上 下
414 / 604

第413話【ボルトン男爵】

しおりを挟む
俺がワイズマンの屋敷を旅立ったのは、マヌカハニーさんから正式に依頼を受けた日の昼過ぎだった。

昼飯を頂き、ワイズマンと軽く変態談義に花を咲かせてからである。

久々の気兼ねない変態談義を長々と続けたかったが、マヌカハニーさんが怖い顔を見せ始めたので話を中断したのだ。

流石に新婚夫婦の間に長々と居座るのは失礼だろう。

そう考えた俺は、夜の野宿を覚悟で旅立ったのだ。

そして一晩野宿した後に、ボルトン男爵が統治する土地に入ったのである。

時間は昼前であった。

俺は立ち寄った村で話を訊く。

どこにでもありそうな、素朴で平和そうな村だった。

「なあ、すまんがボルトン男爵の屋敷はどこだい?」

俺がアキレスの背中に跨がりながら訊くと、家の前で揺り椅子に腰掛けながら日向ぼっこをしていた老婆が答える。

「あー、なんだって~?」

「だから、ボルトン男爵の家はどこだよ!?」

「あたしゃあ、今年で九十八歳だよ~」

「あんたの歳を訊いてるんじゃあねえよ。ボルトン男爵だよ、ボ・ル・ト・ン!!」

「爺さんは十年も前に死んだから、今は独身じゃよ」

「そんなこと訊いてねーーよ!!」

駄目だな、こりゃあ……。

諦めて他の人に訊いてみよう。

「それにしても……」

馬の上から見渡していても、村に見えるのは年寄りばかりだ。

若い村人は見当たらないし、子供すら見当たらない。

「んん……」

村の外から人が歩いて来るのが見えた。

二十人ほど居るぞ。

全員白装束だ。

白い服で、白い被り物を被ってやがる。

丸腰だ。

でも、なんか怪しいな。

それでも俺は馬を進めた。

そいつらの前をアキレスで塞ぐ。

そいつらは怪しそうに俺を見上げていた。

俺はできるだけフレンドリーに訊く。

「すまんが、ボルトン男爵の屋敷はどこだい?」

白装束の一人が俺に言う。

かなり警戒した口調であった。

「あんたは、誰だい?」

「あんたこそ、誰だ。人に名前を訪ねるなら、自分から名乗るのが礼儀だろ?」

「そんな礼儀、この辺で聞いたことないぞ、余所者!」

「えっ、マジ!?」

すると白装束の男に後ろから女性の白装束が耳打ちする。

「彼が言ったことは、この辺でも当然の礼儀ですよ……」

「えっ、本当か……」

「本当です、村長……」

なに、こいつが村長なの?

三十歳ぐらいのおっさんだが、村長をやるには若くねえ?

まあ、なんだって良いけれどさ。

「まあ、名前は良しとしよう。それよりボルトン男爵に何用ですかな?」

「ワイズマン商会の依頼で来たんだよ。そんなのお前らに関係ないだろ」

「もしかして、討伐依頼の?」

あれ、知ってるのかな?

「そうだよ、討伐依頼を受けた冒険者だよ」

すると白装束の一団の緊張感がプツリと途切れた。

皆が安堵の顔を見せる。

「なんだ、それならそうと早く言ってくれよ。待ってたんだぜ!」

「待ってた?」

「そりゃそうさ。ジャイアントサンライズが三匹も逃げ出して、困ってたんだ。何せあいつらの日照りはキツイからな。畑に立ち寄れば稲が枯れるし、家畜に近寄れば丸焦げだからな」

よくよく見てみれば、こいつらの白装束はあちらこちらが焦げている。

「もしかして、お前らはボルトン男爵のところで働いているのか?」

「ああ、我々村の者が、ジャイアントサンライズの世話をしている」

なるほど、それで焦げてるんだ。

「じゃあよ、事情は分かっただろ。さっさとボルトン男爵のところに連れてってくれないか」

「分かった、ワシが案内するよ。皆は先に帰って昼飯の準備をしていてくれないか」

村長の言葉を聞いた白装束の村人たちは、さっさと村の中に帰って行った。

俺は村長に連れられてボルトン男爵の屋敷に案内される。

そして俺たちは村外れをしばらく歩く。

「ここが、ボルトン男爵の屋敷だ」

「小さくね……」

そこは二階建ての小さな屋敷だった。

屋敷ではあるが、かなりコンパクトである。

「なあ、ボルトン男爵って、もしかして貧乏なの?」

「倹約家と言ってもらいたいな……」

「倹約家ねぇ~」

「ちょっと待っててくれたまえ、今着替えてくるから」

「なんでお前の着替えを待たないとならないんだよ。いいからボルトン男爵に会わせろよ」

「何を言ってるんだ、お前は?」

村長が不思議そうに俺の顔を見ていた。

「なんだよ?」

「言っとくが、ワシがボルトン男爵だぞ」

「えっ、マジで……」

この村長がボルトン男爵だと?

あー、まー、そう言うことも、あるよね……。

うんうん、あるある。

俺は村長と一緒に館の中に入った。

そして村長が着替えてくるのをロビーで待つ。

しばらくして──。

「お待たせしたな、冒険者殿。紹介が遅れてしまった、私がボルトン男爵だ」

焦げや煤だらけだった白装束からスーツに着替えた男は、村長から貴族に変わっていた。

白髪混じりの七三ヘアーに切り揃えられた紳士的な髭面。

ピシッと伸びた姿勢の良さから育ちが良いのが分かる。

まさにザ・貴族だ。

ボルトン男爵が言う。

「では、早く依頼の話を済ませよう。私は仕事で疲れてお腹がペコペコなんだ。早く村で昼飯を食べたいからね」

「村で飯を食うのか。当主なのに?」

「当然だ。村の飯は旨いぞ。それに倹約になる」

あー、こいつ、完全に倹約キャラだな。

セコそうだ。

「まあ、仕事の内容なんだが、見てもらったほうが早いから、こっちに来てくれないか」

そう言うとボルトン男爵が屋敷の置くに進んで行く。

廊下を進みながらボルトン男爵が訊いてきた。

「ところであんたの名前はなんだい。冒険者殿?」

「ソドムタウンのソロ冒険者のアスランだ」

「なに、ソロなのか?」

「ああ、ソロだ」

「てっきり仲間は別で待機しているのかと思ったのに……。一人で大丈夫なのか?」

「俺はワイズマンが寄越した冒険者だぞ。信用しやがれってんだ」

「ああ、そうだな。ワイズマン殿が寄越した冒険者なのだから、間違いは無いか……」

俺たちが話しながら歩いていると、直ぐに裏口から外に出た。

外は森だった。

「森か?」

「逃げ出したジャイアントサンライズは三匹で固まって巣くってる」

「森に?」

「森の向こうにだ」

俺たちは更に森の中を歩いた。

直ぐに森から広野に出る。

「ええーっと、あの辺に居るはずだ。あー、居た居た~」

ボルトン男爵が広野の向こうを指差しながら言った。

「あそこにジャイアントサンライズが寄り添いながら寝ていやがる。見えるかい?」

俺も目を細めて広野を眺めた。

なんか赤い塊が見える。

俺は魔法の双眼鏡を異次元宝物庫から出して遠くを見てみた。

【魔法の望遠鏡+2。普通の望遠鏡より遠くが見える。ズームができる】

「おお~、あれがジャイアントサンライズか~」

三個の球体が赤々っと燃え上がりながら地面に踞って居やがった。

まるで三つの太陽が沈みかけているように見える。

「一番大きなヤツが居るだろ」

「ああ、一匹だけ一回り大きいな」

「あれが雌のジャイアントサンライズだ」

「えっ、雌のほうが大きいのか?」

「ああ、昆虫って、雌のほうが大きいヤツっているだろ。それだよ」

確かに蜘蛛とかは雌のほうが大きいな。

「なあ、もしかして……」

「なんだ?」

「ジャイアントサンライズって昆虫なのか?」

「ああ、燃えてはいるが、蜘蛛の一種だからな」

そうボルトン男爵が言った刹那だった。

双眼鏡で覗き見ていたジャイアントサンライズが動き出す。

大きな燃える球体が長くて細い八本足で歩き出したのだ。

「ああー、本当に蜘蛛だ……」


【つづく】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉
ファンタジー
その乙女の名はアルタシャ。 『癒し女神の化身』と称えられる彼女は絶世の美貌の持ち主であると共に、その称号にふさわしい人間を超越した絶大な癒しの力と、大いなる慈愛の心を有していた。 いかなる時も彼女は困っている者を見逃すことはなく、自らの危険も顧みずその偉大な力を振るって躊躇なく人助けを行い、訪れた地に伝説を残していく。 彼女はある時は強大なアンデッドを退けて王国の危機を救い ある国では反逆者から皇帝を助け 他のところでは人々から追われる罪なき者を守り 別の土地では滅亡に瀕する少数民族に安住の地を与えた 相手の出自や地位には一切こだわらず、報酬も望まず、ただひたすら困っている人々を助けて回る彼女は、大陸中にその名を轟かせ、上は王や皇帝どころか神々までが敬意を払い、下は貧しき庶民の崇敬の的となる偉大な女英雄となっていく。 だが人々は知らなかった。 その偉大な女英雄は元はと言えば、別の世界からやってきた男子高校生だったのだ。 そして元の世界のゲームで回復・支援魔法使いばかりをやってきた事から、なぜか魔法が使えた少年は、その身を女に変えられてしまい、その結果として世界を逃亡して回っているお人好しに過ぎないのだった。 これは魔法や神々の満ち溢れた世界の中で、超絶魔力を有する美少女となって駆け巡り、ある時には命がけで人々を助け、またある時は神や皇帝からプロポーズされて逃げ回る元少年の物語である。 なお主人公は男にモテモテですが応じる気は全くありません。

俺のハクスラ異世界冒険記は、ドタバタなのにスローライフ過ぎてストーリーに脈略が乏しいです。

ヒィッツカラルド
ファンタジー
ハクスラ異世界×ソロ冒険×ハーレム禁止×変態パラダイス×脱線大暴走ストーリー=前代未聞の地味な中毒性。 ⬛前書き⬛ この作品は、以前エブリスタのファンタジーカテゴリーで一年間ベスト10以内をうろちょろしていた完結作品を再投稿した作品です。 当時は一日一話以上を投稿するのが目標だったがために、ストーリーや設定に矛盾点が多かったので、それらを改変や改編して書き直した作品です。 完結した後に読者の方々から編集し直して新しく書き直してくれって声や、続編を希望される声が多かったので、もう一度新たに取り組もうと考えたわけです。 また、修整だけでは一度お読みになられた方々には詰まらないだろうからと思いまして、改変的な追加シナリオも入れています。 前作では完結するまで合計約166万文字で601話ありましたが、今回は切りが良いところで区切り直して、単行本サイズの約10万文字前後で第1章分と区切って編成しております。 そうなりますと、すべてを書き直しまして第17章分の改変改編となりますね。 まあ、それらの関係でだいぶ追筆が増えると考えられます。 おそらく改変改編が終わるころには166万文字を遥かに越える更に長い作品になることでしょう。 あと、前作の完結部も改編を考えておりますし、もしかしたら更にアスランの冒険を続行させるかも知れません。 前回だとアスランのレベルが50で物語が終わりましたが、当初の目標であるレベル100まで私も目指して見たいと思っております。 とりあえず何故急に完結したかと言いますと、ご存知の方々も居ると思いますが、私が目を病んでしまったのが原因だったのです。 とりあえずは両目の手術も終わって、一年ぐらいの治療の末にだいぶ落ち着いたので、今回の企画に取り掛かろうと思った次第です。 まあ、治療している間も、【ゴレてん】とか【箱庭の魔王様】などの作品をスローペースで書いては居たのですがねw なので、まだハクスラ異世界を読まれていない読者から、既に一度お読みになられた読者にも楽しんで頂けるように書き直して行きたいと思っております。 ですので是非にほど、再びハクスラ異世界をよろしくお願いいたします。 by、ヒィッツカラルド。

異世界とチートな農園主

浅野明
ファンタジー
ありがち異世界転移もの。 元引きこもりが異世界に行って、農業する。 チートありだけど、勇者にはなりません。世界の危機もないかも? よくあるテンプレ異世界もの、ご都合主義お好きでないかたはお止めください。 注釈:農業とはいえ畜産や養蜂、養殖なども後々入ってきます。 女主人公です。 7月27 、アルファポリス様より書籍化進行中のため、8月3日、3章までをダイジェスト化させていただきます。 1月25日、アルファポリス様より2巻刊行決定のため、2月3日、「果樹園を作ろう」までをダイジェスト化させていただきます。 7月2日、アルファポリス様より3巻刊行決定のため、7月11日「花畑を作ろう」をダイジェスト化させていただきます。

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

秋.水
ファンタジー
記憶を無くした主人公は魔法使い。しかし目立つ事や面倒な事が嫌い。それでも次々増える家族を守るため、必死にトラブルを回避して、目立たないようにあの手この手を使っているうちに、自分がかなりヤバい立場に立たされている事を知ってしまう。しかも異種族ハーレムの主人公なのにDTでEDだったりして大変な生活が続いていく。最後には世界が・・・・。まったり系異種族ハーレムもの?です。

クラス転移したら追い出されたので神の声でモンスターと仲良くします

ねこねこ大好き
ファンタジー
 モンスターと仲良くお話! 戦うなんてできません!  向井零(ムカイゼロ)は修学旅行中に事故にあい、気づくとクラスメイトとともに異世界へ飛ばされた。  勇者なので魔軍と戦ってほしいとのこと。  困惑するゼロは不安ながらもクラスメイトとともに迷宮へ潜り、戦いの特訓をする。  しかしモンスターと戦うのが嫌なゼロは足を引っ張るばかり。 「死ね!」  ついに追い出されてしまう。 「お腹が空いたの?」  追い出されてすぐにゼロは一匹のモンスターを助ける。 「言葉が分かる?」  ゼロはモンスターの言葉が分かる神の声の持ち主だった! 『小説家になろう様に転載します』

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...