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17 我が子が甘えてきて困る

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 本日は晴天。
 天色からみ空色に変化する空には、白い雲がポツポツと浮かんでいた。
 真下に広がる湖は穏やかで、空を映して美しい。
 時折魚が銀色の飛沫をあげて跳ねるが、すぐに波は穏やかに鎮まり、障害物の無い水面に鳥の声が広がっていた。
 上も下も空が広がる。
 水草には白い花が咲き、虫が飛んできては離れていく。

 呂佳はパンくずを小さく作り、パラパラと船縁から落としては、寄ってきた魚に食べさせていた。
 腰には男性の腕ががっしりと巻き付き動けない。用意周到に手近の棚の上には果実水やお茶、お菓子、軽食、果物が置かれ、一歩も動かずに済むように用意されていた。
 巻き付く存在がスヤスヤと寝てしまったので、これまた何故あるんだろうと思わせる薄布団を掛けてあげた。
 風邪を引くほどヤワでは無いだろうが、人道的に掛けてあげなければと思ってしまうのだ。

 パラパラパラ…………。
 パカパカと開く魚の口は面白い。
 前世望和みわだった時、滅多に行かない家族旅行で、水の街だと銘打つ観光名所に行った時、水路に泳ぐ鯉に餌をあげていた。
 親も兄弟も早くあっちに行こう、こっちに行こうとウロウロするが、鯉のいる水路は観光名所の真ん中なので、家族が行ったり来たりしている中、僕はずっと鯉に餌をあげていた。
 何がそんなに面白いのかと聞かれても、面白かったのだから仕方ない。
 珀奥の記憶が無くても、自分の性格は大人びていて、言葉遣いも敬語で話すので、家族からも浮いていた。
 千年以上も培った性格は、生まれ変わっても変わらないものなのだなと、湖の魚に餌をやりながら考える。
 よくこうやって近くの小さな湖に小舟を出して、麒麟の卵を抱えていた事を思い出す。
 木漏れ日の下で、水面に反射する陽の光に目を細め、落ちゆく葉っぱを眺めていた。
 生きた時間が長い所為か、珀奥の生活は実にゆったりとしていた。
 
 あの時の卵から孵った麒麟が、今自分の腰に抱きついているのだが、可愛い我が子の甘えを拒否することは出来ない。
 本来なら生まれて来た子は、そのまま親が神気を分け、大事に育てなければならなかったのだ。
 妖魔に堕ちる自分に近づける訳にはいかず、永然に託した。
 立派に育って本当に嬉しい。
 嬉しいのだが、この子は大丈夫だろうかと心配になる。

 

 朝から態々迎えに来た那々瓊に、雪代は声も出さずに見送ってくれた。
 何故神獣麒麟が黒狐に?という視線はあちこちから飛んで来たが、那々瓊は気にすることなく呂佳の手を取って、今乗っている船まで連れて来た。
 巨城はとてつもなく広い。
 東下段の青龍地域に寝泊まりする呂佳の所から、西上段に住む麒麟地域までは六キロ程度はある筈だった。
 呂佳も行き来するなら神力を使って駆けなければならない。
 だが神獣となると自由自在に出入り出来るらしく、手を繋がれ歩くうちに、一番下の西側にある船着場に到着していた。
 湖に浮かぶ船は、白を基調とした屋形船になっていた。簾が垂れ下がり中は見えないようなっており、先頭船尾には麒麟の彫り物、上品な飾り紐と瑠璃色の飾り布が下げられ、中にはゆったりと寛げるように座敷になっていた。
 座敷中央の船縁には脚のない大きな座椅子と大量のクッション。
 船のヘリに沿って机なのか板が張られ、そこには多種多様な料理が置かれていた。
 
 真っ直ぐにそこまで連れて行かれ、さあ食べようと勧められ、グイグイと隣に来て引っ付いてくる。
 食べさせてくるから、返す方がいいのかと果物の実を差し出せば口を開けて待ってるし、食べさせてあげればスリスリと擦り寄って喜ぶし。
 麒麟の子が生まれたらやってあげたかった事ではあるが、こんなでっかい大人になった麒麟にしてやる事では無いなと困ってしまった。
 でも拒否すれば悲しむんじゃ無いかと思い悩み、結局流されるままその食事は進んだ。
 今屋形船の中には呂佳と那々瓊しかいない。
 ある程度食べると、擦り寄っていた那々瓊は抱きついたまま寝てしまったのだ。
 座椅子と大量のクッションのお陰で身体が疲れる事は無いが、動けなくなってしまった。
 なので暇つぶしに魚に餌をやっていた。
 肘をついて水面を覗き込み、寄って来た魚にボンヤリと餌をやる。
 かれこれ二時間この状態だった。


 遠くには小さな小舟がチラホラと浮かんでいる。
 今は神の祝いの日。
 望和の世界の祭りとは違い、神浄外の祝いの祭りはとても静かだ。
 神の祭りとは、神に感謝をし神浄外の今後も平和に健やかに過ごせる事を神獣に願う日となる。
 人々は綺麗な石を用意して、その石に自分の神力を込めて湖に沈める。
 中央の都に来れなくても、村や里の周辺にある湖や池でもいい。
 水に沈んだ石は、その神力の作用で水を浄化し、生活用水として使われるので、誰でもこの行事に参加している。
 水は巡り、浄化され、巨城から落ちて、また巡る。
 水を操る応龍の役割になっているのだと、昔永然が教えてくれた。
 永然は最も長く生きる神獣なので、いろんな事を知っている。
 町から小舟が出されて、船の上から石を沈める住人を、麒麟の船の上から呂佳は眺めていた。





 呂佳が動くたびに、微睡んでいる那々瓊は、薄目を開けて下から小さな姿を眺めていた。
 船の中は御簾が降りてやや薄暗い。
 外からの陽の光が隙間からちらちらと透けて見え、穏やかな時間が流れていた。
 濡羽色の伸ばした髪が、那々瓊の頬にかかりふんわりといい匂いがする。
 甘い果物の香りだ。
 きっと果物が好きなんだと思って、今日は多めにいろんな種類を用意していた。
 案の定、それを手に取って食べている。
 小さな口の合間から白い歯が見えて、プツリと果物の実を潰しては食べている姿から目が離せない。
 時折那々瓊の頭を撫でてくれる。
 優しい。
 まだ華奢な子供の手なのに、甘やかに撫でては那々瓊の身体にえもいわれぬ多幸感を生ませる。
 この感覚が欲しくて無理矢理今日引っ張って来た。
 誰かの目があったらやってくれないと思い、この屋形船には誰も乗せていない。
 自分達だけだ。
 寝たふりをしているのは、起きていたら撫でてくれないかと思ったからだ。
 呂佳が子供でまだ十年ちょいしか生きていない事は理解しているが、どーーーーしても一緒に過ごしたかった。
 
 呂佳は今魚の餌やりに夢中になっている。 
 那々瓊の目の前にはふさふさの黒い尻尾。
 ちょっとだけ頬をつけてみる。
 暖かい。
 いい匂いがする。
 呂佳の腰に巻いた腕を外せば起きていると気付かれるだろうか。
 そっと動かしたらまだ気付いていない。
 撫で撫でと黒い尻尾を撫でた。
 ………………ふかふか。
 すすーーと根本から先までひと撫でする。

「ひゃわっ!」
 
 呂佳が叫んだ。
 思わずといった感じで黒い瞳がこちらを向いた。
 パチリと目が合う。

「な、何故尻尾を撫でるのです!?」

 目を白黒させて赤い顔で呂佳が聞いて来た。
 可愛い。
 那々瓊の目が笑みに細まる。

「ごめんね。起きたら目の前に気持ちよさそうな尻尾があるから、つい。」

 ずっと起きてたけど、誤魔化した。

「しっ、しっぽはダメです。」

 知っている。
 私は獣の王なんだよ。獣人の耳と尻尾が性感帯だって知ってるさ。
 知ってるけど知らないフリして、するりするりと尻尾を撫でた。

「……………気持ちいい。少し前まで金色の狐の尻尾を持ってたんだよ。でも今は無くて寂しかったんだ………。」

 目を伏せて言うと、呂佳は止めさせようとした手を止めた。
 
「金色の尻尾………。」

「うん、私の卵の時の育ての親だよ。生まれた時はもう会えなかったんだけど、形見に尻尾を残してくれたんだ。大事にしてたんだよ。」

「そ、そうですか………。」

 おや、同情してくれているのかな?
 呂佳の尻尾を撫でても止めなくなった。

「で、でも今、僕と同じ歳の金狐がいるでしょう?彼の方が同じ尻尾じゃないですか?」

「そう、だねぇ。確かに毛色も一緒だし、神力も似てるんだけど………。触るなら呂佳のがいいかな。」

 朝露が珀奥様の生まれ変わりだとしても、何故か呂佳の手の方が優しい。
 たまに朝露は身体に触れてくるのだが、何故が気持ちいい感覚が湧いてこないのだ。

「僕のが………。」

 呂佳が頬を染めて嬉しそうな顔を必死に隠そうとしている。
 白い頬が少し赤くなっている事に自分でも理解しているのか、手を当てて顔を隠そうとしていた。
 撫でる手を止めようとしていた呂佳の手が無くなったので、これ幸いと更に黒い尻尾を撫で続ける。

「気持ちいい…………。」

 するりするり。
 下に降りていた尻尾を上向かせる。
 獣人の尻尾は種族や個体差で大きさが違うのだが、ズボンのお尻部分の布が重ね合わせて尻尾が出る様になっていて、紐で括って捲れない様になっている。そして上着の長めの裾で、尻尾が出ている部分を隠すのが一般的な服装だ。
 呂佳の尻尾の根本もそうやって隠されているし、呂佳は黒い毛色を隠す為か、更に長めのローブを羽織って大きな狐の尻尾を隠している。
 本日は部屋まで迎えに行ってローブを着る前に連れ出したので、可愛いふかふか尻尾は丸見えだった。
 尻尾を上向かせると、尻尾の裏側が見える。
 本来は服の裾で隠れる部分だが、今は座って近距離で覗き込んでいるのでよく見える。
 ここの部分、お尻の穴に近いので、普通皆んな嫌がる。
 これ、常識。勿論知ってる。
 呂佳も普通に嫌がった。

「こらっ、止めなさい!あ、あっ!何で嗅いでっっ!?」

 ふんふんと顔を近付けて匂いを嗅ぐと、真っ赤な顔で逃げようとするから、片手で腰を掴んでガッチリ固め、体重を乗せて動けない様にする。

「いい匂い…………。」
 
 うっとりと呟くと、呂佳がひぃ!?と叫んだ。
 ペロリと舐めると尻尾がビーンと震える。
 可愛いっ!
 これやられると力が抜けるんだよねぇ。

「や、やめ…………、ふゃ、ぁ、まっ待って、なんで、あ、あっ。」

 さわさわと尻尾を撫で摩りながら、根本をペロペロすんすんと舐めたり嗅いだりする。
 あ~~~~、止まらない。
 ふと気付くと、呂佳の前が膨らんでいる。
 まぁ、自分のもだけど。
 可愛い、小さそうだ。
 尻尾から手を離すと呂佳のホッとした気配を感じたが、コリッと前を触るとビクンと身体が跳ねた。
 このお尻の紐、解いたら怒るかな?

「ちょ、ちょっと、何考えて………っ!」

 あれ、考えてる事分かるのかな?
 このまま進みたい。
 
「待ちなさいっ!………な………那々っ!ストップ!!!!」

 那々瓊は条件反射の様に止まった。
 瑠璃色の目がまん丸になっている。

「……………すとっぷって何?」

 止まった隙にささささっと尻尾を仕舞われてしまった。

「え、止まれって事ですっ!じゃなくて!こ、この行為は恋人同士のものでしょう!?いけません!」

「え~~~~~?」

「えーーではありません!」

 呂佳に怒られてしまった。
 でも、こんなやり取りも楽しい。
 呂佳といると楽しい。
 嬉しい。
 


 結局この後は船を戻されてしまったし、心配した空凪と雪代が迎えに来ていた。後なんでか万歩までいて、いつの間に仲良くなったのだろうと問いただしてしまった。
 なんでも昨日和解して友人になったらしい。
 友人なら別にいいけど。

 今日は呂佳の匂いを堪能できて楽しい日だった。







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