

これじゃあ滝が上がる壁際を、ひたすらタラップで登ってるだけじゃあねえかよ……。

ここから更に三十分ぐらいタラップを登っていたら、やっと次の展開が見えてきた。

「海面だ……」

やっと天井が見えて来たが、それは海面だけである。

天井部に広がる死海だけが見えてくる。

それ以外には滝しか無い。

逆さ滝から上がった海水が海面に打たれて轟音を鳴らしていた。

タラップも天井の海中内に続いている。

「おいおいおい。まさか、ここから死海に入れって言うんじゃあないだろうな……。冗談じゃあねえぞ……」

だが、タラップは天井の水中に続いているし、その他には進めそうな道は何も無い。

「ちょっと試して見るか……」

俺は頭だけを海中に居れてみた。

「ボコボコボコ……」

勿論ながら呼吸は出来ない。

だが、目は開けられるな。

本物の海より塩分は低いのかも知れない。

海中を見回してみれば、色々な魚の影が見えた。

七色に鱗が輝く巨大魚、体が蛇のように長い魚、しゃくれた提灯鮟鱇、10メートルサイズのクラゲ、頭が二つあるサメ、遥か遠くに牛のような二本角を有したクジラサイズの魚も見える。

俺は海中から頭を抜いた。

「まさに死海だな……。この海を泳いで生きていける自信が無いぞ……」

どうするかな~……。

極論が頭に浮かんだ。

今回のクエストは失敗ってことにして帰ろうかな~。

たまにミッション失敗とかも有るよね。

テイアーが子供のままでも、そもそも俺に問題は無いしさ。

困るのはゴモラタウンの城に住む連中だけだろうしさ。

多額の成功報酬も、もう神々のスコップがあれば、貰えなくったって問題無いしさ。

今後の俺の冒険は、金で買えないマジックアイテムを求めて旅する程度でいいよね~。

よし、決めた、そうしよう。

今回の冒険は失敗だ。

ゴモラタウンの城に帰って「失敗しました、てへぺろ♡」って謝って来よっと。

うんうん、それでいいや~。

そんな駄目発想を纏めあげた俺がタラップを引き返そうと下り始めると、天井の海面が大きく膨れ上がった。

何かが浮上してくる。

いや、浮下かな?

まあ、どっちでもいいか。

兎に角何か大きな物が海面から出てきた。

「なんだっ!?」

それは思ったよりも、ゆっくりと海面に姿を表す。

船だ──。

船の底だ。

浮上してきたのは船の底だった。

その船底にハッチが幾つか有り、そのハッチの一つがパカリと開いた。

「よう、人間。こんなところで何している?」

ハッチから頭を出した物が話し掛けて来た。

髑髏だ。

言ったのは、バンダナを頭に被った骸骨ヘッドだった。

しゃべるスケルトンなのだろうか?

俺は答える。

「いやね、海にバカンスに来たんだけど、高波に拐われて遭難したんだよ……」

骸骨ヘッドが言った。

「へえ~、遭難だ」

「…………」


【つづく】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

微妙なバフなどもういらないと追放された補助魔法使い、バフ3000倍で敵の肉体を内部から破壊して無双する

こげ丸
ファンタジー
「微妙なバフなどもういらないんだよ!」 そう言われて冒険者パーティーを追放されたフォーレスト。 だが、仲間だと思っていたパーティーメンバーからの仕打ちは、それだけに留まらなかった。 「もうちょっと抵抗頑張んないと……妹を酷い目にあわせちゃうわよ?」 窮地に追い込まれたフォーレスト。 だが、バフの新たな可能性に気付いたその時、復讐はなされた。 こいつら……壊しちゃえば良いだけじゃないか。 これは、絶望の淵からバフの新たな可能性を見いだし、高みを目指すに至った補助魔法使いフォーレストが最強に至るまでの物語。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...