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早いもので15歳になった私は、王妃教育もあと数日を残すばかりになった。

そこで王妃教育でお世話になっている先生方を招いて、オーロラ商会のサロンでささやかなパーティーを企画したのだ。

「どうぞ、こちらに」

スミスにエスコートされて最初に部屋に入ってきたのはサリー先生だ。王妃になれば他国の王族との交流する機会も増える、語学力は必要だ。サリー先生からはノル語とエスト語を教わっている。

”招待いただきまして、ありがとうございます“

エスト語で話すサリー先生に、私もエスト語で答える。

“お越しくださいまして、ありがとうございます”

完璧な発音にサリー先生がにっこり微笑んだ。

“レイシャル様直々にお誘いいただき、オーロラ商会のサロンに入れるなんて夢のようだわ。王宮に呼ばれたときより興奮しているのよ”

“それは良かったです。今日はささやかではございますが、軽食とお茶をご用意しています。ぜひ楽しんでください”

流暢に答えたのは最近雇われたスミスだ。支店長のルビーが市場で働くスミスをスカウトしたのだ。可愛いらしい顔つき、張りのあるきめ細かな肌、艶々のハニーピンクの髪はその辺の女の子より可愛い。スミスが私より5つ年上だとは誰も思わないだろう。

お店でスミスがご婦人様たちに『僕はいつもオーロラ商会で購入した化粧品を使っているので・・・』と可愛く笑えば、みな財布の紐がゆるくなる。それに、街を歩けば男性でもあそこまで美しくなれるのかと連日こぞって令嬢たちが化粧品を買い求めて来店するのだ。もはやオーロラ商会の歩く宣伝塔である

「え?え?・・・・あなたエスト語が」

「スミスは、エスト語以外にもウェスト語とシェド語も堪能です」

「・・・・今の話は内緒にしてくださる?」

「もちろんです。ここで話すことは外に漏れることはありません。ですからご安心ください」

次々と先生方がサロンにやってきた。

「1番乗りだと思ったのにサリー先生に先を越されたわ」

少し残念そうな顔をしたのはダンスを教えてくれたマルクス子爵夫人だ。そして歴史を教えてくれたデニス先生とマナーを教えてくれたカテリーナ王女。お互いに挨拶を終えると、サロンに用意してあるテーブルについた。

「レイシャル様の王妃教育が順調でなによりですわ」

「ええ、本当に頑張っているわ」

このお茶会のために屋敷から呼んだ侍女たちが、シェドから取り寄せた果物を贅沢に使ったデザートやサンドウィッチをテーブルに並べていく。

「オーロラ商会のサロンでいただくと、サンドウィッチまで美味しく感じるわ」

カテリーナ王女は、すでにオーロラ商会の特別会員になっている。現国王の姪に当たるカテリーナ王女は王族で唯一の会員だ。孤児院への慰問や娘への貢献度が父のお眼鏡にかなった。

スザン王子もオーロラ商会が有名になったころ『僕は王子だ。それにレイシャルの婚約者でもある。なぜ会員になれない』と父に迫ったが『貴方はまだ国への貢献度が低い。国王になって民を幸せにしてから言ってください』と冷たく断ってから一度も来ていない。

それでも今日は先生方をお招きするにあたってスザン様を招待したが返事もなかった。

授業と違った気軽な雰囲気に会話も弾む。普段は気難しいマルクス子爵夫人もスミスが上手にお相手するので、終始笑顔だった。おば様キラーと言われるだけはある。部屋の奥を見るとベンハーとサリー先生が巷で流行っている本について語っているようだ。

「あの本のどこが、女々しいのよ」

「だってそうだろう。別れたことを後悔し、彼女の姿を探す日々。彼女の姿を見つけると心は羽を得たように震えるが、ただ遠くから彼女の幸せを祈っている・・・なんて女々しい男のやることだ」

「まあ、切ない恋心が分からないなんて野暮なのね」

「あんた男と付き合ったことがないだろ?男はなあ、本気で好になった女なら奪ってでも抱きたいと思うものだ」

「なんですって!貴方みたいな人がオーロラ商会で働いているなんて信じられないわ」

「お生憎様だな。あんたが想像するオーロラ商会はボランティア集団か。俺みたいな男がいて残念だったな」

「どういう意味よ!」

150cmほどの小柄なサリー先生と熊のように大きなベンハーが言い争っていると、大人が子供いじめているようだ。助けに行った方がいいのかしらと悩むが、時折ベンハーがサリー先生の頭を撫でたり、デザートを『あーん』と言って食べさせている。

先生は『やめてください』と口では怒っているようだが、真っ赤になってまんざらでもなさそうな・・・

「レイシャル様は見なくていいですよ。子供じゃないのだからもっと上手に愛情表現すればいいのに」

と呆れた顔でスミスが話しかけてきた。

カテリーナ王女は「普段自分の気持ちを素直に表現できないサリー先生が、ここまであけっぴろに話している姿を見るとベンハーの話術もたいしたものね」と褒めていたけど、私はベンハーが絶対何も考えていないと確信している。

でも、思ったことを素直に言葉にできるベンハーが少し羨ましいかもしれない。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、侍女たちがお土産にオーロラ商会でブレンドした紅茶の詰め合わせと香水の『ソニヤ』と『アニタ』をお渡しすると、それは喜んでくれた。

***

ベッドに横になって目を閉じていると、どうしてか先生方の話を思い出す。

先生方がスザン様は授業をサボってばかりで王子教育がまともに進んでいないと言っていた。卒業までに習得できるかも怪しいと言う。

役不足だと感じたサリー先生は辞退を考えている。そして、身内のカリーナ王女でさえ既に後任を探すように王妃に伝えたそうだ。

王妃様は『スザンは生徒会の仕事が忙しくてレイシャルに寂しい思いをさせているわよね。ごめんなさいね』と謝ってくれるが、事情を知らないオーロラ商会の従業員は毎日のようにスザン王子の行動を報告をしてくれるのだ。

「お嬢様、今日市場で友人とご一緒のスザン王子を見かけましたよ」

「王都美術館の前に王子の馬車が停まっていました」

聞くたんびにうんざりするが、みんなが私のためを思って報告してると思うと『ありがとう』と言うしかなかった。

お父様はスザン王子が許せないようで最近では「王子から婚約破棄を申し出てくれればいいのに。レイシャルの結婚相手ならいくらでも私が見つけてやる」と言っている。

レイシャルは「はあ~」と大きなため息をついた。

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