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番外編

63 ラビノアの奇跡②

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「あ、あのっ……!」

 嵐の中、急いで家路に帰るソマルデを呼び止める声がした。
 振り返ると数日前に見た青年が立っていた。
 何故ここに?
 今は嵐が来ている。ソマルデもそうだが、目の前の青年もびしょ濡れだった。

「す、少し、お話を!」

 ソマルデは溜息を吐いた。
 こんな貴族の坊ちゃんみたいな人間が、こんな所で何をやっているんだ。
 仕方なく青年の腕を握って自分の家に急いだ。

 木製の古びた扉でも無いよりマシだ。
 嵐の音は依然として酷かったが、濡れることが無くなっただけでもマシ。

「あんたな、あんなとこで何してんの?」

 ソマルデは奥に行って洗ってあった布を取り出した。一枚を青年に渡す。
 ソマルデは一人暮らしだった。
 滅多に他人を家には入れない。余程信頼している者しか入れないのだが、あそこにこの何の苦労もしてなさそうな青年を置いていくのも危ない気がした。
 普通なら置いていくのだが、この青年の見た目はダメだろうと感じた。
 そこら辺の貴族令嬢よりも綺麗だった。
 あの嵐の中でも人攫いに攫われ、どこかに売り飛ばされるだろう。
 
 青年は三つ編みにしていた髪を解いて布で拭き出した。波打つ金の髪は艶々として綺麗だ。伏せられた青い瞳はゆらゆらと濡れたように揺れている。
 
「寒くないか?服なら貸すけど。脱げば?」

 ソマルデはそう言いながらも自分も着替えようと服を脱いだ。
 返事がないのでどうしたのだろうと青年の方を見ると、真っ赤な顔で固まっている。
 
「………あんた、男だよな?」

 格好と体型からそう思っていたが、実は違った?いや、貴族の男ならそっち側で育てられることもあるという。スキル持ちだと高位貴族に嫁ぐように育てて、政略結婚に使うのだとか。そういう人間か?

「あ……、すみません。ジロジロと見てしまって。」

「…………はぁ、別にいいよ。減るもんじゃなし。」

「いえ、減る。減ります。あぁ、どうしましょう。」

 なんか変な男だな。
 青年はすぐに迎えが来るから着替えは要らないと断ってきた。
 こんな大雨の中、迎えが?
 誰かにつけられた様子は無かった。ソマルデは『剣人』スキルを持っているので、気配に敏感だ。例え豪雨の中でも人の気配を感じることができる。

「あっ、そうだ!」

 青年が慌ててズボンのポケットを探り出した。
 そして紙を取り出したが、開こうとして紙が雨で濡れてしまい破けたのか、ああ~~~と言いながらガッカリと頭を垂らしている。
 行動が意味不明だ。

「………そうだっ!あのっ、お願いがあります!」

 何かを思いついたらしく、ガバッとソマルデに飛びついてきた。反射的に青年の手首を掴んで阻止する。

「あうっ!」

 悲鳴がなんともなよなよとしている。
 気が抜けて拘束を緩めてしまった。

「急に来るな。」

「うう、すみません……。」

 青い目を潤ませて見上げてきた。いや、ほんとに男か?濡れたシャツはペッタリと張り付き、女性特有の胸はない。
 下半身にはちゃんとついてるのか?下をギュムっと握った。

「みぎゃあっっ!?」

 お互いビクゥと驚く。

「バッ…、男がそんな変な声出すなよ!」

「だ、だ、だ、だあってぇ~~~~。」

 半泣きだ。でも確かについてたな。男だった。
 とりあえず着替えを渡して着替えさせよう。
 また奥に行き引き出しからシャツとズボンを取り出す。身長的に大きいだろうが、この家にはソマルデの服しかない。曲げれば着れるだろうと考えながら元の部屋に戻った。

「え……?」

 もう青年はいなかった。
 夢を見ていたのかと思える程に、綺麗さっぱりいない。トイレを覗いてもいなかった。そもそも移動した形跡がない。
 床にはさっきまで青年が立っていた所に水溜りが出来ている。

「…………どこに行った?」

 本当に忽然と消えていた。









 ザパァと四人で床に広がる『絶海』の波の中から出てくる。
 全員ゲホゲホと水を吐きながら慌てて這い上がり、外で待機していてメンバーで引き上げた。
 ここは北離宮の正面玄関ホール。広いし濡れても大丈夫なようにとここで実験を行なっている。
 
 前回の失敗を教訓に、本日もルキルエル王太子殿下が『絶海』で過去に繋ぎ、ハンニウルシエ王子が『黒い手』で命綱を作り、ホトナルがラビノアを連れて『瞬躍』で飛んでいく。ラビノアはポイッと過去に落とされ、若いソマルデさんを説得して契約の血判を押してもらう。
 という流れなのだが、ラビノアが水浸しでインクの滲んだグチャグチャの契約書を床に置いた。

「うう………、まずは契約書を見てもらおうと思ったらビッショリなんですぅ~~~~っ!」

 

 説得すら出来なかった。
 
「王子とホトナルの負担が大きいな。」

 二人は出てきたと思ったら気を失っていた。

「危険なんですか?」

 怪我とかは特にしていない。過去に行ったはずのラビノアは割と元気だ。

「ラビノアを過去に置いてから、暫くその場でホトナルには待機してもらってるんだ。過去の波は荒すぎて耐えられないんだろう。王子も現在から過去までの距離を繋いで千切らないようにしているからかなり消耗する。」

 着替えてきたラビノアが申し訳なさそうにした。

「すみません。私がさっさと説明して戻れればいいんでしょうけど……。」

 責任を感じてしょぼんと項垂れる。
 ルキルエル王太子殿下は特に責めるわけでもなく、気にするなと言ってくれていた。こういう時、殿下は誰も責めないんだよなぁ。心が狭いんだか広いんだか。

「ホトナルと王子は暫く回復に時間がかかるだろう。次は一週間後だ。出来ても後数回が限度かもしれないから、説得の方法を考えといてくれ。」

 殿下も『絶海』で過去に繋げているので疲れた顔をしていた。なんせ五十年近く過去に遡っている。こんな事が可能なスキルって凄いなと思うけど、負担はかなり大きいみたい。
 暫く休むと言って殿下も自分の部屋に戻って行った。

「はああぁぁぁ~~~。」

 ラビノアが大きな溜息を吐く。

「お疲れ様。ラビノアも休みなよ。」

「ユンネ君…………。いえ、私はそう疲れてはいないのです。ただ…。」

 ただ?

「若いソマルデさんを前にするとドキドキし過ぎて上手く喋れなくなってしまって……。」

 なるほど。それは殿下達には言わない方がよさそうだね?
 それにしても何でさっきらモジモジしてるんだろう?内股で顔が赤い。
 過去に行く時はズボンで男装してたけど、今はスカートで女装している。

「何でラビノアは男装で行ってるの?」

 何となく不思議になって聞いてみた。
 
「それは………。」

 チラッと壁際に立つソマルデさんをラビノアが盗み見る。ソマルデさんは耳がいいのでこの距離でも聞こえているはずだ。
 ラビノアの視線に気付いて、こちらに寄ってきた。

「ルクレー令息もお休みになられては?暖かい紅茶をお部屋にお持ちしますよ。」
 
 ラビノアは真っ赤な顔をして首をブンブンと振った。

「いいいいえっ、結構ですぅ~~!すぐ寝ますっ!お休みなさい!」

 ラビノアはピューンと走って行った。
 あんなに慌ててどうしたんだろ?
 その様子をソマルデさんは口元に手をやって見送っていた。
 ???笑ってる?
 
「ソマルデ……。」
 
「はい、エジエルジーン様。何でございましょう。」

 旦那様が何か言いかけたけど、ソマルデさんと見つめ合ったまま黙ってしまった。
 結局何もないようだった。






 

 一週間後、また過去へ行くことになった。
 今回は一度ラビノアを過去に残して一旦ホトナル達は戻って来て、再度体調を整えてからラビノアを迎えにいくことにしたようだ。
 そのままその場にホトナルが残って待機すると、ホトナルと王子の消耗が激しすぎる。
 最悪戻って来れない可能性も考えて、行き直しにする方が安全だという話になった。
 ルキルエル王太子殿下も何度か試してコツを掴んだので、だいたい同じ時間の過去に『絶海』を繋ぐことが出来ると豪語していた。
 それに殿下が『絶海』から出ることによって、過去に降りたラビノアも『絶海』に引き戻されないだろうという予測もあるらしい。
 どの程度過去に滞在することになるか分からないが、ラビノアはソマルデさん若返り計画の為やる気満々だ。
 ソマルデさんは止めるかなと思ってたけど、意外と無言を貫いている。予測だらけの実験なんて危ないって止めるかなと思ってたのに。殿下の決定だから従ってるのかな?

 本日のお見送りは俺とソマルデさんだけだ。
 旦那様は騎士団の仕事中、ノルゼはドゥノーとお留守番だ。ミゼミとアジュソー団長は来てないし、サノビィスも忙しい。


「今日も男装なんだ?」

 俺が尋ねると、ラビノアはコソッと教えてくれた。

「ソマルデさんは男装の時の方が少し優しいんです。だからこっちの方が話しやすいかと思って。」

 あ~そうだったんだ。
 
 今回は契約書が濡れないように動物の皮で作った袋に入れていた。防水加工もしてあるので今度こそ大丈夫と、ラビノアはしっかりと抱き締めていた。

「頑張ってね。」

 俺の応援に四人はまた『絶海』の中に潜って行った。






 入ってすぐにホトナルはラビノアと手を繋いで飛んでいく。
 ホトナルの『瞬躍』は一瞬で目的地に着くはずなのに、到着に時間がかかる。
 荒波が押し寄せ視界を鈍らせる。
 到着地点の目印は光だ。そこに向かって飛んでいく。
 
「くっ………!」

 何とかラビノアを目的地に降ろした。

「有難うございます!」

「また時間をおいて来る予定ですが、微調整が難しいのでいつ来れるか分かりません。」

 そう言って路銀の入った袋を渡す。

「これ、殿下からです。昔製造された金貨と同じ物を新たに作りましたので、ちゃんと使用できるはずです。」

 それだけラビノアに伝えて『絶海』の中に戻った。
 ホトナルにはハンニウルシエ王子の『黒い手』が巻き付いている。それを頼りに殿下達が待つ現在地点へ飛んだ。
 ゴウッと波が押し寄せ流されそうになる。五十年分飛ぶのはかなりキツイ。
 巻き付いた『黒い手』がグンと力を増した。
 引っ張られて、その勢いを利用してまた飛ぶ。

 ドオッと倒れ込むように到着した。
 絶対転ぶと思ったのに誰かがら受け止めてくれたようだ。
 サラサラと黒髪が見えて、意外にも王子が受け止めたのだと知った。お礼を言おうと顔を覗き込むと顔色が悪い。
 
 無理をさせ過ぎた?
 
 ハンニウルシエ王子の補助が無ければこの実験は上手くいかない。体調を見ようと手を伸ばしたが、パンッと弾かれた。

「…………休憩してくる。」

 さっさと自室兼監禁部屋の地下の方へ行ってしまった。
 ハンニウルシエ王子が引っ張ってくれたおかげか、今回ホトナルの負担は少なく済んだ。

「次も一週間後がよさそうだな。」

「そうですね。大分無理をしているようでした。」

 ルキルエル王太子殿下とユンネ君が話している。
 確かに無理をしている。
 王子の性格なんて考えたこともなかったけど、さっきホトナルを助けた理由が分からない。

 ………ラビノアが好きとか?いや、そんなに接点なかったしねぇ?

 ホトナルはスキルの研究ばかりしていて他人に関心を持ったことはない。なので他人の感情には疎いし、人の性格なんて考えたこともない。
 ま、王子が『黒い手』を使えれば問題なし!
 ホトナルも休憩するべく自分の部屋へと歩き出した。
 




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