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7 雪代の誘い

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 雪代のお陰で何なく僕は都に着いた。
 
 この神浄外と言う世界は、望和がいた世界のように丸い星ではない。
 ただ平たく地面が広がり、神浄外自体はだいたい平たく丸い大地だ。勿論山や森、川、湖等はあるが、海はない。丸い神浄外の外は妖魔が蔓延る闇の世界で、誰も神浄外の外に出た事はない。
 そもそも闇の中には神獣ですら入る事は出来ない。穢れに侵され死んでしまうからだ。
 神浄外は八体の神獣がそれぞれ領地を持って治めている。
 神浄外を丸い円とすると、真ん中にもう一つ円があり、大きく斜めにニ線、バツを描く。そうすると真ん中の丸の中に東西南北四つの領地と、外側の円にも東西南北四つの領地が出来る。
 真ん中の円の中の、東が応龍天凪あまなぎ、西が麒麟那々瓊ななけい、北が霊亀永然えいぜん、南が鳳凰聖苺しょうまいの四霊が統治している。
 外側の円になると、東が青龍空凪そらなぎ、西が白虎 達玖李だぐり、北が玄武比翔びと、南が朱雀紅麗こうれいの四神が治めていた。
 そしてこの円の中央に巨大な建造物が建っている。
 岩山に乗せるように建てられた石の巨城。
 建造物なのに森が有るかのように樹々や植物が生え、城の中を川が流れる。落ちる水は建物の外に流れ落ち、滝となって下に滝壺を作り湖となっていた。
 鳥が住まい、虫や動物が城の中に生息している。

 この巨城は上の段と下の段、そして四方の方角に八体の神獣で所有が別れている。
 ざっくり下と上と言っているが、何階建てとも言えない高さの為、下の段でも高さが優に五百メートルは超える。上の段も同じくらいだ。
 下段四方には四神である青龍、朱雀、白虎、玄武の所有になるが、直轄地から離れている為、滅多に神獣は来ない。逆に上段四方には四霊の応龍、麒麟、鳳凰、霊亀が住居として常に在住していた。
 

 兵士志願の為の行列に並びながら、ぼんやりと懐かしい巨城を仰ぎ見た。
 列は五列あるが、どこも長蛇の列だ。
 そして黒は目立っていた。
 ヒソヒソと囁かれ、何故黒毛がいるのだと嫌悪の目を向けられる。
 人の視線が痛い。
 下に俯くのも癪に触るので、窓から見える神獣の城を眺めて時間潰しをしていた。

「お、いたいた!ほら、昼ごはんっ!」

 ここまで連れてきてくれた雪代が、金茶混じりの白い尻尾を振りながら近付いて来た。
 雪代の容姿は美しい。
 先程まで黒の姿に眉を顰めていた者達も、雪代に目を奪われていた。
 あまりにも列が長すぎて、昼ご飯までには終わりそうに無いからと、屋台で適当に買ってきてやると言って離れていたのだ。
 手渡されたのは、キノコと肉を煮詰めた具入りおにぎりと、うさぎの肉の串焼きだった。
 珀奥の時には何も思っていなかったが、望和の記憶からすると、兎獣人がいるのに兎を食べるとはこれいかに!という感じだが、ここの常識では兎獣人と兎は全くの別物。違う生物になるので問題ない。
 兎獣人もこの串焼きを食べるのだから不思議だ。

 お昼ご飯を受け取ってお礼を言う。
 雪代は今成人して間もないのだと言う。ゲーム上その歳なら、本来は学舎を卒業し、宮仕に入ったばかりの筈だが、今の雪代は青龍隊に所属していた。
 今回中央に来たのは、成人してから得られる自分の神具を授かりに来たのだと言う。
 神具は都にある神を祀る神殿で賜る事が出来る。十五歳の成人を迎えれば、誰でもここで自分の唯一無二の神具を貰えるので、成人した獣人は必ず都の神殿に一度は来る。
 確かゲームでは雪代の神具は扇だった。透かしの入った木の扇で、神力を増強させる役割のある扇だった。
 先に黒の志願書を提出しようと言われて並んだので、まだ神殿には行っていない。
 
「すみせん、何から何までお世話になって。」

 お礼を言うと、雪代はにぱっと笑った。
 ゲームでは含み笑いのような冷笑が多かったのに、全く別人である。

「同郷にはよくしろって青龍隊では言われてんだよ。気にすんなって!出来れば青龍に入って貰いたいってのもあるけどさぁ。」

「あ~~。」

 黒の希望は応龍隊か麒麟隊だった。
 でもこれは厳しそうだと思っている。
 希望者が兎に角多いのだ。
 銀狼になったであろう伊織と、麒麟那々瓊を一目見て安否確認出来ればいいだけなので、志願して落とされるより青龍隊に入った方が良いのだろうかとちょっと思っている。

「希望にあぶれた場合はどうなるんでしょう?」

「多分そのまま落とされるか、実力があるなら四神のどっかに入れられる。その前に実力を測って不合格者を出すと思うけど。」

「実力をどうやって測るんですか?」

「単純に戦わせて強い奴を入隊させるって感じ。特に応龍と麒麟を選んだ奴は振るい落とされる人数も多いぞ。ちなみに去年は落ちると次の年志願し直す奴が多かった。」

 それを聞いて、そうなったら面倒だなと考える。負ける気はしないが、もし今年入れなければ一年間を無駄に過ごす事になる。
 狐の町に帰っても迎え入れてはくれないだろうし、そうなると都で働きながら過ごす事になるが、十歳の子供を雇う所があるだろうか?

 うーんと悩む黒に、雪代が唆す。

「な?だ、か、ら、青龍にしときなよ~。青龍隊なら希望者多くねーし、入る確率上がるって!一旦青龍入って成人迎えちゃえば、後から転隊の希望も出せるんだぜ!」

「分かりました……。」

 じゃあそうします、と言って線で消して希望地を青龍隊へ変更する。

「よしよし、そうしなよ!狐獣人の兵士少ないからさぁ、同じ同郷の奴いないんだよなぁ~。お前もその黒毛なら俺といた方がいいって!」

 どうやら自分の見た目の事でも心配してくれたらしい。
 ゲームの雪代と違って面倒見が良い。
 ゲームの中では主人公を邪魔する、攻撃するは当たり前に熟す性格だった。

「多分倍率は毎年二倍くらいだから、一回勝てば良いからな。」

 なるほど、それなら楽勝。
 書き直した志願書は無事受付を通り過ぎ、三日後に指定の場所に来るようにと紙を渡された。
 ここで志願者同士を戦わせて、数を減らすのだと雪代から説明される。

「この後どうしたら良いですか?」

 尋ねると、今日から三日後まで何もするこのがないと返事が来る。

「じゃー、明日俺は神殿に行って神具を貰いに行くからお前も来るか?」

「良いんですか?」

「別にかまわねーだろ。」

 明日の予定がとりあえず決まった。
 前々世珀奥の神具は羽衣だった。透明に近い薄い布で、七色に輝く美しい生地が特徴的な神具だったのだが、見目麗しい珀奥にはよく似合っていた。
 神力を注ぐと棒にも剣にも姿を変え、自由自在に操る事が出来た。
 自分が羽衣を授かったのも一千年以上昔の事。
 久しぶりに神殿に入れると思い、少し興奮した。

「あ、俺、今日は昔馴染みと会うから宿で待っててくんね?」

 雪代から夜は一緒に過ごせないと断りが入った。

「良いですよ。適当に食べておくのでゆっくりして来て下さい。」

 黒はにっこりと笑って了承した。
 笑顔に隠れて、漆黒の瞳は油断なく雪代を観察していた。








 外からは樹々が風で騒めく音と、小川の流れるサラサラとした清涼な音が聞こえてくる中、灯を落とし薄暗くなった部屋の中へ、白い影が滑り込んだ。
 部屋の主人はそれに動じる事なく、静かに振り返った。
 
「言いつけ通り青龍隊へ入れると思います。」

 雪代だった。
 緊張した面持ちで、金茶の混じる白い耳をピクピクと動かしている。
 成人したとはいえまだまだ新米兵士、本来は感情を抑え耳も尻尾も動かしてはいけないのに、相対する人物が大物過ぎて緊張して上手くいかなかった。

「そうか。よくやった。」

 部屋の奥の暗闇から、窓から入る月の光の中へ背の高い美しい人が歩いてくる。
 この世の王、応龍天凪だった。
 雪代からは決して近付かない。近付いてはいけない。
 長い梔子色の髪は寝る為にか緩く横に結んであり、空色の瞳が真っ直ぐに雪代を見ていた。昼間とは違い簡素な長い衣を纏っている。
 その姿に圧倒されて、雪代はプルプルと震える。正直何故自分がこの大役を仰せつかったのか理解出来ない。

 雪代は十歳から青龍隊へ入隊し、最近成人した事により漸く見習いから新米兵士になったばかりだ。
 
「あの、このまま青龍隊で面倒を見れば良いのでしょうか?」
 
 青龍隊へ引き入れろと言われその通りにしたが、その先何をすればいいのか分からなかった。

「そうしてくれ。基本自分で全てやるだろうが、子供である事に違いはない。黒毛では何かと不便だろうから助けてやってくれ。」

「了解しました。」

 元々青龍隊に入れば同郷の年上が面倒を見るので、やる事に変わりは無い。それならば簡単だと雪代はホッとした。
 天凪が手を差し出したので、考えた末に近寄る。天上人と触れ合うことなどほぼ無いので、雪代は天凪の一挙一動にオドオドしてしまう。
 近寄った雪代の頭に、フワリと天凪の大きな手が乗った。
 狐の耳の間に手が埋まり、サワサワと撫でてくる。天凪の手のひらから輝かんばかりの神力が流れ込んできた。
 雪代は歓喜のあまりプルプルとまた震える。
 神獣の神力は、そこら辺の獣人の神力とは訳が違う。純粋な混じり気のない力の奔流に、雪代は酔いしれた。

「これくらい身の内に溜めれば多少の危機は免れるだろう。」

 天凪が手を離す。
 雪代は夢心地でボーと全ての王の美しい顔を見上げていた。
 クスリと笑われてハッと意識が戻る。

「も、申し訳、ありませんっ!あ、いや、えと、ありがとうございますっ!」

 何と言う誉だろうと雪代は頬を染めていた。柄にもなく大人しく縮こまる。
 今日はもういいと言われて、雪代は酒に酔ったようにフラフラと退室した。帰り道は指定された通路を通ると、誰にも会わずに帰れるようになっている。







 そんな雪代を黙って見送っていた天凪は、視線を窓にやった。
 先程まで誰もいなかった。
 だが今は小さな人影が窓の桟に腰掛けていた。

「あまり若者を揶揄うものじゃありませんよ。」

 腰掛けていたのは黒だった。漆黒の髪を靡かせて、底の見えない深い瞳で天凪に緩く笑い掛けていた。

「其方の方が見た目は若いが?」

 お互い笑い合う。
 天凪は黒が昔の友人、天狐珀奥だと知っていた。
 狐の一族に金と黒の狐が誕生したと聞き、どちらが珀奥であるか気掛かりだった。
 どちらかが本物。
 どちらも応龍隊に入れるかとも思ったが、どちらかは偽物だ。
 こちらに送り出した霊亀永然はまだ目覚める気配がない。
 ならばはっきりするまで別々の隊に入れる事にした。
 そこで最も信頼する弟の青龍空凪の隊へ黒を入れ、金狐朝露を自分の手元に置く事にしたのだが………。
 
 朝露を見て天凪は逆にすべきかとも思案した。どう見ても金狐の身体の中に珀奥がいないのだ。
 黒狐の方にはまだ会えていないが、そちらに入っている可能性を考えた。
 しかしまた考え直す。
 金狐の方が利用される可能性が高いと思ったのだ。
 黒狐が珀奥ならば、そこら辺の者に遅れをとることはない。
 予定通り金狐を応龍隊へ、黒狐を青龍隊へ入れる事にした。

「何故雪代を使ったのです?」

 片膝を突き、頬を膝に乗せて珀奥が尋ねる。
 天凪は彼の姿を観察した。
 昔の天狐珀奥は金狐だった。金の長い髪に同色の耳と九つの尻尾。瞳は深い琥珀色。美しい顔の青年だったのだが、今の彼は愛らしい子供の姿をしていた。
 濡羽色の艶やかな髪と滑らかな呂色の瞳は、月の光を背にして深みを増していた。
 顔は普通に特徴の無い顔のようだが、子供にはあり得ない大人びた表情から、底の知れない魅力が感じられた。
 今も昔も、彼の雰囲気は変わらない。
 飄々と風の様に全てを流し、柔らかい話し方と笑顔で周りに御し易いと勘違いさせるが、その本質は柳の様にしなやかで力強い。
 そして残酷なまでの決断力に、彼を慕う者は何度嘆いたことか。

「天凪?」

 まだ変声期も迎えぬ高い声が訝しげに呼んでいる。
 声は違うが、とても懐かしかった。

「永然の未来視を少し見せてもらった時に、雪代がよく出ていた。今は性格も違うし、未来視に関係してくるなら同時に手元に置いておいた方がいいだろう?」

 監視も兼ねていると説明されて、雪代が悪役令息としてゲームに登場していた事を、天凪も見たのかと納得した。
 永然の未来視は確定では無い。
 だからこそあのゲームが成り立ったのだろう。

「分かりました。雪代は一緒にいて僕も監視しましょう。とりあえず貴方の配下の様で安心しました。」

 雪代が接触してきた時、敵か味方どちらだろうと考えたのだ。
 今夜知人に会うと言ったので、自分に接触した事を報告するだろうと思い付けて来た。
 天凪はフッと笑った。

「相変わらず用心深い。だが来てくれて感謝する。無事な姿が見れて僥倖だ。」

 それから、と天凪は続ける。

「何ですか?」

「其方の名前を変更した。」

 ピラっと紙が渡された。役所の印も既に押されて変更済みとなっていた。

呂佳ろっか?」

 そこには黒から呂佳に変更となっていた。
 天凪は窓辺の呂佳に近寄りひと掬い髪を持ち上げる。
 
「美しい呂色の瞳にちなんで……。黒ではあんまりだろう?」

 あまり名前に頓着しない方だが、折角古い友人が付けてくれたのだ。有り難く頂戴する事にした。

「ありがとうございます。」

「もう一つ。」

 帰ろうとした呂佳を天凪は引き留めた。

「何でしょう?雪代が戻ってくる前に僕も戻らなければならないのですが。」

「那々瓊には会わないのか?」

 麒麟那々瓊の卵に神力を与え、孵化させたのは珀奥だ。殻から出る前に別れたきり会っていない。
 本当は会いたい。
 最後に見たのは命が尽きる時だった。
 でも………。

「流石にこの姿では……。」

 妖魔を思わせる黒い毛に、会うのが躊躇われた。元々の美しい金狐ならば会いにも行っただろうが。

「親としての見栄があるのか?意外だな。ならば那々瓊が巨城の自領で大事にしている霊廟がある。一度見に行ってみるといい。」

 意外だと言われてフンと鼻を鳴らす。
 麒麟の霊廟と言えば、ゲームでも出てきた大切な人が眠る場所だ。ゲーム上では誰の事かは出て来なかった。ただ那々瓊が忘れられない人だとだけ出てきた。
 伊織の彼女はキャアキャアと誰の事だろうと騒いでいたが、記憶の無い望和の時はそんなに気になるのだろうかと不思議だった。
 しかし今は気になって仕方がない。
 「私のなな」が愛した人?
 恋人?
 恋人でそんなに大切な人ならば、伴侶にすればずっと一緒にいられたのに、自分がいない間に何かあったのだろうかと気になって仕方がない。
 
「ええ、行ってみます。」

 それだけ返事して窓から滑り出た。
 天凪なら何か知っているだろうが、親が子に干渉し過ぎると笑われそうで止めておく。

 
 闇夜に消えていく小さな黒い影を、憂いを浮かべた空色の瞳が見送った。







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