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1年を通して穏やかな気候のシェドだが、唯一季節の変化を感じられるのはこの時期のスコールだろう。期間としては2週間程度だがスコールの間はみんな仕事もほどほどに、のんびりと家族で過ごすのが一般的だ。

そして恵みの雨とはよく言ったものだ。スコールの時期が終わり半年も経つとお腹が目立つ妊婦さんを街でよく見かけるようになるのだ。『喧嘩をしていても雨が降れば、あっという間に仲直り』という歌まである。

ルビーは先を見通してせっせと子供服の制作に励んでいる。最近はヴァンも加わり、ああでもない、こうでもないと楽しそうに話しているふたりの姿をよく見かけるようになった。

レイシャルも前世を思い出して『おむつが換えやすいように、足のところをボタンにしたらどうか』とアドバイスすると『素晴らしいアイデアです!』と言って、ルビーは張り切ってデザインをやり直していた。

そしてこのスコールが終わり、シェドの太陽が戻ってくるといよいよウエンとレイシャルの結婚式が執り行われる予定だ。

(結婚式までにリリアンが良くなればいいけど・・・)

雨が窓を打ち付け滝のように流れていくのをレイシャルは3階の私室からぼんやり眺めていた。

「リリアンが心配なのか?」

執務室から戻って来たウエンがレイシャルに近づくと、レイシャルを囲むように窓の木枠に両手をかけた。ウエンの男らしい手が自分の手をすっぽり覆い隠している。それを見てレイシャルはどっきと胸が高鳴るのだった。

「ち、近すぎるわ!」

慌ててレイシャルは手を引っ込めた。

「くっくっく。私達は婚約者だろ?どうして近くにいたら駄目なのだ」

「うーーーーっ、それは狭心症みたいな症状が出るから。急に近づかないでって言ったでしょ」

「それって、私が近くにいると胸がドキドキするってことか?」

「うっ、そうよ。ドキドキが止まらないから駄目なの」

聞こえないほど小さな声で呟くレイシャルは耳まで真っ赤だ。

「可愛いね、レイシャルは。耳まで真っ赤だ」

「言わないで・・・」

「ウエン王子、手紙の件を」

「ああ、分かっている。それにしても自分達は散々人前でいちゃいちゃしておいて、私には手厳しくないか?」

「そんなことはありません」

ワイアットとミカエルにイチャイチャしている自覚は全くない。同じ職場でも公私混同せず立派に務めを果たしていると本気で思っている。しかし、ふたりが廊下などで会うとやたらに距離が近い。そして、ワイアットがミカエルに異常に絡むのだ。見ている此方が恥ずかしくなるほどに。

副団長からは『そんな時は団長を放って戻ってこい』と言われているので、部下たちは『先に戻ります』と声をかけて戻っているのだが、聞こえていないワイアットは最近部下がいつの間にいなくなったのか不思議に思っている。

「レイシャルに知らせを持ってきた。ミリュー王族は結婚の出席を控えるようだ。その代わり使者を送ると書いてある」

「そうなのね。リリアンへの執着や私への確執が残っていなければいいのだけど・・・」

「明日には到着するようだ。その使者に会ってみないと分からないな」

「この雨の中を?」

「ああ、そう書いてある」

「何か急ぎの用でもあるのかしら・・・」

「リリアンのことでそれどころではないと思うが、レイシャルも一緒に会って欲しい」

「そうよね。ミリュー国王からの使者ですもの、会わない訳にはいかないわよね・・・」

リリアンは2週間前に風邪のような症状が出てから一行に良くなる気配がないのだ。ウエンは王宮医師をリリアンの屋敷に送ってくれたが、特に病気の症状はないという。しかし、微熱が続き食欲がないリリアンは徐々に体力が落ちていた。

(お母様が亡くなった時もお父様の時も雨が降っていた。神様、お願いです。リリアンを連れて行かないで)

シェドは多神教で日本と似ていると思う。昔豊かな国は多神教が多いと聞いたことがある。私はどの神様でもいいのでリリアンを助けて欲しいと願うばかりだった。

***

次の朝レイシャルが時折激しく打ち付ける雨の音で目が覚めると、ウエンは横で静かに寝息をたてていた。

(珍しいわね。ウエンより先に起きたみたい)

ウエンの金髪の髪が顔にかかっていたので、そっと指で横に流せばウエンの整った顔が見える。

(相変わらず綺麗な顔ね・・・まだ早いから、もう少し寝てもいいわよね)

ウエンの硬い腕枕にも慣れたレイシャルが、もう一度ウエンに寄りかかって眠ろうとした時手に固いものが触れた。

(・・・・何かしらこれ。固い棒のようなものがベッドに?ウエンたら何かポケットに入れっぱなしで寝たのかしら?もう、危ないわね)

レイシャルは護身用の刀でもポケットにでも入れているのだろうと思ったのだ。鞘が抜けてウエンが怪我をすることを心配したレイシャルは、握っていれば鞘が抜けることはないだろうと考えた。とにかくレイシャルは寝つきが悪い。もちろん、深いことは考えていなかった。

「ふあぁ~、雨が降ると良く寝れるのよね」

雨の音を聞いているうちにレイシャルは気づかないうちに眠りに落ちた。

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