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46ニンレネイは逃げたい
しおりを挟むゴオッとまた音を立てて炎が発生する。
次に飛んできた炎もそのまま受けるつもりでニンレネイの頭を抑えたが、ニンレネイはジタバタと暴れぷはぁと顔を上げた。
そして手を前にかざす。
ブゥンと結界が出来た。防御魔法だ。炎は結界にあたり霧散した。ネイニィが炎に隠れて接近し振り下ろした剣を、その結界ははじき返してしまった。
「…………っ!物体にも効く防御を張れるのか!凄いな!」
ノルギィは思わず感嘆の声を上げた。普通は魔法には魔法でが基本であり、防御魔法は魔法を防ぐことしか出来ない。頭脳だけではなくこの能力も買われてナリシュの側近になっているのか!
………いいなぁ~。
「……こ、これしか出来ませんが。」
ちょっと頬を染めてニンレネイは恥ずかしそうに呟いた。なるほど武術ではなく防御一辺倒で鍛えたのか。それもありだ!
ナリシュ、この男をくれないだろうか?怒るか?
一気にノルギィの興味がネイニィからニンレネイに移った。
「ノルギィ様っ、今は僕と戦っているんですが!?」
ネイニィは苛立たしげに叫ぶ。
「そうなんだが、お前よりこっちの方が面白い。強い剣技と魔法ならオリュガ・ノビゼルもいるしな。」
ノルギィの言葉にカッとネイニィは頭に血が昇った。
何で!?
ネイニィにはノルギィのステータス画面が見えていた。本来なら戦闘でネイニィの強さを見せつけると、ノルギィ王弟殿下はネイニィへの好感を上げて行くはずだった。それなのに全く上がらない。どんなに剣を付けつけようと、炎で傷を負わせようと、ノルギィ王弟殿下の瞳は冷静にネイニィを見据え、親密度はゼロのままだった。しかもニンレネイが現れ防御魔法を見せただけでノルギィは目を輝かせニンレネイを見ている。
どう言うこと!?
オリュガばかりでなく、ニンレネイもネイニィの邪魔をするのかと憤った。
「防御くらい僕だって出来る!」
「そうか?なかなか剣の攻撃まで防ぐのは難しいぞ?」
ノルギィの目は輝いていた。ここに面白そうなのがいるじゃないか!ノビゼル公爵家はやはり面白い!ビィゼトが聞いたら怒り狂いそうなことをノルギィは考えていた。
「殿下っ!」
二人が言い合っている隙にニンレネイはノルギィ王弟殿下の腕を取った。ノルギィは魔法師団長を務めるだけあって体格がいいのか、同じアルファなのにニンレネイより腕が太かった。引っ張ろうとしてもビクとも動かない。
うグッと唸って王弟殿下の腕を掴んだまま見上げると、何故かジーとニンレネイを見下ろしていた。背も何でこんなに高いんだ!
王族は元々皆体格がいい。仕えるナリシュ王太子殿下もニンレネイより背が高い。
ノビゼル公爵家は文官よりの家系なので仕方ないが、何だか悔しかった。
「どうした?」
聞き返されてハッとする。
「失礼します。」
ノルギィ王弟殿下の腕に付いている腕輪を両手で包んだ。腕輪のみを結界で包む。バキンっ!と音を立てて魔力封じの腕輪が砕けた。
「なっ!?」
それにネイニィは驚きの声を上げ、ノルギィ王弟殿下の表情が輝いた。
その輝く美貌を見て、ニンレネイは嫌な予感しかしない。
ノルギィ王弟殿下の魔力は使えるようになったはずだと思い、ニンレネイが離れようとしたが、ガシッとノルギィ王弟殿下に掴まれた。
「…え?!」
ネイニィが炎の剣でまた攻撃して来たのでニンレネイは慌てて防御魔法を張る。
「クククク、いいな。久々に戦利品と思えるものがある。」
ノルギィが興味を引くものはこの世に少ない。強いものか心沸き立つような面白いものか。これがなかなかいないのだ。ノルギィが強く特殊な存在だからこそ、それを上回る珍しいものが少ない。
腕を掴まれ逃げられなくなったニンレネイは、凶悪な笑顔を浮かべる王弟殿下を見て青褪めた。
逃げたいっっ!助けてーーー!!
ノルギィ王弟殿下の掴んだ手を離そうとするが、これがまた全くビクともしない。
ニンレネイはビィゼト兄上に助けを求めた。
ビィゼトはこちらを見ていた。そしてパクパクと口を動かしている。
……………?逃げた?逃げたのか。そして?サナンテア子爵を探す?
そう言われればここにサナンテア子爵の元?婚約者もいない。もしやもうこの屋敷にいないのか?もしくは先程いたメネヴィオ王太子殿下が連れて行くのかもしれない。ビィゼト兄上はそれを追うと言っているのだ。
ニンレネイは分かった、と頷いた。こちらはニンレネイがどうにかするしかない。
ここにネイニィがいると言うこと自体おかしなことなので、ネイニィも捕まえるに越したことはない。
走って行くビィゼト兄上をニンレネイは見送った。
ビィゼトは頷いたニンレネイを確認して屋敷の中に戻った。
最初からレクピド・サナンテア子爵の気配はこの屋敷の中から感じなかった。別の場所に捕らえられているのだ。
ビィゼトはオリュガの気配を探りそちらに走った。
屋敷の中を通り過ぎ、最初訪問した時に入った正面玄関に辿り着く。オリュガはズルズルとアバイセン伯爵を引きずっていた。
「あっ、ビィゼト兄上~~~!」
両手が塞がっているので足だけでピョンピョン跳ねている。
「オリュガ!一人で任せて済まなかったな。」
「うん、楽勝だよ!あれ?ニンレネイ兄上は?」
「置いて来た。ノルギィ王弟殿下がいるから大丈夫だろう。あっちにネイニィがいたんだが、ヨニア・アバイセンがいない。それにレクピドもだ。伯爵は喋れるか?」
本当はあまり大丈夫ではないのだが、この時のビィゼトはノルギィ王弟殿下の話が聞こえていなかった。
「ん、はかせるー。」
オリュガは途中で引きずり過ぎて気を失ったアバイセン伯爵を床に落とした。ゴンっという鈍い音がする。ビィゼトは頭が割れてないか心配になったが、意外とアバイセン伯爵は石頭だったらしく目を覚ました。
オリュガは先程アバイセン伯爵に見せた水の剣を出す。青の剣から滴る水は落ちれば落ちる程、水の剣を増やしていった。
アバイセン伯爵は目の前にある極薄の無数の剣にガタガタと震えた。
「さぁ、レクピド・サナンテア子爵はどこにやったの?」
オリュガは笑顔でアバイセン伯爵に尋ねた。
レクピドはアバイセン伯爵家の屋敷から少し離れた別荘に閉じ込められていた。
アバイセン伯爵はサマファル国へ引き渡す前に、レクピドにあらゆる武器防具に付与魔法を掛けさせ、それを売り捌き儲けようと考えていた。
大人しく捕まえておくなんて勿体無い。
レクピドが国王陛下から爵位を賜った貴重な存在であることなんて考えていない。子爵は伯爵よりも下なのだから、どう扱ってもいいと思っていた。
そんな親に育てられたヨニアは、アルファという優位な性を受けていたにもかかわらず、逆にベータの兄と差をつけられ育てられた。
ベータ性の人間がアルファ性に嫉妬することはよくあるが、実の子を嫉妬心で迫害するのは珍しい。
暴力こそなかったが、服や宝飾品、勉学や武術を習うことまで全て兄よりも劣るものを与えられて育った。そんな家族にヨニアが愛情を持てるはずもなく、ヨニアは自分の美しい容姿に群がる人間に助けてもらうようになっていった。
そのうち家を出て一人で生きて行く。
そう思っていたのに、オメガの男性の家に婿入りしろと言われて、ヨニアは拒絶したかった。したかったのに、出来なかった。滅多に口を聞かない家族からお前にしか頼めないと言われてしまい断りきれず、ヨニアは逃げるように学院で働くことにした。
ヨニアはたった一人でいいから誰かに側にいてほしかった。出来れば誰もが羨み注目するような、美しいオメガが良かった。
いくら国王陛下の目に止まった才能ある人間なのだとしても、レクピド・サナンテアは地味過ぎた。
顔合わせの時、ヨニアは遠くからレクピドの顔を見て、会わずに逃げたのだ。会う約束をしていた場所がアバイセン伯爵領内にあるカフェにしていたおかげか、家族に合わなかったことはバレていなかった。レクピド・サナンテアは告げ口をしなかったのだ。
サナンテア子爵は大人しい。こうやって不当に捕らえられ、無理矢理魔法を付与をするよう強要されているというのに、文句も言わずガサガサと集められた物を漁っている。
見張っておけと言われて見張っている。
付与魔法を掛けさせておけと父親から言われたが、レクピドはそれらの材料の前でゴソゴソとしながら唸っていた。
「付与魔法掛けないの?」
いい加減状況を変えたくてヨニアは声を掛けた。
「……っ!あっ、ごめんなさい。えっと沢山用意してもらってるんですが、付与魔法を掛けられるものが少なくて……、ちょっと選別してました。」
レクピドはオドオドと言い訳をした。
「選別?どれでもいいから掛けとけば?」
手には一本のペンを持っていた。先がガラスになっており、持ち手の部分は木と金属の組み合わせで女性が好きそうな贈り物に適したペンだった。
目でそれは?と促す。
「あ、これは元々魔力でインクを自動補充出来るペンです。えーと、元々魔法が付与されるように出来てるいので、少し作り変えればもっと効率のいいペンになるかなって……。」
「へえ、やって見せてよ。」
付与術師が魔法を付与する場面なんか見たことがない。どんなものかと思いやらせることにした。
レクピドは頷いて近くにあった机に一枚紙を置き、真ん中にペンを置く。
レクピドが魔法を使い出すと、ペンの周りに模様が現れ出した。ぐるぐると回ったり文字を描いたりしている。紙の上に書いては消えてまた違う文字が現れてを繰り返していた。
よくみると現れる文字は魔法詠唱のようだ。それがいく種類も複雑に現れては消えていく。レクピドから流れる魔力はそう多くはないが、流れは一定で少しの乱れもなかった。
これが付与魔法……。
この均一な魔力の流れはそう簡単に出来るものではない。ただひたすらに集中力が必要になる。
長かったのか短かったのか、集中するレクピドの邪魔をするわけにもいかずヨニアはずっと見ていたのだが、紙の上の文字がスルスルとペンの中に入っていった。
「……………ん、出来ましたよ。ほぼ半永久的に書けるはずです。あ、ペンが折れたらダメですけどね。」
笑いながらレクピドはそのペンをヨニアに渡した。
付与魔法が終わったばかりのペンは仄かに温かかった。
ペンを見ながらヨニアは考えていた。
じゃあ、うちの親が付与魔法をかけさせようと思ってここに集めた見栄えのいい品物は殆ど使い物にならないってことか。
付与されるように作られたものじゃないと出来ないってことだよね?
自分の親の浅はかさに溜息が出た。
久しぶりに会った父親はどうやら違法薬物でおかしくなっているらしい。
ネイニィに言われて正しいことだと思いレクピドを連れ去る手伝いをしたが、本当にこれで良かったのだろうか。
屋敷の方に王弟殿下とノビゼル公爵が訪問したから急いでレクピドをこの別荘に移せと言われて連れて来たが、屋敷の方が今どうなっているのか全く分からなかった。
「あの、帰ったらダメなんですか?いつまでここにいたら……。」
レクピドがヨニアに話し掛けていると、馬のいななきと馬車を引く音が聞こえてきた。
「待って、誰か来た。」
窓から外を見るとネイニィが連れて来た如何にも上級貴族らしい人物が乗って来た馬車だった。
「凄い、あの馬車自体に付与魔法がかかってる。」
一緒に覗いたレクピドが興奮した声を上げている。
「…………あれは多分サマファル国の人間だよ。君は今からサマファル国に行くんだ。」
レクピドは目を見開いた。
「え?なんでですか?」
「何でも何も君はサマファル国に売られたんだよ。」
「………誰に?」
「…………………。」
レクピドはパッと反転して駆け出した。ドアに向かって走って行く。それをヨニアは腕を掴んで前に押し倒した。床には絨毯が敷いてはあったが、ヨニアの体重が背中に乗り、レクピドは苦しそうにくぐもった声を上げた。
部屋の扉が外から開けられる。
「待たせたね。」
長いマントを着た人物と、体格のいい男たちがゾロゾロと入ってきてレクピドは小さく震え出した。屋敷の方で挨拶はしたが、ヨニアはこの人物が誰なのか知らなかった。ネイニィが連れて来たのだ。
ヨニアは男達にレクピドを渡した。
これで、いい。これでいいはず……。
ネイニィがそうしようって言ったのだから。
……………何の為に?
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