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神様のいいように

119 身勝手な神様

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 器の中に、死んでジィレンに使われ続けた妖霊達を詰め込んでいく。魂のない空っぽの身体達だ。素材は少ないが妖霊の生血と身体はあるのでそれを中心に大陸中から使えそうなものを取り寄せる。

 シュネイシロ、と下から呼ばれ采茂はそちらを見た。ポンと小瓶が幾つか投げられる。それを空中で受け取り中身を調べた。

「へえ、面白い物を作ったね。」

 それはイツズが作った身体組織強化剤だった。精霊魚の花肉に代わる薬で、まだ試作品だったがクオラジュは手持ちを全て渡してしまう。それも采茂は器へ入れてしまった。さっきの出来損ない精霊魚より質が良くて采茂は笑ってしまった。

 燃やす魂も満月もないが、自分の神聖力を使い続けた。どうせ今だけ使える力だと思いっきり使ってしまう。
 そうして采茂は器の中に一つの身体を作り上げた。
 どうしようかな…?と呟いてから、自分の胸に手を当てる。コポッと丸い玉が着ている服を通り越し胸の中から出てきた。それはツビィロランの身体の中にあった魂の核だった。元女王ラワイリャンが透金英にあげた仙の種。
 
「よし。」

 つい今し方出来上がった身体の中にその魂の核を入れた。そして器の中にいた精霊魚のなり損いを使い新たに作った魂の核を自分の中に入れる。
 自分の身体の中に入れた魂の核と、身体の神聖力を循環させ馴染ませた。これで元シュネイシロの身体の完成だ。
 采茂は精霊魚が大事に取っておいてくれた元シュネイシロの遺体をこの身体に混ぜ合わせていた。よりシュネイシロに近付くように、より強固にこの世界に存在するように。ついでに元シュネイシロの番であるスペリトトの身体も入れてしまった。やっぱり一緒にいたいからね。

 次に器の中にある身体の容姿を整える。
 まるで子供の遊びのような光景だが、こんな簡単に出来るのはシュネイシロしかいない。
 肉体と魂の形は同列がいい。
 だからこの身体の形は天城玖恭の形に整えた。

「なかなか似てると思うな。」

 上手に出来たと喜ぶ采茂を、ジィレンは無表情に見上げていた。
 器には用がなくなったので、采茂は浮かせていた力を抜いた。重たい大きな器は地面に落ちて割れて散ってしまう。竜の骨で作っていたにもかかわらず、度重なる使用の負荷に耐えられず簡単に割れてしまった。

「お待たせ~。久しぶりに神聖力使っちゃった。この万能感癖になりそうだね。」

 でも向こうに戻ったら出来ないんだよね~、と采茂は笑う。ずっとご機嫌だ。
 その姿がジィレンは嫌いだった。
 全てが自分の思い通りにいくと信じているその余裕のある顔が嫌いだ。

「…………向こうに行っていた魂は?」

「ああ、学さん?いや、ツビィロラン……、ではなくジィレンからするとノーザレイかな?」

 ほら、と采茂は手のひらを出した。そこには一つの魂が眠っている。

「どうするつもりだ?」

 珍しくジィレンが他人を気にかけているのに采茂は気付いた。

「一緒に向こうに連れていくよ。こうやって……。」

 魂が人の形をとる。そこには黄土色の髪に右側だけ一房緑色をした青年の姿があった。目は閉じられているが、ジィレンはその瞳の色が黄緑色だと知っている。
 津々木学といれ違いに向こうの世界に現れた魂の姿は、ノーザレイの姿をしていた。
 采茂は魂に神聖力を流し込んでいく。
 その姿が黒髪の青年の姿、津々木学のものへと変わった。

「この姿で向こうで生きたいって言ったからね。連れて行くつもりだけど、何かある?」

 あるもなにも既に魂の形を作り変えてしまって文句の言いようがない。

「戻すつもりで身体は取っておいたんだがな。」

「ああ、穴に使った身体?確かに傷はついてないね。ジィレンが単なる人間を扱うにしては丁寧にしてるなと思ったよ。顔見知りっぽいけどこっちに居させた方が良かった?」

 ジィレンは首を振った。必要ないと。

「望む通りにしてやってくれ。」

 采茂は頷いた。

「ジィレン、君の身体はどうしたい?」

 そう尋ねられて、ジィレンは即答した。

「焼いてこの世から消せ。」

「そんなに嫌だったんだ?僕との重翼。」

 重翼というだけでジィレンはこの世に縛られた。神と言われるシュネイシロの半身として存在し続けるしかなかった。
 ジィレンは存在し続けることに疲れてしまった。

「………………。」

 黙り込んだジィレンに采茂は申し訳なさそうな顔を漸くした。

「ごめんね。まさか死んでも縛られるくらい強いものだと分からなかったんだ。」

 ジィレンはとっくの昔に死んでいた。
 それからも存在し続けて、最後の妖霊が生き絶えるまで一緒にいて、妖霊の滅亡を見届けた。
 ジィレンは精霊魚の予言の通り、最後の妖霊の王だった。
 采茂は何かを掴むような仕草をする。両手をそれぞれ握りしめ、グイッと引っ張った。
 大気にバチンと衝撃が走る。

「よし、切ったからこれで大丈夫だよ。あ、えーとまず学さんの魂と身体の縁も切っとかなきゃね。それからノーザレイのも切ってっと。」

 ブチン、バチンと音を鳴らして采茂にだけ見える何かを切って行く。そんなに簡単に切れる縁なら最初からジィレンとの重翼の縁も切れば良かったのに、シュネイシロにとってはジィレンの存在も妖霊の存続もどうでも良すぎて思いつかなかった。
 采茂はそれからー?と見渡した。

「よし、おいで、透金英玖恭!」

 采茂は遠くに叫んだ。
 程なく先程作った天城玖恭に似せた身体が目を覚ます。パチっと瞼が開き目を覚ました。

「終わりましたか?」

「うん、容姿は天城玖恭のままにしたけど良かった?」

「はい、構いません。」

「本当にこっちに置いてっていい?」

「勿論です。向こうの世界は突然人の身体が現れれば問題が多いので丁度良いと思います。それに俺はラーヤと一緒にいると遥か昔に約束していますので。」

 その返事に、そう、と采茂は満足気に笑った。そして向こうの世界の天城玖恭の身体と、こっちに来た玖恭の魂の縁をまたブチっと切ってしまう。
 
「おいで、スペリトト。」

 采茂は優しく語りかけた。
 地面に空いていた穴は塞いでいたが、水があった地下の結界からスペリトトが地中を透けて出てくる。フヨフヨと力無く浮いてきて、采茂の腕の中に収まった。

「うん、お待たせ。頑張ったね。」

 愛おし気に撫でられて、プルプルとスペリトトは震えていた。
 このあり得ない光景の連続に全員黙り込んでいたが、さっき来たばかりの玖恭だけが「良かったですねー。」と喜んでいた。

「じゃあ終わったし僕は戻るよ。全ての縁を切ったからもう世界と世界が並ぶことはないからね?玖恭、ありがとう。君が一緒に来てくれたから出来たことだよ。それから、ジィレンもごめんね。それとその身体、できれば今から使ってもいい?穴にぶつけて少し広げないと勢い足らないかも。」

 くる時はクオラジュが引っ張ってきたが、帰りは自力だ。向こうの世界には元の自分の身体、石森采茂が眠って待っているが、辿り着くにはもう少し後押しが欲しかった。

「好きにしろ。」

 ジィレンのそっけない返事でも、今は兎に角采茂は嬉しい。スペリトトを連れて帰れるのだ。

「ありがとう。」

 そう言って采茂は自分の顔に手をやった。グシャっと力を入れる。一瞬で身体が津々木学の姿に変わった。学にこの身体を引き渡す為だ。身体の年齢は二十代半ばにした。
 本物の学はこっちに来ることを願い青の翼主クオラジュの名を叫んだ。
 今は采茂の中に眠っているので、身体の魂の核の中へ移す。そして学を起こし頼み事をした。

「じゃあ、さよなら。」

 采茂はあっさりと帰っていった。
 漆黒の羽を広げて飛んでいた身体がガクンと落ちる。下で待っていたクオラジュが受け止めた。
 羽はないが同時に浮いていた玖恭の身体も落下する。采茂が浮かせていたのだが、いなくなったのでその効力がなくなり落下したのだ。だが難なく地面に着地する。
 さっきまでいたジィレンの身体は忽然といなくなっていた。





「…………ブ!?……起きて下さい!マナブ!」

 叫ばれてウウーンうるさいと唸る。

「起きて返事をして下さい……。」

 しょげた声にハッと起きる。

「クオラジュっ!!」

 目を開けると綺麗な氷銀色の瞳が見下ろしていた。目が合うとパッと嬉しそうに輝く。

「マナブ……!」

 ギュウ~~~と抱き締めてくる。
 帰って来れたのだと学も抱き締め返した。

「前からちょっと思ってたんだけど、本名は、」
 
 アオガは思ったことを口に出そうとして、ガポッとトステニロスに手で口を塞がれた。
 視線が合いこれは公然の秘密なのだから口に出すなと諭される。アオガは頷いた。

「なんかちょっと寒い……。」

 ヒュウ~と風が吹く。向こうの世界は冬でこっちも冬ではあったのだが、こっちの冬は割と暖かかったはずなのに、今は寒く感じた。
 というか……、あれ?

「うおっ!?俺の身体じゃん!」

 ツビィロランではなく津々木学の姿になっていた。

「あ、はい。シュネイシロがそのように作って去って行きました。魂の形と同一である方が固定出来るのでしょう。」

「え?もう行っちゃったの?」
 
 クオラジュは頷く。
 目が覚める前に一言だけ話し掛けられたのだが、それで最後だったらしい。なかなかの身勝手さだなと学は呆れた。
 
「お帰りー。もう大変だったよ。」

 アオガが話し掛けてきた。

「おー、ごめんな。どうだった?こっち。」

 立ちあがろうとしたが、クオラジュにガッチリと抱き締められて動けなかった。

「そーだね。大変だった。」

 他に言いようがない。特にそのガッチリと抱き締めている人を抑えるのに疲れた。

「私の屋敷が元に戻っています…。」

 なんと崩壊していたサティーカジィの屋敷は全て元通りになっていた。シュネイシロ神の万能さにサティーカジィは祈っている。崩壊させたのはクオラジュなのだが、そこには何も言わないことにした。

「容姿が変わったけどなんて呼べばいい?」

 アオガが尋ねてくる。
 学はうーんと考えた。自分は津々木学だ。でもなぁ~。もう十年以上ツビィロランとして生きてきた。
 だからもうこっちの自分はツビィロランだ。津々木学の名前はあっちに代わりに行ってしまったツビィロランにあげてしまおう。

「ツビィロランのままでいいよ。」

 笑ってそう答えた。
 ただ、クオラジュがマナブと少し違う発音で呼ぶのだけは、許して欲しい。
 左手を見ると中指に黎明色の指輪が光っていた。

 その指輪、一緒に溶かされていたので直しときました。だから、お願いしますね?

 そう言って石森采茂は去って行った。
 ギュウギュウと抱き締めてくるクオラジュを抱き返し、ツビィロランはポンポンと背中を撫でてやった。








 道谷柊生は寝てしまった三人を乗せた車を運転していた。
 寝ている学を来た時同様助手席に乗せ、後部座席に玖恭と寝ている采茂が乗っていたのだが、暫くすると玖恭も寝てしまった。
 走っている途中、玖恭が一言だけ何か言ったのだが、ちょうど走行音で聞こえなかった。

「ありがとうございました、道谷さん。」

 そう聞こえた気がしたが、まだ家に着いてもいないのに変な時にお礼を言われた気がして、何のことかと聞き返そうとしたのだが、バックミラーに写る玖恭は寝てしまっていた。
 来た時は三時間かかったが、帰りは土曜日でも出勤する人達が移動するのか、道が混み出してきた。
 少し疲れてしまったので、コンビニに寄り熱いコーヒーを買うことにする。エンジンをかけたまま中に入り、買ったカップを持って出てくると、車の外に学が立っていた。

「……………柊生。」

 頼りなげな眼差しには見覚えがあった。ようやく帰ってきたのだと安堵する。
 采茂と玖恭の話を半信半疑で信じながらも、本当に元に戻るのならと海に行って良かった。

「おはよう、疲れてないか?」

 道谷の方がずっと運転していて疲れているのだが、そんなことはどうでもいいくらい気持ちは興奮していた。

「ううん、僕、少しだけ本物と入れ替わってたんだね。」

 記憶はあるのにその行動は自分のものでは無かった。

「そうらしい。おかげでずっと手も繋げなかったんだ。」

 手を出すと学は自分の手を乗せてきた。そして嬉しそうにはにかむ。その素直な仕草に道谷は嬉しくなった。
 後三十分もあれば着くからと道谷は学を車に促す。

「あ、それがね………。」

 学は言いにくそうに口籠った。
 うん?と道谷は学を見て、学が見ている視線を追う。

「…………………。」

 車の後部座席では起きた高校生二人がキスをしていた。抱き合いガッチリと濃厚そうなキスを。

「起きたらね、あれでね…。」

 なるほど、だから学は外に出ていたのか。
 道谷はコンコンと窓ガラスを叩く。寒いから早く帰りたかったし、道谷だって学を抱き締めてキスしたかった。
 
 采茂と玖恭がそんな関係とは知らなかった。マンションに着くと、二人は自分達の宿泊用の道具を持って帰って行った。送ると言ったが電車でいいと言って出てしまった。
 道谷としても早く学と二人きりになりたかったので、また近いうちに会おうと言って送り出した。

「学……。」

 一緒に送り出していた学の手を引っ張り、中に入って扉を閉める。
 ここ最近冷たい顔しか見ていなかったから悲しかった。抱き締めると学も嬉しそうに微笑んで抱き締め返してくれる。
 近付けた唇を今日は押し返されることなく受け入れられ、道谷はそのままベットまで連れて行くことにした。



























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