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女王が歌う神仙国

51 いつか離れ離れ①

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 朝からモソモソと朝食を食べるイツズの頭を、サティーカジィが優しく撫でてくる。
 最近のイツズは元気がない。
 それはずっと共に旅をし、過ごしてきたツビィロランと離れ離れになったからだ。ついこの前は竜の住まう山について行くことも出来なかった。
 置いていかれた事実にションボリとし、今は住む場所も違う。
 昨日も劇場に一緒に行きはしたが、お互い個室で面白くなかった。
 そんなイツズをなんとか元気付けようとサティーカジィは頑張るのだが、なかなかそれもうまく行かない。
 


 イツズがツビィロランに出会ったのは十二歳の時。
 罪人の遺体を埋めておくようにと言われて、何人かの色無と穴を掘って、イツズが埋めておくように指示されていた。
 もう死んでいるから血は流れていないが、背中とお腹の傷が痛そうで、イツズはこっそり自分が作った傷薬を塗って包帯を巻いてあげた。誰も見ていないからと透金英の花の粉末も多めに入れてあげた。
 乾いてこびりついた血も綺麗に拭いてあげた。
 イツズとそう変わらない歳に見えるのに、細くて白い肌に背中の傷は痛々しく見えた。
 黒髪の予言の神子。
 イツズはホミィセナに請われて薬を売ったり、情報を提供したりしていたので、ツビィロランの死に自分も責任があるように思えて、そうせずにはいられなかった。

「ごめんね………。」

 謝りながら使用人用のだが、せめてと綺麗に洗った服を着せてあげる。ツビィロランが着ていた柔らかな布地の上等な服は背中が大きく裂けているし、血をぐっしょりと吸って固く乾いてしまって使い物にならないので捨てるしかなかった。
 汚れた物を焼き場に持って行って、荷車を押して扉の外に用意する。
 ツビィロランの方が身体が少し大きいが、細い身体なのでイツズでも抱えれそうな気がした。
 部屋に戻り扉を閉めると松明の灯りのみの部屋は薄暗い。
 だから最初は気付かなかった。
 先程まで死んでいたツビィロランが、上半身を起こしてこちらを見ていることに。
 お互い目が合い驚愕し合う。

「………えっ!?さ、さっきまで、し、死んでたのに!?」

 思わず大声を出してしまい、ハッとして口を噤んだ。外に誰かいたら気付かれる。そう思ったのだ。
 しー……、と言われて素直に従う。
 逃げるから埋めたことにして欲しいと言われて、イツズは迷うことなく決心した。
 一緒に天空白露の外に逃げよう。
 イツズは花守主で奴隷として働いていた。気付いたらここにいたので、親も知らない。買い物や用事を言い使って屋敷の外に頻繁に出られるのだが、そこで見る親子の姿によく羨ましくなっていた。いないものは仕方がないと思うしかなかった。
 それよりもイツズは薬草作りが好きだった。
 一人になっても大丈夫なように…。何となくそう思って、こっそり花守主の屋敷にあった書物を読むようになった。文字は周りの使用人に聞いて覚えた。仕事の為に学んでいると言えば、短時間でも教えてくれる人はいたので、そんな人を捕まえて覚えていった。
 薬草名は難しい。効能や病名を独学で覚えるには限界があった。
 それでもめげずに一個ずつ調べていく。そうするうちに薬材に興味が出てきて、コッソリ森に採りに行くようになった。
 一つ一つを知るのは楽しい。
 もっと、もっとと欲が出てきて、地上にも採りに行きたくなってきた。
 いつか、自由になろう。
 自分が何の力もない色無だということも忘れて、その希望を胸に着々と用意を進めていった。
 この時は、花守主の奴隷がちゃんと人として雇われているのだということを知らなかった。奴隷という名はついていても、寝る所も食事も給金さえ出ることに疑問も持っていなかった。子供だったのだ。

 ツビィロランの地上に逃げるという言葉に、自分も便乗した。一人で地上に降り立つのは怖い。お使いで行くのとは訳が違う。いつもは行き先に事前に案内の通知を送っているし、他の人達と一緒に行くので不安もないが、逃げる時は勿論一人だ。
 一緒に行ってあげるとばかりの態度を見せつつ、本当は一人が怖かったからツビィロランと一緒に降りたのだ。

 地上は思ったよりも大変だった。
 作った薬草や、採った薬材を売って生計を立てればいいと思っていたのに、現実はそんなに甘くなく、色無のイツズは人扱いを受けなかった。
 立ち寄った町や村で、奴隷だといって鎖に繋がれている色無を見て、自分がいかに恵まれていたのかを知った。
 そんなショックを受け続けるイツズを、ツビィロランはいつも守ってくれていた。
 透金英の花を食べて髪の色を誤魔化すように言ってくれて、作った薬を売ってくるとツビィロランは明るく手助けしてくれた。
 
「大丈夫だ。俺がいるから安心しろよ。」

 ツビィロランはどんな逆境でも、思慮深く考え実行に移し、イツズの側に居てくれた。
 普段は家事をし、口煩くツビィロランを注意しているように見えて、頼っているのはイツズの方。
 
 ツビィ、ありがとう。

 いつも心の中で感謝している。口にも出すけど、全部を言おうと思ったら、きっとうるさいくらいに言い続けることになる。だから心と口と半分ずつくらい感謝を言っていた。



 予言者サティーカジィの重翼で、許嫁。いずれ番になって欲しい。そう予言者の当主に言われたのは最近のこと。
 十年経った今、まさかそんな未来が来るなんて思いもしなかった。未だに現実味がない。
 
 本当に自分はサティーカジィ様の重翼?

 本当に予言に出てきたのはイツズなの?

 ずっとその疑問がぐるぐると頭の中を回っている。
 サティーカジィ様は優しい。穏やかでいつも一緒にいてくれる。それはツビィロランとは違う形の優しさだった。

「今日もツビィロランに会いに行きますか?神仙国の使者の案内は赤の翼主に任せて、クオラジュと話し合いになると予定変更されたようですが。」
 
「えと、会えるなら…。」

 昨夜突然青の翼主クオラジュ様が現れ、ツビィロランを抱っこしてどこかに連れて行ってしまった。
 ツビィロランはイツズの方を見て笑って手を振ったので大丈夫だとは思うが、あの後どうなったのか聞きたい。
 
「会えますよ。それにクオラジュは暫く天空白露に足止めされるのではないでしょうか。ツビィロランと話すにしても、そちらも忙しくなるでしょうから。」

 サティーカジィ様がおかしそうに笑っている。
 よく分からないが、それなら遠慮なくツビィロランに会いに行きたい。

「じゃあ、お願いします。」

 漸くちょっと笑ったイツズに、サティーカジィ様は苦笑しながら頷いてくれた。




 聖王宮殿に行き、ツビィロランが住んでいる一角へ足を向ける。
 ツビィロランが住んでいるのは奥まった場所で、誰でも立ち入れるわけではない。予言者サティーカジィ様がいるから止められることなく入れるわけで、ここへ来る時はサティーカジィ様に一緒に行ってもらわなければならない。というか外出はサティーカジィ様としか一緒に出られない。
 予言者の一族はかなりの人数が所属しており、サティーカジィ様の下で上手く纏まってはいるが、アオガの一族のように良からぬことを考える家もあったりする。なので元が色無のイツズのことを低く見る人間も大勢いた。安全の為にサティーカジィ様が側にいるし、何よりサティーカジィ様がずっと側に居たがっていた。

 サティーカジィ様の好意を信じていないわけではないが、イツズはずっと不安だった。
 本当に自分でいいのかと。
 ツビィロランへの信頼は迷うことなく信じていられたのに、どうしてかサティーカジィ様を見ると不安でしかたなかった。

 サティーカジィ様はまずツビィロランへの訪問を使用人に告げ、ツビィロランは現在、透金英の親樹に向かったのだと教えられた。
 二人でまたそちらに足を向ける。
 
「サティーカジィ様、ごめんなさい。」 

「?どうして謝るのですか?」
 
 サティーカジィ様は本気で不思議そうだ。

「だって、毎回僕に合わせて外出しているので……。仕事があるんですよね?僕は一人でも大丈夫ですよ?」

「………そんなことを言わないで下さい。私が好きでやっていることですから。」

 サティーカジィ様は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。
 サティーカジィ様は基本誰にでも優しいのだが、特にイツズには優しい。優しいというか甘い。
 こんなに優しくしてくれるのに、どうして不安に思うんだろう。
 イツズは自分でもそこらへんがわかっていなかった。だからツビィロランに相談してみようかとも思っているのだが、ツビィロランは最近忙しそうにしている。
 言ってもいいのかなぁと悩んでいた。

 透金英の親樹がある場所までもう少し、という所でツビィロランの後ろ姿が見えた。

「何してるんだろう?」

「……あんな壁に隠れて…。透金英の方を見ていますね。」

 イツズとサティーカジィは外に目をやった。
 そしてアングリと二人で口を開けて呆然と見てしまう。

 音はない。先程まで気付かなかったくらい平穏だった。
 静謐せいひつとした聖王宮殿の中は、争いとは無縁で、神を崇め祈る場に相応しい神聖な空気が流れている。鳥の楽しげなさえずりさえ聞こえるのに、目に映る光景は炎の嵐が舞い戦場のようだ。

 バチバチバチッッと火花が散り、散った火の粉が風で煽られ渦を巻いていた。
 透金英の親樹は巨大だが、その周りにはグルリと壁が建てられている。壁の中は通路や多目的用に幾つかの部屋が作られており、壁の内側は階段状に客席が作られている。
 その壁の内側からヒュッと飛び出てきたのは青の翼主クオラジュで、それを追いかけてきたのはマドナス国の王イリダナルだった。
  






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