落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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全てを捧げる精霊魚

98 お帰りなさい

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 ヤイネは行方不明になったアオガと、連れ去られたツビィロランを天空白露で大人しく待っていた。
 緑の翼主テトゥーミ様が態々ヤイネの所まで来て、皆んな無事らしいからと教えてくれた。
 テトゥーミ様は向こうで迎えを待つ方々と手紙のやり取りをしているらしいが、ヤイネはそれに自分の手紙も送って欲しいなどとは思わない。アオガ様だってきっと同じだ。
 護衛と従者がやり取りをする必要性はないので、ヤイネはただただ無事に帰ってくるのを待っていた。
 毎日朝の礼拝に出ては皆様の無事をシュネイシロ神に祈る。そしていつ帰ってきてもいいように部屋を綺麗に掃除して整えておくのだ。それくらいしかヤイネにはできない。
 朝の礼拝に行くと、たまに元同僚に絡まれたりもするが、前はそれも苦痛だったけど今は全く気にならなかった。
 そんな苦痛より、ツビィロラン様やアオガ様がいないことの方が苦痛だった。

 
 漸く飛行船が到着すると聞いて、アオガは帰ってくるであろう門から一番近い宮殿の出入口で待っていた。
 空の彼方に飛行船は見えていた。
 定期便とは違う、よく大陸の各国へ向かう外交用に作られた型に見えたので、あの飛行船のはずだとドキドキしながら待っていた。
 ヤイネのように彼等の帰りを待つ人達は多かった。
 少し前から聖王陛下と神聖軍主まで来て待機していたので、帰ってくるのだという信憑性が増し、聖王宮殿にいる人々が大勢集まっている。
 今天空白露は予言の神子ツビィロランを支持する人と、否定する人で割れている。
 消えた予言の神子ツビィロランと一緒に消えた赤の翼主と花守主、その後を追って行った青の翼主と予言者当主とその許嫁も帰ってくるとあって、その姿を見る為に集まっているようだった。
 予定通り皆馬車で帰ってきた。
 次々と降りてくる人影の中に、ツビィロラン様とアオガ様を見つけて、ヤイネはホッと息を吐く。どちらも元気なようで良かった。
 今更ながらに白くなるほど手を握りしめていたのだと気付いて、慌てて手を緩める。

「ヤイネっ!」

 聖王陛下達とツビィロラン様達が揃って聖王宮殿の中へ入っていく途中、アオガ様が手を挙げて呼び掛けてきた。
 それまでヤイネもその他の群衆に混じるなんの特徴もない人間だったのに、急に周りから注目される。
 少し迷っているとツビィロラン様もコチラを見て待っていることに気付き、慌てて行こうとして手を掴まれた。

「?」

 なんだろうと振り返ると元同僚の司地がヤイネの手首を掴んでいた。

「……あの?」

 困惑して呼び掛けると、元同僚は何か言いたそうにヤイネを見ている。

「司地にはもう戻らないのですか?」

 司地に?司地の仕事にということだろうか。

「はい、許される限り予言の神子の従者として働くつもりです。」

「貴方は司地ですよ?折角天空白露の役職に就いたのに、何故使用人になる必要があるのですか?」

 予言の神子の従者が宮殿の使用人と同じとは思えないが、宮殿の使用人だって立派な仕事だとヤイネは思っている。何故そんなことを言うのかと困惑していると、ぬっと手が横から出てきた。

「天上人が仕事に貴賤をつけるの?」

 アオガ様がヤイネの掴まれた腕を掴んだ。赤い瞳が真っ直ぐに元同僚を睨み付け凄む。相手は怯んでヤイネの手首を離した。

「そういうわけでは……。」

「ヤイネに構うな。」
 
 キッパリとアオガ様は言い切る。ヤイネが困っている時、アオガ様はいつも助けてくれる。自分よりも年下とは思えない強さを持つアオガ様はいつも輝いている。
 元同僚は悔しそうに顔を歪めて人混みの中へ消えて行った。いつも思うけどなんで自分に話し掛けてくるのか意味が分からない。

「ありがとうございます。そしてお帰りなさいませ。」

 去って行った元同僚のことは気になるが、今はアオガ様達が無事に帰ってきたことの方が嬉しいので、すぐにお出迎えの挨拶をした。ツビィロラン様も近付いてきたので、ヤイネは涙目で喜び挨拶をする。

「ヤイネただいま。アオガ、あいつ放っといて大丈夫か?」

 ツビィロラン様も見ていたらしい。

「うーん。ちょっと鬱陶しいね。でも鬱陶しいくらいなんだよね。」
 
「何かしでかせばスッパリ処分出来ますが……。」

 クオラジュ様まで混ざってきて消えた元同僚の方を向いていた。

「ええ、と、だ、大丈夫ですよ?たまに絡んでくるだけなので…。処分とかは可哀想ですよ?」

 本当に三人に処分されそうな気配を感じてヤイネはそれを止めてくれとお願いした。
 何かあったらすぐ言うようにと言ってツビィロラン様はクオラジュ様達と奥に消えて行った。

「アオガは疲れただろうから少し休暇な。特別手当もつけとくからな。」

 去り際そう言って笑っておられた。良い方だ。

「やったっ!」

 アオガ様が嬉しそうにしているので、ヤイネも嬉しくなった。
 
「お疲れでしたね。怪我などはありませんか?」

 見た感じ大丈夫そうだが、アオガ様は意志も強いので怪我しても平気そうにしそうだと思い尋ねた。

「大丈夫。特に怪我はないよ。向こうでのこと教えるから部屋に行こう。」

 アオガ様に手を繋がれる。その力強い温もりに、ヤイネは嬉しくなって微笑んだ。






 天空白露に漸く戻ってきた。出迎えてくれたヤイネに、またあの元同僚が絡んでいたので追い払う。
 アイツしつこい。
 
「アオガ、ヤイネと暫く会ってなかったから二人きりになりたいだろ?休暇やるよ。俺は暫くクオラジュといるからさ!」

 ツビィロランがコソコソと耳打ちしてきた。

「え?ほんと?」

 しかも特別手当まで!
 ツビィロランの背中には小さな不可視の針が刺さっている。それが抜けるまではクオラジュ様といるらしい。護衛はクオラジュ様がどうしても離れる時でいいので、後はゆっくり過ごしていいと言われた。
 あの二人の様子じゃアオガの出る幕はなさそうだ。
 それならそれで、アオガもヤイネと二人きりを楽しもうと思う。
 ヤイネに行こうと話しかけると、ヤイネは怪我はしなかってかと尋ねてきた。傾げた首に合わせてサラサラと濃い緑色の髪が肩口で揺れる。
 
「怪我はないよ。部屋に行こう。」

 そう言ってヤイネの手を握ると、ヤイネの手は震えていた。よく見れば顔色は悪い。
 それでもヤイネは繋がれた手を見て、少し顔を赤くして嬉しそうに微笑んだ。
 なにそれ?可愛いんだけど?

「ヤイネはちゃんと眠れてた?」

「え?あ、それが……、寝てはいますが心配でなかなか眠れなかったと言うか。」

 顔色が悪いのは睡眠不足らしい。
 
「じゃあさぁ、一緒に寝ようか。」

 アオガはヤイネの部屋に向かった。ヤイネの部屋もアオガの部屋もツビィロランの部屋の近くにある。何かあった時直ぐに行けるようにだ。だけど今日は…、というか暫くはツビィロランは自室にいないだろう。

「ふむ?戻ってきたのかの?」

 ヤイネの部屋にはラワイリャンが住み着いていた。

「暫く二人にしてよ。」

「仕方がないのぉ。」

 ラワイリャンにはお土産を買って来ていた。ポンと袋を渡す。中を覗いたラワイリャンは瞳を輝かせてニンマリと笑った。
 そしてそのまま袋を持って去って行った。気の利くやつだよね。

 グイグイとヤイネを引っ張ってヤイネのベットまで行く。

「今から寝るのですか?」

「そう。」

 ヤイネを引っ張って布団に潜り込んだ。腰に下げた剣は枕元に立て掛ける。ヤイネは素直に並んで寝転がった。

「………私が震えているのに気付いているのですか?」

「うん、気付いてるよ。」

 ヤイネが更に赤くなった。

「す、すみません。皆様が到着するまでは震えていなかったのです。何故か無事な姿を見たら、震えてしまって。」

 ヤイネはずっと小さく震えていた。でも自分では何故震えるのか、何故震えが止まらないのか分からないらしい。おかしいですよね、と言って笑っている。

「バカだなぁヤイネは。興奮してるんだよ。」

 ヤイネは目を見開いた。

「興奮ですか?」

「そうだよ。感情が昂るから震えるんだよ。」

 ヤイネの髪に指を通して梳いていく。もう片方の手は握ったままだ。

「………私の感情…。」

 ヤイネは気持ちよさそうに目を細めた。ウト……、と焦点が揺らぐ。

「私……、アオガ様が馬車から降りてくる時、凄くゆっくり見えました。すごく、すごく、見てたんです。」

 なんであんなにゆっくり時間が流れるのだろうと思うくらい、アオガ様を見ていた。スラリとした長身も長い足も、最近逞しくなった身体もちゃんと動いているのだと思いながらも、見惚れていた。凛々しくなってきた顔つきに、長い金の眩い髪が美しくて、ヤイネは漸くこの目に写すことが出来たのだと震えた。
 言われてストンと納得した。
 興奮したのだ。
 心臓が跳ねて、ドクドクと血管が鳴って、言葉に表せないくらい感情が昂っていた。
 
「私のこと見てたんだ?」

 優しく問い掛けられ、ヤイネはコクリと頷いた。
 ああ、ダメです。そんなに優しく髪を梳かれては、気持ち良くて本当に寝てしまう。
 重たくなりつつある瞼を開けるのが困難になってきた。ふわぁと欠伸が出る。
 ついさっき帰ってきたばかりのアオガ様の方が疲れているのに………。安穏と待っていただけのヤイネが先に寝てしまってどうするのかと焦ってしまうが、眠気に逆らうことが出来そうもない。

「寝ていいよ。私もヤイネの隣で寝るから。」

 アオガ様は優しいなぁと思いながら、その赤い瞳を見つめる。キラキラと輝く宝石のような瞳に、ヤイネはずっと見惚れている。
 なんて綺麗な人なんだろう。

「アオガ様…………。」

「うん?」

 優しく聞き返されて、ヤイネはポツリと本音を漏らす。

「大好きです………………。」

 スウ…………………。
 もう無理…、とヤイネは目を瞑った。

 アオガは目を見開き閉じたヤイネの瞼を凝視する。
 見つめあって、好き?
 ガバッと起き上がった。寝てしまったヤイネに覆い被さるように両手で挟んで見下ろす。

「…………っ、……………っ!」

 起こしたい!そしてもう一回、ちゃんと言って欲しい!

 あ~~~~~~~~っ!!不意打ち!
 お帰りなさいくらいの言葉を言うのかと思って、構えてなかった!
 スヤスヤと眠るヤイネを見下ろし、起きたら言わせる!とアオガは心に誓った。






 そして起きたヤイネは「好き」を強要される。

「す、す、す、ふ、んん、~~~~っっ!す、すみません、恥ずかしくてっ…………。」

 正気に戻ったヤイネに、「好き」はハードルが高かった。

「ヤイネぇ~~~、お願い。」

 珍しいアオガの懇願に、ヤイネが漸く口に出来たのはアオガに口付けされ息も切れ切れになった頃だった。

「私はヤイネのことずっと好きだよ。そのうち番になろうね。」

 アオガの告白にヤイネはぷしゅーと意識が飛んだ。






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