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神様のいいように
108 ジィレンと対峙
しおりを挟むトステニロスとフィーサーラは元白司護長デウィセンを追ってラナスス国に到着した。
国の中は特に変わった様子はないが、大陸の東に来ると人々の不安気な雰囲気は強くなってくる。
明らかに商人が減り、移動手段を持つ者からいなくなる。
「ラナススはまだ国として維持されているのですね。」
途中途中寄ってきた様々な国では、既に餓死者が出始めていた。天空白露が来なくなっただけでこれだけ国が荒れる。それだけこの大陸は天空白露が零す神聖力に頼り切っていたのだ。
「ラナスス国は気候がいいから作物が育ちやすい。森も水も豊富だから動物も多いしね。」
土地は山が多く平地が少ないのだが、傾斜を利用して畑を作り水を上から流して使うことで上手に暮らしていた。
「見た感じは異常なさそうですが…。」
二人はフードとマントという姿で街に入った。割と大きな街でまだ商人が残っている。近くにいた商人に売れ行きはどうかと同業者を装ってトステニロスが尋ねると、そろそろ西に移動しないと売れないと言っていた。
徐々に水が減り、作物の実りが少なくなっているらしい。
だが大陸の東側はみな似たような感じだった。そういう意味ではこの国も他国とそう変わらないので普通だと言える。
どうしますか、とフィーサーラはトステニロスに伺った。
「うん、サクッと乗り込もうか。」
トステニロスは爽やかに言い切った。
この街には司地の屋敷があった。ファチ司地が住んでいた屋敷よりも木材を多く使った立派な屋敷だ。あちこち逃げ回っていたデウィセンはこの国の司地の屋敷にも立ち寄っていた。
最終地点が何処なのか知らないが、ラナスス国に着いたので捕まえようとトステニロスは言った。
屋敷の門を叩き、警備の人間を片っ端から捕まえては放り投げ、剣を向けられれば容赦なく切り捨てる。
「青の翼主は貴方が育てたのですか?」
「残念ながらクオラジュと再開したのは大人になってからなんだ。」
とても残念そうなトステニロスの返事に、フィーサーラは血は争えないとはこのことかと思った。
屋敷の奥で天上人とは思えない酒池肉林を楽しんでいたデウィセンを捕まえた。ついでにこの屋敷の司地も一緒に縛っておく。
「デウィセン殿、とても残念です。」
そう笑顔で話しかけるトステニロスへ、顔に恐怖を浮かべてデウィセンは命乞いした。
「た、助けて下さい!私は、ノーザレイに唆されて!」
「ノーザレイがくる前から帳簿に細工がありましたよ?」
デウィセンの言い逃れをフィーサーラが呆れてツッコむ。
「ちがっ、違うんだ!お金はそうですが、そう、あ、が、あ…っっ!」
命惜しさに話そうとしていたデウィセンが苦しそうに呻き出し転がった。後ろ手に縛られているので顔面から倒れたのだが、苦しみの方が大きいらしく痛がる様子はない。泡を吹き転がり出した。一緒に酒を楽しんでいた司地は何が起きたのか分からず悲鳴をあげている。
「………魂の契約か!」
トステニロスは床に膝をつきデウィセンの襟を掴み持ち上げる。片手で簡単にデウィセンは上がり、中途半端な中腰になったが、目の焦点が合っていない。
「話せないようにしてありますね。」
フィーサーラは悲鳴を上げ続ける司地を監視しながら、デウィセンを観察した。
近くで見ないと分からないが……。
「………脇腹のところに針が刺さってませんか?」
ツビィロランの背中に針が刺さっているのだと言われてもそれはフィーサーラにも見えなかったのだが、なんとなく言われればあるとは感じた。デウィセンの脇腹にも同じような感じがある。
「うーん、俺には分からないんだよね。でも、あるのかもしれない。」
トステニロスは立ち上がった。その動作に合わせてデウィセンは簡単に持ち上がる。その重さを計りながら、トステニロスは眉を顰めた。
「デウィセン殿は………、自分の身体に異常があるとは思わなかったのか?」
「……は?」
尋ねられたデウィセンは呆けた顔をした。ついさっきまで苦し気に呻いていたのに、その変わりようにフィーサーラは気持ち悪さを感じる。
「トステニロス様、離した方が良くありませんか?」
「それもそうだね。これも作り変えられたやつだ。」
そう言って庭にデウィセンの身体を投げた。とても軽くふわっと風に一度舞い、投げられたデウィセン自身もえ?と驚いている。
「ああ、マズイですね。」
「そうだね。どこかに繋がろうとしている。」
デウィセンの身体の中でブチっと音がした。紙切れのように肩からザクっと千切れていく。
「ひいぃぃぃっ!?」
千切れているデウィセン本人が悲鳴を上げた。その様子に部屋の隅に逃げていた司地は気絶してしまったので、フィーサーラはその司地は放っておくことにした。目の前の異常事態の方が危険だ。
デウィセンの身体はビリビリと千切れだし、足が手がパラパラと捲れていく。
「たすっ!助けて!」
デウィセンはトステニロス達に助けを求めたが、それは無理だろうとトステニロスは思った。
「もう無理かな?貴方の身体はとっくの昔に亡くなられていたようですから。」
トステニロスからそう言われて、デウィセンはキョトンと目を大きく見開いた。
死んでいたことも知らなかったのかとフィーサーラは気の毒に思ったが、ここで同情しては今後の任務を務めることは出来ないのだと思い心を鬼にする。
「来世があるといいね?」
トステニロスは和かに魂が消えようとするデウィセンを見送っている。これくらい非情にならなければいけないのだろうかとフィーサーラはトステニロスを観察していた。
魂が消えながらデウィセンの身体はバラバラになった。血は出ない。紙切れのように千切れてそこにデウィセンの形をした空洞が現れる。
その空洞に消えかかるデウィセンが逃げ込んだ。魂になっても浅ましいと見下しながらも、さてどうするかとトステニロスは考えた。
この空洞は何の為に出来たのだろうか。奥を見据えても暗闇しか見えなかった。
「追いますか?」
フィーサーラはトステニロスの指示を待つことにした。自分なら飛び込んでみるのだが、他に手立てがあるのなら従おうと思っている。
「危険そうだけど行くしかないね。」
この判断は間違っていないらしい。ふむ、と頷くフィーサーラにトステニロスは笑った。
「好きに動いていいんだよ?」
そんなこと言われても動けるわけがない。フィーサーラはとんでもないと首を振った。
「もっとめちゃくちゃな人間もいるんだからね?」
それは貴方の甥です。とは言わなかったが、逆にどうやったら青の翼主のように動けるのかフィーサーラの方が知りたいと思った。
デウィセンは訳も分からず逃げていた。
ああ、なんでこんなことに!自分は少し贅沢に暮らせれば良かっただけだったのに!
最初は少しずつ盗んでいた。同僚達のお金をくすねていたが、割と豊かな生活を送る天上人達は誰も気付かなかった。
司地になりその地の貴族にもてなされ、金品を貰うようになり、天空白露に戻って白司護の役所で働くようになってからも関係は続いた。
徐々に部下が増えて、上に上がり歳を取り、白司護長になる頃には仲間が増えていた。
天空白露はその気になれば大陸中からお金が取れるのに、清廉潔白を唱えるせいか必要以上の贅沢を好まない。
勿体無い。手に入れれるものは手に入れておかないと。デウィセンは集まるお金を懐に集めた。
そうやって上手く過ごしていたら、不老不死を与えてくれるという国に行き着いた。
ラナスス国には天上人でもないのに長寿が多いとは言われていた。土地柄だろうと思われていたが、年月が経つうちにそれにしてはおかしいと言われるくらいに長生きする者が多くなっていた。
その情報もデウィセンの方で止めていた。
何故ならデウィセンも自分が天上人の平均的な寿命を超えているのだと思ったからだ。三百年はとうに過ぎた。あまり長く天空白露にいては怪しまれる。だから私財を貯めて逃げる用意はしていた。
今逃げたのはノーザレイが不審死したからだ。
ノーザレイも仲間だった。ただノーザレイは支持する側だった。ラナスス国から何かあれば伝えてくるのはノーザレイだった。
そのノーザレイがいなくなって、不安になって逃げた。
天空白露にはもういられない!
六主の方で識府護を調べだし、白司護も同様に調べていた。もう隠し通せない。今までは表立って目立つような行動を取らないようにしていた。今の青の翼主は目ざといので、少しでも目についてしまえばデウィセンがやってきたことが表に出てしまう。
不安に駆られたデウィセンは私財を持って逃げた。
「ひっ、ひっ、たす、誰か!」
デウィセンは走った。本当なら魂だけになってしまったので走る必要もなければ、天上人なので羽を出して飛ぶということも出来るのに、長く白司護長の地位に就いて安穏と生きていた所為か、そんなことにも気付かなくなっていた。
「………見苦しいな。」
暗闇の中を闇雲に走っていると、突然デウィセンに話しかける人物が現れた。
「お前は天空白露で穴になる役割があったはずだ。何故こんなところに穴を開けた?」
現れたのは妖霊の王ジィレンだった。
ノーザレイの身体と同様に、天空白露に穴を開けるよう生かしていたのに、大陸の東側まで逃げて来ていた。
「はっ、はっ、助けて、貴方は誰ですか?助けて下さい!お金なら、いっぱいありますからっ!」
デウィセンは元赤の翼主トステニロスのことを知っていた。デウィセンは三護の一人なのだ。少し前まで赤の翼主としてトステニロスは地上に行かされていた。青の翼主もよく戦場に出されていたが、赤の翼主も違う地域に派遣されていたのだ。あの二人が大陸中で暴れ回り各地を平定してきたから今の静かな大陸があると言ってもいい。
他国に攻め入れば天空白露の翼主が出てくる。
そう各国は思い知らされていた。
デウィセンが戦っても勝てるわけがない!
捕まればどんな罰を受けるかわかったものでは無かった。
「まぁいい。お前には違う役割を与えよう。ノーザレイの穴が封じられている。お前が開けるんだ。」
デウィセンは何を言われたのか理解はしていない。理解はしていなかったが、目の前の人物の命令は絶対なのだと思った。
「行け。」
デウィセンは走り始めた。失ったはずの身体が蘇り、息が切れることなく身体は動き、気分が高揚してくる。
とても大切な人からの命令に魂が喜んでいた。
デウィセンを送り出したジィレンの前に、見知った姿が現れた。その銀色の瞳にフッと笑みがこぼれる。
ジィレンは以前研究の為に自分の血筋を作ったことがあった。妖霊を相手にしたこともあるし、人間と子供を作ったこともある。どちらもあまり強い子孫は出来ずに自分の身体を使うのが一番効果的だという結論に至りそのまま放置していたのだが、年月が経ち不思議なことに人間との子孫に神聖力が高い者が生まれるようになっていた。
あの青の翼主もそのうちの一人なのだと知ったわけだが、今のジィレンが相手にするには荷が重い。
使い捨てのデウィセンのことなど忘れて、後を追ってきたトステニロス達をジィレンは待ち構えた。
後を追ったトステニロス達の前に現れたのは、予想通り妖霊の王ジィレンだった。
トステニロスはネリティフ国でジィレンの腕を一度切り落としている。そのネリティフ国と唯一繋がりのあったラナスス国なのだから出てくるだろうとは思っていたが……。さて、今回何故トステニロス達の前に現れたのかと疑問に思いつつ、トステニロスはジィレンの前に対峙した。
「どうも?」
トステニロスの飄々とした態度に、ジィレンは目を細めて笑った。
「………お前は強そうだ。」
その評価にトステニロスは腰の剣を抜く。後ろについて来たフィーサーラへ言った。
「フィーサーラはデウィセンを追ってくれ。」
フィーサーラはしかし、と躊躇う。妖霊の王を一人で対応するつもりのトステニロスが心配になった。
遠くの方で逃げて行くデウィセンの姿が見える。
「何故か先程消えそうだったデウィセンの魂が復活している。追って消した方がいい。」
それは魂の消滅を意味する言葉であり、次への転生は無くなるということだ。だがフィーサーラは頷いた。
追っていくフィーサーラをジィレンも気にした様子はない。
「死体はないのに作ってやれるのか?」
トステニロスが言うのは先程デウィセンの身体は紙切れのように破れてしまったのに、何故本人の姿そのままにまた肉体を持っているのかということだ。
「アレに肉はない。ただ形を与えた紙切れだ。」
トステニロスはふぅんと首を傾げる。そういう内容はクオラジュの得意分野だ。後で確認してもらおうと情報を集めることにした。
「ここはどこだ?」
だだただ暗闇が広がるこの空間を見渡して聞いた。
「ここは世界と世界の狭間。常世と呼ばれる場所だ。」
ジィレンはどこを見ているのか分からない遠い眼差しでそう言った。
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