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呪術師修行
しおりを挟む~前回までのあらすじ~
シノ様の役に立ちたいと思ったのはいいものの、あまりボクにできることなんてなさそう。シノ様を不安にさせたくなくて嘘だって吐いてしまった。はああ……。
それはそうと、シノ様は本格的にボクに呪術を教え込むつもりのようです。
***
ボクがシノ様に買われてから十日ほどが過ぎた。
ボクはシノ様の指導の元、毎日呪術師としての修行をしている。
ボクが町の外へ連れていかれたのは、呪術というものを本格的に教えるためだったようだ。
宿の部屋の中でできないことなのかは、よく分からない。
天外山脈が遠くに薄っすらと見える町はずれの草地で、朝起きてから夕方近くまでずっと座らせられて、精霊の力を感じるのじゃ、みたいなことを言われ続けている。
意味が分からない。
そりゃあ、ボクだって初めは真面目にやったよ。
いや、今だって真剣なつもりさ。
シノ様はボクを救ってくださった恩人で、とても良くしてくれる。
妙な要求はしてこないし、むしろボクの方が気を遣わせてばっかりだ。
そんなシノ様がボクに期待をしてくれている。つきっきりで見てくれている。
それならきっとできるようにならなきゃ!
そう思ってる。
でもさぁ……。
「今、風が吹いたでしょう」
シノ様がぽつりとつぶやいたので、ボクは内心で、またか、と小さくため息を吐いた。
「はい、吹きましたね……」
「風の中にも精霊の力は宿っています。感じませんでしたか、魂にこう……、ぐんってくるその力を」
「…………?」
ボクは首を捻って、しばしシノ様とにらめっこした。
そのまま十秒ほど。
穏やかだったシノ様の眉毛が、次第につり上がっていくのが見えた。
……あ、来る。
「……っ、何でよ!」
シノ様はキレて手に持っていたその辺で拾った枝を地面に叩きつけた。それからだんだんっと地面を踏み鳴らしてもう一度、何でよ!とボクを睨みつけた。
今日はそんなことをもう三回ほど繰り返していた。
シノ様の指示通りに精神を集中して、魂の中身をそのまま天と大地に寄り添わせるように、こう、なんか、頑張って。
でも、何度かんしゃくを起こされても分からないものは分からないのだ。
ちなみに一度分かったようなことを言ってみたらすぐにばれて、喜んだ顔の後にものすごく冷たい目で見られたので二度としないと心に決めた。
ボクは慌てて身体を低くした。
「ご、ごめんなさい……。でも風は吹くものだし、吹けば身体が押されるのは当然のことです。その、ぐんっ、ってくる力なんて、よく分かりません!」
ボクが半泣きになって言うと、シノ様は枝を放り捨てて天を仰いだ。
「おかしいなぁ。わたしの時はすぐ……」
「……申し訳ありません、ボクの覚えが悪いばっかりに」
「いいえ。あなたのせいじゃないわ。きっと教え方が下手なだけよ」
シノ様はがっくりと肩を落として落ち込んでいる。
シノ様の教え方が悪いなんてあるわけがない。きっとボクに才能がないだけだ。
でも才能がないなんて甘えたことは言っていられない。
だってもう七日もこの平原で日がな一日じっと座って、精霊の力とやらを感じるための訓練にいそしんでいるのだ。
そろそろシノ様の弟子として、初めの一歩くらいは踏み出したいところだった。
そんなもどかしい日々がさらに十日ほど続いた後のことだった。
変な人が現れた。
いつものように平原で精霊の力を感じる修行をしていた時、その辺でカバンを枕に昼寝をしていたシノ様が、急に跳ね起きて腰に下げた剣の鯉口を切った。
ボクは毎日毎日できる気配さえないことをさせられて相当参ってきていたものだから、その音を聞いて、ついに来るものが来たかと思った。
まあ、そりゃそうだよね……。
弟子にする為に買った奴隷にちっとも呪術の才能がなかったとなれば、しかもあれだけよくしてあげたのにこんな体たらくじゃ、いくら優しいシノ様だって怒って当然だ。
きっとボクはこれから切り刻まれて、大鍋でぐつぐつ煮込まれてしまうんだろう。そしてこの大地に振り撒かれ、次の命のための肥やしとなるのだ。
未練がないと言えばウソになる。
ボクはシノ様の許で、この世にはいろんな美味しいものがあるんだと知った。村ではいつも穀物を練ったものばかり食べていて、たまに祝い事があると豪華に家畜を殺して肉が振舞われたけど、大抵味付けは塩ばかりだった。
だから、この町に来て知った料理の数々は目から鱗が落ちそうだった。
それにしても、ああ、あの屋台で売っていた、生地で包んだ肉を煮込んだ料理。今度はあれを味わってみたかったなぁ……。
と、ボクが命を諦めて遠くを見ていると、いきなりシノ様に首根っこを掴まれて引きずられた。
ぐえっ。
シノ様、これまで暴力なんて振るったことなかったのに。
態度の変え方激しいですね……。
その時、目の前でボクの座っていた場所の地面がえぐれて吹き飛んだので、流石にボクも何事か起こったことが分かった。
何が起こったかは分からなかったけれど。
「なに呑気にしてるの!」
耳元でシノ様の叱責が飛ぶ。
「わたしが剣を抜くってことは、相応のことが起こってるってことでしょう。ぼさっとしてると死ぬわよ!」
まさかその剣でボクを切り刻むつもりだと思っていたなんて言えないので、ボクは素直にうなずいた。
「も、申し訳ありま……ぐえっ!」
また急に引っ張られて、ボクのいた場所が吹き飛んだ。
えっ、何で?ボク、狙われてる?
ボクが状況を理解できなくてわたわたしている間にも、シノ様は油断なく剣を構えて空の一点を睨みつけている。
「物体を直接破壊できるほどの濃密な呪力。無茶苦茶だわ……」
「そうなんですね?」
「そうよ。イヅルにも流石に分ったでしょう。あの、ありえない圧力」
ちょっと分からなかったですね、とは言い出せなさそうな空気感だった。
「妖魔でしょうか?」
ボクが訪ねると、いいえ、とシノ様はゆっくりと首を振った。
「わたしが知る限り、こんな真似ができる人物は一人しかいない……」
なぜかその口ぶりには、憎悪に似たような激しい怒りが込められていた。
ぎりぃっと何か音がして、それが歯ぎしりの音だと気づいた時にはぞっとした。
怒って歯を鳴らす人、初めて見た……。
怖い。シノ様、怖い!
「そう、僕だよ」
いきなり背後から声が聞こえて、ボクは跳び上がりそうになった。
そんな情けないボクをどんと突き飛ばして、鋭く踏み込んだシノ様の剣が横薙ぎに振るわれる。
しかしその鋭い剣閃が何か物体を捉えることはなかった。
なぜなら、するりとすり抜けたからだ。
シノ様が激しく睨みつけるその先には、白髪交じりの長い髪を頭の後ろで結った、背の高い初老の男がいた。
彼は馴れ馴れしい仕草で、よっ、と片手を上げる。なんだか気の良さそうな男に見えたが、シノ様は怒りの治まらない様子で怒鳴り声をあげた。
「今更どの面下げて戻ってきた。師匠ぉおおおおお!」
どうやら、シノ様の師匠であらせられるようだ。
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