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22 呂佳の心

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「ちょっと出掛けてきます。」

 場所は応龍天凪の部屋。
 普通神獣の居住区に簡単に入れないのだが、呂佳は平然と奥に進んで行き、寛いでいた天凪に出かける旨を伝えに行った。
 一緒に行動している雪代は、自分の神器である長剣を抱き締めてオドオドとついてきた。

「永然の所か?」

「はい、そろそろ目覚めの時です。霊亀領のいつもの所ですよね?」

「私に断りを入れずとも、其方なら了解はいらんだろう。」

「……そうでしょうか?」

 二人の会話は含みが多い。
 天凪と一緒に暮らす万歩もいたのだが、雪代と二人でソワソワと会話が終わるのを待っていた。二人の会話には裏の言葉があるのを感じるが、さっぱり分からないのだ。

「………………。」

 表情を変えない天凪を、呂佳は無言で見つめた。

「…………なんだ?」

「………永然は……、僕の為に無理をしていませんよね?」

 声を落とした呂佳の口調は、普段よりも更に静かで重々しかった。

「………………。」

 呂佳は知っている。意外とこの空色の瞳は心を語るのだ。言葉の代わりに…。

「はぁ…………、しているのですね?そしてそれは天凪が語れない事、要は神の神託に関わるのですね?いいです、起こした永然から聞きましょう。」

 ではそういう事です。
 と言って退室した呂佳の後を、雪代と万歩はついて来た。

「呂佳っ、俺も一緒に言って良いか?天凪様も行っていいって言ってくれたんだけど。」

 雪代は天凪から視線でついていく様促されたので行くつもりだったが、万歩も行きたいと頼んできた。
 今から行く場所はかなり距離が離れている。

「結構遠いですよ?」

「いいよ!その、まだ…聖剣手に入れてないけど。」

 呂佳はふふっと笑った。

「聖剣は必要ありません。天凪様が許可したなら良いですよ。巨城ここから出た事ありませんよね?息抜きに行きましょうか。」

「やったーーーっ!」

 よっぽど息が詰まってたのか、かなり喜んだ。
 雪代が良かったなぁと肩をポンポン叩いてやっている。

 那々瓊の身が心配だが、今の自分ではどうする事も出来ない。
 天凪は事情を全て承知しているが、応龍という立場では神獣同士の諍いに介入出来ない筈だった。
 神の代弁者、神獣の王でありながら、応龍が動ける範囲は限りなく少ない。
 自身が持っている水の神力を使う事しか出来ないと昔言っていた。

 呂佳は那々瓊に触れて、彼の中にある神力を探って来た。
 その中には朝露の神力が漂っていたが、その先の深部を探りに直接身体に触れた訳だが、そこには白虎、朱雀、玄武の神力が隠れていた。
 それらを吹き飛ばす力を取り戻さねばならない。
 珀奥が待っていた神獣と同等の力を。
 その為にも永然に聞きたいことがあった。
 そろそろゲームの内容でいけば霊亀永然は目覚め、銀狼の勇者と出会う時期である。
 待っている時間が惜しいので、直接迎えに行く事にした。
 あそこはちょっと苦手なのだが仕方ない。

「あ、ついてくるなら覚悟していて下さいね。」

 呂佳の忠告に、二人はハテナと首を傾げた。










 しとしと、しとしと。
 ずっと降る雨に、万歩と雪代はウンザリしていた。
 覚悟とはこの湿気だった。
 一応防水仕様の革マントを着て来たが、濡れて重いし足元はぐちゃぐちゃだし、喋る事も出来ないくらいに黙々と歩いていた。

「さあ、ここらで休憩しましょうか。」

 二人は漸くだぁ~と、呂佳が指差した木の洞に入った。
 雨が多いせいか巨木が生え、空が見えないほどに葉が覆うのに、雨がそれで止むわけではない。
 葉や幹に溜まった露が、固まって降ってくるので余計に粒が大きくなり、身体を濡らして辟易した。

「霊亀領は雨が多いんですよ。」

 入ってまもなく呂佳にそう説明されたが、多いとかいう話ではなく、ほぼ降っている。

「何でこんなに降ってんの?」

「それは、永然の守護者が心配性なだけです。神獣の性質でもその土地の様子も変わりますし。」

「霊亀の守護者ってのがいるんだ?じゃあ、青龍の地が岩山が多いのはそういう事?」

 雪代は何の疑いもなく呂佳に尋ねる。
 ここ数年で、五つ年下の呂佳が博識な事を理解していた。

「そうです。龍は兎に角高い所に住みたがります。龍は獣人と言わず龍人と自分達の事を言いますが、飛ぶ能力を無くしても自分達は空を飛ぶという意識が根強く残っています。」

 龍人の身体的特徴は体の一部に鱗が生えている事と、耳が尖っていて、身体が大きく体格がいい事だ。昔はあったらしいが、羽は退化している。だが神力は多く寿命も長い。

「呂佳は何でそんな色々知ってんの?俺と一緒時期に生まれたんだろ?」
 
 同じ様に転生して生まれているのに、何故呂佳はそんなに多くの知識を持っているのか、万歩には不思議だった。
 万歩は伊織の頃から頭は良い方だと自覚していたが、今の呂佳はあまりにもいろんな事を知っていた。
 学舎にも通った事がないのに、何故そんなに知っているのか。
 望和の頃からそうなのだ。
 目立つわけじゃないのに、望和の成績は実は良かった。一度聞けば忘れない、運動も卒がない。なのにとても静かにそこにいた。
 伊織を助けたのはたまたまだ。
 本当にたまたま近くにいて、仲良くなれたのだ。

「俺さ、いつも望和の時から置いていかれる気がしてたんだ。ずっと側にいたいのにって思ってたんだ。今の呂佳もおんなじだなぁ。」

 少し悲しそうに万歩がそう言った。
 万歩にそう思われていたとは思わず、呂佳は困ってしまった。

「すみません。置いていく気は無いのですよ?僕は冷たいですか?」

 何故そんな印象を与えているのか呂佳には理解出来ない。
 呂佳は正しいと思った事をやっているだけだ。
 いつも、自分の大事な人が困らない様に。

「違うよ。俺は望和の時から寂しくない様にって側にいたんだ。俺が一人で困ってる時に、助けてくれたみたいに、俺が側にいて助けてあげたいと思ったんだ。何も出来なくても側にいるだけで寂しさが減るなら良いなって。俺が勝手に思ってるだけ。呂佳は悪くないよ。」

 呂佳は万歩の言う事を静かに聞いた。
 ほんの少し笑顔を作る。

「今、側にいてくれるじゃないですか。」

 万歩の銀の耳がピクピク動く。
 きっと沢山いろんな事を考えているのでしょう。
 伊織の時から、ずっと。

「んー、もっと前から一緒にいて助けてあげたかった。だって前の家族もあんまりだなって思ってたけど、雪代から今の呂佳の家族の事聞いて、更に酷いなって思ったんだよなぁ。家族運無さすぎ。それでも望和の時も今も、呂佳は強いんだよなぁ。」

 万歩の言葉に苦笑する。
 それは呂佳自身思った事だ。
 呂佳であっても、望和であっても、その前の珀奥の時ですら、自分は家族がどういうものか理解していない。

 万歩は呂佳を強いと言う。
 だけど本当は違うと、自分では思っている。
 呂佳は心に蓋をしている自覚がある。
 考えない様に、気にしない様に。
 だから、万歩の呂佳を心配する心は嬉しくとも、笑って誤魔化す。


 自分が一人で寂しいのだという事を。


「俺が側にいてもいなくても、呂佳はきっと変わらないんだろうな。」

 万歩の悲しげな顔に、呂佳は苦笑するしかなかった。
 側にいてくれて嬉しいと思ってはいるのだ。だけど、その手を取るのはいつも不安だった。
 万歩は自分一人のものにはならない。
 寂しいと万歩の手を取って縋り付きたくない。
 呂佳の孤独と、万歩の愛情は、きっと釣り合っていない。
 だから手を取れない。
 
 
 


 少し休憩して、また目的地へ歩いていく。
 万歩には大丈夫ですよ、とだけ答えた。
 雪代は自分達の会話を黙って聞いていてくれた。
 雪代にまで口を出されれば、何と答えれば良いのか分からなくなるので助かった。
 雪代は優しいし、世話焼きだ。
 きっと万歩の言っている意味を理解しただろう。
 
 グチュリと泥濘ぬかるみに足が沈む。
 永然も、昔同じ事を言った。
 
『俺は寂しいよ。』

 お前もだろう?
 そう言われて腹が立った。
 その時はまだ仲良くなくて、当たり障りなく話していた時に、永然はそう言ったのだ。

『でも俺が死ぬと悲しむ奴がいて、ソイツはもっと苦しい立場なんだ。俺が生きてたら喜ぶから、俺の寂しさは目を瞑って無視するしかない。』

 羨ましくなった。
 そのくらい大切な人がいるのだと聞いて。

 私にも、大切な人が出来たらそう思えますか?

『思えるさ。』

 透明な茶色の瞳は、深い色なのに色鮮やかに珀奥を励ましていた。
 そんなに悲しむなと。

 それから永然とは仲良くなった。

 それまで自分が寂しがっていたのだと気付いていなかったのに、永然の一言で理解した。
 だけど、そう気付かせた永然も一人だったから、仲良くなれた。
 千年生きた天狐である珀奥よりも、更に長い時間を生きている永然は、きっと多くの親しい者が先に亡くなっていったのだろうから。


 万歩の言葉は嬉しい。
 だけど、永然と万歩には違いがあり、その所為で歩み寄れない。
 万歩は誰からも好かれる。
 伊織の時助けてくれたと言うが、きっと暫くあのまま一人だったとしても、伊織なら誰かが間違いなく手を差し出した。
 伊織はその人の手を取って、その人に感謝するだろう。別に望和でなくてもいいのだ。
 それが容易く想像出来てしまうだけに、伊織の手を取るのを躊躇った。
 万歩の愛情を軽く見ているつもりはないが、きっと万歩は優しくしてくれる全ての人に、同じようにな愛情を返すのではないかと思っている。
 永然のようにたった一人だけではないのだ。


 望和が見る卵を温める夢で、確かに自分は愛情を知った。
 何よりも大切で、命をかけて良いと思った。
 記憶がなくても、単なる夢でも、望和の時に縋りついた愛情は、夢の中の「私のなな」だった。
 それしか感じられなかったのだ。
 この孤独な心を埋めれるのは、この愛情だけだった。
 それは記憶を取り戻した今は更に加速している気がする。

 

 トントンと、肩を叩かれる。
 振り返ると雪代だった。
 金茶混じりの白い毛もぐっしょりと濡れて、よくよく見れば雪代の瞳は髪に混じる金茶色と同じで、キラキラと輝いていた。
 普通の茶色かと思っていたが、最近の雪代は神力が増して来た所為か、瞳に輝きがあった。
 これでゲーム通り扇持って艶然と笑っていたら、更に美人度が上がっていた事だろう。
 だが生憎、雪代の背には長い長剣が背負われている。

「お前ら恋人同士だったの?」

 ずるっと足を滑らせそうになった。

「……なぜ?違いますが。」

 雪代はふーん、と思案顔になる。
 後ろを見ると、銀色の耳も尻尾もションボリした万歩がついて来ていた。

「思うんだけどさ、万歩の昔は知らねーけど、今の万歩は銀狼の勇者として担ぎ上げられてて孤独だよなって思うんだよ。」

「そうですね。」

「俺は、お前の事も大事だけど、万歩の事も気掛かり。」

「なるほど。」

「万歩じゃダメなわけ?」

 雪代の問い掛けは、大きな雨粒の音で消される程小さなものだった。
 その声にはありありと心配だと言う心を滲ませている。
 呂佳は苦笑した。
 きっと呂佳一人だけだったらここまで心配されないだろうなと、皮肉にも思ってしまったのだ。
 呂佳は孤独でも平気だと思われている。だが、万歩は違う。万歩は孤独が似合わない。
 雪代は本当に呂佳と万歩を心配しているのだろうが、万歩が加わったから無意識に口出しして来たのだ。

 そう、思ってしまう自分は捻くれているのでしょうかね。
 
「………万歩は、昔も今も良き友ですが、それ以上ではありません。」

 そっか、と言って雪代は引き下がってくれた。

 雪代も優しい。
 二人の優しい心は嬉しくもあるが、呂佳の心を埋めてはくれないだろう。
 今自分が縋り付いているのは、「私のなな」に対する愛情だけだろう。
 この心がある限り、呂佳は立っていられる。
 昔、永然が言った誰かの為に生きていると言った言葉は、こう言う事なのだと思っている。
 可愛い子を愛し守る愛情があれば、僕の孤独は薄らいでいく。
 寂しさに蓋をして、立っていられる気がする。








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