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29【終戦と開戦】

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「あーあ、気絶してるよ~……」

横たわるクロの顔を覗き込むエンが呟いた。

「す、すみません。ついつい力が入りすぎちゃって……」

怪力のハグでクロを締め落とした愛美も心配そうに美少年の顔を覗き込んでいた。

黒髪の美少年クロは完全に白目を向いている。

一方、少し離れた場所ではモブギャラコフが絶命して倒れているゴクアクスキーの遺体を見下ろしていた。

ゴブリンキングに変貌した元ライバルの姿は人間の様子とは違う。

肌は疣だらけで深緑に変色しておぞましい骨格に変わっている。

身形も蛮族の衣装だ。

それでありながらもゴクアクスキーの印象を残すゴブリンキングの遺体は眉間が杖の先で突かれたかのように陥没していた。

その陥没が致命傷だとも分かる。

ゴクアクスキーを覗き込むモブギャラコフの横からセンシローが述べた。

「これ、隣村のゴクアクスキー村長じゃあねっスか?」

木の棒でゴブリンキングの遺体を突っつきながらモブギャラコフが答えた。

「間違いないだろう。このゴブリンにも負けない極悪な表情は、間違いなくゴクアクスキーの野郎だ……」

「でも、何故に隣村の村長さんがゴブリンキングに?」

「知らんよ。だが、このゴブリンキングが村を襲ったのは間違いない。このゴブリンキングの死体を証拠にジャッジ伯爵に報告しなければなるまいて。必ずゴクアクスキーが何かしら絡んでいるのは間違いないのだから」

詳しい事情を知らない二人はゴブリンキングの遺体をシーツでくるむと保存が利く涼しい地下室に運んだ。

ジャッジ伯爵に証拠として見せるつもりである。

この日を境にゴクアクスキー男爵が行方不明になるのだが、このゴブリンキングの遺体が証拠にゴクアクスキーが悪魔に魂を売ったのではないかと推測された。

まあ、事実は確かに悪魔に魂を売ったのであるけれど──。

こうして、ソドム村とゴモラ村の金鉱争奪戦はゴモラ村の村長が行方不明になるといった結果で終止符を打たれた。

若者同士の一騎討ちは曖昧のままに行われなかったのだ。

そして、後日モブギャラコフとゴモラ村の住人と、更にはジャッジ伯爵との間で話し合われて、ソドム村とゴモラ村が合併する結論に達する。

合併された村の名前はソドムゴモラ村。

村長はモブギャラコフが引き継ぎ、金鉱の採掘も両方の村から人員を出し会い分け会うことと決まる。

結局は一番平和な結論で纏まったのだ。

一方、魔の森に逃げ込んだゴブリン30匹の群れなのだが、レディ・ショッターナの命令で銀髪の美少年ギンによってすぐさま討伐されていた。

ゴブリンとは言え30匹は流石に多いと考えたレディ・ショッターナの判断である。

そして、主の命令を速やかに遂行してきたギンが血だらけの身形で大樹の家に帰ってきた。

着物と袴が返り血でドロドロである。

その身形を見て白髪の美少年カクが丁寧な口調で言う。

「ギン君、なんですか、その身形は……」

ギンは衣類に付いた返り血を手で払いながら言う。

「仕方ないでゴザルよ。拙者は刀を使う戦術、素手で戦うクロ殿やエン殿とは違うでゴザル」

そう述べるギンだったが、その身形に刀を帯刀していない。

「とにかくお風呂に入ってください。いまエン君に頼んで湯を沸かしてもらいますから」

「かたじけない……」

ギンはポニーテールを揺らしながら深々と頭を下げた。

そして、カクに頼まれて湯を沸かすエンの側には惚けているクロが居た。

先日愛美に締め落とされて気絶したまま魔の森に返ってきていたクロは、ヒールポーションを飲んで直ぐに骨折は癒えたのけれど、あれ以来クロは惚けた日々を送っている。

ただただ空を見上げて雲を眺めているばかりであった。

以前のクロならば、空手の稽古に励んでいるか戦いたい戦いたいと荒ぶっているのが日常だったのに、あれ以来人格が変わったかのように大人しい。

以前までのクロからは考えられないような変わりようであった。

薪に火を灯したエンが惚けるクロに訊いてみる。

「クロちゃん、どうしたの?」

「なにがぁ……」

エンの質問に気の無い返事を返すクロ。

そのようなクロの態度にエンが眉をしかめる。

「あのゴブリン襲撃事件以来、クロちゃん変だよ……」

「そうかぁ……」

クロは間抜け顔で空を眺めるばかりである。

エンの質問にも真面目に答えていないように伺えた。

そこでエンが確信を推測して攻め立てる。

「あの愛美って言うお姉ちゃんに負けたのがショックなの?」

しかし、クロは惚けたまま答える。

「あいつ、強かったな……。また戦いたいな……」

どうやら負けたことがショックのようではないようだ。

「じゃあ、また村を訪ねて戦ってきたらいいじゃんか」

するとクロが俯いてモジモジと態度を変える。

「ま、また戦ってくれるかな、俺なんかと……?」

クロは赤面している。

エンには理解が届かない様子であった。

何故に再戦を申し込むのにこれ程までに照れなければならないのかが意味不明だった。

首を傾げるエンを余所にクロがモジモジと語り続ける。

「あの娘の戦闘スタイルって、いま流行りのプロレスってやつだろう。それが俺みたいな忘れかけられた古武術系の殺人空手となんて何度も戦ってくれるかなぁ?」

「んん~~……」

エンにますますクロの言っている意味が分からなかった。

再戦するのに流派の違いとかって関係あるのかが良く分からない。

なので更に確信を攻め立てる。

「とにかく、クロちゃんはあのお姉ちゃんが好きなんでしょう?」

直後、周囲に殺気が広がった。

その殺意に周囲の森から野鳥が飛び立ち逃げていく。

立ち尽くすクロが強く拳を握り締めながらドスの効いた声色で言う。

「このモヤモヤした感情が、もしかして恋なのか!!」

クロの周りに落ちていた小石が沸き上がる殺意に浮き上がる。

クロの沸き上がる殺意が周囲の重力を変動させているのだ。

「えっ、なに? これが恋する人のはんのうなの!?」

「そうかぁぁあああ、俺は彼女に恋をしているのか!!」

生まれ変わること二度目。なのにクロは恋たる感情に無縁だった。

可愛い異性、美しい女性。それらを見ても性欲すら抱いたことがなかった。

アダルトビデオを見てもボッキすらしなかったが、格闘技の番組を見てボッキすることはあった。

それは異常なことだと理解していたが、自分の中に押さえ込むことには成功していた。

しかし、愛美たる筋肉ゴリラ女子と出会うことで状況が一変したのだ。

自分が愛美に恋をしていることに気付く。

あの力強く分厚い筋肉に抱き付かれた時の衝撃が忘れられないのだ。

骨を砕くほどの温かい温もりが忘れられない。

そして、腰を落としたクロが一つ正拳を空に打つ。

その一撃で空が風に鳴る。

「よし、この想いを正拳にのせで彼女に告白するぞ!」

エンが冷や汗を浮かべながら呟く。

「パンチに恋心を乗せるは問題ないかな……。普通じゃあないよ……」

勇ましい顔付きで返すクロ。

「真っ直ぐで俺は素晴らしいと思う!」

「ほら、告白って受けるほうが回答を出す権利があるからさ……」

「問題ない!」

もうクロには言葉が通じなかった。

筋肉思考と戦闘本能だけで話している。

しかし、勢いに乗りかけたクロを静止させる声が頭上から飛んできた。

それは大樹の家の窓から見下ろす魔女の姿。

クロやエンたちホムンクルスたちの主であるレディ・ショッターナである。

窓から少年たちを見下ろすレディ・ショッターナは甘ったるい垂れ目を艶めさかせながら言った。

「クロちゃん、あなたの童貞は私の者よ。断じて別の娘なんかに譲って上げないわよ」

「なんだと、ババァ!」

殺人鬼のような眼差しで主人である魔女を見上げるクロの眼光は殺意をレーザー光線のように放っていた。

殺意は本気である。

だが、魔女は臆することなく余裕の笑みを怪しくも浮かべていた。

クロとショッターナの間に軋轢が築かれる。

睨み会う二人の視線がぶつかり合って空間をグニャグニャに歪めて見せている。

おろおろと狼狽えるのはエン一人であった。






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