落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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竜が住まう山

40 さて、帰るか

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 麓の村に預けていた馬を回収し、俺達はヤイネが司地として治める町まで戻ってきた。この町に飛行船を停めているのだ。
 あー、空の旅か。
 一時期は欲しいと思って盗みを働くことまで考えたけど、今思えば無謀な決断だった。
 ちょー怖い。
 ふわっふわする。
 窓の小さい飛行船をチョイスしてもらったけど、無駄な足掻きだった。帰りは馬で天空白露まで戻ろうかな…。
 そう言ったら全員に拒否された。それじゃあいつ帰れるか分からないと言われてしまった。

 ヤイネの町でも再度歓待を受け、翌日直ぐに飛び立つことになった。

「これ、借りてた剣だけど、凄く助かった。」

 笑顔でアオガがお礼を言いながら、借りていた剣をヤイネに返していた。
 
「いいえ、お役に立てたのなら良かったです。」

 ヤイネも手を出して受け取ろうとしながら和かに笑っている。
 この二人もかなり仲良くなったなぁと思う。主にアオガが懐いた感じだけど。
 俺はそんな二人を観察しながら、この先連絡を取り合ったりするんだろうかと思った。

 アオガが出した剣をギュッと握る。
 返さないの?
 剣を受け取ろうと手を出していたヤイネも、不思議そうに首を傾げた。

「その、この剣さ、家宝って言ってたよね?」

「ああ、はい。父から番ができたら剣と弓、片方ずつ持って大切に語り継ぐようにと言われているんですよ。」

 ヤイネには悪気はない。ただの事実を言っただけだ。

「…………番?」

 アオガの頬がピクリと動いたのに気付いていないのか、ヤイネはそのまま話している。

「はい。と言っても私と番になろうなどと言う奇特な天上人はいませんから、いつ活躍するかも分からなかったので、アオガ様が使ってくれてこの剣も喜んでいることでしょう。」

「……………。」

「アオガ様?」

 ヤイネが首を傾げてアオガを覗き込んでいる。抹茶色の髪がサラサラと重力に従って揺れていた。

「番は天上人がいいの?」

「え?いえ、そういうわけでは……。両親の願望なんです。折角天上人になれたのだから、番も天上人がいいという……、まぁ、理想の押し付けですよ。」

 アオガは恐らく数年もすれば天上人になれるだろうが、まだその年ではないので羽は生えていない。
 剣は差し出されることなくアオガが引っ込めた。

「ん?」

 何故剣を引っ込めたのか分からずヤイネは不思議そうな顔をして、宙ぶらりんになった手をニギニギと握りしめた。

「もう少し借りてていい?暫く番も出来ないよね?剣の鍛錬にこれから励もうと思ってるんだぁ。」

 アオガは笑顔だ。
 
「えと………、え?でも………。」

 何も態々その剣を?

「これ、悪夢から出る時凄く頼りになって、これからも多分色々あるだろうし……。」

 アオガがフイ…、と顔を俯かせる。金の睫毛が伏せられ影できた。
 上手いな………。お前は役者か?ヤイネもアオガの現在の身の上話は知っているだろうから、アオガが何か困っているのだと思ったようだ。有名な話だからな。

「そ、そうですね。お守りとして持っておくのもいいかもしれませんね。」

「いいの!?絶対返しにくるから待っててね!」

 アオガは満面の笑顔になった。ヤイネの同情をかって、関係性を続ける作戦に出たのか。

「いつでも大丈夫ですよ。」

 ヤイネはわかっていない。

「そう?じゃあずっと持ってようかなぁ!」

 アオガはしれっと含みのある発言をしている。
 番ができそうな時は必ず教えてねと念押しもしている。絶対ぶち壊しに行くつもりだな?
 面白いから放っておこう。

 ヤイネの剣は結局アオガの手元に残された。








 やってきた時同様俺達は飛行船で天空白露に戻っている。
 神聖力で動く飛行船は、腹に響くような低い音を立てて飛ぶ。やかましいエンジン音という感じではないが、なんとなく気になる振動を感じるものでもある。

 俺は布団に包まってなるべく外を見ないようにしている。その為のアオガだ。ご飯を持ってきてもらわないとならん!

「お前さ、サティーカジィのことが好きだったんじゃなかったの?」

 何か話をして気を紛らわそうと話しかけてみる。
 アオガはニヤニヤと手に入れた剣の刃を拭いていた。

「うん。好きだったよぉ。」

 軽いな。でも悪夢にサティーカジィが大量に出てくるくらいだから、何かしらの重たい感情はあったはずだ。それが憎悪でないと信じたい。

「ヤイネ狙ってるのか?」

「うん、狙ってる。」

 はっきりと言い切った。
 でもこういう奴は嫌いじゃない。

「ヤイネは鈍そうだな。」

「そうだね。強行突破してもいいけど、やっぱりヤイネの御両親の存在もあるし、天上人になってからがいいかなと思ったんだけど、どう思う?」

 あー、なるほど。だから一旦引いたってことか。そして番の証明とも言える剣を持ち帰ったと…。

「お前の容姿見たら天上人になるのは確定だから大丈夫とは思うけど…。家の問題もあるし確実性は欲しいな。」

「だよね?」

 あの一瞬で考えたんだろうか。

「ねぇ、開羽するまでは仕事に着くの難しいからさ、このまま雇ってくれない?」

「おー、いいぞ。どうせ賃金払うの聖王陛下だから、俺の懐は痛まない。」
 
「わーい。やったぁ!」

 ふむふむ、いい子分が出来た気がする。仲良くやれそうだ。










 窓から照らす陽光の中、金緑石の髪が艶やかに陽の光を反射している。基本は黄緑色に近い髪は、光の当たり具合で黄色や白に輝く。
 送られてきた報告書と、添付されたツビィロランの手紙を読んで、ロアートシュエは微笑んだ。

 周りがカップルだらけでうんざりする。

 そんな締め括りに、それじゃあツビィロランも良い人を見つけたら良いのにと思ってしまう。
 ロアートシュエにとってツビィロランは弟のような存在。いや、むしろ子供と言ってもいい。ただその中にいる人格は、もう昔のツビィロランではない。
 君は誰なのかと聞いても、どうせ分からないだろうとハッキリとは教えてくれなかった。
 言っても理解できない程の遠い場所。
 全く概念が違う。存在の仕方が違うのだと言っていた。実際に目で見ないと分からないと。
 
 あちらを立てればこちらが立たず……。クオラジュの立場を守ろうとしてツビィロランを殺してしまった過去は消せない。
 誰も私に罪を問わないが、自分で自分を許せるものではない。
 その存在が目の前にいるのなら尚更。
 クオラジュがいなくなった今、じゃあツビィロランを大切にしようとするのは卑怯だろうが、大切にせずにはいられない。
 ツビィロランがロアートシュエに何も期待していないことは理解している。
 単に利用するだけでもいいから、不自由なく生きて欲しい。その中身が違うのだとしても。

 帰ったら話したいことがある。

 手紙の内容には直接話したいことがあると書いてあった。
 クオラジュに直接会ったと報告がある。何か関係があるのだろうか。それともスペリトトの方?
 本当にスペリトトが存在するのだろうか。
 トネフィトという竜は、ツビィロランが人為的に作られた存在だと説明したのだという。

 ツビィロランはクオラジュが連れてきた。
 生まれたばかりの真っ黒な髪をしたツビィロランを、クオラジュが抱っこしていた。
 どこで生まれた子なのかと聞いても、地上で託されたのだと言うだけ。
 親は黒髪に畏れて金銭だけ受け取って消えたのだという。とってつけたような説明に、真実味は薄かったが、赤ん坊は間違いなく黒髪だった。予言の神子として育てていくことになった。
 クオラジュは滅んだロイソデ国の特使をしていた。ロアートシュエが聖王に就いてからその任を解いたが、それまでの扱いは酷かった。
 まだ幼いクオラジュを跪かせて、額を床につけロイソデ国に服従させていた王族達。

 御国の為に我が身を賭して尽くします。

 青の翼主にそんなことを言わせていた国。こっそり花守主の牢に忍び込み、前々聖王を助けようとしたら、自分はいいから幼いクオラジュを助けてくれと懇願された。
 可哀想だと。涙を流すことも知らずに生きるあの子に、まともな生活を与えてやってくれと。

 だから逃げ続けていた聖王という地位につくことにした。
 そんな決意も虚しく、クオラジュは自分の手で罰を下してしまったが………。
 何となく気付いたのだ。
 それでも止めてやれなかった。
 クオラジュもツビィロランも、どちらも助けてやれていない。

 読むわけでもなく窓辺でボンヤリと手紙を眺めていたロアートシュエに、背後からゆっくりと抱きしめる手があった。

「そう思い悩むな。」

 神聖軍主アゼディムだ。紫紺の髪がロアートシュエの上に流れてくる。

「自分の不甲斐なさを嘆いているだけです。」

 本当に無力だ。
 無駄に歳ばかりとっていく。

「何か書いてあったのか?」

 アゼディムの視線が持っていた手紙に送られた。

「いいえ、作為も何もない普通に面白い手紙でした。」

「そうなのか?」

 それにしては考え込んでいた所為で、アゼディムは心配そうだ。

「そうなんです。ツビィロランは気付いていないのでしょう。」

 彼が誰なのか、本当は年齢も性別さえも違うのかもしれない。
 気が強く、賢く、冷静で、そのくせ臆病で孤独を嫌う。
 本当は一人ではないのに、一人だと思ってしまっている。
 
「何を?」

「もうこの世界は彼を受け入れているのだと。」

 アゼディムはまたよく分からないことを言い出したと憮然とする。

「お似合いだと思うのですがねぇ。」

 手紙を丁寧に折り畳んだ。彼の手紙は面白い。笑わかせるつもりは無いのだろうが、主観がたっぷり入っていて何を考えているのかよく分かる。
 なのに、その孤独は一つも漏らされない。
 それが寂しい気もする。
 
「誰と誰がお似合いなんだ?」

「ふふふ。外れていたら恥ずかしいので内緒です。」

 またかっ、とアゼディムは溜息を吐いた。

「さて、私達はこれから九老会議で戦わなければなりません。」

「どうする?」

「私の目標は最初から変わりませんので、この席はまだ譲ることは出来ませんね。」

「議会の承認は満場一致でなければならない。青と赤の翼主が不在の今、何を話し合うつもりだと思う?」

「おそらく赤の翼主の交代でしょう。」

 青の翼主は最後の生き残りであるクオラジュしかなれない。だが赤の翼主は既に血筋も途絶えて、最も能力に相応しいと思われる人物を、緑と青の翼主が推薦して決めている。

「あの男を出してくるのか。」

 アゼディムが嫌そうな顔をした。

「今決定権を持つのは緑の翼主であるテトゥーミだけです。」

 テトゥーミは緑の翼主の一族の一員だが、あえてロアートシュエは接点を持たないようにしていた。それは青の翼主であるクオラジュの側に付かせる為だった。
 クオラジュの懐に入り込んではいたのだが、目的がバレバレで間諜としてはあまり役にはたたなかったが。

「テトゥーミは押しのけられるのか?」

「…………どうでしょうねぇ。」

 頼りなさそうに見えるテトゥーミだが、あれで神聖力はずば抜けている。そうでなくては翼主になれない。

「不安だな。」

 ロアートシュエは苦笑した。

「もし赤の翼主が交代しても、聖王の椅子は予言の神子しだい。ツビィロランをなんとしても守りましょうね。」

「そうだな。」

 アゼディムの回された腕に触れ、ロアートシュエは背中の温もりに身を任せた。





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