上 下
383 / 604

第382話【謎の勝負】

しおりを挟む
「こちらのお方はどなたですか、アスランくん?」

笑顔で言ったのは薬師のスバルちゃんだった。

ツインテールに少し地味なメガネを掛けた美少女が、小首を傾げながら明るい笑顔で訊いてきたのだ。

今俺たちが居るのは新築されたスカル姉さんの診療所の三階である。

まだほとんど荷物が運び込まれていないスカル姉さんの部屋の真ん中に丸テーブルが置かれ、俺とスカル姉さんの他にスバルちゃんとブルードラゴンのグラブルが椅子に腰かけていた。

引っ越し作業の途中で休憩しているのだ。

そして俺は引きつった顔でスバルちゃんの質問に答えた。

「えーと、こいつは、グラブルって野郎で……」

「野郎?」

スバルちゃんは満面の微笑みを見せながら言う。

「こんな美人さんを捕まえて野郎だなんて、随分とアスランさんと親しいようですね」

棘が有る。

茨鞭のような痛々しいほどの棘が有るぞ。

女体化したグラブルが美しい笑みを浮かべながら返答する。

「ええ、アスランくんとは子作りの約束をしているのですよ。僕は彼の子種を孕むつもりです」

グラブルの挑発的な台詞を聞いたスバルちゃんが座っていた椅子をダンッと倒しながら立ち上がった。

明らかに憤怒している。

メガネの奥の瞳が怖い。

瞳孔が全開だ。

そして背後の景色が歪むほどの危険なオーラを放っている。

「子作りって、なんですか!? 孕むって、なんですか!?」

スバルちゃんとグラブルは初対面である。

だからスバルちゃんは俺とグラブルの関係性を知らないのだ。

スカル姉さんが言う。

「まあ、スバルちゃん、落ち着きなよ」

「は、はい……」

スバルちゃんは倒れた椅子を起こすと座り直す。

スカル姉さんがスバルちゃんに訊いた。

「それでスバルちゃんは、今日は何しに来たんだ?」

「ドクトルの引っ越しが始まったと聞き付けたので、注文されていた秘薬を届けに来ました」

「そうか、なら二階の診療所に置いといてくれ。幾らだ、今ここで代金を払うぞ」

「すみません、秘薬を忘れました……」

おい、なんだそれ?

言ってることと、やってることが違うじゃんか?

「あんた、アスランが居るから来たのね?」

「は、はい……。念のため一日一回はアスランさんが帰って来てないかログハウスに通ってたんですけど、今日は大工さんに訊いたら全員引っ越しだって聞いて、それで診療所に急いで見に来たらアスランさんが知らない美人さんとイチャ付いてたので、ついついカッとなりました……」

具体的に説明してくれるな。

相当動揺しているぞ、こりゃあ。

スカル姉さんが席を立ちながら言う。

「まあ、今コーヒーを入れるから、それを飲んで落ち着きなって」

「はい、ドクトル……」

良かった。

スバルちゃんが少し落ち着いたようだ。

「ところでグラブルは、よく俺がここに居るって分かったな?」

「ああ、昨日の夜に星占いをやってね」

「星占い?」

「その星占いで今日ドクトルの診療所に皆して引っ越すって分かってたから完成した大型転送絨毯を届けようと飛んで来たんだよ」

「便利な星占いだな、すげー具体的だぞ……」

「僕は次元を操る魔法に長けているからね。予言や占いも得意なんですよ」

マジで便利なドラゴンだ。

ならば──。

「なあ、グラブル」

「断ります」

「えっ!?」

こいつ、知ってやがるぞ!

俺が町作りの資金を出してくれって言い出すのを、知ってやがるぞ!!

これも星占いか!?

「でも、心配要らないよ、アスランくん」

「何故だ、グラブル?」

「君には大きな星が輝いているから、必ず上手く行くさ」

「そうなん……」

なんだか曖昧な回答だな。

まあ、所詮は星占いだ。

信じるも信じないも俺次第かな。

こんなもんだろうさ。

そこにスカル姉さんがコーヒーを出してくれた。

テーブルに並ぶ四つのコーヒーカップ。

コーヒーからは湯気が立っていない。

アイスコーヒーかな?

そして、コーヒーカップを四つ置いたスカル姉さんが言う。

「冷めたコーヒーだが、三つは本物だ」

「じゃあ、残り一つは何だよ!?」

「インクだ」

さらりと訳が分からないことを言い出したぞ、このヤブ医者が!!

グラブルがコーヒーカップを睨みながら言った。

「ドクトル、これはロシアンルーレットってヤツだね!?」

この世界にロシアって有るんかい!?

すると今度は顔を青ざめながらスバルちゃんが言う。

「これが、あの極寒地獄の大国で騎士同士が決闘で行われる伝説のロシアンルーレットってやつですか!?」

やっぱりロシアって国が有るんだ!!

スカル姉さんが言葉を続ける。

「コーヒーを無事に飲めるのは三名。インクを飲むのは一名よ!」

てか、ロシアンルーレットをやるんですか!?

なんでだよ!?

グラブルが言う。

「ぼ、僕は昨晩の星占いで答えを知っているから、大丈夫なんですがね!」

冷や汗かいてるじゃん!!

グラブルお前さ、ここまでの展開を予想してなかっただろ!?

ここまでちゃんと占っていなかっただろ!?

スバルちゃんがコーヒーカップの一個に手を伸ばす。

「わかりました、受けて立ちます!」

この子、受けて立っちゃうの!?

するとグラブルもコーヒーカップに手を伸ばした。

「面白いですね。人間に遅れは取れませんから僕も受けて立ちますよ」

お前もやるんかい!?

スカル姉さんがコーヒーカップの一つを取ってから言う。

「さあ、残り一つはアスランの分だぞ」

スカル姉さんの顔が微笑んでいやがる。

これはもしかして……。

「ちょっと待ってくれ、皆……」

スカル姉さんが俺を嘲る。

「なんだ、アスラン。怖いのか?」

グラブルも続いた。

「アスランくん、これに負けたからって僕を直ぐに抱けとか言わないから安心していいんだよ。さあ、コーヒーカップを手に取って」

俺はテーブルに残ったコーヒーカップを指差しながら言う。

「そうじゃあねーよ。これってさ、インクが入ったカップをスカル姉さんは知っているよな?」

俺たち三人が同時にスカル姉さんの顔を見ると、スカル姉さんが顔を反らした。

やはり知ってるようだ。

何せスカル姉さんが用意したんだもの。

「さあ、皆、一度カップをテーブルに戻せ!!」

スバルちゃんとグラブルが素早くコーヒーカップをテーブルに戻した。

スカル姉さんもシブシブながらコーヒーカップをテーブルに戻す。

「スカル姉さんは後ろを向いてな!」

「あ、ああ……」

スカル姉さんが後ろを向くと俺は素早くコーヒーカップをシャッフルした。

「よし、いいぞ!」

これでどれがどれだか分かるまい。

「レディーファーストだ。スバルちゃんスカル姉さんの順でコーヒーカップを取りな」

グラブルが不満そうに言う。

「僕は……」

「三番目でいいだろ」

そんなこんなで皆が悩みながらコーヒーカップを一つずつ選んだ。

最後に余ったコーヒーカップを俺が手に取る。

「じゃあ、一斉に飲むぞ!」

「分かったわ、アスランくん……」

「了解だ、アスラン」

「じゃあ、飲むぞ!!」

全員が一斉にコーヒーカップの中の黒い液体を口に含む。

しばし全員の動きが止まった。

「「「「…………」」」」

しばらくして皆がキョロキョロと他人の顔色を確認し始めた。

そんな中で、俺は──。

あー、これって知らない味だわ~……。

すげー不味いぞ……。

どうしよう……。

もう吹き出すタイミングじゃあないよね。

えぃ、こうなったら飲んじゃえ!

ゴックン……。

飲んじゃった、てへぺろ。

「誰がインクだったんだろう?」

そう言いながら笑う俺の歯が、真っ黒だったのに気付くまで、俺はもう少しだけ時間が掛かった。

でも、皆の笑みが優しくなっていたので、まあいいや。

結果オーライだ。


【つづく】
しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...