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峠越えの隊商

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~前回までのあらすじ~
 赤峰サイラスへの道すがら、石積みの無人小屋を見つけたボクたちは、山の呪い除けも兼ねてしばらく休んでいくことを決めた。久しぶりの休日にぐったり身体を休めていると、何者かが近づいてくる音が聞こえてきた。

 ***

 小屋の外に出てみると、山の方からゆっくりと、百頭近くのヤギの一団が下りてくるのが見えていた。
 先頭近くを歩く老人の持つ杖から、風に乗って微かに、カラン、カランと乾いた鉦の音が聞こえてくる。

 アズマは小屋の背後の緩やかに高くなった場所に立ってその様子を眺めていた。
 ボクが隣に行くと、ありゃあヤギの隊商だな、と呟く。

「ヤギの隊商?」
「ああ。ヤギの背に一頭一頭、なにか括り付けてあるだろう。フミルから峠越えをしてきたんだろうぜ。水場もあるし、ここで休むつもりだろうな」

 ここで休む、と聞いて不安になった。

「追い出されたりしないよね?」

「さあな。あーっと……、ヤギ飼いが四人か。うち一人はチビだし、やれるんじゃねぇの?」

「もっと穏やかにいこうよ……」

 見ている間にも隊商は迫ってくる。けれど、かなりゆっくりした速度だ。ヤギたちが道々で草を食べるからに違いない。

 初めは立って見ていたアズマも、待っている内に途中でごろりと横になって、いー天気だぁ、とか呑気な事を言い始めた。
 ボクはそこまで呑気にもなれなかったから、隣に座って膝を抱えた。

「なんにもないといいけどね」
「ねーよ。向こうは隊商、襲ってくる理由がない。向こうも、お前みたいなガキ連れたやつが襲ってくるとは思わねーよ」
「ガキじゃないよ、もう大人です!」

 いーってしてやったら、悪かった、悪かった、と笑われた。

 じきにシノ様が小屋の中から出てきてボクの隣に座った。

「どんな感じ?」
 シノ様はボクの肩に頭を預けて言った。

 シノ様はけだるげだ。寝すぎたのか、疲れが取れないのか。
 普段ならボクに寄り掛かってなんて来ないのに。

「どうもこうも。ヤギのご一行様待ちだ」
「交渉、任せたわ」
「了解」

 シノ様がよろよろと小屋に戻って行った後、アズマはポツリと呟いた。

「大分お疲れだな、ありゃ」
「うん。休憩ってなって、緊張の糸が切れたのかも」

「まあ、大人ぶってもまだ小娘だしな。リーダー気取って一月以上も歩き通して、むしろよくやってるよ」
 もちろんお前もな、とアズマは言った。
 まあ、シノ様を小娘呼ばわりしたことについては目をつむってやろう。



 陽がやや西の空に傾いた頃、隊商の先頭の老人が小屋の前に着いた。

「グルンだ」
「アズマ」
「なぜここに?」
「サイラスへ。あんたたちは峠を越えてきたのか」
「ああ。幸い、一頭も欠けずにな。サイラスの女神の温情に感謝を」
「俺も、あんたの幸運を共に感謝しよう」
「ならばわしも君の幸運を共に祈ろうじゃないか」

 グルンさんとアズマは流れるように言葉を交わすと、笑って互いの肩を叩き合った。

 なに、仲良しさん?

 アズマの交渉のおかげなのか、どうなのか。
 ともあれ、俺たちの小屋だ、とか言って追い出されることはないらしい。

 もしかしたらこの小屋は、この辺りを旅する者たちの共有スペースなのかもしれない。
 あるいは、彼らも勝手に利用しているだけなのかもしれないが。

 グルンさんは小屋の裏手にヤギをどんどん入れて、片端から荷を解いていく。身体を軽くしたヤギたちは喜んで、水場に駆け寄ったり草を食みに出かけたりしている。

「ルンシア村のグルンだ。こっちはせがれのベインとガイン、ガインの息子のオルン」
「シノ・ツチミヤと申します」

 荷ほどきが終わって四人が小屋の中に入って来ると、茶を飲みながら互いに挨拶をしあった。シノ様は疲れた顔を笑みで隠して、今はいつもの営業スマイルを振り撒いている。

「天外山脈を越えて来られたと聞きました。さぞお疲れでしょう」
「いいや、いつものことだ。あと六日も歩けば村だしな。今年はもう二度は往復したんだ」

 グルンさんがシノ様と話している間にも、ベインさんとガインさんは囲炉裏端に織物を引いて休むためのスペースを作っている。
 オルンくんは、家畜たちの様子を見に行ったのだろう、ふらりといなくなっていた。

 ボクは小屋から出てロバたちの様子を見に行った。

 イチセはすでにリタの隣に陣取って、メーメー言われてめんどくさそうな顔をしているラバの周りからヤギを散らしていた。
 ロバの方は、なんともどうでも良さそうな顔をして草を食んでいる。

「ケンカはしてなさそうだね?」
「うん。でも、ヤギって自由すぎ」

 勝手に山を登って行ったり小屋の石葺き屋根の上に登っている白や黒や茶色のヤギたちを見ながら、イチセは落ち着かなさげにしている。

「放っておいても帰って来るから大丈夫だよ」

 そう話しかけてきたのは道の脇の坂を上ってきたオルンくんだった。
 歳の頃は、ボクやイチセと同じくらいだろう。

 日に焼けた黒い顔をしていて、手には長い柄のついた鞭を持っている。 
 これでヤギたちを打ち据えると言うよりは、頭上で振り回して音を立てて追い立てるのだ。

 見せてやろうか、と言ってオルンくんが鞭を回すと、ひゅん、ひゅんと甲高い小さな風切り音が鳴り響いた。

「へえ。すごいですね」
 イチセが褒めると、オルンくんは嬉しそうに頬を掻いた。

「やってみるか」
「こうですか……あれ」
「そうじゃなくて、もっと持ち手をしならせなきゃ」

 どうやら簡単そうに見えてコツがいるらしい。

 オルンくんは首を傾げたイチセに嬉しそうに手ほどきする。
 おや、教えるだけにしてはさっきから、オルンくんはちらちらとイチセの顔を見ている。

 ボクはリタの首筋に手を遣ってそっと撫でた。

「ほっほ。お前のご主人、なかなか隅にはおいておけんのう……あでっ」

 軽く頭突きされた。
 そうか、お前も男の子か。

 その時、ひゅん、と空を切る音が道の方から聞こえた。

「あっ、鳴った。ちょっとだけど!」
 イチセが歓声をあげて、オルンくんは満足げに笑顔を浮かべていた。

 知らない間にゴドーさんが戸口の壁に背を持たせかけてその様子を、目を細めて眺めていた。
 多分、家に置いてきた子どものことでも思い出しているんだろう。



 その晩は食糧を出し合って少し豪勢な食事をした。いつもの練り麦とイモの食事に、干した肉と乾燥チーズを使ったスープ。

 グルンさんが出してきたこの乾燥チーズは、細長い楕円形の板のような形をしていた。
 それを木の板の上に乗せて、何をするのかと思えば、反りのついた厚刃の剣で、ガチン、ガチン、と細かく切っていく。

 うん、なんとも荒々しい。

 切る時の音で何となく分かっていたんだけど、ひと欠片もらって食べてみたら歯が折れるかと思った。

 固い、と涙目で言ったら、グルンさんたちは腹を抱えて笑った。
 今までずっと一言も口を聞かなかったベインさんなんて、しばらくボクの顔を見る度ひっひと笑っていた。

 流石に失礼だろーがよ、おい。

 肉と塩だけの味付けの中にチーズの風味が加わって、スープはとてもおいしかった。

 気に入ったなら持って行け、とベインさんがチーズを一束くれた。

「俺が作った。ヤギの乳でできてる」
「えっ……、いいんですか!」

 いい人だ……。こんなにおいしいものを作れる人は、大抵みんないい人だ!
 でも、おかしいな。そんなにものほしそうな顔をしていたかしら。

「お前には大層笑わせてもらったからな」
 ベインさんはまた思い出し笑いしながら言った。

 あ~……、うん。まあ、いいか。
 人に楽しんでもらって、ボクは美味しいものが食べられる。誰も損をしない素敵なことだね!



 ところで、食事がひと段落してパイプ草の煙が小屋の中に立ち始めた頃、シノ様がグルンさんに尋ねた。

「失礼ですが、最近どこかいわくのある場所に足を踏み入れた覚えなどありませんか?」

 ありゃ、なんですか。もしかしてホラー展開?
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