悪役令息が戦闘狂オメガに転向したら王太子殿下に執着されました

黄金 

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99 愛する貴方の願い事

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 ナリシュ王太子殿下との溺愛ハッピーエンドは、卒業式後に発生する隣国サマファルとの戦争に終止符が打たれ、敵将を倒した時、戦場でナリシュ王太子殿下が主人公ネイニィに愛を告げるところで終わる。
 煌びやかな夜会でも、美しい夜空の下でもなく、血と荒廃の中だと言うのに、その言葉は元の自分、感情制御型の心を打った。
 
 感情制御型だった頃は、戦場にばかりいた。
 死と別れが繰り返される中、それが当たり前だと思っていた。
 
 何故あのエンドにこうも心打たれたのか理解出来ていなかった。何度も何度も繰り返し見ていたのに。

『ナリシュ様、お願いですからご自分を大切にして下さい。』

『私は私より君の方が大事なんだよ。』

 ナリシュ様はそう言うのだ。傷だらけで、主人公を庇って戦って。主人公の聖魔法で癒すそばから傷を負っていく。

『いいえ、僕が大事だと言うのなら、ご自分も大切にして下さい。でないと僕の心は痛んで苦しい。』

 泣かないで、とナリシュは主人公の涙を拭う。

 感情制御型にはそんな言葉を紡ぐ時間すらなかった。
 傷を治すことも出来ない。あるのは人よりも優れた戦闘能力だけ。
 でもゲームの主人公には治癒の力があるから、ナリシュ様を死なせることはなかった。

『すまないね。泣かせるつもりは無かったんだ。君が無事ならいいと思っていた………。』

 反省するナリシュ様に、主人公は許しを与える。

『終わりましたね……。』

 戦争が終結したと主人公は安堵の息を吐きそう言った。
 そんな主人公を、ナリシュ様はそっと抱き締めた。そして手を引き歩き出す。味方がいる方へ。
 
『…………この戦争が終わったら、君に沢山して貰いたいことがあるんだよ。』

 歩きながらナリシュ様は語る。

『何をですか?』

『そうだねぇ、まずはよくやったねって頭を撫でて欲しい。』

『可愛いお願いですね。いいですよ。』

『ぎゅうっと抱き締めてほしい。』

『いつでも抱き締めます。』

 それから、様付けは嫌だとか、番になって結婚しようとか、子供は沢山欲しいとか、いつも手を繋いで歩きたいとか、一緒に庭園を散歩してお茶会をしたいとか、殆どが些細なお願いだらけだった。
 朝起きたら「おはよう」と言って、寝る前に「おやすみ」と言って寝るのだと、少し顔を赤くしてナリシュ様は話している。
 そんな普通の告白に、感情制御型は心が締め付けられた。

 そんなお願い、いつだって叶えてあげる。

 そう叫んで言いたかった。
 恋人であれば、夫婦であれば、言わなくても普通に叶ってしまうことを、態々この人はお願いするのだ。それがとても難しいことなのだと言わんばかりに。



 

 くるくると手を繋いでナリシュ様と踊る。
 服の裾や袖についたレースが慎ましやかにヒラヒラと広がり、流れるような動きと相まって清廉さを醸し出していた。
 夜に行われる卒業パーティーには、多くの参加者が集まっていた。参加はパートナーを伴うという決まりがあるだけで、学院の卒業生と在校生ならば誰でも参加できる。
 王族も貴族も平民も関係がない。今日まではその建前が生きていて、明日から卒業生達は当然のように社会の中へと歩み出す。

 オリュガは目の前の美しい人を見上げた。
 背が高くて、海のような群青色の瞳で、笑い方が静かで、賢くて、強くて、人の目も気にせず甘えてきて、僕の大好きな人。

 煌めくシャンデリアの明かりがナリシュ様のプラチナブロンドをキラキラと輝かせている。
 とっても綺麗な人。
 抑えた様な笑い方も、ちょっとエッチで意地悪なとこも、優しいところも、全部大好き。

 クルリと回って少し離れてお辞儀をした。
 ゲームでは踊らなかった卒業パーティーのダンス。断罪なんて起こらない。僕達は見つめ合って微笑んで、また手を握った。

「あのね、前にナリシュ様の頭をナデナデしたでしょう?」

 同じようにダンスを終了した生徒達が、立ち止まって手を繋いだまま話し出した僕達を何事かとチラチラ見ていた。
 
「……そうだね。」

 そうだけど、あの時の話を何故今?とナリシュは首を傾げた。
 オリュガは嬉しそうにえへへ~と笑っている。

「ナデナデしたでしょう?あと、ぎゅうって抱き締める!」

 オリュガはそう言いながらナリシュに抱き付いた。ナリシュは驚いて僅かに目を見開きオリュガを受け止める。

「えっと、番になったし、結婚は僕が卒業してからだし、ううーんと、あ、ナリシュ様の様は取らなきゃ!」

 矢継ぎ早にオリュガは喋る。
 次のダンスが始まり、立ち止まったままのナリシュ達の周りを生徒達が聞き耳を立てながら静かに踊っていた。
 曲はそれに合わせてスローテンポに変わる。

 こほん、こほんとオリュガは咳払いをして、んんっと喉を鳴らした。

「ナ、ナリシュ。」

 ナリシュはほんの少し笑う。

「うん、なんだろうね?」

 赤い顔をして恥ずかしそうにナリシュを呼び捨てにするオリュガを見て、ナリシュは嬉しそうにしていた。

「僕ね、毎日おはようもお休みも言うよ。それから、時間がある日は庭園で手を繋いで散歩もするっ!それから美味しいお茶とお菓子を用意して、お茶会をするからね。」

 スローテンポのダンスに合わせて、二人は抱き締めあったままゆっくりと回る。群青色の瞳と、緋色の瞳は濡れたように輝き、一瞬も外れることなく見つめ合っていた。
 
「紅茶は私好みのを淹れてくれるのかな?」

「ふふ、すっごく渋いのでしょう?僕はミルクティーにするからね。」

 楽しそうに二人は笑う。

「…………ずっとだよ。」

「うん、ずっと。二人で、だよ?」

 ナリシュは分かったと頷いた。オリュガは満足気に頷く。
 周りを踊る生徒達も、幸せそうな王太子と婚約者に、暖かい目を向けていた。
 なんてお似合いの番だろう。
 



 トクトクと心臓の音が聞こえる。

 自分のものなのか、ナリシュのものなのか……。
 ねぇ、僕はなんとなく分かったんだよ。
 君と僕はどこに行っても一緒になれない運命だったのかもしれない。
 何度繰り返しても、オリュガはナリシュと番にならなかった。
 きっとそういう運命が当たり前だったんだろうね。
 
 あの時、君は最後に頭を撫でて欲しいと願ったよね。
 そしてやっぱり君はここでも同じ願いを持っている。
 君はいっぱいお願いがあるのだと言って、青い瞳を細めて笑ったよね?初めての笑顔があの時だなんて狡いよ。
 どうして僕を連れて逝ってくれなかったのかと、どうして一人で逝ってしまったのかと、僕はずっと考えていた。あんな氷の星に飲まれてしまったら、君の欠片さえ探し出せないのに。
 僕はただでさえ空っぽの心を、さらに空っぽにして笑って生きていたんだよ?
 君のお願いを聞きたかったんだ。
 あの時、頭を撫でるだけで終わった君の願いのそれ以外を、もっといっぱい聞いてみたかった。叶えてみたかった。
 一緒に、生きたかったんだよ……。

 だから青い瞳の子供を作ろうと思ったんだよ。
 僕はね、戦いを繰り返して、アルと仲良くなって、漸く気付いたんだ。
 誰かと一緒にいたかったんだって。それは君だったんだって。
 だから家族を作ろうとしたんだ。あの子は君の代わりにはならないだろうけど、この物足りない孤独感を埋めてくれるかなと思ったんだ。
 君が望みそうなことをやってあげたかった。
 頭を撫でて、優しくして、美味しいご飯を毎日食べさせて、夜は一緒の布団で寝るんだよ。
 よしよし、トントンってするつもりだったよ。
 出来なかったけどね。
 可哀想なことをしてしまった。

 この世界にも、君はちゃんといたんだね。
 ゲームをしながら、似てるなぁ~、同じようなこと言ってるなぁ~ってちょっと思ったんだよ。
 だから溺愛ルートを何回も繰り返し見たんだ。
 会いたいなぁ、なんで君はここにいないんだろうって、ずっと思ってた。
 
 ここに来れたのは偶然だけど、精神支配型にはちょっと感謝しなきゃかな?アイツの能力のおかげなんだろうし。
 じゃなきゃ僕はずっと最後まで孤独だった。

 感情制御型の僕は気付いてなかったけど、今の僕なら理解できるよ。
 僕は君が好きだったんだ。
 だから君が死んで、僕は生き残って、心が冷え込むみたいに凍えそうだったのに、僕は感情をコントロールしてしまった。
 この心の傷を隠してしまった。
 大好きだったのに、その心も隠してしまった。

 今の僕はオリュガだから隠す必要はない。
 ナリシュはちゃんと僕の前で生きている。

「えへへ、今度は先にいかないでね。」
 
 広くて逞しい胸にオデコをつけて囁く。今度こそ、沢山お願いを叶えるんだぁ。

「………そんなに甘えられるとこのまま攫って帰りたくなるね。」

 甘く囁き返されて、僕はくすぐったくて笑った。
 今の君はちょっとスケベだ。
 でもそんなところも大好き。











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