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空に浮かぶ国
17 神聖軍主アゼディム
しおりを挟むツビィロランとイツズは遅い朝食を摂った。
朝早くから家主であるサティーカジィは宿泊したクオラジュと共に出掛けてしまったし、二人がいない時はたとえ敷地内だろうと外出してはいけないと言われていた。
花守主リョギエンに見つかっている手前、大人しくしておこうと思う。
「朝から薬草の選別終わったんなら今から何する?」
「うーん、本当はまた森に入りたかったのにね。」
イツズは至れり尽くせりの状況にやることが無くなり何も思いつかなかった。いつもだったら家事はイツズの役割だったのだが、それが全てなくなるとこんなに暇なのかと退屈になる。
二人渋々と馴染みのないティータイムをしていると、使用人達が慌てて自室か作業部屋に移るよう言ってきた。
何か異変があったのかと二人とも立ち上がる。
「そんなに慌てて何を隠そうとしてるの?」
涼やかな声が響いた。
ツビィロラン達がいたのは来客用の居間だった。そこに緩やかな金髪に赤い瞳の青年が入って来た。どことなくイツズに似ているのは髪と瞳の色が似ているからだろうか。
ツビィロランは咄嗟にイツズを背に隠したが、入って来た青年は目敏くイツズを先に目にしていた。
「へぇ…………、最近屋敷に入れさせてくれないと思ったら、僕にそっくりなやつがいたからか。」
「いや俺達が来たのつい最近だから単に会いたくなかっただけじゃないのか?」
言わなくていいツッコミをしたツビィロランに、イツズは慌てた。
「こら、そんな言わなくていいこと言って!」
だってさぁ、と唇を尖らせるツビィロランに、青年の表情が険しくなる。
「こいつら何?」
留守を預かっていたサティーカジィの腹心へ青年は尋ねた。
「サティーカジィ様の大切なお客様でございます。アオガ様、只今主人は聖王宮殿におりますので、日を改めて訪問いただけないでしょうか。」
アオガと聞いてツビィロランにも彼が誰だか理解出来た。乙女ゲームでもサティーカジィを攻略する時に邪魔しにきた許嫁がいた。悪役はツビィロランが一手に引き受けていたのであまり出番は無かったし、名前も出てこない許嫁だったので忘れていたが、ホミィセナとサティーカジィがハッピーエンドを迎えると捨てられる婚約者だ。捨てられる理由も家ぐるみで悪いことをしていたとかなんとか。一家追放されたはずだ。
ツビィロランの記憶ではアオガの名前も面識もあったので一致した。思い出そうとしないと出てこないのが玉に瑕だ。
「馬鹿にしてるの?」
アオガはツカツカと俺の前にやってきた。目の前に立つと俺より背が高い。イツズよりも少し高いかもしれない。何でツビィロランはチビなんだ!見下ろされるのってやだなぁ。
「してない。サティーカジィは留守なんだから別の日に来なよ。」
アオガの目がイツズを睨みつけている。その理由はわからないがツビィロランはイツズを守る様に立ち塞がった。今は琥珀の瞳を前髪で隠してるし、少なくとも十年経っているので分からないだろう。アオガも幼さが抜け大人の男になっているが、俺も同じ様に二十五歳の青年だ。朝から透金英の花を作ったので髪色も青い。
アオガと睨み合っていると、もう一人意外な人物が入って来た。
「アゼディム様!お待ち下さい!主人の許可なく勝手な振る舞いは困ります!」
サティーカジィの腹心さん達が慌てている。どうやら入ってこようとしていた神聖軍主アゼディムを抑えている間にアオガが来てしまったらしい。
アオガはサティーカジィの許嫁なので来るのもおかしくないが、アゼディムがここに来た理由はなんだろう?
神聖軍主アゼディムは聖王陛下ロアートシュエと一緒にいることが多い。
ツビィロランが会いに行くたびにアゼディムはいた。特に邪魔するわけでもなくひっそりと控えていたのでツビィロランは気にしていなかったようだけど、俺からすると居過ぎではと思える。いずれ番となる許嫁同士の場に常にいたのだ。アゼディムは紫紺の髪に榛色の瞳をした寡黙な軍神と言った雰囲気の男だ。俺なら気になる。
「ここに透金英の森を焼いた犯人がいると聞いた。どうやら間違いないらしいな。」
「……え?」
驚く俺にアゼディムの剣が迫った。
トステニロスが予言者の屋敷に戻った時は既に遅かった。
ツビィロランは神聖軍主アゼディムによって連れ去られた後だった。
「あ、あ~~~~、しまったぁーーー!どこ行ったかわかります!?」
慌てるトステニロスへ、サティーカジィの腹心の一人は行き先を教えた。配下を使って後を追わせたところ、神聖軍主が納める領地へ向かったらしい。
天空白露は浮島とはいえかなり巨大で面積は広い。中心に聖王陛下が納める首都があり、その周りは広大な森や平原になっている。山は緩やかで高くない。
神聖軍主は兵を駐屯させ訓練もあるので、首都郊外に広い領地を与えられ、普段はその領地にいることが多かった。
「俺は追うからクオラジュへ連絡を!」
それだけ言ってトステニロスは羽を広げた。髪と同色の焦茶の翼は一見して地味だが、脈打つ神聖力が淡く光りながら流れているのが見え、力強く美しい翼へと感じさせる。
「僕も行く!」
窓から飛び立とうとしていたトステニロスの腰へ、イツズが抱きついた。
ターンとすでに一蹴りした身体はフワリと浮き地上を離れる。
「ええ!?ちょっと、戻るからね!?」
「だめっ!早く行って!」
今朝のサティーカジィの様子を考えると、彼等が戻って来たらイツズはお留守番だ。それだけは嫌だ。
「行ってってば!」
イツズに蹴り上げられたトステニロスは汗をかきつつ郊外の神聖軍主の領地へと飛んでいった。
サティーカジィの屋敷に戻って来たクオラジュ達は、腹心達からトステニロスとイツズがアゼディムに連れ去られたツビィロランを追って郊外に飛んで行ったと報告を受けた。
「サティーカジィ!あれは罪人達だろう?何故屋敷に匿ってたの!?」
アゼディムを連れて来たのはアオガだった。アオガの一族は予言の一族の一派だが、予言の神子に通じている。予言の一族という立場を利用して天空白露へやって来る王侯貴族から便宜を図って賄賂を受け取ったり、聖王陛下の番という立場を得たホミィセナへそのお金を流している。
ホミィセナから要らぬ疑惑を持たれたくなくて見逃していたが、イツズに関しては見逃せない。
「いいですか?青髪の青年は本物の神子であり、イツズは私の重翼なのです。アオガは今彼等の命を危機に陥れています。」
アオガはポカンとした。
「何を言ってるの?サティーカジィの重翼は僕でしょう?」
サティーカジィは縋り付くアオガの手をやんわりと払い除けた。確かに金の髪に赤い瞳で生まれたアオガを、一族は重翼なのだと言って育てた。ツビィロランと同じなのだ。
サティーカジィは重翼というわりには一切神聖力の交わりを感じないアオガに疑問はあった。だから番になるのはアオガが天上人になってからと公言していた。もしアオガの背に羽が生え天上人となっても何も感じなければ、当主の座を降りてでも関係を切るつもりでいた。アオガとの婚約関係は一族から求められ押し切られた為仕方なく契約したものだったので、アオガには申し訳なく思うが、アオガは間違いなく開羽出来るだけの神聖力があるので天上人になれるだろうし、天上人が番をつくるのは長命な為か遅い。急いで番を作る必要はないので諦めてもらうつもりでいる。
アオガの一族は今から拘束し罰するつもりだが、アオガだけは見逃し保護するつもりでいた。
イツズは神聖力のない白髪だし天上人にもなれないが、触れた瞬間神聖力の増幅を感じた。イツズがサティーカジィの重翼なのだと理解して、サティーカジィは心を決めていた。
「いずれ貴方を含め一族には説明をするつもりでした。貴方には非はありませんので今後も責任を持ってお世話をします。ですが婚約から拘束した二十年の間のみとします。その間に貴方自身も己の身の振り方を考えて下さい。」
腹心達へアオガを帰すよう指示を出す。
アオガは違う違うと首を振りながら引き摺られるように屋敷から出されてしまった。
「はぁ、一族の意向を無視することのできなかった自分が情けなくもありますね。」
気弱に愚痴をこぼしたサティーカジィへ、クオラジュは無情にも言い放つ。
「優しさも紙一重ですね。違うと思うなら受けるべきではありませんでした。」
それはそうですが……と否定したくなったが、押し切られた自分が悪いのだという気持ちもあるサティーカジィは結局口を結んだ。
「……ですが、貴方は私と違って多くの一族を抱えているのですから、そう簡単なことでもないのでしょう。」
クオラジュの慰めにサティーカジィはそうですねと苦笑した。
クオラジュには抱える一族が一人もいない。
自分達は同じ当主でありながら真逆の立場を持っている。そしてそれぞれが違う悩みを持つのだ。
それでもクオラジュが譲歩した慰めには友人への優しさがあった。
神聖軍主アゼディムの領地に連れ去られたツビィロランは、牢に入れられるかとビクビクしていた。いや、横抱きに抱き上げられた格好で空を飛ばれてしまった為失神寸前だった。今日の天気が濃霧だったおかげで地上が見えなかったのが救いだが、それはそれで何も見えないというのも怖かった。
下に降ろされた時には立っていられるず、ガクガクと震えてへたり込む。
「大丈夫か?」
「たいじょばん!」
涙声で反論する。くそー!俺、絶対羽いらない!
それにしても、ここはどこだろう?地上に降りても真っ白だった。
「なんでこんなに白いんだ?」
漸く周りを見渡した。
「雲の中だからだ。今日は一日抜けないだろう。」
へー。空に浮かぶ島だからそんなこともあるのか。ツビィロランの記憶を覗くと週に一回二回はそうなるし、月に一回は嵐に入るらしい。天気なんて気にしたこともなかったから初めて知った。
嵐か……。雲の中の嵐?大変そうだな。
「ここ、どこ?」
「神聖軍主の領地だ。お前に頼みがあって連れて来た。」
頼み?…………それはともかく何で俺に?
「因みに俺が誰か分かってる?」
「放火犯。」
「違うわっ!!」
俺は前髪を上げた。
「ツビィロランだよ!」
アゼディムの榛色の目が見開かれる。大きく驚きはしないがこの男は大体昔からこんな感じだった。そして聖王陛下の後ろでツビィロランを睨み付けていた。
「何故お前が………。あの時確かに殺したはず。」
だろーよ!お前はツビィロランのそばに立つ兵士へ目配せをした。明らかに刺せと指示を出したのだ!俺はそのことについてこいつに聞きたかった。
「何故殺した?」
「………………俺の主人は一人だけ。その方の為にやるしかなかった。」
ふぅーーーん。
「聖王陛下はどこにいるんだ?」
アゼディムの表情が固まった。この男は正義感が強い人間だった。武神と言われながらも無駄な殺生は好まない。ツビィロランはだからこそ聖王陛下の側にコイツがいても気にならなかった。むしろ聖王陛下を守る盾としていついかなる時も側に控えるべき人間だと思っていた。
ツビィロランとアゼディムにとって聖王陛下は唯一無二の存在。そしてお互いは好敵手であり同士だったのだ。
背中から刺されたあの時、聖王陛下は顔を背けた。何が起こるかを知っていた顔だ。そしてアゼディムは固い表情で決意を滲ませていた。
聖王陛下とアゼディムにとって、あの時ツビィロランが死ぬのは決定事項だった。
ツビィロランは見捨てられた、裏切られたと感じたようだが、津々木学から見るとせざるを得ない事情がありそうに見えた。
「具合悪いのか?」
「……………俺も会えない。」
「はぁ!?」
お前が!?常にベッタリ金魚フンのように聖王陛下に張り付いてるアゼディムがぁ!?
「とうとう鬱陶しくて捨てられたのか?」
アゼディムの奥歯がギリィと鳴る。
「冗談だよ。お前達何があったんだ?」
ツビィロランの存在は殺されるほど憎まれていたのだろうかと考えた時、ふと疑問に思ったのだ。
聖王陛下にとってツビィロランは弟のような存在。アゼディムにとっては大切な人に纏わりつく羽虫程度。羽虫を潰すにしても、聖王陛下が可愛がっている子供を殺すような人間じゃない。それにアゼディムは鬱陶しがっていてもツビィロランの相手をそれなりにしてくれていた。
なのでいくら未遂とはいえ予言の神子を傷付けようとしたのだとしても、殺されるというのは考えにくかった。
「……………。」
「人が折角隠してた顔を明かしたのにダンマリはないだろ。何頼むつもりだったんだよ。どうせ聖王陛下がらみだろ?」
「………………お前がツビィロランならば頼めない。」
アゼディムは苦しそうに俯いた。
ゴンッッ!!!
「グゥッッ!?」
「ーーッてぇ~~!石頭!!いいからさっさと言え!」
むかついて頭を殴った。殺された仕返しにしては可愛いもんだと思う。
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