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2.芽生えたもの

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「だいぶできるようになったみたいだね。ミスが少ない。今日はこの辺にしますか」

夕日が差し込む茜色の音楽室。

「なかなかに指疲れる…」

「それは仕方ない。まぁ中1の頃にあなたと組むことになったときは正直絶望を感じたけど」

「ひでぇ言われようだ」

窓からの光線が頬をオレンジに染める。

先程まで音が響いていた、その余韻のある部屋は静か。

そんな空間には、微かな足跡と楽器を片付ける音が広がっては消える。

成羽はふと千瀬を見る。
千瀬はそんな視線に背を向けて片付けるをしている。

「あ…あの…千瀬?」

千瀬は無言で振り返り成羽の顔を見つめる。

「あっ…あの……」 

中学3年間を経て今までの間に成羽には、千瀬とバンドをやっていて【楽しい】という感情とは別の感情が生まれようとしていた。

「な~に?ずっと人の顔見て」

「ん…いや……、なんでもない」

「なにそれ、まさか!私の顔がそんなに見たかったの?」

「違う!断じて違うっ」

そのやり取りが恋物語の始まりだったかも知れない。

「変なの。さて、解散しましょうか。」

「あっ、あぁ……」

「え…、元気ない。そんなにピアノで疲れた?意気地無し」

「ん?あぁ。とりあえず帰るか!」

その日はそのまま解散した。

千瀬は成羽に違和感を感じたが、疲れたのだろうということにした。


次の日―。

12時14分、昼休みの教室にて。

「あ~~」

窓側の列、真ん中らへんの席にひとり座る少年がいた。

「はぁ~~」

成羽は、まだ昨日の部活後のことを考えていた。

「ん~、具合でも悪かったか?なんで声かけたんだろう、自分でもわからない」

成羽は自分の中に芽生えた【新たな物】の存在には気づいているようだ。
しかし、それがなんなのかはわかっていない。

「いつになく冴えない顔」

「ちっ!?千瀬!?」

「なに?私が来たことがそんなに不満?」

「いっ、いや……そういう訳じゃなくて」

千瀬は動揺する成羽の前の席に、後ろを向いて座った。

「それはさておき」

「さておき?」

「8月の文化祭に向けてもう1曲挑戦しない?中学からやって来て、色々な曲出来るようになっているけど、それだけじゃつまらない」

今は5月、千瀬は今の曲に加えてもうひとつ新しいのに挑戦するという提案をしてきた。

「いいけど……」

「それと、もうひとつ」

千瀬はさらに提案をした。

「今度の文化祭で最後にする」

「えっ……」

思わぬ発言。

その言葉の真意とは―。
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